第136話 しりつくす

「ぼったくり? 随分と言いがかりをつけられてるもんだな。文句を言ってるのはどこの貧乏人だ?」


 追い詰められて怯える少女たちと大人たちの間に立ち、笑みを浮かべてジオはそう告げながら、何百万以上の金貨の入った袋を丸ごとテーブルの上に放り投げた。


「ほらよ。このように、こっちも納得した分の金をちゃんと支払って関係を成り立たせているのによ、つまらねー大人がしゃしゃり出て、若者相手に犯すだ掘るだ、エラそうなことをほざいてんじゃねーよ。大体、テメエらは若者を説教できるほど立派な人間なのかよ?」


 大人たちを挑発するかのように言葉を発するジオ。

 少女たちは呆気に取られた表情で固まり、一方で集まった大人たちは一瞬呆然としてしまったが、すぐにジオの自分たちに向けた言葉を理解し、額に青筋を浮かべて怒号を発した。


「てめえ、舐めてんのかクソ魔族が!」

「おうおう、お前もグルか? だったら、一緒に潰して沈めてやらぁ!」

「いい度胸じゃねえか! あ? ぶった斬ってやるぜ!」


 挑発されれば、ガラの悪い男であれば大人であろうと子供であろうと、憤怒して声を荒げる。

 大人たちは全員武器を取り出して、すぐにでもジオを叩きのめさんとしている。


「おい、テメエはトキメイキモリアルの関係者か? 何もんだ?」


 大人の一人が、ジオに向かってそう尋ねる。

 殺す前に、お前はそもそも何者かと。

 すると、ジオは笑みを浮かべて……



「俺たちは……若い女の短いスカートにそそられてノコノコとやって来た、スケベでどうしようもないアホな、都合のいいカモたちだよ」


「「「ッッ!!??」」」


「そんな俺たちにとっては、金をいくら取られるよりも……気分が良いまま女たちを持ち帰りできそうなところだったのに、それを邪魔されたことの方が……胸糞わりーんだよ! 街に蔓延る寄生虫どもが!」



 途端、ジオもまた威圧感を解放する。大人たちの怒気や暴力的な空気を一瞬で飲み込むほどの圧倒的な威圧。


「えっ……あっ……」

「ッ、な、なに?」

「……ッ……こ、……こいつ……」


 戦わなくても、危機を事前に察知する。

 大人たちも日々、争いや喧嘩ばかりだったのか、そういう本能を身に着けていたと思われる。

 その結果、今、一瞬だけジオが放った威圧感だけで、目の前のジオが只者ではないどころか、桁外れの存在であることを一瞬で理解し、誰もが顔を青くして額に冷たい汗を流していた。


「ふふふふ、やめたまえよ。君様たち。相手が悪い。って、まあ……もう、今のだけで君様たちも理解してしまったかな?」


 ただ、その状況の中で、たった一人だけ、ジオの威圧にまるで圧倒される様子もなく、涼しい表情で当初からの不気味な笑顔を絶やさない男が居た。

 

「わ、若頭?」

「オシリス若頭……」


 それは、オシリスであった。

 ボーイの背中に座りながら、ジオの威圧を正面から受けても軽やかに受け流し、そしてジオを舐めまわすかのようにジッと見つめた。


「ふふふふ、君様たちが千人居ても敵わないよ。それに、手を出したらまずいよ。だってその人は……フェイリヤお嬢様がゾッコンの人なんだからねえ」


 オシリスの言葉に大人たちが驚くと同時に、ジオもまた反応した。

 オシリスの口から出た、フェイリヤの名前にだ。



「もしやと思ったけどその威圧は本物だったようだねぇ……超新星……ジオパーク冒険団」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


