第142話 序列

『十賢者? ひはははははは、それってトキメイキにある、パナイ井の中の蛙代表の称号でしょ?』

 

 閉ざされた空間で、水晶を通して話をする男。

 男は鼻で笑うような態度で、称号についてを口にした。


『若頭。それは、なかなかお尻の穴の小さな見解ですよ?』


 しかし、そんな男に対して、会話の相手である男は涼しい笑顔でそう返した。


『へぇ、そう? 自分の尻の穴は見たことないから分かんなかったね~。で、どこら辺が?』


 そして男は、そんな男の態度を不快に思うこともなく、上機嫌に話を聞く。



『確かに十賢者は、戦争に関わることなく、アンダーグラウンドの世界の抗争にも関わらず、冒険者や賞金首のように外の世界で名を馳せることのない井の中の存在です。しかし……井の中には竜も居る。僕様は、そう思っています』


『へぇ……それって、例のエルフのこと? まぁ、俺はそこら辺は興味ないんだけどね』


『エルフもまぁそうですが……ふふふふふふ、なかなか面白くてお尻が可愛いのが何人か居ますよ……人間にもね』


『ほほ~う』


『僕様は……十賢者の中でも……『あの賢者』こそが、地上一脅威の魔導士だと思いますけどね』



 思わせぶりなことを語りながら、それ以上のことは言わずにただクスクスと笑う男と、それ以上は聞かずとも一緒になって不気味に笑う男。


『ふふふふ、そして間もなくあの学園で起こる諍いも……あの賢者が絡めば、それはそれで面白くなりそうです』


 世界の知らないところで、マジックアイテムを通して、二人の男は向かい合っていた。


『ふ~ん……ま~、いいや。それよりも、ポルノヴィーチちゃんがジオパークに余計な依頼をしたみたいだけどさ……とりあえず、それについては―――』

『ええ、ジオパークには直接ちょっかいは出さず、僕様たちは見守りたいと思います』

『ひはははははは、分かってるじゃない。……ああ……でもさ、例のハイエルフにはだけど……』

『ああ。そちらについては、ジオ氏がトキメイキに向かっていることは教えてあります』

『おお、仕事が早い。流石だね~。……でも、なんで?』

『それはもちろん……その方が、面白そうだからです』

『ひはははははは、だね! いいね~、やはり君は俺を楽しませてくれる。やっぱり、お兄ちゃんとしては妹の恋は応援したい反面、面白くなりそうな方を選びたい』


 そう言って、男たちはまた不気味に笑い合っていた。





 十賢者。それは、地上世界における魔導のエリートたち集うトキメイキモリアルにおいて、あらゆる分野での功績や総合的な評価によって、特に優秀な十人に送られる都市独特の称号である。

 称号を得た魔導士は無条件で絶大なる名誉と賞賛、そして権限を得て、人魔問わずに魔導学術都市の歴史に名を刻まれる。

 それがたとえ、どのような人物であり、どのような問題があろうと、その称号を得た者は……


「とにかく、スカート穿け!」

「あら~、そうでした~……でも~、この後、ジオ殿を姫様の部屋にお連れしましたら~、結果的に私もまた脱ぐことになりますので~……このままでも問題はないかもしれませんね~」

「いや……そんな事態になってたまるか! つか、それよりも今この状況でも色んな奴らに見られてるのを、テメエは何とも思わねーのか!?」

「あらあらまあまあ~……ジオ殿は~、私のパンティ姿を人に見られたくなくて~、独占したいと~……エルフ愛人2号の私にそこまで思っていただけて、何だかとってもお胸がポカポカです~」

「その前にテメエの頭が沸騰して沸いてんじゃねーのか?! っ、つか、おま、三年ぶりのこの俺に、も、もうちょいなんか、あ~もう!」


 これまでジオと再会した女たち。誰もが過去の罪を悔い、涙を流し、絶望に染まった表情で現れていた。

 正直、そういう反応は気が重くなるだけであり、ジオとしてはそういうのは願い下げであった。

 しかし、この反応の仕方についてはどう言えばいいのか分からず、ジオは頭を抱えて蹲ってしまった。


「り、リーダー……こ、この、おっとりオネーさん、リーダーの……そ、『そういう関係』のお知り合い?」

「……いや……ま、まあ……い、色々あったけどよ……」


 ジオの見せる反応と、只ならぬやり取りに、チューニも女の下着姿から目を逸らしらながらも、気になっている様子。

 すると、女の姿に回りもざわつき出し……


「あ、あの、な、『ナトゥーラ』さん……」

「はい~? まあ、みなさん、ごきげんよ~う」

「は、はいっ! い、いや、その前に、や、やはりスカートを!」

「あら~? 女性のパンティを見てしまうのは、とってもエッチだと思いますのでやめた方がいいですよ~?」

「ですから! ナトゥーラさんがスカートを穿いて下さい!」

「ですから~、忘れてしまいまして、困りました~」

「じゃあ、せめて、何かで覆ってください!」


 まるで動じることなく、柔らかい物腰と微笑みで周りを慌てさせるエルフの女。その名も、『ナトゥーラ』。

 すると、黒姫派のものたちも、ナトゥーラを見ながら難しい表情をする。


「チューニくん。あれが、キラメイキ魔法高等学校3年……十賢者序列7位……エルフ族の『ナトゥーラ・ボニー』……通称、『天然傾国』……序列2位の『白姫・エイム』の右腕であり、白姫派の代表格の一人!」

