第116話 幕間・提案

 離れた場所から感じた禍々しい力。しかし、その力はやがて穏やかに変わり、その闇が晴れていく。

 その情景を目にしなくとも、強者たちは気配で感じ取ることが出来た。


「先輩……メムス様は」

「うむ。十中八九、絶望の闇が晴れたであろう」

「そ、そうですか……よかったゾウ……」


 メムスの様子に安堵するカイゾー。


「ねーちゃん……はやくかえってこないかな……」

「ムコ……かえってこない……」

「ったく、あ~もう、泣くんじゃないよ。なんでウチがガキどもの御守りを……でも、これも将来のためだと思えば……うえへへへ」


 飛び立ってしまったメムスのことをずっと心配そうにしているロウリと、そんなロウリといつの間に隣に並んでジオの帰りを健気に待つオシャマ。

 そんな二人に対し、イキウォークレイはめんどくさそうにしながら、ロウリとオシャマの手を繋いであやしていた。


「心配いらないゾウ、ロウリ」

「ゾーさん?」

「暴威が……あやつがやってくれたゾウ」

「……ねーちゃん帰ってくる?」

「ああ、大丈夫だゾウ」


 メムスはもう大丈夫だと分かったカイゾーが、ロウリに歩み寄ってその頭を優しく撫でる。

 すると、ロウリは不安そうだった表情が一変して笑顔を見せ、そしてオシャマもまたどこか誇らし気に胸を張った。


「むふ~、ムコがやってくれた。さすが、オシャマのムコ!」


 カイゾーもムコ云々についてはもう触れなかったが、それでも「流石は」という言葉には否定せずに頷いた。

 一方で……


「流石だ、リーダー……結局何とかする……。ところで、タマモ・ミスキーよ……自分は辛抱強い方だと思うが……流石にしつこいと感じる」

「うえへへへへ、しゅごいのしゃわりたい……モミモミしたい……」

「……大した体力だが、自分の体力は無尽蔵だ……そして、お前のスピードにはもう慣れた……自分を捕らえることは出来ない」


 メムスとジオの様子を気になりつつも、唯一タマモだけは当初の目的であるマシンへのスキンシップをやめることなく、未だに追いかけっこを繰り広げていた。

 だが、そんな二人のことは放置して、ポルノヴィーチは舌打ちした。


「……メムスが……堕ちなかったのだ……」


 神妙な顔をしながら離れた山を見つめるポルノヴィーチ。

 幼女で卑猥な姿をしていても、その眼光は鋭く、イラついたように呟いた。


「ぬわはははは、リーダーもオナゴの扱いがうまいもんじゃ。ウヌの思い通りにはいかんかったな」

「……貴様……」

「ひょっとしたら、あの娘っ子もそのままリーダーに惚れて、森の中で大人の階段とやらを登っとるかもしれんの~」


 ジオがメムスを救ったのだと確信したガイゼンは、上機嫌に笑みを浮かべながらポルノヴィーチにそう告げた。


「……つまらんのだ……もっと深淵にいけたはずが……よけーなことをしてくれたのだ」

「そうでもないぞ? 絶望などと重たい言葉を使ったところで、所詮はただの拗ねた子供の態度。そんなもので得られる力など、たかが知れているというものじゃ。むしろ、その拗ねた子供が立ち上がって大人になる方が、よほど成長したと言えると思えんか?」