「四人組じゃなかったから、最初は違うと思ったんだけど……ふふふふ、どうやら僕様たちはついていないねぇ」



 そしてそれは、オシリスがジオの正体にも気づいたことを示していた。


「わ、若頭……そ、それって、例の……ゴークドウ・ファミリーのフィクサ若頭が言っていた……」

「ワイーロ王国を救った真の英雄とか……」

「先日も、ウゴーウ衆を壊滅させたっていう、あの超新星冒険者たち!?」


 そして、『ジオパーク』の名は、フィクサ関連を含めてアンダーグラウンドの大人たちには既に知られているのか、大人たちは顔を青くして驚愕した。

 一方で、若者たちは『ジオパーク』の名をまだ知らないのか、大人たちが何をそれほど恐れているのか分からず、ただ腰を抜かして震えているだけだった。


「ふふふふ、フィクサ若頭が、ひょっとしたらジオパークがここへ来るかもしれないと聞いていたからね。ポルノヴィーチから、例のダークエルフの件を聞いてきたんだろう?」

「ああ……、情報が早いみたいだな」

「にしても……はははは。こんな所で遊んでいるとはねぇ。君様たちなら、僕様たちのお店で、タダで飲み食いさせてあげるのに」

「別に金に困っていないのに、奢られても、あんまりありがたみはねーからよ。どうせなら、面白く使ってみたいと思った。それだけだよ」

「お尻のお店はどうだい? 僕様が裏で作った、尻出し酒場っていうのがあってね。店で働く女の子たちは全員お尻を丸出しにしているんだ。ジオパークのリーダーは、尻好きだって聞いたから、気に入ると思うよ?」

「……ん?」


 特にジオに恐れるわけでもへりくだるわけでもなく、まるで態度を変えることもせず笑みを浮かべて話をするオシリス。

 すると、そのオシリスの言葉に聞き捨てならないことがあったと、ジオが眉を顰めた。


「おい、ちょっと待て! 誰が……尻好きだって?」

「ふふふふふふ、誰って、君様だよ? 恥ずかしがらなくてもいいじゃないか!」

「って、んなわけあるか! 誰だ、そんなデタラメ言ったのは!」


 まさかの、尻好きという変な言いがかりに、ジオが思わず身を乗り出して抗議する。

 すると、オシリスは不思議そうに首を傾げた。



「おや? ヨシワルラで、ある村娘と、ポルノヴィーチの配下の娘に、お尻で誘惑されてクラクラしてしまったというポルノヴィーチからの報告があったと、フィクサ若頭が言っていたよ?」


「……な、なに?」


「そして、それを聞いたフェイリヤお嬢様が、君様の浮気に憤慨したと同時に、君様の心を取り戻すべく、理想のお尻を手に入れるための努力をメイドたちと一緒にやっていると……この間、笑いながらフィクサ若頭が僕様に教えてくれたよ」



 誰がジオのデタラメを吹聴したのか? その答えは簡単に出た。

 ジオの脳裏には「でゅえへへへへへ」といやらしく笑う狐女の顔が浮かび、


「あんの、クソバババアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 全身より禍々しい殺気を放出し、大人や若者たち全員を恐怖で怯えさせたのだった。



 そして……遠く離れた空の下……



 その、デタラメを信じた女たちが、己を高めるため、少しでも愛する男を夢中にさせるためにと、色々と励んでいた。



『では、今日も魔水晶を使った、通信講座を始めるのだ。素敵なお尻を手に入れるため……お尻フィットネスなのだ!』



 巨大な魔水晶。映し出されるのは全ての元凶の女。

 幼い容姿と、それに似つかわしくないいやらしい笑みを浮かべた、ポルノヴィーチ。

 水晶の向こう側で、ふさふさの狐の尾を揺らしながら、小さく白い尻をプリンと出す。

 

『両手は腰に置いて~それ♪ いち、に、さん、しり、に、に、さん、しり♪』


 尻を突き出しながら左右に振ったり、足を上げたり、腰を円状に動かしたりと様々な動きを見せるポルノヴィーチ。

 その水晶の前では……


「くっ、こ、このワタクシがこのような……しかし、これも至高のヒップを手に入れるためですわ! ただでさえ、最高の乙女であるワタクシが、至高にまで到達したら、もはやオジオさんはワタクシ以外の女にうつつを抜かすようなことありえませんわ! おーっほっほっほ!」


