第138話 派閥争い

 清々しい……とまで言わないが、長い夜は明けて朝日が昇った。

 昨晩の騒動の後、宿屋に泊まったわけではなく、そのまま店に寝泊まりした、ジオとチューニ。

 チューニが店の天井や、床などをかなり破壊したのだが、特に寒かったわけでもないことと、店内にソファーとブランケットがあるので、寝るには全く困らなかった。

 だが、一度寝たことにより、色々と正気ではなかった男が平常に戻ったことで、朝早くから店内で一人の男が羞恥で床をのたうち回っていた。


「どうして僕は……あんな恥ずかしいことを……あんな要求を……あんなセリフを……」


 床に俯せになって顔を腕で隠すチューニ。

 昨晩の酔っ払ってからの記憶は全てハッキリと覚えており、今になってその全ての恥がぶり返ってきたのだった。


「ふぎゃああああ、死にたいいいいい! 死にたいんでええええ! 僕は最初から最後までなんてアンポンタンなんで! バカバカバーーカ! 変態! 死ね! クズ! おんどれええええええ、なんで! いっそのこと記憶消滅しろーなんで! ううう、今こそ記憶消去の魔法や、時間を戻す魔法とか僕に使えないだろうか!?」


 床の上でジタバタして、何度も額を床に打ち付けて、昨晩の出来事全てに悶え苦しむチューニ。

 朝早くから奇声と奇行を繰り返すチューニに、ジオは苦笑するしかなかった。


「やめろやめろ。どさくさに紛れて、とんでもない魔法を編み出そうとしてんじゃねぇ」

「リーダー……」


 店内のカウンターに腰を掛けてコーヒーと果物を口に入れて落ち着いた様子のジオ。

 チューニと違って至って冷静であった。



「とりあえず、この街での用事も大体済んだし、今日はさっさとトキメイキモリアルに移動しようぜ? ゲームについても、トキメイキモリアル自体もそれなりにデカくて栄えている都市みてーだから、そこで『〇〇やってみた』なことをしようぜ?」


「うん……もう、僕は恥ずかしすぎて、一秒でもこの街に居たくないんで」


「じゃあ、さっさと体洗ってきて、サッパリするんだな。奥の部屋に風呂があったから、今のうちに入ってこい」


「は~い……」


  

 力なく立ち上がり、トボトボと奥の部屋へと向かうチューニ。

 どんよりと影を背負い、立ち直るには相当時間がかかりそうだと、ジオも溜息を吐いた。


「リーダーさん、おはよ」

「パン買ってきたよ」

「それと、言われた通り、街の高級馬車を予約しといたから」


 そのとき、店の扉が開かれ、買い物袋を抱えた三人の少女、ガヴァ、ユルイ、ヤーリィの三人がやってきた。


「おう。助かるぜ。この店、安い果物しかねーからよ。で、ちなみにそのパンは何百万マドカぐらいすんだ?」

「っ、ご、ごめんって、リーダーさん……べ、別にもうそういうのしないから……昨日、ボコられた男子とか医者に連れてったんだけど、あいつらももう二度とやんないって、言ってたしさ」

