第120話 条件

「おい……強い奴と戦いたいってのが、ガイゼンの当初の要望だったが……新興勢力云々の件は聞いてねーぞ……」

「あの、ほんとそれなんで! っていうか、無駄に名前とか上げたりしちゃったら、それだけ他の人たちから狙われたりするんじゃないの!?」


 この世に存在する、あらゆる勢力。

 元魔王軍や他の五大魔殺界だけでなく、魔族であるポルノヴィーチたちにとっては人類の勢力も脅威となる。

 ならば、ガイゼンは自分たちジオパーク冒険団こそがその全ての勢力の頂点に立つことによって、自分が守るべきものを守ろうというのである。


「ぬわははははは、まぁ、いいではないか。どのみち、名のある賞金首をぶちのめしたり、伝説級のクエスト等をこなしていたら、自然と名だって轟くであろうが」

「いや、それもそうだが……」

「その結果、それが家族や泣いているオナゴを守ることに繋がるのであれば、本望であろう」


 ジオもチューニも、ガイゼンのその提案は全く聞いてなかったと文句を言うが、今のガイゼンに何を言ってももう手遅れであり、考えを曲げないことは見て分かる。


「新興勢力……だと? 貴様が……か? 五大魔殺界でも、七天大魔将軍でも勇者でもなく……そのどれにも属さぬ新たなる勢力を作ると……そういうことか?」


 ポルノヴィーチも、ガイゼンの提案についてすぐには頷けないでいるものの、本気であることは十分に察したのか戸惑っている。

 そして、ガイゼンにはそれだけの力があるということも……


「そうじゃ。だが、今すぐには出来ぬという詫びも込めて、まだまだ思う存分殴らせてやるわい。そういうことでしか、ワシの本気を示せぬのが心苦しいがのう」


 そう言って、ガイゼンは再び体を広げてポルノヴィーチに打ち込ませようとする。

 だが、それはにはもう及ばないことであった。


「それは……もういいのだ……どのみち、わらわの攻撃力では、貴様を殺せないことはよく分かったのだ。わらわも疲れるし、手が痛いのだ……」


 完全に戦意を失ったのだろう。ポルノヴィーチの肉体が元の人型の姿に戻っていった。


「おお、そうか……流石……腕に自信のある者ならば……逆にワシとの力の差を早く理解してもらえてよかったぞ」


 互いにとっても最悪の事態を免れ、これ以上の争いもないということで、安堵したチューニが腰を下ろした。

 

「待つのだ。もう戦う気はないが……それでも、まだわらわたち女堤防(ウーマンダム)が貴様らの傘下になることを了承したわけではないのだ」

「ぬっ? なに? ダメなのか?」

「当たり前なのだ。単純に強い弱いだけで決められるほど甘いものではないのだ。貴様らが、信頼にたる証を示してくれなければな」


 もう戦う意志は無いものの、ポルノヴィーチはまだ表情は固いままだった。

 ガイゼンの強さも想いも分かった。しかし、組織のボスとしてそれを簡単に了承できないことをポルノヴィーチは告げた。


「では、どうすればよい?」

「……そう……だな……では……」


 ならば、どうすればポルノヴィーチからの信頼を勝ち取れるのか?

 そう尋ねるガイゼンに、今度はポルノヴィーチが提案する。


「ある一人の女を助け、信頼を勝ち取ってみることなのだ」

「なに?」


 それは、ある女を救えというものであった。



「実は、地上に住むとある種族の女が……厳しい立場に追いやられているのだ。更に、その女の素性は、メムス同様に魔族側にも相当な影響力を持つ。わらわも何とか引き込もうとしているのだが……色々と厄介な連中がその種族に関わっているので、迂闊に手がせないのだ」


「ある種族のオナゴじゃと?」


「その女を見事救い……その女をわらわたち女堤防(ウーマンダム)に入れろとまでは言わぬが……その女からの信頼を勝ち取るのだ。そうすれば、わらわも貴様らを信用し……わらわたちは貴様らに身を委ねるのだ」



 ある種族の女。メムス同様に魔界においても影響力があり、ポルノヴィーチが何とか味方に引き込もうとするも、迂闊に手を出せない存在。

 大魔王の娘であるメムスのような存在。

 五大魔殺界のポルノヴィーチが迂闊に手を出せない障害。

 それだけで事がどれだけ困難であるかを物語っている。


「断れ~、無理~、断れ~、断れ~」


 そんな面倒に関わりたくないと、チューニは必死に首を振って声を上げる。

 しかし……

 

