第137話 ラクリマ
尻好きのジオ。そんな噂が広まっているのかと思うと、あまりにも恥ずかしく、そして不本意であり、ジオは頭を抱えて項垂れてしまった。
「いや、別に女の尻はそこまで嫌いじゃねーけど、だからって尻に目がねぇってわけじゃなくて、普通に乳だって……」
「おやおや、伝説の男も随分と人間的だね。僕様、そういうところ、嫌いじゃないよ。お尻も可愛いしね」
「やめろ、なんだか物凄い悪寒が走る。つか、もし俺に触れようとしたら、次の瞬間には骨も消滅してると思え?」
「おやおや、怖い怖い。これは、お尻合いになるのも、難しいかな?」
ただでさえ気分が良くないジオの気を更に悪くするかのように、オシリスは際どい発言を連発する。
イライラが募っているジオとしては、いつ怒りのままに拳を振るってもおかしくない状況であった。
だが、そこでオシリスは話を元に戻した。
「で……まぁ、お尻は置いておいて……それで、ジオ氏……君様は、どうするつもりかな? その若者たちを」
「あっ?」
「僕様たちとしては、二度と庭を踏み荒らさないようにしたいから……身柄を渡してくれると、とっても嬉しいのだけど……」
ジオへのからかいはそれまでにして、このぼったくり酒場を行っていた学生の若者たちの処遇。
もし、このままオシリスたちに彼らの身柄を引き渡したら、その後どうなるかの想像は難しくない。
それは、彼らも同じようで、再び恐怖で顔を歪ませて震えた。
「そうかい。まっ、正直俺としてもこいつらがどうなろうが、それこそ知ったこっちゃねぇし、助ける義理も理由も特に無いっちゃ無い」
「「「ッッ!!??」」」
それは、恐怖で怯えていた少女たちにとっては更に絶望に叩き落とすかのような非情の言葉。
ジオたちが何者なのかを良く分かっていない少女たちだったが、それでも場の空気から「ひょっとしたら助かるかもしれない」という淡い期待も抱いていた。
しかし、それが今のジオの一言で再び恐怖を増した。
そんな少女たちの反応を見て、ジオは意地の悪い笑みを浮かべながら……
「派手でごっちゃりとした下品な女……特に好みってわけでもねーし……まだ、ヤッたわけでもねーから情もねぇ」
言えば言うほど、少女たちは震えどころか涙も止まらない。
あれほど騒がしかった少女たちの弱々しいまでに震えた姿は、「やれやれ」とジオにため息を吐かせた。
「でも……それでもまぁ、若くて色気のある三人の女に対して、そっちは気持ちの悪い変態若頭と、ガラの悪いチンピラども。どっちを取るのかと言えば……そんなもん、スケベな男たちの答えは決まりきってるもんだろうが」
「「「「「ッッ!!??」」」」」
そう言って、ジオは少女たちに歯を出して笑い、同時にオシリスたちに向けて中指を突き立てた。
自分は少女たちに思い入れはないが、だからと言ってオシリスたち側につく理由もない。
どっちにも思い入れがないのなら、それなら女を取ると笑って告げた。
「おやおや、困りましたねぇ……キスキ・ファミリーを敵に回すと?」
「お前らは、俺を敵に回せるのか?」
オシリスは苦笑しながら頭を軽く掻く。自信に満ち溢れたジオを見て、更に溜息を吐いた。
「いやいや……僕様たちなんかが、ジオパークに勝てるわけがないからね」
「そうか? くははははは……テメエはテメエで、……底があまり見えねーと思うけどな。まぁ、戦えば俺がゼッテー勝つけどな」
戦う意思はないとオシリスがお手上げだと、両手を上げた。対してジオは、オシリスの中の『何か』に少し感じるものがあったようだが、それでも戦わないというのであれば、それ以上触れようとはしなかった。
だが、オシリスはそうでも、血の気の多い者たちにとっては納得いかないことでもあった。
「ま、待ってください、若頭! そんなん、納得できねーっすよ!」
「おうよ! ここで俺らが退散したら、メンツ丸つぶれじゃねーか!」
「本家の若頭やお嬢様のお気に入りだか、超新星だか何だか知らねーが、舐められたら俺たちも商売上がったりっすよ!」
「売られた喧嘩は買うのが俺らのルールでしょうが!」
