第119話 名を上げる

 灼熱の世界に包まれて、なおかつ肉体を切り刻む容赦ないポルノヴィーチの攻め。

 その光景を見て、ガイゼンが手も足も出ずにやられているのではないかと思ったジオだったが、チューニとカイゾーは否定した。

 ガイゼンは手も足も出ないのではなく、手も足も出していないのだと。


「侵略せし疾き嵐炎ッ!!」


 怒涛の炎と、その炎の威力をさらに加速させる嵐のような猛攻。

 大怪物が放つその異常なまでの魔力が込められた力をまともに受けてしまえばひとたまりもない。

 だが、それでもガイゼンはされるがままだった。


「お、おい! さすがにヤベーんじゃねーのか!? なんで反撃しねーんだよ、あのジジイは!?」

「分からぬゾウ! 小生たちが何を言っても、先輩は笑みを浮かべるだけで……」

「ほんと、分けわからないんで……ガイゼンは何をしようと……」


 ガイゼンは攻撃を受けてはいるが、死んではいない。

 しかし、反撃する気配がまるで感じられない。

 人形のようにされるがままで、ただ肉体を痛めつけられていた。


「堪能したか、闘神よ! 魔界における突然変異の妖怪の力、毛穴の奥まで感じ取ったかなのだ! 神話の住人も所詮は太古の遺物! 進化した現代の戦において貴様の力など、時代錯誤でしかないのだ!」


 猛るポルノヴィーチの力もまた、誇張ではなく強いというのはジオも認めざるをえなかった。

 この破壊力は紛れもなく本物だと。

 だが、それでも……


「何を考えてやがるんだ……あのジジイは」


 それでも、ガイゼンが何もできないほど実力差があるとも思えなかった。

 だからこそ、ガイゼンは何を企んでいるのかと思わずにはいられなかった。


「ぶへっ……ぬわは……いったいの~」


 その時、嵐と炎で全身を火傷と斬撃の痛々しい傷を刻まれたガイゼンが地面に叩きつけられた。

 思わず目を背けたくなるようなその惨状は、常人であれば既に間違いなく死んでいてもおかしくないものであった。


「陰嚢含めて潰れるのだ!」


 そこから更に追い打ちをかけるかのように、ポルノヴィーチの巨大な獣の前足でガイゼンを真上から踏みつぶす。

 

「ぎゃあああ、潰れたんで!?」

「いや、先輩ならばまだ……しかし、どういうつもりだゾウ!?」

「……あのジジイ……人を賭けの代償にしておきながら、何を考えてやがる?」


 痛めつけられ、刻まれて、地べたに這わされて踏み潰される。

 

「……手ごたえありなのだ」


 返り血を浴びて邪悪な笑みを浮かべるポルノヴィーチ。

 怒涛の攻撃を連続で繰り出したために、多少息が上がっているように見える。


「しかし……手ごたえ十分なのに……なのになぜ……なぜなのだ?」


 だが、ポルノヴィーチは途端に浮かべていた邪悪な笑みを引きつらせた。


「なぜ、殺せる気がまったくしないのだ?」


 ポルノヴィーチがゆっくりとガイゼンを踏み潰した前足を上げる。

 すると、血に染まりながらも、変わらぬ笑みを浮かべ続けるガイゼンがゆっくりと立ち上がった。


「……ぬわははははは、五大魔殺界……やりおるわい……ワシら七天とは、違う道を歩んでいるとはいえ、強さだけであれば間違いなく傑物じゃ」


 体は明らかに重症。しかし、その心は微塵も堪える様子もなく、ガイゼンは好戦的な笑みを浮かべたままだった。


「……うお……血だらけなのにここまでピンピンされると、わらわも少しへこむのだ」

「いやいや、ダメージはデカイぞ? ただ、強烈な攻撃ゆえに逆に気付けになって意識を失わないということもあるがのう」


 ガイゼンが立ち上がった姿に、ポルノヴィーチは驚くというよりは呆れたような溜息を吐いた。

 あれだけの力をふるいながら、見た目も明らかにダメージを負わせているはずなのに、ガイゼン自身はまるで動じていないからだ。


「……にしても、解せぬのだ。貴様……なぜ、反撃しないのだ? 何度か隙を作ってやったというのに、まるで誘いにものらぬ。かと思えば、その目は変わらず好戦的……理解できないのだ。ハンデのつもりなのだ?」


