第144話 ティータイム
「三年……不思議なものです。かつては、戦場へ赴くジオ様の帰りを待つ数日数ヶ月間がたまらなく切ない日々でした。それが……たかが、大魔王の魔法一つで、敬愛し最愛なるジオ様を……」
屋敷の中の客間。少し大きめのテーブルとソファーに向かい合うように座るジオとエイム。
「そして、ジオ様を忘れてしまって以降の私は……更なる知識の習得や単純な魔導の道への好奇心。そして、初めて出会う帝国民以外の人々との交流を行いました」
凛々しく、そして淡々と語るエイムは先程とは打って変様わって落ち着いていた。
「同じ欲を持つ者たち……中には道を逸れて娯楽に走る者も居ましたが……出会い、交流し、習得し、切磋琢磨し、伝達し……それが紡がれていき……人と魔の歴史が……十年……百年と続いていくのでしょう……ならば私の存在もまた……その歴史の中で何か一つの役割があったのかもしれません……」
その時、ナトゥーラが紅茶を運んで、カップをジオとエイムの前に置いた。
エイムは細く白い指でジオに紅茶を勧める。
「どうぞ、ジオ様。私たちとティータイムなど拒絶したいかもしれませんが……今は……」
「…………」
ジオは差し出された紅茶を取ろうとはせず、ただ無言のままエイムを見る。
それはまるで「一緒に飲む気はない」と態度で示しているようなものであり、そんなジオの態度にエイムは一瞬切なそうにするも、話を続ける。
「……この地で過ごした三年間は……ありふれて、穏やかな……日常というものでした。ジオ様の居ない日々を日常と思ってしまう……そんな自分を今では恥じております」
「……」
「紅茶をどうぞ。一口ぐらい……」
「……」
「……そう拒絶されるのも無理はありません。聞いております。帝国が……ジオ様にどのような仕打ちをしたのか……それゆえ、ジオ様がティアナ姫やアルマ姫を拒絶されたことも……紅茶をどうぞ」
「……」
「帝国のこと、ティアナ姫やアルマ姫のこと……復讐する気はないとジオ様が仰られる以上、私に何も言うことはございません。その資格もありません。……紅茶……一口で良いので飲んで頂けませんか?」
「……」
「私は三年間、当然エルフ族の姫としてのやるべきことはありましたが、それでも自分のやりたいことを自由にしてきました……戦争にも参加せず……ジオ様のことも忘れて……そんな私がジオ様の想いに口を出すことはありません。ジオ様が冒険を望まれているのであれば、私は邪魔にならぬよう、見送りたいと思います。紅茶、一口で大丈夫ですので、こう、グイっとお願いします」
無表情にクールではあるものの、言葉の端々から自分自身が感じる罪、恥じ、そして帝国に対するジオの気持ちを切ないほど理解しているという想いが滲み出ていた。
だからこそ、ティアナやアルマのように「行かないで欲しい」とジオの腕や足にしがみ付いて、自由な旅の邪魔をするようなことはしないし、できないと、エイムは顔を落としながらもそう告げた。
「あのさ……まず……一ついいか?」
「はい? 紅茶ですか? どうぞ豪快にいって戴けたら嬉しいです」
そんな切ないエイムに対して、ジオは……
「そうじゃなくてまず……ッ、あんた、人格分裂でもしてんのか!? どういう精神状態だったら、あんな状態からこんな凛々しいクール何たらに切り替えられるんだよ!?」
先ほどまで、猿轡のような物をされて、下着丸出しで「えむじ開脚」をして、「何か」を漏らそうとして、結局「何か」を漏らしてしまったり粗相をして、更にはジオからのお仕置きを、瞳を輝かせて待ち望んでいたエイム。
スラッとした体と細く白い手足。ナトゥーラのような色気を剥き出しにした肉付きの良い体ではなく、胸も小ぶりでほっそりとしている。
そんな彼女は今では、窓辺に佇む清楚でクールな令嬢というような様子で、どこか神秘的なオーラすらも漂わせていた。
「で、この紅茶……中に何が入ってる?」
「……ハイッテマセン」
「……昔、それこそ帝国のお姫様に一服盛られてそのまま一晩中なんて経験があったもんで、たとえ無味無臭でも分かるんだよ」
