第118話 一騎打ち

 村人たちと和解し合っているメムスより先にジオが村に戻ると、オシャマとロウリが慌てて駆け寄ってきた。 


「ムコッ!? ムコムコムコー!」

「ジオにーちゃん、ねーちゃんは!? ねえ、ねえちゃんは!?」


 一斉に幼い娘と背が小さい娘に飛び掛かられるジオ。

 オシャマはジオの体によじ登り、ジオに頬ずりしたり、匂いを嗅いだり、自分の匂いをジオに染み込ませようと体を摺り寄せたりし、ロウリは一緒に帰って来なかったメムスがどうなっているかとジオの手を掴んで喚いた。


「あ~……安心しろ。お前のねーちゃんは、もうすぐ帰ってくる。お前の家族と一緒にな」

「ほんと!? ……ねーちゃん……帰ってくる?」

「ああ。まっ、だからそのときは、ちゃんと笑顔で迎えてやるんだな」

「……ねーちゃん……帰ってくる……ねーちゃん……」

「……で、オシャマ。ちょっとお前は落ち着け」

「む~、なんで! オシャマも撫でるかチューか交尾しろ!」

「はいはい、なでなで」

「……むふ~♪」


 ジオは疲れた表情でロウリの頭を撫でて安心させ、オシャマに関してはもうめんどくさいので、体を揺らして落としてからロウリのついでに頭を撫でたら、それでも十分満足なのか笑みを浮かべた。

 すると、ジオの言葉に、村に残っていた年寄りたちも一斉に安堵の表情を浮かべてジオのもとに集まっていく。


「そうか……メムスが……礼を言わせてくれ、お若いの。ワシらの家族を……ありがとう……ありがとう」

「い、いや、べつにいいよ……気まぐれだし」

「それでもじゃ。ありがとう……」


 こうやって人から感謝されるのは、まだ複雑な気分であり、同時に照れ臭く、ジオは足早にその輪から抜け出して仲間の元へと……


「……って、ん? あれ?」


 年寄りたちの輪から抜け出して仲間の元へと向かおうとしたジオだったが、村に居たのは……


「はぁ……心配だ……ダーリン……しかし、ここはボスを応援した方が……」

「う~……体の火照りが……こんこん……ボス……どうか……どうか……」

「お預けなんて酷いでしゅ……ボス……がんばでしゅ」


 心配そうな顔で乙女の表情をしているイキウォークレイに、いやらしい表情で体をくねらせているコン、そして涎を垂らしながら何かをお預けされて堪えているタマモが居て……


「……リーダー……お疲れだったな」

「マシン……。なあ、チューニとガイゼンと……カイゾー……それとあの変態狐は? それにそのお前の後ろに浮かんでる黒い靄は……船でチューニが開発した魔法の……」


 黒い靄の前で仁王立ちしているマシン。その靄がチューニの時空間魔法であることはすぐにジオも分かった。

 そして、この場に居ないガイゼン達。


「おいおい……まさか……」


 ジオが何かに勘づくと、マシンもそれに頷いた。


「そうだ。チューニの時空間で……ガイゼンとポルノヴィーチの一騎打ちだ」

「ッ!?」

「チューニは時空間の出入り口を維持するために中に、そして……カイゾーは二人の戦いの未届け人となっている」

「な、なに?」

「本来なら空間を完全に遮断するものだが、チューニが拒否をした。何かあった場合、すぐに脱出できるようにとこちらの空間との出入り口を開けたままにし、ガイゼンとポルノヴィーチの戦いの余波がここまで漏れないよう、自分がこの場でそれを防ぐ役目をしている」

「おいおい……なんで……そんなことに……」

 

 自分が居ない間に何があったのだ? そうジオが疑問に思うと、マシンは淡々とした口調で……


「ガイゼンが提案した。一騎打ちでガイゼンが勝てば、ポルノヴィーチ率いる女堤防ウーマンダムはジオパーク冒険団の傘下組織となることと」

「な、なに?」

「逆に、ポルノヴィーチが勝った場合、ガイゼンは生涯イキウォークレイ一筋でこの地に生きることとし、チューニはコンと、リーダーはオシャマと、カイゾーはポルノヴィーチと、それぞれ逃げられないように首輪を付けられたうえで結婚し、自分はタマモ・ミスキーに股間を好きなだけ揉ませるということになった」

「ぶっ……は……はぁ!?」


 淡々とした口調で驚愕のことを告げるマシン。ジオも思わず吹き出してしまった。



「ちょ、ちょっと待て! なんでそんなことになってんだよ! つか、ガイゼンだけならまだしも、なんで俺らまで条件に入ってんだ!? つか、なんでガイゼンの奴はポルノヴィーチやこの女どもを傘下にしようとしてんだよ! お尋ね者だろうが!」


「ガイゼンは……それが、一番丸く収まると判断したようだ。無理にポルノヴィーチたちをこの地から追い出すよりは、これまで通りこの地を管理させること。ただし、メムスを魔界の権力争いに使わせない。そうするための手段のようだ……」