 そして、ポルノヴィーチ自身も気づいていた。ガイゼンが手も足も出ないのではなく、意図的に手も足も出さないのだと。

 すると、その問いに対して、ガイゼンは血まみれの笑みを浮かべながら答える。



「な~に、深い理由はないわい。ただ、ワシはこれまで色々なオナゴに手を出したが、既に惚れている男がいたり、好き合っとるカップルなどの女には、何があっても手を出さん。エロスな意味でも、戦いの意味においてもじゃ」


「……なに?」


「多少の狂気に歪もうと、それが毒であろうと、恋するオナゴはそれだけで尊い。ゆえに、摘み取ることも、無暗に触れることもできぬだけじゃ」



 自分以外の男に恋する乙女には手を出さない。それは、ガイゼンなりのルールのようなものだが、それをジオやポルノヴィーチたちに理解することはできなかった。


「つまり、既にラブラブなカイゾーという婚約者が居るわらわには、何があっても攻撃しないということなのだな?」

「そうなるのう」


 むしろ、死ぬかもしれない戦いの最中に、なんというくだらない理由で自分を追い込んでいるのだと、むしろ呆れてしまった。

 だが、そんなジオたちの呆れた表情を一蹴するかのように、ガイゼンが猛るような威圧感を発した。


「ぬわははははは、だが……安心せよ、恋する狐娘よ。手は出さんが……闘争において、ワシは負ける気など微塵もない」

「ぬっ……ぬぬっ!?」

「何もせずとも、ワシは勝ってみせようではないか!」


 この状況で、更に反撃をしないことも明言しておきながら、それでも勝つと宣言するガイゼン。

 まるで自分を疑わないその空気は、「どうやって勝つつもりだ?」という根本的な疑問をジオたちの頭から吹き飛ばしてしまった。

 

「……あのジジイはバカだが……ハッタリは言わねー……」

「う……うん」

「……ああ……そう、思うゾウ……というより、先輩……どうかその狐を退治して欲しいゾウ! 断じて小生はらぶらぶなどということはないゾウ!」


 ガイゼンが勝つと言っている以上、本当に勝つ気であるということを理解したジオたちは息を呑んだ。


「……なるほどなのだ……つまり……わらわの心をへし折ると……そういうことか?」

「ん?」

「このまま、何もしない貴様をわらわが思う存分に痛めつけ、叩きのめし、刻んでも……それでも貴様を殺せないということを理解させ……わらわの心をへし折るか?」


 そしてポルノヴィーチもまた不敵な笑みを浮かべた。


「やれやれなのだ。カイゾーと同じ七天大魔将軍……その創設者……しかし、貴様はわらわがこれまで出会ってきた七天たちとは大きく異なる男なのだ」

「ん? そうか? カイゾーもワシには腕っぷしでは敵わぬも、ワシと同じぐらい男前だと思うがな」

「それは当たり前なのだ! カイゾーほど男の男を表すイケメンをわらわは見たことがないのだ! ただ、貴様と違うのは……もっと根本的な生き方のようなものなのだ」


 ガイゼンという存在から何かを感じ取ったポルノヴィーチから、ガイゼンに対する敵意のようなものが少し薄れたような空気が流れる。


「わらわも七天とは、魔界の表と裏……陰と陽のような立場として、適合することはなかったが……それなりに関わった。『怪獣武人カイゾー』……『衝撃魔剣聖パスカル』……『運命反逆者クッコローセ』……『優しい智将ゲドウ』……『未確認魔戦士ハットリ』……『ジェンダーフリー将軍オカーマン』……『極限魔導王ブラフ』……皆、恐ろしい存在だったのだ」


 かつて、ジオも戦場で戦い、そして世界に轟いていた怪物たち。

 

「そんな七天たちという存在……そして、戦争が苛烈になるに連れて人間たちの鬼畜のごとき所業も苛烈して……普通の世界では生きられぬアンダーグラウンドの女たちは余計に居場所を追いやられていったのだ」