「あのおっとりとした態度と色気で何人の男が正気を失い、そして篭絡されたか……」

「気をつけな、チューニくん。あの魔乳は序列3位の黒姫をも越え、噂ではたまにこの街に顔を出す、『地上の聖母』と並ぶ、『二大(にだい)乳神(ちちがみ)』とまで言われてっからよ」

 

 深刻な表情をしながらも、どう反応していいか分からず、戸惑いの表情を見せるチューニ。

 だが、今の説明の中で、少しだけ気になることがあって、チューニはハッとして顔を上げる。


「えっ? ん? 白姫さんが序列2位で、序列3位が黒姫さん? じゃあ、1位は別に居るの?」


 この学術都市は現在、白姫派と黒姫派が争っていると思っていたチューニ。

 ならば、どちらかが序列1位なのだろうと思っていたが、そうでもないことが判明。

 すると、デクノーボやガヴァたちはチューニの問いに、互いを見て苦笑し合っていた。


「あ、ああ。まあ、1位はアンタッチャブルというか……」

「そうそう。1位のあいつは、どっちの派閥にも所属してなくて、どっちの派閥にも愛されてる、都市の象徴みたいな奴だしね」

「容姿端麗。頭脳明晰。才色兼備。魔導の天才。そして皆に優しい……」

「そんで、鼻にかけないしね。家も金持ちってわけじゃなくて、平民の出だから、親しみあるしね」


 その言葉に、周りの黒姫派たちも「ウンウン」と頷き出した。

 それは聞けば聞くほど完璧超人な存在であり、相当な影響力のある人物であると、チューニにも感じ取れた。


「……なら、その人に間に入って貰えば……」


 白姫派と黒姫派の争い。そのどちらにも所属していない人物が十賢者という称号の序列1位なのだとしたら、その人物が争いの間に入れば問題は収まるのではないか?

 思わずそう口にしたチューニだったが、その瞬間、デクノーボとガヴァたちの瞳がキラリと光、チューニの肩を抱き寄せて耳打ちする。

 

「そう、それなんだよ、チューニくん!」

「このピンチな状況を越えるには、そいつを私ら黒姫派に引き込むことじゃん!」

「あいつは、両派閥にも友達が居て、自分はどっちにも付けないみたいなこと言ってるけど……」

「そのあいつを見事こっち派にしちまえば……」


 序列1位を派閥に引き込む。それは既に皆も考えていたようである。


「いや、引き込むんじゃなくて、仲裁を……」

「「「チューニくんの実力なら、ひょっとしたらあの序列1位の『聖域少女』を引き込めるかもしれない!!」」」

「いやいやいやいやいやいや!!??」


 しかし、派閥に引き込む考えはあっても、仲裁させる考えはないようで、むしろチューニにその人物を引き込めという状況。

 チューニは全力で拒否するが、回りは既にそういう展開に持っていこうと、期待に満ちた眼差しで声を上げていた。

 一方でジオはそんなことよりも、今、目の前の状況に頭を抱えていた。


「ナトゥーラ……その……なんだ……こ、この地に、エイム姫が居んのか?」

「はい~。姫様と私は三年前から~……より、知識を得て自分を磨き~、エルフをより発達させるためにと~……」

「そ、そうか……それは知らんかった……」

「ええ。皮肉にも~……ジオ殿のことを『忘れていた』ことで~、私も姫様も勉強に集中できて~十賢者になりました~」


 ほんわかとした態度の中に、一瞬だけ切ない表情を見せるナトゥーラ。

 少し人とは違う感覚の持ち主であっても、「そのこと」については、彼女なりに思うところがあったことを、ジオもようやく感じ取ることが出来た。


「やっぱ、あんたらも忘れてたんだな」

「はい~……全てを思い出したのは、皆さんと同じ時期で~……ティアナ姫と~、アルマ姫とのことも~、聞いています~」

「ッ……そうかよ……」


 そして、ナトゥーラはその後に何があったかもしっていた。ティアナとアルマの名が出たのがその証拠。

 ならば……と、ジオは苦笑しながら顔を上げた。


「なら、分かってるよな、ナトゥーラ。今の俺がどう生きたいと願い、過去をどうしたいと思っているのか」

「……ジオ殿……」

「たとえ、あんたとエイム姫があの時、あの場に居なくて、俺に何もせず、ただ忘れていただけ……それを恨むっていうのは無理があるが……それでも、あんたらと昔みたいにってのは……心が苦しくなる」