「ほう。大人の存在には流石にビビったか。まぁ、とりあえず運が良かったと思って忘れねーことだな」


 どうやら、三人とも昨晩の出来事でだいぶ懲りたのか、昨日とは打って変わって殊勝な態度になっていた。

 痛い目を見て色々と思い直したのだろう。

 もっとも、理由はそれだけではないが……


「で、リーダーさん、チューニくんは?」

「マジ、チューニくんいねーじゃん! チューニくんどこ?」


 少女たちはジオにパンの入った袋を渡した瞬間、店内を見渡してチューニが居ないことに慌てた様子を見せる。

 だが、チューニは今まさに風呂に向かったばかりであり、ある意味でそれは……


「チューニは風呂だ」

「「へぇ♪」」


 それは、少女たちにとっては正に都合のいいタイミングであり、途端にいやらしい笑みを浮かべたユルイとヤーリィはさっそく風呂へと駆け出したのだった。


「やっほー、チューニくん、おは! 体洗ってあげる♡」

「いえーい! ら・ん・にゅ・う♡」

「ちょわっ!? お、おねーさんたち、なん、で!? えっ? 服、き、きてない!?」

「そだよ~、チューニくん御所望のおっぱいでござい~」

「揉み放題食べ放題しかも無料! チョーお得じゃね?」

「ふわ、ふぁああああああ!?」

「うわっ、てかチューニくん、14だよね? ちっちゃくて、帽子で生えてない……」

「じゃあ、あーしらで大きくしてやろ! 大きくなーれ、大きくなーれ!」

「ふぁ、い、いやあああああああああああ! た、たすっ!? まじまじ見ないで欲しいんでー!」


 普通、風呂で男と女が鉢合わせしたら悲鳴を上げるのは女であるはずなのだが、聞こえてくるのはノリノリな女たちの声と、チューニの悲鳴。

 助けを求めるチューニの声にジオは呆れながら溜息を吐いた。


「……ったく……少しは昨日の件でお淑やかになるかと思ったが、これじゃあもうちょいキツイお仕置きあった方がよかったか?」

「それヒデーし~。私ら、チューニ親衛隊なんだからさ!」


 そう誇らしげに笑みを浮かべて告げるのは、唯一この場に残ったガヴァ。だが、その気持ちは他の二人と同様であった。


「チューニくんさ、ほんとカッコよくて可愛いじゃん。もう、私らはファンだね、チューニくんの」

「そうかい。今、あいつはかなり落ち込んでるから、慰めてやるんだな」

「もちだし」


 そう、昨晩の酔っ払いチューニに助けてもらった三人。

 チューニの言葉、そして幼い容姿でありながら、大人たちを震え上がらせるほどの強大な魔法を振るった。

 その一部始終、そしてチューニの力は仮にも魔法学校の生徒である三人にとっては、心奪われるのも仕方ないものであった。

 ゆえに、昨晩の一件以来、三人は自分たちを「チューニ親衛隊」と名乗り、チューニに積極的に接すると決めたのだった。


「で、お前は行かなくていいのか?」

「ん。行きたいけどさ、リーダーさん一人じゃん? やっぱ、昨日はリーダーさんにも助けてもらったし、礼はしときたいじゃん」

「ワリーけど……俺はそれなりに多くの経験を積んでるから、ハニートラップは通用しねえ」

「トラップじゃないし! ってか、リーダーさんマジで大丈夫? 不能?」

「ちげーよ。つか、それよりも、ちょっと話を聞かせろ」


 ジオは話を切り出す。


「今日中に俺とチューニはトキメイキモリアルに向かう。お前ら帰り道なんだし、案内してもらうからな?」

「ん。それ聞いたじゃん。しかも、せっかくだから超高級馬車で送ってくれるとか、ほんとヤバい」

「まぁ、せっかくだしな……だが、その代わり、テメエらにはそれなりに色々と教えてもらうし、場合によっては手伝ってもらう。都市のこと……そして、黒姫とやらについてもな」


 黒姫。それは、ガヴァたちにとっては、憧れの存在でもあると昨日言っていた。

 そして今、その黒姫の存在が学術都市全体に悪影響を及ぼしているということを。


「うん、それもいいよ。黒姫をハブろうとしている連中から、黒姫を助けてくれるってなら」

「まぁ、それで黒姫とやらから信頼を得ることができるならな」


 ポルノヴィーチがジオパーク冒険団に与えた課題である、「黒姫の信頼を勝ち取る」ということ。

 それを達成するために、ガヴァたち三人は情報などを集める上で役に立つだろうと考え、とりあえず今はまだ身近に置いておくことにした。

 一方で三人も、自分たちの憧れである黒姫の力になるためならば惜しくないということと、チューニの傍に入れるという理由から、ジオたちとまだ一緒に居ることを選んだのだった。


「なあ。それよりも、黒姫とやらを排除しようとしてるのって、話だとトキメイキで重要な地位についたハイエルフだとか、学校作ろうとしている聖母とかって話を聞いたんだが、それってその黒姫とやらに左右されるような深刻な問題なのか?」