青筋を額に浮かべて、先ほど一度爆発させた怒りを更に膨張させたジオの表情は再び鬼のように――
「……ん?」
「ん~♡」
「ッ!?」
と、その時だった。
背後から感じる迫りくる気配にジオが振り返った瞬間、頬を膨らませて口に何かを入れてニコニコしているナトゥーラが、ジオの頬を両手で掴んで、そのまま自分の唇をジオの唇に重ねて押し付けた。
「……ッ!?」
「~♡」
「ッ!?」
一瞬、何があったか分からなかったジオだが、唇に感じる柔らかく、甘く熱っぽく蕩けそうな感触。
唇と自分の歯を掻き分けて、押し込まれる蠢く舌と大量の液体。
「んごふっ!?」
「♪」
「んぐうううううっ!? んぶっ!? んっ……ッ、何しやがるんだコラァア!!」
ナトゥーラとの甘く濃厚な口づけと共に押し込まれた何かの液を飲んでしまった。
ジオは咳き込んで無理にでも吐き出そうとするが既に手遅れであり、鋭くナトゥーラを睨みつけるも、ナトゥーラは顔を赤らめながらもほんわかと微笑み返す。
「うふ、うふ、んふふふふふ~、三年ぶりのジオ殿との接吻です~♡」
「ッ……こ、こいつ……」
「不思議なものです~。接吻自体が三年ぶりですのに~ジオ様に教えてもらったやり方を~、体は覚えているものです~」
不意打ちをまんまと受けてしまい、口元を拭って唇を噛み締めるジオ。
これまで出会った、フェイリヤ、メムス、オシャマなどからの過剰なスキンシップも防ぎきってきたのだが、それは相手が恋愛及び性的接触に関する初心者だったからでもあった。
しかし、目の前のナトゥーラはかつてジオが戦い、経験値を上げて熟練のレベルに達した強者。
そのナトゥーラが、無意識に三年間も溜め込まれた欲求を解放したことで、その衝動と攻めはもう抑えきることが出来ないのである。
「うぷっ……うっぐ……」
「ジオ殿?」
「っ、なんでもねえ、俺から離れろ!」
そして、ジオ自身は直接的な接触をされたことで、体が反応を起こす。
心配そうにナトゥーラが顔を覗き込むが、自分に近寄るなと、ナトゥーラを振り払った。
「……さて……ジオ様がこの地に来られたのは、黒姫と呼ばれているダークエルフのギヤルの力になることと聞いております……」
「で、あんたは何で俺が紅茶を飲みこんだのを確認した瞬間、普通に話を続けてんだよ!」
そして、エイムは先程までジオに紅茶を露骨に勧めていたというのに、ジオが口移しで飲まされたのを見た瞬間、もうそこには触れずに話をそのまま続けた。
「ギヤル……同じエルフ……同じ十賢者として何かと関わりがありました。そして、周りが巻き込まれ……白姫派……黒姫派などという不本意な派閥同士の争いは、見るに堪えないものでした」
「で……何を飲ませたんだ?」
「本当ならその争いを仲裁すべく私自身が立ち上がるべきでしたが……黒姫に纏わる事情や、帝国との関係でそれができませんでした」
「だから、何を飲ませた?」
「地上に住まうエルフは、たとえダークエルフといえどエルフ同士で繋がっています。しかし、ギヤルは……魔族に育てられたダークエルフなのです」
「いや、今はそんなんどうだっていいから、まずは俺に何を飲ませたって聞いてんだよッ!?」
「かつて、この地で伝説と言われたセクハウラ教授が残した、『ヒャクバイアグラ』という精力剤です。さて、黒姫ギヤルは皆には知られていませんが……実は……地上に長期間遠征で駐屯していた、魔王軍の七天大魔将軍の一人の養子として育てられていたのです」
「……はっ? ……へ? あっ? えっ?」
「とはいえ、戦争が苛烈になるにつれて、娘を守るのが難しいと考えたその将軍は、魔界にも頼ることが出来ず……結果、二年前にギャルを地上で唯一の中立都市であるこの地へと逃しました」
「待て待て待て待て! なんか、サラリ言われ過ぎてどこからツッコミ入れればいいのか分からねーだろうが!?」
ジオがしきりに聞いたため、サラリと飲ませた物について呟いたエイム。
一方で、そのまま淡々と黒姫ギヤルについても衝撃的な事実を口にした。