 かつて、自分を忘れた帝国の者たちは、自分を罵倒し、石を投げ、踏みつけ、引きずり回し、拷問し、苦痛の限りを自分に与えた。

 その行為に、目の前のナトゥーラたちエルフは関わっていなかった。

 しかしそれでも、新しい人生を生きようとしているジオにとっては、目の前の女もまた、辛い過去をどうしても思い出させる一人であることに変わりなかった。

 だから……


「正直、この地に居る黒姫って奴を、とある事情で力になるために来たんだが……あんたたちが居るとはな……。ちょっとこの件については考える。だから……もう、ここで会ったことは忘れて……」


 だから、このまま何事も無かったかのように、別れることはできないだろうか?

 ジオが切ない表情でそう告げようとすると……


「例のファミリーさんたちから、ジオ殿が今日にでもここに来ることは聞いていました」

「ッ!? なに……?」

「私たちエルフ族も……裏との繋がりは必要ですから~……ですから~、姫様が部屋でお待ちです~、ジオ殿」


 別れを告げようとするジオの言葉を被せて、都市の中へと誘おうとするナトゥーラ。

 しかし、ジオはその誘いに首を横に振った。


「会えないさ……心が痛ぇ……。ましてや、俺に帝国関連でどうのこうの言おうってなら、尚更だぞ?」


 それでも会えないと告げるジオ。その意思は固い……はずだったが……


「困ります~。早く来ていただかないと~、姫様が大変です~……」

「……なに?」

 

 早く行かなければ、姫が危ない。

 会う気はないと口にしていながら、思わずジオは顔を上げて反応してしまった。

 すると……


「ジオ殿~……ジオ殿がお辛いと言われるのは、私たちも辛いです~……ですが、もう、姫様には~……時間が無いのです~」

「ッ、……な、なんだと……時間が……ない?」

「はい~……もう、姫様は~……限界なのです~……」


 それは、非情に、そして冷たく過去を切り捨てようとしていたジオの顔を蒼白させた。

 ナトゥーラの口から出た、『時間が無い』、『限界』。

 その予想外の言葉は、ジオだけでなく、黒姫派、そして白姫派を激しく動揺させた。

 一体、白姫に何があったのか? 

 気づけば、ジオはナトゥーラの肩を掴んでいた。


「お、おい! どういうことだ……何が……エイム姫に、何があったんてんだ!」

「……ジオ殿……」

「おい!」


 割り切れなかったわだかまりも、今この瞬間だけは忘れ、ジオは動揺を抑えきれずにナトゥーラに尋ねた。

 すると、ナトゥーラは顔を俯かせながらジオから顔を逸らし……


「皆さんの前では~……言えないのです~」

「あっ?」

「このことは、私と~……ジオ殿だけにしか~……」


 皆の前では教えられない。教えるとしたら、自分にだけ。つまり会いに来いという話である。


「……っ……くそ……なん……だってんだよ、クソ!」


 ティアナやアルマの時のように、決定的に間を分かつような出来事は無かった。

 しかしそれでも、ジオはエルフに対してもどうしても複雑な想いが無いわけではない。

 だからこそ、「会えない」と伝えようとした。

 

「くそ! くそ! くそ!」


 頭を掻き毟りながら、「時間が無い」という言葉にどうしても心が引っ張られた。

 何が起こっているかは分からないが、「これで最後かもしれない」という想いが芽生えると、どうしようもなくなった。


「……チューニ……」

「う、うん……」

「わりっ……ちょっと、俺だけ行ってもいいか?」


 苦しみながらようやく搾り出すようにそう呟くジオ。

 そんなジオの姿を初めて見たチューニは、心が切なくなり、気づけば自分より一回り以上大きいジオの背中を優しく叩いていた。


「僕は大丈夫なんで。だから、リーダー……後悔しちゃダメなんで……」

「……ああ……。ありがとな」


 小さく呟く、「ありがとう」の言葉。

 それは、ジオが初めてチューニ対して言った、感謝の言葉。

 チューニはその言葉を受け止め、今のジオの顔を覗き見ようとせず、ただ見送った。

 そしてジオはナトゥーラに頷き……


「案内しろよ」

「はい~……ありがとうございます……ジオ殿……申し訳ないですが、少し急ぎます」

「ッ、そんなに時間がねーのかよ……クソ」


 ナトゥーラも切なそうに微笑みながら、少し小走りになってジオを都市の中へと連れて行った。

 思わぬ状況に白姫派も黒姫派も、呆然としながら二人の背中を見送り、暫くの間、誰も声を発せないでいた。



 そして、ナトゥーラは、ジオの前を小走りしながらボソッと……




「もう、時間がないのです~……お仕置き待ちの姫様の~……膀胱は……もう限界なはずですから~」




 動揺して、今はただナトゥーラの後を追いかけているジオに、その呟きは届かなかった。

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