「ふん、どーせ大人になるのなら、エロエロが大好きな女になる成長をすればいいのだ。そっちなら、わらわも納得するのだ」

「ワシもそういうのは嫌いではないが、どのようなオナゴになるかはあの娘次第。もう少し見守ってやればよい」


 そのガイゼンの言葉や態度はポルノヴィーチの神経を逆なでするようなものであったが、ガイゼンはまるで憶する様子もなく、ポルノヴィーチの小さな頭に手を置いた。

 だが、ポルノヴィーチはガイゼンを睨みつけながら、頭に添えられた手を払いのけた。


「ふっ……貴様が本当に『あのガイゼン』だというのなら……」

「ん?」

「数百年前の貴様は……あやつの父親である、大魔王スタートを見守ろうと思わなかったのだ?」

「……」


 そのとき、ポルノヴィーチが発した言葉に、突如ガイゼンの笑みが止まった。


「友人に聞いたことがあるのだ。神話では戦死したと言われる闘神ガイゼンは、実は大魔王と対立し、そして封印されたと」

「……」

「娘には甘いのに、父親の方には封印されるほど怒らせるような対立をしたということなのだ」


 ポルノヴィーチがガイゼンを試すかのように口にした言葉。ガイゼンの過去に触れるものであった。

 しかし、一瞬間が開いたものの、ガイゼンはすぐに笑い飛ばした。


「ぬわはははは、そりゃオナゴ相手の方が甘くなる。とーぜんのことじゃ! その分、つまらんムカつく男には厳しい。……まっ、ワシのいなくなった数百年であやつも少しは変わっていたのかもしれんがな……何を考えて生きていたかは知らぬが、それでも数百年間は大魔王として魔界を率い続ける根性は見せたようじゃからな」


 笑いながら、少し遠くを見るように瞳を細めるガイゼン。

 しかし、そうやって物思いにふけって笑い飛ばそうとしたガイゼンに構わず、ポルノヴィーチは問う。


「で……その、闘神が現代に復活し……わらわをどうするつもりなのだ? 大魔王の意志を継ぐわけでも、魔王軍を復活させるわけでもなく……それでいて、オナゴのために戦うわらわを邪魔する気なのだ?」

「ん~……そうじゃのう……ワシも色々と考えておる。なんだかんだで、ワシもウヌの仲間を一人嫁にもらったことだし……ワシの提案を受けるのであれば――――」


 そして、この後何をするのか? ガイゼンは、自身の考えをポルノヴィーチに提案する。

 それは……



 一方そのころ……



 コンに連れ去られたチューニ・パンデミックは意識を取り戻したものの……


「ぐすん……うっ、ぼ、ぼく……ほんと、カッコ悪いんで……」


 とある民家にて、床の上で縮こまって泣いていた。

 床の上には、チューニの纏っていた衣服や下着なども全て綺麗に畳んで置かれている。

 そう、今のチューニは裸であった。


「もう、泣かないで……坊や」


 そんな蹲って泣いているチューニを、同じように肌をすべて晒した姿で抱き寄せて、頭を撫でるコン。

 自分の晒した胸の谷間にチューニをうずめて、いやらしく体をくねらせてチューニに胸の感触を与えようとしている。

 だが、チューニはその状況でも、ただ泣いていた。


「もう、最初は誰だって、ん、うまくいかないものです……」

「で、でも、ぼ、ぼく……ぼく……もう、お婿に行けない……」

「ふふふ、困りましたねぇ。魔法使いの坊やが、一つになる前に魔力を暴発させて、賢者さんになってしまいました……」

「そそ、それもそうですけど、な、なんで、ぼ、ぼく、目が覚めたら裸で……おねーさんも裸で……」

 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら涙を流すチューニ。だが、その情けない姿に、コンは微笑みながらも口元に涎が出た。


「じゅるり……ふふふ、坊や。坊やはまだ子供ですから……落ち込まないで再チャレンジです。ほら、さっきみたいに暴走していいんですよ?」

「ちがっ!? あ、あれ、ぼ、僕も、もう、わ、わけわかんなくて……お、おねえさんに、その、変なこと……夢中で……」

「あら? とっても坊やはかわいかったわよ? 赤ちゃんみたいに、赤ちゃんじゃできない勢いで……うふふふふ♡」

「いやあああああ、い、言わないで欲しいんで! っていうか、リーダーとかにも内緒にして欲しいんで!」

「はいはい、二人だけの秘密ね……はあ、はあ、はあ、はあ……」

 

