第143話 思い出の中の人
ジオにとっては、初めて駆け抜ける魔導学術都市。
行き交う者たちは学生や研究者の風貌をした者たちばかりで、主婦や労働者などの階層は居ない。
広い中央通りは左右に店がいくつか並ぶものの、数店の飲食店や雑貨の他は、ほとんど魔導に関連する道具や本などの店ばかりで、娯楽の要素はあまり感じられない。
話によると、これでも昔よりは多少若者向けになってきているとのことだったが、ヤーシブ都市に比べれば物足りなさを感じる。
故に、ガヴァたちが「遊ぶならヤーシブ」と言っていたのは、納得できるものであった。
そして、何よりも今は、劣等生や研究もサボっていた黒姫派の者たちが大量に都市から追放処分を受けている。
故に、すれ違う学生や研究者たちは、皆がどこか真面目な印象を受ける者たちばかりであった。
「ダメ……どうしても理論が証明できない!」
「やっぱり、私たちなんかじゃ無理だったのかな……『時空間魔法応用による異空間世界創世の可能性』……」
「そうだよね……こんなの証明できたら、歴史に名を残せる偉業だもん。十賢者でもない私たちには無理だよ」
「うぅ……良い研究テーマだと思ったのに……せっかく皆で……研究チームを作ったのにね」
「このままじゃ、研究資金も打ち切られて、私たちの『研究チーム・オウネショータズ』も解散か……」
「あ~あ……こんなに真剣に取り組んだ研究は初めてなのにな~」
「ほんと。この研究を進めることが出来るんだったら、もう何だってできちゃうのに……」
表のカフェテリアで難しい本やあらゆることを殴り書きした大量の紙に囲まれながら、学生より少し年上な二十代程度の女たちが頭を抱えながら研究について真剣に議論している。
「むふぉふぉふぉふぉ、この研究はいいと思うんですな!」
「うんうん。神話より語り継がれる『魔法無効化体質』というのは『デタラメ』という結論!」
「そうなんだな。いかなる生命も大気中に漂う魔力を空気と一緒に取り込んでいる。しかし、もし魔法無効化体質が存在したら、その魔力をも取り込めないということ!」
「そんな生物存在するはずないですぞ! つまり、『魔法無効化体質』というのは、お伽噺で作られた空想の能力なんですぞ!」
「いけますぞ! さっそく、この研究にあたって資金援助を申請しましょうぞ!」
「この研究が証明されたら、僕たちは色んな人に尊敬されて、ぶひひひひ、女の子にもモテモテなんだもん!」
「じゃあ、僕たち『研究チーム・ムダボーネズ』のテーマは決定だよう!」
全員が肥満体でボサボサの頭をし、髭面に異臭を出す不衛生な男たちが盛り上がって気合を入れている。
「じゃじゃーん! 私、古の占星魔法を勉強してて、ちょっと試させて~!」
「ったく、アカシック! あんた、またヘンテコなもんをやってんの?」
「いーからいーから♪ 見てて。水晶を用意して、目の前に小さな壺を置いて薬と花とトカゲの尻尾を煮込んで……チチンプイプイ・オッペケペー!」
「また不気味なもんを……。まっ、いいわ。それじゃあ、今の白姫派と黒姫派の争いや、この都市の行く末でも占ってよ」
「おーともよ。これで未来を見通せる占い師にでもなっちゃったら、この世は私の天下でござい~ってほぎゃああああああああ!?」
「ちょっ、壺が爆発ッ!? あぶなっ!? ……きゃーっ、私の紅茶にトカゲの尻尾がッ!?」
「あ、あわわわわ、あう、あわわ……」