あまりのことにジオが立ち上がって話を止めようとすると、エイムは……
「どこからツッコム? ……突っ込む……ジオ様……お好きな所から……お好きな方から……どうぞ」
「そろそろ効いてくると思いますので~、ジオ殿~……た~んと召し上がれです~」
そして、ナトゥーラも脇から出て、ジオの正面のソファーに座るエイムの隣に腰を下ろす。
二人は同時に下ろしていた両足をソファーの上に乗せ、ワンピースのスカート、制服の短いスカート、そんなことお構いましに両足を広げてジオに中身を見せつける。
「ジオ様……食事と冒険の時間です。奥の隅々までご賞味ください」
「さあ、ジオパーク冒険団リーダーのジオ殿~。三年ぶりに私たちを~、探検してください~♡」
「サラリと七天の名前まで出されたのにできるかッ!? つか、エイム姫、あんた……何で何も穿いてな……」
「それをお聞きになりますか? ジオ様……先ほど穿いていたものはダメにしてしまい……どうせすぐに脱ぐことになると思ったので、穿きませんでした……」
「ジオ殿~、道具がご所望でしたら言ってください~。昨日のファミリーさんたちから話を聞いた時点で、ファミリーさんたちに用意してもらったものがそちらの棚に~」
「あの変態若頭がぁァアぁ!! つか、そもそも俺に飲ませた物も、どういうことだ! つか、サラッと七天てどいつのことだ? あ~もう!!」
完全やる気満々なエイムとナトゥーラ。そして、ジオに飲ませた物もソレ専用である。
すると、エイムは変わらずクールな表情で淡々と……
「ジオ様。ティアナ姫、アルマ姫を拒絶し……そして、噂では……ゴークドウファミリーの令嬢……そして歓楽地という噂のヨシワルラでも女を一人も抱かずにここまで来られたと聞いております」
「……お、おお……」
「つまり、今のジオ様は三年間溜まったまま……あの嫌よ嫌よと言いながらも一晩で五人以上の女と夜通し戦ったジオ様が……つまり、今のジオ様は限界なはずなのです……三年間溜まりに溜まって溜まりつくしたものが……じゅるり……失礼、涎が……」
「………お、おい……」
「しかし、ジオ様は素直になれない御方です。今の心境を察するに女を抱きたいと自ら言われることはないでしょう。そこで……『襲われちゃったので、仕方ない。テヘペロ♪』というシナリオでいきたいと思います」
「…………」
「……となると、今の私たちは受けの態勢ですので……切り替えて責めに転じようと思います」
その瞬間、エイムとナトゥーラの瞳がキラリと光る。
ソファーの上で、大股開きで構えていた態勢から、一足飛びで獲物に食らいつく狩人のごとく……
「できるかああああああああああ!」
「ひゃんっ……あ♡」
「あうん♡」
その襲撃を、ジオは拳骨で迎撃。
エルフの姫とその従者を殴って床に平伏せさせてしまった。
思わず手が出てしまったと一瞬「しまった」と思うも、それは僅か一瞬。
「あっう……ジオ様……申し訳ありません、はしたない所をお見せして……どうぞ……思う存分お仕置きを♡」
「痛いです~、ジオ殿~。私は~、姫様と違って~、ラブラブなことをしたいです~……」
床で自身の足元で見せるエイムとナトゥーラの表情に、「もう無理」と感じ取ったジオは……
「ちょっと、一時撤退させろ!」
「ッ!? ジオ様!? そんな、この状況で放置とは……どこまで……ああ♡」
「あ~、待ってください~、ジオ殿~! ムラムラなのです~」
ちょっと一旦落ち着いて仕切り直した方がいい。
そう考えたジオは、迫りくる二人の肉食獣から逃れるべく、部屋の壁を突き破って外へと脱出。
そんなジオを熱っぽい声の女が呼び止めるが、ジオは聞く耳持たずに都市の中へと逃走した。
「くそ、三年間の溜まったものが昨日一晩で一気に甦って、性格歪んだか? ……いや……前からあんな感じだったっけ……」
そして、ジオはこの時忘れていた。
チューニとの約束。
そして、紅茶を飲んだままだということを。
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