「つーわけだ! そのガキどもは俺らに渡してもらおうか!」
このまま何もせずに引き下がるのは、男としてのプライドが許さないとばかりに、オシリスの部下のチンピラたちが声を荒げて武器を掲げる。
「あらら……僕様は止めたよ? ジオ氏」
「ふん、まっ、気持ちは分からなくねーけどな……仕方ねぇ……ちょっと、乱暴するぜ?」
ジオは溜息を吐くも、チンピラたちの気持ちは分からなくもないと、怒号に苦笑して頷いた。
とはいえ、やっぱり少女たちを引き渡すということも、黙って自分がやられるようなことをする気もないので、ジオは拳の関節を鳴らして男たちの相手をしてやろうとした。
だが、その時だった。
「乙女の瞳から零れるラクリマが、無限の魔力を僕に与えてくれるんで」
さっきまで、黙って静かだったチューニ。てっきり少女たちの下着か、もしくは酔い潰れていて寝ていたのかと思われていたチューニだったが、独特な語りと共にチンピラたちの前に立ち、足を開いて膝も背筋もビシッと伸ばし、チンピラたちに向かって指さしポーズを決める。
その目は完全に座っていた……
「チューニ……」
「なんだ、テメエは! おい、ガキが! 遊びじゃねーんだぞ? 俺らの邪魔すっと、テメエまで消すぞ!」
たとえ、魔法の才能はぴか一でも、性格的に憶病なチューニは、本来ならガラの悪いチンピラに怒鳴られたらそれだけで怯えて委縮してしまう。
しかし、今のチューニは違う。
「今宵は愉快な時を過ごさせてもらったんで。その“時”はいずれ僕に新たなる学びと経験を与える価値あるものとなっていたはず。しかし、あなたたちは本来進んでいたであろう時の流れを捻じ曲げて、僕からおっぱいを奪い、女性の瞳から悲しきラクリマを零してしまった。それを僕は決して許しはしないんで。たとえ、神に封じられたこの瞳を開眼しようとも、暗黒聖堂魔導士の誇りは決して手放さない」
その言葉の言い回しは、何か重いことを口にしているような雰囲気をその場に居た者たちに与えたが、正直ジオには「もう少しでおっぱいだったのに、邪魔された。ムカつく」というのがチューニの本心だろうと思っていた。
とはいえ、いつもは怯えてガイゼンの陰に隠れるチューニが、自らチンピラたちの前に立つという珍しい光景に、ジオは思わず笑ってしまった。
「あんだ? わけが分かんねーんだよ! もういい、ぶっ潰して―――」
そして、チンピラたちがキレてチューニに攻撃をしかけようとした。
だが、次の瞬間、
「さあ、終わりのパーティーの始まりなんで」
「ッ!?」
指さししていたチューニが、その指先でパチンと指を鳴らす。
すると次の瞬間、チューニに殴りかかろうとした男が、チューニに触れることもできずに吹っ飛ばされて壁にめり込んだのだった。
「「「「なっ……ッ……」」」」」
チューニが何をしたのか分からない。しかし、チューニは何かをした。その光景に少女たちもチンピラの男たちも目を大きく見開いて言葉を失った。
チューニが何をしたのか唯一分かったのは……
「ほう。無詠唱魔法……指を鳴らして空気をはじいて、それを飛ばしたか」
「あれだけで、大人一人を壁まで吹っ飛ばす威力……いやいや、君様たちは傑物だねぇ」
ジオとオシリスだけであった。
そして、チューニタイムはこれから始まり、そしてすぐに終わることになる。
「さぁ、あなたたちが乙女のラクリマを零させるなら、僕は星の涙を零させるんで」
そう言って、チューニが手を天井に翳す。
すると、チューニの掌から魔力の塊が放出し、それが天井を突き破って大きな穴を開けてしまった。
天井を失い、空には燦然と輝く星が広がり、その星空の下でチューニが詠唱を始める。
「天に広がる星の友。煌めく星光は闇夜を照らし、心を照らす。今こそその光を邪しき魔を滅するための裁きとなりて降り注げ! 天星魔法・メガスターライト!」
「いや、ただのオリジナル魔法だろ」
ジオのツッコミを無視して、天に翳した手を一気に振り下ろすチューニ。すると、空に魔力を収縮された光玉が出現し、その光玉から一斉に光線のような光が無数に降り注いで、チンピラたちの眼前を通過して、それぞれチンピラ一人一人の眼前の床に穴を作った。その穴は、どこまで陥没したか分からぬほど突き抜けており、それはチンピラたちへチューニからのメッセージとなった。