「いやいや、だからって……つうか、お前はお前でクールにそんなこと言ってるが、何をサラッとタマを揉ませるとか言ってんだよ!」


「問題ない。それは、ガイゼンが負けた場合の話だ」


「だから、もし―――――」



 そんな滅茶苦茶な条件を出して、もしガイゼンが負けたらどうなる? と言おうとしたジオだったが、そこから先は言わなかった。

 なぜなら、「それはない」と気づいたからだ。


「負けねえか……あのジジイは」

「ああ、そうだろうな」


 マシンもガイゼンが勝つと確信しているからこそ、特に慌てる様子もないのである。


「で、どれぐらい経った? 時空間に入ってから」

「あまり経ってはいない……」

「そうか……」


 ガイゼンが負けることがないと分っていれば、ジオも安心して気が楽になった。

 一方で、中でガイゼンとポルノヴィーチが戦っていると改めて考えると、そのことの方が興味深くなった。


「……五大魔殺界か……まぁ、ヨエーってことはねーか……あのカイゾーも手を焼いてんだ……七天級かもしんねーわけだ……」

「ああ、自分もそう予想する」


 かつて、ジオも知らなかった戦争の表舞台に出てこなかった魔界のアウトローの世界の超大物。

 ポルノヴィーチが初めて登場した時は、その容姿や言動から違う意味で驚かされたが、それでもその実力は本物なのだろうと考えると、中の戦いが気になった。


「……俺もちょっと入ってみていいか?」

「構わないが、一騎打ちである以上……」

「分かってる、水は差さねえよ。つか、あのジジイに加勢なんて必要あるかよ。それに、チューニも心細くて泣いてるかもしれねーし、様子も見てきてやんねーとな」


 二人の戦いを見てみたい。そう思ったジオはマシンに断りを入れて、興味本位で黒い靄を通ってチューニの時空間へと足を踏み入れた。


「さーて、どうなってるか――――」


 そして次の瞬間、その時空間から発せられた強烈な熱気に思わず全身から汗が噴き出した。


「ッ、つ、あつっ!? な、な、なにが……」


 入った瞬間に、外との世界と一変する空気にジオも思わず身構える。

 すると、その世界には……



「侵略すること大炎の如く! ギガ、ギガ、ギガ、ギガ、ギガ、ギガ、ギガ、ギガ、ギガアアアアアアアアアア! 九連ギガファイヤッッ!!!!」



 目を疑うほど巨大な狐の怪物。九つの尾を持ち、その先端に強大な魔力が込められた猛々しい炎を一斉に放つ。

 空間全体が炎に包まれたかのような灼熱の地獄は、次の瞬間には一人の男を一瞬で包み込み、どこまでも続く天井に高々と巨大な火柱を上げた。


「うおっ!? な、なんっつー……狐デカッ!? 魔法もデカ!? つか……い、今、ガイゼン、まともにくらわなかったか!?」


 時空間に足を踏み入れた瞬間に一変する世界。そして、巨大な怪物という予想外の状況にジオも思わずのけ反った。

 すると……


「暴威!?」

「り……りーだー!?」


 炎の地獄に巻き込まれないようにと離れた場所に立ち尽くすカイゾーと、カイゾーの後ろに隠れてガタガタ震えているチューニの姿があった。


「お前ら……なあ、どうなってんだ? ガイゼンは……それに、あの狐……まさか、ポルノヴィーチか?!」


 戦いの状況はどうなっているのだ? そうジオが問おうとした瞬間、巨大な高笑いとともに、炎の火柱に向かって巨大狐・ポルノヴィーチが駆け出した。


「デュエヘヘヘヘヘヘヘヘ! どうだ、わらわのモットー、嵐森(らんしん)炎岳(えんがく)! 恋にもエロスにも戦いにも共通する奥義!」


 ポルノヴィーチが火柱を巨大な腕と爪で両断すると、火柱の中から人影が飛ばされた。それは、全身に痛々しいほどの火傷を負わせ、更に爪によって上半身に大きな爪痕を刻まれて血を噴き出している……


「なっ、お、……おいっ!?」


 思わずジオも目を疑ってしまったが、それは間違いなくガイゼンであった。


「焼きを入れられ、引き裂かれ、ズタズタにされ、痛々しく破壊されるがいいのだ、闘神!!」


 宙に舞うガイゼンを、今度は大きく靡く九つの尾によって、鞭のように全身を叩きつけ、時には尾を強固にして鈍器のように叩き、尾の先を刃の用に尖らせて全身を刻んでいく。



「速きこと嵐の如くなのだ!」



 その怒涛の、そして巨大でありながら目にも止まらぬ攻撃に、ガイゼンはまるで人形のように空中で好き放題弄ばれ、全身の血が大量に噴き出している。


「うそ……だろ?」


 その光景をジオは受け入れられないでいた。

 認めたくはないが、ガイゼンは間違いなく今の自分をも遥かに上回る力を持つ、最強の存在。

 しかしその存在が、巨大な化け物によっていいように痛めつけられている。

 確かに、相手は強大な怪物。しかし、それでも「あのガイゼンが?」という事実を飲み込めないでいた。


「……ガイゼンが……手も足も出ねーのか?」


 ジオがそう震える唇で呟いた。

 だが……


「……そうではないゾウ……暴威」

「違うんで、リーダー……ガイゼンは……ガイゼンは……」


 そのとき、カイゾーとチューニがそう告げた。

 この二人の戦いを最初から立ち会っていた二人。

 二人は、「ガイゼンが手も足も出ない」ということを否定した。

 ならば、どういうことか?


「ガイゼンは……手も足も出ないんじゃない……一騎打ち提案したくせに……手も足も一度も出さないんで……」

「…………はぁ?」


 手も足も出ないのではなく、手も足も出さない。

 その意味不明なチューニの言葉を、ジオはすぐに理解できなかった。

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