第97話 働くもの食うべからず・続
「おい。で、お前たち三人はどうするのだ?」
と、そこでチューニの可能性に三人が苦笑していたところで、メムスは今度はジオ達に問う。お前たちはどうするのかと。
すると、今度はマシンが村を見渡して……
「ん? あれは……」
マシンの視線の先には、村の中に流れる小川の傍らに備え付けられた建物。そこには、木で作られた円形の装置があった。
小川に設けられたその装置が、回転しながら水を田んぼに送り込んでいる。
それを見て、マシンが感慨深そうに目を見開いた。
「水車小屋か……隔離地域にあのようなものがあるのだな」
「ん? おお、そうだぞ! あれは、カイゾーが我々のために作ってくれたものなのだ!」
「……カイゾーが?」
「カイゾーが木を自在に操れる力を使って作ってくれてな。あれで田んぼに水を送るだけではなく、小屋の中であれを動力として脱穀したり、製粉したりと大いに大活躍しているのだ!」
メムスはそう言って、自分のことのように誇らしげに胸を張った。
だが……
「ん? 止まった……」
「ぬぬっ!?」
言っている傍から、水車の回転が止まった。すると、小屋の中から村の女たちが出てきて……
「ねえ、ゾーさん! 水車がまた止まっちゃったの。お願い、見てくれる?」
水車に不具合が起こったようで、製作者のカイゾーに村の女が助けを求める。
だが、カイゾーは包帯だらけで俯きながら……
「あ、あれが、魔界神話の住人、闘神ガイゼン……小生が生まれるよりも何百年も前の英雄にして七天創設者……しょ、小生は伝説と戦っていたゾウ? い、偉大なる大先輩に何たる無礼を……というか、死んだという神話は嘘だったゾウ? いや、しかしあの力は……」
と、ガイゼンの素性を知ったカイゾーはまだショックから抜け出せないようで、ブツブツと呟いていたのだった。
「ゾーさんってばー!」
「ぞ、ゾウ!?」
「んも~、大丈夫? やっぱりケガが痛いの?」
「い、いや、ケガよりも……小生には色々とショックなことが……」
「そうなの? じゃあ、後でのほうがいいかな? その、水車がまた……」
「ん? あ、……おお、そうか……すまぬゾウ。小生も水車の構造を完全に把握していないのに見様見真似で作ったのが問題だったゾウ。細かいところがいい加減な欠陥だったゾウ……」
「ごめんなさい、怪我しているのに……」
「問題ないゾウ……ちょっと、今は他の作業をして心の整理をしたいゾウ……」
村の女に窺われて、色々と悩みを抱きながらカイゾーがゆっくりと立ち上がって、水車小屋へと向かう。
どうやら水車に関しては、見てくれはちゃんと作っているようで、カイゾー自身も元々が武人であるためにそういった装置の類の構造まで細かく把握しているわけではなく、よく止まったりと問題はあるようである。
その様子に、メムスは少し「むむむ」と唸るも……
「と、とにかくそれでもカイゾーの力は大いに役立っている!」
と、カイゾーをフォローしたのだった。
すると、マシンはスタスタと水車小屋へと向かっていく。
「ふう……分かった。水車については自分が何とかしよう」
「お、おい、お前!」
「水路の流量や水車にかかる総合負荷計算なども全く行われていないのだろう。自分が計算して設計しなおして、完璧にしよう」
「お、おい、どういう意味だ? おい、言っておくが壊すんじゃないぞ? アレはこの村でも貴重な装置なんだぞ?!」
マシンがこの村でやろうとしていること。それは、この村で使用されている水車を完璧に仕上げようというものであった。
メムスは心配そうに忠告しているが、ジオは「完璧に仕上げるだろうな」とスタスタと水車へ向かうマシンの背を見てそう思った。
「ねえ、ゾーさん、あそんでよー! 今日もたたかいごっこやろーよ!」
「む? いや、小童ども、小生は今から水車の修理に……」
と、そのとき、水車へ向かうカイゾーを村の小さな子供たちが引っ張って止めようとする。
だが、仕事があるとやんわりとカイゾーが断ろうとすると……
「ぬわはははは、よろしい! ならば、ワシがちびっこどもと遊んでやろう!」
「ゾゾゾゾウッ!!!??? が、ガイゼン先輩……」
いつの間にか、ガイゼンが子供たちを肩に担ぎあげて笑みを見せていた。
「ぬ、あいつ、いつの間に! って、あいつがカイゾーをボコボコにした危険な奴なのだろう? 大丈夫なのか!?」
「……多分……」
カイゾーを打ち負かした張本人であるガイゼンが、カイゾーに代わって子供たちを引きうけると笑みを見せる。
流石にメムスも危ないのではないかと慌てるが、子供たちは大柄のガイゼンに抱え上げられて、既に目を輝かせていた。
「い、いや、そ、その、が、ガイゼン大先輩にそのようなことを……」
「ん? なんじゃあ? センパイ? 堅苦しいのう。もう、ワシらは親友であろうが」
「し、しかし……」
「ほれ、ちびっこ共はワシに任せて、さっさと行って来い」
「そ、そう言われましても……」
一方で、カイゾーはガイゼンの素姓を知ってから、すっかり畏まってしまっている。
ガイゼンは相変わらずの大ざっぱな性格で「気にするな」と言って背を押し出そうとするが、カイゾーもすぐには動けないでいる。
そして、色々と慌てながらも、カイゾーはどうしても気になったのか、ガイゼンに問いかけた。
「その……ガイゼン先輩……」
「ん?」
「……ガイゼン先輩は……その……戦死したのではなく、大魔王様に封印されていたとのことですが……」
「おお、そうじゃぞ。それがどうかしたか?」
神話の住人、闘神ガイゼンは数百年前に死んだ。それが、神話での話。魔王軍の大将軍だったカイゾーもその認識であった。
しかし、実際は違った。
ガイゼンは、大魔王との諍いによって何百年も封印されていたのだ。
その真実を知ったカイゾーは……
「なぜ……ガイゼン先輩は、大魔王様に封印されましたゾウ?」
「ん?」
そのとき、ジオも思わずハッとした。
ガイゼンの話では、過去に大魔王と諍いを起こして魔王軍を追放されるような形で封印されたという話だった。
ジオ自身はそのことを深堀しなかったが、言われてみて気になった。
なぜ、ガイゼンは大魔王と諍いを起こしたのかを。
「ん~……ど~じゃったかのう。昔のこと過ぎて忘れてしまったわい。ぬわはははははは!」
一瞬だけ、遠くを見つめるように目を細めたものの、すぐに豪快に笑いだしたガイゼン。
それはまるで、何かを誤魔化しているかのような笑いだということは、カイゾーだけでなく、ジオにも分かった。
大魔王と諍いを起こした理由は「覚えているけど、話す気はない」という様子だ。
「まあ、安心せい。いかに、過去にスタートの奴と揉め事を起こし、数百年も自由を奪われたとはいえ、それはワシとスタートの問題じゃ。間違っても、その血を引く娘に何かをしようなどとは思わん」
ガイゼンは、全てを語らないものの、カイゾーの肩を叩いて、メムスに危害を加えるようなことはしないということだけは約束した。
カイゾーも色々とガイゼンに聞きたいことはある様子だが、とりあえずメムスに関する約束だけ得たことで、もうそれ以上は聞こうとはしなかった。
「「…………」」
そんな二人のやり取りを眺めていて、後に残されたジオとメムス。ほんの僅かな静寂ののち、
「で、お前は何をする?」
「…………」
まだ何もしていないジオに、再びメムスが尋ねた。
だが、ジオが即座に答えられないでいると、メムスは一度ため息を吐いた。
「はぁ……もういい。来い。今から私がお年寄りの家に野菜を配って回る。お前はそれを手伝え」
と、メムスの荷物持ちを命じられたのだった。
それが、魔王の娘からの元帝国兵だった自分への命令だと思うと、ジオも思わず笑ってしまった。
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