「あっ……あっ……」
「な、なん、だ、こ、こいつ……」
チューニからのメッセージ。それは『次は当てる』、『消そうと思えば簡単に消せる』。そう込められていると思ったのか、チンピラたちは戦意を喪失してその場に尻もちついてしまった。
そんなチンピラたちの姿を見て、気は済んだのかチューニは振り返り、口を開けて固まっている三人の少女たちまで歩み寄る。
そして、チューニは少女たちの前で片膝をついて、右手を差し出す。すると、その手のひらには、光り輝く魔力が花束の形となって出現した。
「女性に似合うのは、笑顔と花。あなたたちから零させてしまったラクリマの代償として、この星の花と一緒に……もう一度笑顔とおっぱいを見せて欲しいんで」
それが、この日のチューニタイムの最後であった。
キザなセリフを告げながら、光の花束を差し出すチューニ。
そんなチューニに三人の品のない少女たちはポーっと顔を赤らめて……
「「「……チューニくん……」」」
至極単純に、普通の乙女になってしまったのだった。
「おいおい、いいのか? それでいいのか? どーなっても知らねーぞ?」
「おやおや、いい表情をする。それぐらいであれば、お尻は大したことのない女の子も、少しはその欠点をカバーできるというものだ。それを見出したチューニ氏も素晴らしい」
そんなチューニと少女たちのやり取りに、もう呆れ返ってしまったジオ。
一方で、オシリスは愉快そうに拍手を送って、チューニを絶賛した。
「ふふふふ、とりあえず僕様たちの負けだね。ここまでメンツを潰されたのだから、これ以上の恥の上塗りをする前に僕様たちは退散しよう。ほら、君様たちも帰るよ?」
「ああ、そうしてやんな。チューニの機嫌をこれ以上損ねても、誰にも得はねーからな」
もうこれで十分だと、腰を抜かしている部下たちに帰るように告げながら、オシリスがようやく立ち上がった。
「じゃあ、これで僕様たちは帰るし、その子たちも好きにして構わない。ただし、ギヤルに関することは僕様たちも手を貸す気はないので、それは君様たちで勝手にやるようにね。健闘を祈る」
「ああ。そこまでしてもらう気はねーよ。つか、そんな深刻な問題でもなさそうだしな」
「ん? ああ……そうなの……かな?」
「はっ? 若いダークエルフが学術都市を不真面目にさせてるとか、そんな話だろ?」
立ち去ろうとするオシリスだったが、最後の別れの際でのジオの言葉に足を止めて少し驚いたように目を見開いた。
そして、何かに気付いたのか、途端にオシリスはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ああ、そうか……君様は……知らないのか」
「何がだ?」
「ふふふふ……多分、そのギヤルに纏わる問題は……君様自身が一番頭を悩ませることになるということを……問題に関わっている『人』とかね……」
「……あ?」
「いや、いいんだ。ただ、せいぜい頑張ることだね。暴威の破壊神氏。そして今日会えなかった、闘神と……ふふふふ、マシンくんにもよろしくね。近いうちに、会おうとね」
「マシン? なんでだよ。お前、マシンのこと知ってるのか?」
「ふふふ、さあ? どうかな? 尻は知らずとも、知っているとも言えなくもないかな?」
そう言って、ジオにとっては不気味な思わせぶりなことを言い残してオシリスたちは夜の街へと消えていった。
後に残ったのは、荒れた店、ケガしたボーイ、最初から最後まで腰を抜かしていた男二人、チューニにドキドキしてしまっている三人の少女、そして……
「……くか~……」
「「「チューニくんっ!?」」」
正に、今なら少女たちに何を要求しても受け入れてもらえたはずの所で、ついにチューニの意識は限界に来て、そのままイビキをかいて寝てしまったのだった。
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