 切なそうにしながらも、猛るように前足で薙ぎ払うように大振りし、ガイゼンにぶつけるポルノヴィーチ。


「だからこそ、それを守り理想の国を作るため……メムスを利用させてもらうのだ! そんなわらわを、下衆と呼びたければ呼ぶがいいのだ!」


 だが、ガイゼンは……


「ワシとは違って……立派じゃ立派」

「ッ!?」

「ワシにはできぬ。自分の好きなようにしか生きられなかったワシには……だからこそ、せめてその償いを……とも思っておる」


 巨大な前足にふきとばされるかと思いきや、ガイゼンはポルノヴィーチの前足を正面から受けてもふきとばされずに両足で堪えきった。


「ワシは数百年前に愛したオナゴたちに何もしてやれんかった……スタートにも何もしてやれんかった……だからせめて……」

「な、んだと?」

「ワシの子孫……そして……あのスタートのクソガキの……せめて、その娘だけでも……あの二人をどうにかしてやるには、ワシ自らがまとめて守ってやる方がいいと思ったのじゃ」


 あの二人。ガイゼンが呟くその二人とは、オシャマとメムスのことであると、ジオたちも察した。

 だが、一つだけ解せなかった。それは、ガイゼンがオシャマを守ろうとすることは理解できる。しかし、メムスをどうしてそこまで気に掛けるのかが誰にも分からなかった。

 ジオも思い返してみれば、ジオに暴走したメムスを救いに行くように御願いしたのもガイゼンだった。そのとき、ガイゼンは女の涙がどうとかと笑っていたが、結局本当のことはジオにも分からないままだった。

 

「どうしてなのだ? メムスは貴様にとってそこまでする存在ではないと思うのだ。確かに大魔王の娘だが、貴様はその大魔王に封印されたのだろう?」


 そして、ジオがガイゼンに一度尋ねたことを、ポルノヴィーチが改めて問う。

 すると、ガイゼンは目を細めながら……


「確かに封印されたが……ワシは別にスタートを恨んではいない……アレとも色々とあったしのう」

「……な……に?」

「まぁ、もっと遡れば……ワシが真に忠義を尽くした主君は、スタートの父である先代大魔王である『エオン』様じゃ。あの御方にはワシも誠に世話になった……言ってみれば、メムスはあの御方の孫にあたる……命を懸ける理由には十分すぎるわい」


 どこか切なそうに見せる、ガイゼンのらしくない表情と言葉。

 しかしその、らしくない表情と言葉が、むしろガイゼンの本心なのだろうと、ジオたちは自然と察することが出来た。


「やれやれ……なのだ。ここに来て、『全ての始まり』の人物の名を聞くとは……貴様自身が神話の住人なだけあって、スケールが大きすぎて呆れてしまうのだ」


 すると、ポルノヴィーチもまた呆れたように溜息を吐いた。


「しかし、わらわたちをジオパーク冒険団の傘下にすることで……それが何故わらわたちを守ることに繋がる? 貴様らは別にこの国に住むわけでもないのだろう? それに、確かに貴様らは脅威の者たちだが、世界的に見ればまだまだ無名なのだ……貴様らの名前を出しても、抑止力にはならないのだ」


 だが、ガイゼンの本音は分かったが、それでもガイゼンの提案は了承しにくいとポルノヴィーチも告げる。

 確かに、ジオも、マシンも、一部の軍関係者には響く名前だが、それでも世間からは数年の空白期間があり、勇者オーライたちほど浸透している名前ではない。

 ガイゼンもまた、それが神話のガイゼンと同一人物だということを、今の世はまだ殆どの者が知らない。

 だからこそ、ジオパーク冒険団の名前を出しても、このハーメル王国が他者に脅かされないとは言えないというのが、ポルノヴィーチの見解である。

 その見解にはジオも同意だった。

 すると、ガイゼンは……


「だからこそ、少し時間をくれい」

「なに?」

「今のワシらの名前では抑止力にならずとも、一年以内にはワシらの名を地上にも魔界にも轟かせる」


 今の自分たちの名前ではダメなのならば、すぐにその名を上げてやる。

 それがガイゼンの考え。


「魔王軍でも連合軍でも、五大魔殺界でも地上のアンダーグラウンドの組織でもない。それら全てに属することなくも、その全てを超越した存在にワシらがなれば、誰にも文句は言わせぬ。そうすなわち……」


 その言葉に一切の具体性なく、しかし……



「新興勢力となるのじゃ」



 豪快に告げるその瞳は真剣であった。




――あとがき――

いつもお世話になっております。本作がマンガUP様にて最新話の漫画が更新されておりますので、見てつかーさい! ガイゼン無双です

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