 当初、ポルノヴィーチの話では、黒姫という存在がトキメイキを大きく揺るがし、それが他のエルフやその他のトキメイキの者たちにとって厄介な存在だと見なされているという話だった。


「黒姫とやらの影響なんて、せいぜい、お前らみたいな問題児や勉強しない奴が増えたぐらいだろ?」


 聞いてみる限り、その黒姫の存在によって、単純に一部の生徒たちが不真面目になっているぐらいしか問題を感じられない。

 にも関わらず、この問題に対してポルノヴィーチは「自分でも迂闊に手が出せない」と言っていたほどである。

 五大魔殺界のポルノヴィーチが手を出せないような問題とも思えず、ジオはそこに引っかかりを感じていた。

 すると、ガヴァは少し微妙な表情を浮かべ……


「ん~……ま~……どっちかってーと……どっちもどっちじゃないかな?」

「あ?」


 ガヴァが苦笑しながらそう告げる。

 それは、黒姫が悪影響というだけでなく……



「いや、そのハイエルフはさ~、黒姫と真逆で超マジメでガチガチなんだけど、それこそ昔の勉強研究ばっかの昔の学術都市推奨みたいな感じの」


「ほう……って、本来それが普通なんだがな」


「まー、そうだけどさ……でも、だからそれはそれでトキメイキにもそっちを支持する生徒とか研究者とか、熱狂的な派閥みたいなんが居るわけ。で、そいつらがむしろ、『悪しき元凶の黒姫追放しろ!』とかって、騒いで過激になってる感じ。そう、『白姫』派閥がさ」


「し、白姫……?」


「ん。その白姫ってのが、噂のハイエルフの代表的な奴。で、要するにトキメイキで起こってる問題は、黒姫派と白姫派同士がぶつかって、最近になって白姫派が戦災孤児の学校作るとかってことで、トキメイキの上層部と連合国の連中を味方に付けたって感じで、一気にチョーシ乗って、黒姫と黒姫派をハブろうとしてるわけ」


「おいおい、慈善事業は、そんなくだらねえ派閥争いを優位にするための材料なのか?」


「さぁ、そこらへんは良く分かんないし、白姫の性格からして戦災孤児のためにってのはガチだと思うけど、でも、結果的には黒姫派がピンチになってる感じ」



 そう、問題なのは黒姫の存在を厄介だと思う者たちが黒姫を追いやろうとしているのではなく、二つの派閥に分かれた勢力が互いに衝突しているというのが真相だというのである。


「は~……なるほどね……しかし、中立都市なはずのトキメイキが連合国を巻き込むとはな……」

「そこらへんはほら、同じ地上に住む者同士助け合うとか、皆で手を取り合うとか、慈善だとか、くっさいこと言ってるみたいだけどさ」

「……そうか」

「でも、私らは断然黒姫派! オシャレして、毎日遊んではしゃいで楽しんで! んで、エロエロ。それが、最高っしょ!」


 白姫というハイエルフ、トキメイキ上層部、連合国、色々と複雑な絡みがあることが見えてきたジオ。

 つまり、自分たちのすべきことは、それらを敵に回してでも黒姫の力になって、信頼を得るという事になる。


「なるほどね。不真面目なダークエルフと、生真面目なハイエルフの派閥……そしてその勢力争いは、ハイエルフの派閥がリードってわけか……」


 ただのくだらない派閥争い。それがこの話を聞いた時の、ジオが抱いた最初の印象だった。

 しかし、どちらにせよ、ポルノヴィーチの課題をこなすには、この件を解決しなければならない。


「つまり、それを逆転して、白姫派ってのをぶっ潰して、黒姫を立ててやりゃいいわけか? こりゃ……めんどくせーが、とりあえず、黒姫とやらと白姫とやら、両方と会っとく必要がありそうだな」


 そのためには、無関係の自分たちではあるが、この問題に介入する必要があり、そしてそのためには、問題のエルフ両方と会う必要があると考え、ジオは余計にめんどくさく感じて、再び溜息を吐いた。

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