「あんたッ! なにしてくれてんのよ!?」
「い、いや……こ、これは……そ、そう! この都市は何故かトカゲ……い、いやドラゴンに襲われたりして、そして最後は大爆発を起こすという未来が……」
「適当なこと言ってんじゃないわよ! 制服も汚れちゃったじゃない!」
若い学生の女の子同士で魔法を試して失敗し喧嘩になっているという光景も見れる。
「な~んか、黒姫派も居なくなって、落ち着いて勉強や魔法の修行に打ち込めていいよな~。学校も街も平和だぜ」
「チャラチャラした軽い男とか居なくなったし……僕……今まで冷やかされると思ってやめてたけど……『オリィーシ』ちゃんに真剣にアタックしてみようかな……」
「うわ、やめとけよ! 相手は十賢者1位だぜ? 今まで、何十人の男が告って撃沈したと思ってんだよ」
「俺も勇気を出して一緒に帰ろうって誘ったけど、きっぱり断られたしさ~……でも、かわいい!」
「は~、お前ら知らないのか? オリィーシちゃんが告白断ってる理由。あの子さ、幼いときに引っ越す前まで隣に住んでた、忘れられない幼馴染が居るって」
「なに!? マジか、それ!? 知らないぞ!?」
「俺は聞いたことあるぜ。よく一緒に遊んだとか、おもちゃのアクセサリー貰ったとか、母親に手伝ってもらって初めての料理で羊の料理を作ったら、すごい美味しいって言われて嬉しかったとか……」
一方で研究ばかりというわけではなく、だからといって黒姫派のように乱れたものではない、甘酸っぱい若い学生らしい青春のような男たちの語らいも見れる。
とは言っても、それら全ての光景も……
「「「「「って……ナトゥーラさんがパンツ丸出しでバインバイン揺らして走ってるッッ!!!???」」」」」
結局、街を小走りするナトゥーラに全てを持っていかれるのであった。
「……おい、ナトゥーラ……」
「はい~……もう少しです~」
正直、その周りからの反応は同行者であるジオも少し恥ずかしいものでもあったが、今はそんなことを気にしても仕方ない。
何故ならば、そんなことよりも急がねばならない理由があるからだ。
「エイム姫……」
ナトゥーラの後に続いて駆けるジオの脳裏に、かつての思い出が甦る。
――立ち去りなさい、帝国の戦士よ。我らエルフは決して人間と同盟は結びません。
――何度来られても同じです。魔界と地上の争いが続く数百年の歴史。我らエルフと帝国との確執もまた長い歴史があります。その痛みを忘れることはありません。
――……と、とりあえず、礼は言いましょう。人攫いたちから、多くのエルフの女を奪還してくださったことは……
――今日は仕事を忘れて、紅茶でも飲んでいかれたらどうでしょうか。思えば、あなたとこうして話をするのは初めてですね。
――そうですか……私がいつも不機嫌と勘違いされて……自分でも嫌になる時があります。姫でありながら、笑うのが本当に苦手なもので……
――この数週間、そんな戦争に参加されて……よくご無事でした……
――籠の中の鳥として生きてきた私は……あなたのお話を聞くと、私はどうしても……自分の狭さ……エルフの世界の狭さを感じます……長命種でありながら、世界を広げようとしない……
――七天大魔将軍の衝撃魔剣聖パスカルがこの地にッ!? ついに魔王軍もエルフを滅ぼさんと……えっ? ジオ隊長……何を? そんな! お待ちください! どうしてあなたが私たちのために!