 チューニをあやすコン。だが、その目じりはドンドン妖しく垂れ下がり、呼吸も荒くして、谷間にうずめているチューニの顔に必要以上に自身の胸を擦りつけた。

 徐々に動きが激しくなるコンに、チューニも泣きながらも少し嫌な予感がして、チラッとコンを覗き込む。

 すると、コンは……


「ところで、坊や。おねえちゃんも、そろそろ寂しく……我慢できなくてね……」

「は、はい?」

「まだまだ子供の坊やには……」


 チューニの頭を撫でていた右手を、突如「わきわき」とさせて……


「おーきくなーれ、おーきくなーれ……強く逞しく雄々しい男の子になーれ、おーきくなーれ……っていう魔法をかけてあげますよ?」

「ひいいいい、なな、なにをっ!?」

「あん、もう、そんな怖がって……余計泣いちゃうなんて……かわい、ペロリ」

「ぼ、僕の耳、な、舐めないで欲しいんで!」


 そのとき、チューニは心臓を激しく高鳴らせた。

 先ほどまで、恥ずかしさのあまりに落ち込んで、『そういうこと』にも関心を見せなかったのに、コンの動きに再び体が熱くなる。


「坊やもまだ若いのですから……じゅるり……」

「ひ、いっ、ひ、……あ、あの、ぼ、ぼく、……」

「はい! いただきま―――――」


 チューニは実感した。自分は喰われる。そして、新たなる世界に―――


「おーい、チューニ。邪魔して悪いが、ちとよいかー?」


 と、そのとき、つっかえ棒でしっかりと閉められていた民家の戸が、力任せに開けられて、つっかえ棒が粉砕した。


「ッ、何事です!?」

「ひいいいいいい、だだだ、こ、が、がいぜ……」

「お~~~~、良い所で悪いのう。ちと、そのままでよいから、チューニに一つ頼みがあってのう」


 裸の男女。煽情的な女に捕食されようとしているか弱い男。

 その光景にガイゼンは特に深くツッコミ入れずに、このような状況のチューニに頼みをする。


「ほれ、ウヌが開発してしまったという……時空間魔法……あれで、ワシと『こやつ』をその空間に入れてくれんかのう?」

「ここ、こんな状況で何を言ってるんで!? っていうか、見てないで助けて欲しいんで!」

「いやいや、せっかくそこまでいったのじゃから、筆下ろししてもらえ。ただ、それはそれとして……ワシらを時空間に入れてもらえんと……ちょっとシャレにならんからのう」


 助ける様子もなく、ただ頭を掻きながら笑うガイゼン。

 まるで意味が分からずチューニが混乱していると、チューニを喰おうとしていたコンが急にハッとした。


「……この……気配は……ッ!」


 突如、チューニを抱えたまま立ち上がって、勢いよく飛んで民家の屋根を突き破って屋根の上に飛び出すコン。

 そこに居たのは……


「デュエヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!!! ガイゼン~……わらわは貴様の提案は……断固拒否するのだ!!」


 村全体に巨大な影を落とす、巨大な獣。

 それは、竜化したオシャマよりも遥かに巨大なもの。


「こ、これは!?」

「ぎゃあああああ、ばば、ばけものなんで!?」

 

 全身を赤身のある毛に覆われ、巨大な耳を持ち、猛獣の鋭い牙と大きな口。

 そして、揺れるのは巨大で長く禍々しい九つの尾。


「なんという巨大さ……これが、ポルノヴィーチの真の姿……九尾の大妖狐だゾウ……」

「……なるほど……九尾か。その尾で山も切り、海も切り、世界も破壊すると言われているが……」

「……ひぇ……ねーちゃん……」

「……おっきいきつね……」

「ちょ、ボス、本気かー!? ウチの旦那様と本気で戦う気かー!?」


 それを見上げるカイゾーやマシンたちも唖然とし、ただ眺めることしかできない。

 それが、ポルノヴィーチが見せる真の姿。


「ということじゃ、チューニよ。これと戦えば、村はおろか、山も森も全部消し飛ぶ」

「いやいや、そもそもアレ誰!? これ、どういう状況なんで?! しかも戦うつもり!?」

「おお、そうじゃ。こやつにとある提案を出したら、却下しおったわい」

「提案って!?」


 そんな巨大な怪物と、今から戦おうというガイゼン。

 まるで状況も意味も理解できないチューニに対して、ガイゼンは……



「メムスや村人にはこれからも危害を加えなければ、今後もこの村を統治させてやる。そのうえで……」


「そのうえで?」


「五大魔殺界の一人、ポルノヴィーチ率いる女堤防ウーマンダムは、今後はジオパーク冒険団の傘下チームとなること。そうすれば、全部丸く収まると思ったんじゃがな~……やはり、オナゴとはいえ一団のボス。ダメじゃった」


「はい、アウト! それ、アウト! っていうか、正規の冒険団がどうして魔界の超大物賞金首チームを傘下にするのか、意味不明なんで!?」



 ガイゼンが「ダメじゃった」と舌出して笑う姿に、全裸のチューニは屋根の破片を投げつけて抗議した。

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