「ぬわはははは、面白そうじゃ。そのオナゴ……どこに居る? 何者じゃ?」


 チューニの願いは既にやる気満々のガイゼンには届かず、ガイゼンは好戦的な笑みを浮かべた。


「その女は……地上で最も中立であり、独立した……『魔導学術都市トキメイキモリアル』に居る」

「知らん。どこじゃそれ」


 数百年間の封印ゆえに地上世界の事情に疎いガイゼン。

 しかし、その国の名は……


「トキメイキ? ひょっとして……あの、学都のことか?」

「あの研究者や魔導士たちが集うあのトキメイキ!?」


 ジオ、チューニにとっては知っている国であった。


「ふ~ん? 学都? チューニよ、どういう場所じゃ?」

「うんと……地上世界にある全ての魔法学校の根源になっているようなところで、都全体が学問の盛んな学び舎やだったり研究街だったりしている所……」

「ほう……ガリ勉の都か……」

「一言で言えば……。それに、どの国にも属さない独立した地になっていて、中には亜人とかも紛れているって……」

「ほう!」


 チューニの説明を聞きながら、ジオも頷いた。


「ああ。俺も実はガキの頃に、その都にある学校に入ろうとしたことがある。そこなら、実技と筆記試験さえ通れば、半魔族でも受け入れるって話だったからな……筆記で落ちたけど……まぁ、その後で帝国の魔法学校から何故か普通に入学許可もらえたんだけどな……」

「えっ、リーダーもトキメイキの試験に落ちたの? ……僕は実技で落ちたんで……」

「なんじゃ! リーダーもチューニも通いたくても通えんかった地か! それはおもしろそうじゃ、ぬわはははははは!」


 かつてのジオとチューニの失敗談を聞いて愉快そうに笑うガイゼン。

 そんな一同に溜息を吐きながら、ポルノヴィーチは神妙な顔で告げる。


「その地に、戦争に行かずに魔導探求の道を選んだ、十代後半の若造たちが通う……『キラメイキ魔法高等学校』というものがある……その女は、そこに通っているのだ」

「ふむふむ……学生か?」

「そうなのだ。そして、純粋な魔の血を引く者であり……現在、その存在が学園どころか都市全体に影響を及ぼす者……」

「……名は?」


 ガイゼンたちをポルノヴィーチが認められるかどうかを決める課題。

 一人の女を救い、信頼を勝ち取ること。

 その渦中となる人物の名は……



「名は……『ギヤル』……ダークエルフの女なのだ」


「「「「ッ!!??」」」」



 ダークエルフ。その単語を聞いた瞬間、ジオもチューニもガイゼンも、黙って話を聞いていたカイゾーの顔色も変わった。


「地上に住むエルフは、ニアロード帝国を中心に数年前から完全なる和平と友好を結んだことにより、全てのエルフが人間に受け入れられるようになったのだ。それは、魔族側に近い存在でもあったとされるダークエルフも、戦争に関わらないと約束すれば、容認されていたのだ」


 話を聞きながら、大げさな反応は見せないように心がけるも、ジオは小さく拳を握り締めた。

 なぜなら、『エルフ』という存在はジオにとっては、それなりに関わりのある存在だったからだ。


「その結果、数年前より若く優秀なエルフが何人かトキメイキにて生活し、学び、研究することを許されてきたのだ。だが……最近になり……その、ギヤルの存在が、トキメイキを大きく揺るがそうとしているのだ。そして、その存在が『他のエルフ』たちにとっても厄介な存在と見なされて、ギヤルは近々、トキメイキやエルフたちの手によって……ちょっと、穏やかではないことになりそうなのだ」


 正直、ジオは『ギヤル』という名のダークエルフのことは知らない。

 ジオがそれまで関わりのあったエルフは、ニアロード帝国の近くに生息していたエルフのみであったからだ。

 しかしそれでも、『エルフ』という名を聞くと、特に恨みはないものの、昔の自分をどうしても思い出させる存在であり、あまり気が乗らなかった。


「近々……トキメイキにおいても重要な地位に着いた『ハイエルフ』の女と……トキメイキに戦災孤児となった者たちのための特別支援養護学校を作ろうとしている、『地上の聖母』と呼ばれている人間の女が、ギヤルを排除するために動こうとしているのだ。それを守ってみせるのだ」


 そしてこのとき、あまり乗り気でなかったことから、三年間牢獄に居たジオもかつて自分と関わった『者達』が、自分の居ない間にどうなっていたのか、どんな異名が付いたのかを知らなかったことが絡み……



 望まぬ再会が、再びジオに訪れるのだった。

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