――帝国とエルフの確執は根深いものでしたが……それでも新たなる歴史と世界を広げるため……ジオ隊長……我らエルフ族は、帝国と友好同盟を結びます。七天大魔将軍を討ち取り、このエルフの国の危機を救った英雄たるあなた様を……そして帝国を、私たちは信じましょう
――ジオ隊長……大恩あるあなた様には個人的にエルフ族との盟友となって頂きます。そして、新たに人との交わりを目指すため……ジオ隊長の血を一族に……そのため、我らも礼儀としてエルフの王族より一人、ジオ隊長のパートナーとして生涯を共に歩ませたいとの一族重鎮の会議より決定し……わ……私がその役目を務めることになりました。
――今日より、私と従者であるナトゥーラはジオ隊長……いいえ、ジオ様と共にあることを誓います。
――そうですか……戦争が終わるまでは……ジオ様がそう仰られるのでしたら、私はこの地でジオ様が来られるのを待ちましょう。それまでは、不本意ですが、帝国の姫たちにジオ様をお任せしましょう。
――ジオ様、よくぞいらっしゃいました。早速脱いでくださいませ。あの三姉妹姫が味わったこの体を、私とナトゥーラで清めて差し上げます。五回や十回では終わらせません。今宵は一睡もできないと、御覚悟ください。
――ジオ様……この首輪を私に……
長く、そして濃密で、かなりぶっ飛んだ思い出まで甦り、一部は思い出してはならないと頭を振ってジオは振り払うも、それでも脳裏にかつて自分が抱いた女のことが過った。
「こちらです~……」
ようやくたどり着いた一つの建物。
一切の汚れない真っ白い石造りの屋敷。
学生や研究者が集うこの都市には少し不釣り合いな気もするが、屋敷を取り囲む多くの観葉植物や花壇の花が景観を落ち着かせていた。
ナトゥーラが扉を開けて中に入っても、屋敷の中には特に彫刻品や美術品などの飾りもなく、元々自然との調和と共生を生業とするエルフゆえか、王族が生活をする家としては、最低限の家具などしかない質素なものであった。
そして、廊下を突き進み突き当りの奥の部屋。
ドアの前に立ち止まったナトゥーラは、一度ジオに振り返って頷き、そして扉を軽くノックする。
「姫様。ジオ殿をお連れしました~……」
すると、ドアの向こうからは……
「ふがふが」
「…………ん?」
変な声が帰ってきて、その予想外の声にジオは首を傾げた。
だが、そんな戸惑うジオに時間を与えず、ナトゥーラがゆっくりとドアを開けた。
そしてその向こうには……
「ふがふがふが……ほがほがほが……」
腰よりも長い赤毛の真っすぐでサラサラな髪をツインにしている。
真っすぐジオを見つめるその表情は、無表情なクールに見せているが、『何か』を我慢しているかのように、全身をプルプル震わせて、頬は非常に紅潮し、瞳も熱っぽく潤んでいる。
清楚な白いロングワンピースを着ているのだが……
「……あぅ……あっ……」
その待ち構えている姿にジオは思わず後ずさりしてしまった。
股を開くような品のない態勢で、ポルノヴィーチ風に言うなら「えむじ開脚」なる姿勢でアンティークチェアに座り、両手首足首を椅子の肘掛けに縄で括りつけている。
開いた股からはこれ見よがしに純白の下着を曝け出し、そしてその無表情の口には何故か口枷のようなボールを咥えており、まともに一切喋れない口元からは唾液がダラダラと零れている。
「姫様~、間に合いました~」
「ふが」
「さあ、ジオ様~、姫様の~懺悔を~……この世で最も愛しい殿方に~、乙女が絶対に見られたくないところを~……」
ナトゥーラがそう告げると、「ようやくこの瞬間が来た」、「解放」そんな感情と共に「羞恥」に満ちた表情を見せる女は……そのまま……
「ぶち殺すぞテメエらゴラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「「ッッ!!??」」
その瞬間、相手の身分など一切関係なく、怒りに狂ったジオが咆哮し、屋敷の天井は屋根ごと強烈な落雷で突き破られてしまった。
「じょ~だんでも、許せるもんと許せねえことがあんだぞ! ふざけんなああああああああああ! 俺が……俺がどんな気持ちで! どんな……どんな!」
自分がどんな気持ちで、どれほど悩んでここまで来たのか。その気持ちを踏みにじられたと、ジオの怒りは収まらない。
「もう許さねえ! お前ら……限度ってもんがあるんだぞ!」
強く壁を叩いて壊し、床を怒りで踏み砕く。
女であろうと容赦せず、怒りに身を任せてそのまま殴ってもおかしくない状況。
しかし、そんなジオを目の当たりにしながら……
「ふがふが……おひおき……おひおき!」
「ジオ殿……申し訳ありません~……私も姫様と……ぬぎぬぎ……あっ、ジオ殿~、下着は脱ぎます~? それとも脱がせたいですか~?」
目を爛々と輝かせるエルフの姫。
謝罪しながら、シャツを脱いで下着姿になったナトゥーラ。
もう、自分の怒りを目の当たりにしても、まるで効果のない反応を見せる二人にジオは絶望し……
「だめだこいつら……はやくなんとか……いや……もう手遅れだ」
しばらく、天井と屋根が突き破られて日の光が差し込む部屋で、ジオは両膝から崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます