第117話 未練
「それにしても、素っ裸にされるとは思わなかったぞ」
「ああ、それは悪かったよ」
「別に怒ってるわけじゃない。ただ、お前に身も心も裸にさせられたなと思っただけだ」
「おい、村の連中にはもっと丁寧に説明しろよな? また、俺が変態呼ばわりされる」
大きな葉を胸や腰に巻きつけて簡易的に体を隠すメムス。
その表情は、どこかスッキリとして、魔に侵食されていた体も元に戻っていた。
「ふふふ、そうだったな。そういえば、お前はオシャマの尻を鷲摑みにしたり……我を裸にしたり、女の裸が好きなのか?」
「だから、ワザとじゃねえってのに……」
「でも、裸は好きなんだろ? ほれほれ、今の我は下に何も付けてないから、今のうちだぞ~♪」
スカートのようにした葉をニヤニヤした表情で捲ろうとしてくるメムス。どうやら相手をからかったり冗談を言ったりするぐらい元気も取り戻しているようだ。
「はいはい、そういうのはいつか本気で惚れた奴を見つけたら言ってやるんだな」
「むっ、おい、なんか今、我を子ども扱いしたな!?」
「ああ。手のかかる泣き虫はいつの時代もガキなんだよ」
ジオがメムスの挑発を鼻で笑って頭を軽く撫でてみると、メムスはムッとした表情で頬を膨らませた。
「む~、無礼なやつめ……だいたい……その、本気で惚れるとか、その恋というやつ的なものか? そういうの……よく分からん……どうなれば、そうなるんだ?」
「ン? あ~……なんつーか……そいつともっと一緒に居たいとか、もっと知りたいとか、もっと一緒の時間を過ごしたいとか……こいつのためなら何でもやってやるって気になるとか……そういうのを、家族とか兄弟姉妹以外の相手に思うことじゃねーかな?」
思わぬ質問。「恋ってなんだ?」というメムスの問いに、思わず言葉に詰まるジオ。
説明しながら恥ずかしくもなっていた。
すると、メムスは更に……
「ふ~ん……なぁ、ジオも誰かに恋したりとか……恋人とかいないのか?」
「…………」
それは、ジオの根幹に触れる痛い質問でもあった。
そして、その問いに対して真っ先にジオが思い浮かぶのは、既に決別した女たち。
「俺はほら、男前だろ? だから、かなりモテたしな。そういうのは、何人もいたもんだぜ!」
「自分で言うか!? ……まぁ、否定しないけどな。確かにお前は、我が今まで出会った中で一番の男前だ」
「……悪い、そんな澄んだ目で肯定されても反応に困る」
「なんで照れるんだ? だって、お前はカッコいいじゃないか」
「だーから、やめれってんだ! これだから、世間知らずは……」
冗談を言って誤魔化そうと思ったが、正直なメムスの思わぬカウンターで頬が熱くなって顔を隠すジオ。
しかし、メムスは余計に顔を覗きこんで来て「カッコいい」と連呼する。
「でも、冗談ではなく、それだけ男前なんだから、やっぱり……恋人の一人や二人は居たのだろうな……ン? なんだろう……ちょっと胸がチクリとしたな……?」
そして、またジオの根幹に触れ、思わずジオは言葉に詰まってしまった。
だが、ウソをついて否定することも出来ず、仕方なくジオも肯定した。
「いたよ」
「そうか……ん? いた?」
「ああ。とはいえ、もう別れたし、もう会うこともねーし、未練もねーけどな」
「……そうか」
「それに、俺はもうそういうのはどうでもいいのさ。好き勝手気の向くままに遊んで過ごす方が、今は大事なんだよ」
いたことは否定はしない。しかしそれは過去のこと。
だから未練も……
「ウソつきめ」
「えっ!?」
「未練あるって顔をしてるぞ」
「ッ!?」
思わぬメムスの突っ込みに、ジオも驚いてしまった。
「ジオ、お前はもう自分は戻れないと我に言った……女を幸せにはできない奴だと言った……でも我は……お前がそんなやつだとは思えない」
「いや……そんなことは……」
「恋人と別れるとかは、それは個人の問題だと思うからなんとも言えないが……ただ、それでも我は……お前は自分をそんな風に卑下するような奴じゃないと思う……」
胸が締め付けられるようなメムスの言葉だったが、そのことを顔に出さないようにジオは堪えた。
「実際、我はお前に救われた。お前が居なければ、我はもう二度と幸せだった日々には戻れなかった。それって……我をもう一度幸せにしてくれたのはお前だと言ってもいいのではないか?」
もうそれ以上言わないでくれと言葉に出しそうになるが、言ってしまえば自分が動揺していることがバレてしまうと思い、ジオは何も言えなかった。
「だから……我を幸せにしてくれたお前には……感謝しかない」
「まだ、わかん……ねーだろうが。村の連中と仲直りしたわけでもねーんだし」
「それでもだ」
すると、メムスはジオの胸をドンっと強く叩いて……
「もし、お前が不幸になりそうだったり、困ったりしたときには我に言え。大人になった我が、今度はお前を助けてやる」
「メムス……」
「ほら、さっさと帰るぞ。皆も心配している」
それだけを告げて、メムスはもうそれ以上はジオの過去を掘り起こそうとはしなかった。
しかし、自分を救った恩をいつか返すことをメムスは宣言した。
ついさっきまではただの子供だと思っていたはずの女が告げる言葉に、ジオも余計なお世話と感じながらも、どこかムズかゆくなって、一本取られた気がした。
「ふん、女に助けてもらってまで幸せになりたいなんて思わねーさ。男は女と違って、人生に楽しさは求めても、幸せをそこまで欲したりしねーよ。つか、俺を助けようなんて十年はえ~よ」
「ほんっと、お前という奴は~……」
ジオの捻くれた態度に苦笑いするメムスは、そう言ってもう一度ジオの胸を叩いた。
すると……
「メムスッ!」
「メムスちゃんッ!」
森の中に声が響き、その声にメムスが緊張したように震えあがった。
振り返らずとも誰が叫んでいるのか、誰が駆けつけてきたのか、メムスにはもう分かっているのだろう。
「あっ……っ……み、みんな……」
恐る恐る、だがもう逃げようとはせず、意を決して振り返るメムス。
その瞬間、駆け付けたメムスの兄貴分や姉貴分の村人たちは複雑そうな表情を浮かべるも、ゆっくりとメムスに歩み寄る。
「メムス……」
「あねさま……あにさま……」
先ほどまではもう大丈夫だと言ってはいたものの、メムスもいざ目の前に家族が急に現れたことで少し慌ててしまったのだろう。
だが、それでも両者から流れる、互いを想う空気のようなものをジオも感じ取り、「これなら大丈夫だろう」と思い、メムスの背を押した。
「俺は先に帰ってる」
「ッ、じ、ジオッ!?」
「もう……大丈夫なんだろ?」
「……ッ……ああ!」
ジオにそう言われて、メムスも覚悟を決めて力強く頷き返した。
その瞬間、駆け出すメムス。その背中を見て、ジオも少し切ない気持ちになりながらも見送った。
「俺のことはもういいんだよ……自分で決めたことだから」
メムスの結末を見られただけで満足であり、そのことと自分を重ねようとは思わない。
そう自分に言い聞かせて、
「さて……お姫様の件はこれでいいとして……向こうはどうなってるかな? あのチビ狐もどうにかしねーとならねーが……まぁ、ガイゼンとマシンが居れば大丈夫か? チューニは……どさくさ紛れで卒業できてたら、お祝いでもしてやるか」
抱き合うメムスと村人たちの姿に背を向けて、ジオは村へと戻った。
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