 半袖の白い服。紺色の特殊な下着。白いソックスに白い靴。頭には白い鉢巻を巻いて、少し特殊な格好をしたフェイリヤ。

 その白い服には、「ふぇいりあ」と特殊な文字が書かれていた。


「マスターのため、理想の臀部を得ることを第一とします。いち、に、さん、しり、に、に、さん、しり」


 そして、そのフェイリヤの隣には、フェイリヤと全く同じ格好で「せく」と特殊な文字で書かれた衣装を着た、セクストゥムが居た。

 無表情で抑揚のない声だが、ちゃんとリズムに合わせてポルノヴィーチと同じよう腰と小ぶりな尻を懸命にフリフリと動かしていた。


「あ、あの、わ、私たちもでしょうか……」

「あう~、お嬢様~……この格好……どうしても、これじゃないとダメですか?」


 そんなフェイリヤとセクストゥムに付き合わされて同じ格好をしている、メイドのナデホとニコホ。

 二人は色々な恥ずかしさで顔を赤らめながら少し泣きそうな様子だ。



「だまらっしゃいな、お二人とも! いいですの? これは、己を磨くための修練ですわ。そう、よく努力は天才を勝るだなどと言われておりますが、つまり天才が努力をすれば無敵ということ! 無敵のワタクシを生み出す歴史的証人にさせてあげますのに、その言い草はなんですの? あなたがたも、同じ女として自分も努力しようと思いませんの? 聞けば、御マシンさんも何かあったとのことではありませんの!」


「で、ですが、この格好は……」


「これは、旧ナグダに伝わる乙女を磨くための衣装、『体操服』と『ぶるま』なるものですわ。そうですわね? セク?」


「バッチグーです。ちなみに、これを着てベッドで男を誘惑すると、男は絶対に篭絡されると、私の頭の中のデータは証言しています。……マスターも必ず……」


「御覧なさい! 御チュー何とかさんの身にも何かあったということで、本当なら全てを投げ捨ててでも後を追いかけたいはずのセクも、グッと堪えて己を磨き上げることに努めていますのに、そんな健気なセクを見てあなたたちは何も思いませんの?」


「「いえ、追いかけようと海に飛び込んだではありませんか……その後、なんかビビビビビって壊れたように変な音を出してましたが……」」


「それはそれ! これはこれですわ!」



 恥ずかしがるニコホとナデホを叱責しながら、尻をリズミカルに動かし始めたフェイリヤ。そしてセクも黙々と尻を動かしていく。

 そんな二人のプレッシャーに、ニコホとナデホはやけくそになりながらも、最終的には自分たちも尻を動かし始める。


『うむうむ、実にいい尻運動なのだ。これなら、あやつらもウカウカしてられないのだ』


 そんなフェイリヤたちに満足そうにしながら、称賛を送るポルノヴィーチ。

 すると、フェイリヤは今の発言に反応して顔を上げる。


「ポルノヴィーチティーチャー。それより、いい加減教えていただけませんの? このワタクシのオジオさんに手を出そうとしたのは、どこの田舎者の娘かを」

「ッ! 私も教えていただきたいのです。私のマスターに手を出したという、あばずれビッチ女を……後にデリートするために」


 そう、二人にとっての最大の懸念事項。それは、ジオとチューニに手を出した女の存在。

 しかし、ポルノヴィーチはその問いにだけは首を横に振った。


『それはできんのだ。わらわは恋する乙女の味方、ラブマスター。どちらか一方にばかり肩入れするようなことはしないのだ。あいつらも、そして貴様たちも平等に己を磨きあい、そして『しかるべき時』に互いのライバルの存在を知り、そして堂々と争えばいいのだ』


 そう言って、頑なに女の正体に関しては口を割らないポルノヴィーチ。

 フェイリヤもその答えに頬を膨らませてむくれるも、すぐに気を取り直して鍛錬を開始する。



『それ、来るべき日に向けて、今は特訓なのだ! いち、に、さん、しり! に、に、さん、しり♪』


「「「「いち、に、さん、しり! に、に、さん、しり♪」」」」



 羞恥を忘れて、黙々と水晶の前で尻を動かす四人の乙女。


 ワイーロ王国は色々とあったが、この四人はとても平和であった。

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