第96話 働くもの食うべからず

「何だか、色々と複雑になってきやがったな」

「五大魔殺界か……七天クラスの力……いや、無法者の集団であることからも、連中の方が厄介か……」

「とにかくこの依頼には関わらない方がいいと思うんで」

「………………」


 カイゾーからこれまでのことや、この国を取り巻く事情について大まかに聞いたジオたちは、今後どうしたものかと村の隅の木陰に腰を下ろして話をしていた。

 予想以上に面倒なことに巻き込まれたと頭を抱える、ジオ。

 五大魔殺界という自分たちの知らない魔界の脅威について考える、マシン。

 とにかくこの件から手を引こうと言う、チューニ。


「……おい、ガイゼン? どーしたんだよ、さっきから黙ってるけどよ」

「ん? ん~……まぁ……のう」


 各々この件で色々と考えるところがある中、ガイゼンだけはずっと黙って村の様子……正確には、畑で野菜を収穫しているメムスを見ていた。


「おお、立派な大根だ! 流石は我が丹精を込めて作っただけはある!」

「ねーちゃん、ロウリも頑張ったよ?」

「勿論だ。ほんと、ロウリはお利口さんだな!」


 土にまみれて、畑から抜いた野菜の出来に満足そうに笑みを浮かべ、幼い妹と喜び合っている。

 どこからどう見ても田舎の農家の光景ではあるが、活き活きと目を輝かせて微笑むメムスの美しさに、ジオも一瞬見惚れそうになる。

 だが、ジオとは違い、ガイゼンがメムスを見る目はどこか優しさと、懐かしいものを見るような雰囲気が漂っていた。


「……数百年以上の月日……」

「ん?」

「ワシの知る物は、もうこの世には存在しないと……魔王軍も七天も既にないはずが……こんな所に、あやつの娘がのう……」

 

 そう呟くガイゼンに、ジオも気になって尋ねてみた。


「憎むべき奴の娘でも……懐かしいものを感じて嬉しいもんなのか?」

「ぬわははははは、どうじゃろうな……」


 本来であれば何百年も昔の住人でもあるガイゼン。

 大魔王の死で再びこの世に復活し、しかしもうこの世界はガイゼンが知っていた世界とは違っていた。

 ガイゼンは顔や態度では全く見せなかったが、ひょっとしたら多少の寂しさも感じていたのかもしれないと、今のガイゼンからジオたちも窺うことが出来た。


「憎むといえばウヌもそうであろう? ウヌから三年の月日を奪い、絆も、積み重ねたものも壊したのは、スタートじゃろう?」

「ん? あ、……まぁ……な」


 言われて、ジオも「そういえば」と気づいた。

 ジオは大魔王スタートによって、人生を狂わされ、地獄を見た。

 そして、メムスはその血を引く者。

 確証がなくとも、カイゾーとガイゼンが言うならそうなのだろう。

 だが……


「つっても、魔王軍のことも戦争のことも知らず、それどころか自分のことを人間なんて言ってる奴に……どうしようってのもな……正直、俺は大魔王と直接会ったり戦ったこともねーから、あの女から大魔王を髣髴とさせるものも感じねー……」


 本来、ジオが憎むべき大魔王。その娘であるメムス。言われてみれば、確かに複雑な想いを抱く相手ではあるが、言われて初めて気づくぐらいの想いしか抱いていないとも言えた。


「おい、お前たち、そこで何をボサッとしている!」

「「「「ん??」」」」


 と、そのとき、木陰で話し合っていたジオたちの元に、メムスが畑から怒って駆け寄って来た。


「いいか? もし、村に泊まるというのであれば、寝床と食事はタダではやらん! 我らとて蓄えが豊富なわけではないからな! だから、恵んで欲しければその分、お前たちも働け! 探せば仕事なんていくらでもあるんだからな!」


 まさかの「働け」という発言に、ジオたちも一瞬「どうする?」となってしまった。


「一応……金ならあるが……」

「カネ? なんだ、それは?」

「……えっ!?」


 ワイーロで手にした金がまだ十分にあるので、必要であればそこから支払おうとしたが、そもそもこの特区に「貨幣制度」という文化は無く、物心ついた頃からこの地に居たメムスは、金の存在そのものを知らなかった。


「この特区では、互いに支えあったり、物々交換をしたりしているが、お前たちのような余所者に……ましてや、カイゾーをあれだけ痛めつけた奴に恵んでやるほど、我らはお人よしではない」

「いや、カイゾーをやったのは、このジジイで……」

「身内の行いを自分には関係ないというのか? 心の狭い奴め。だから、信用できないんだ」

「んなっ!?」


 ジオを嫌悪するような目で睨むメムス。言われっぱなしでジオも少しカチンと来たが、ジオが何かをする前にチューニが手を上げた。


「あの……それなら……僕……ちょっと畑仕事を教えてもらいたいんで……」

「チューニ!?」

「……いや……ソレに関しては興味あるんで……」


 意外にも、あらゆることから「逃げたい」、「関わりたくない」などと後ろ向きな発言ばかりしていたチューニからの「したい」という言葉が出た。

 それは、チューニが自分たちの冒険で「したい」と言っていた「のんびり農業」というものだったからだ。


「うむうむ、それでいい。男のくせにヒョロくて、暗そうで、小さい奴だが、自分で仕事をしたいと思う気持ちは大切だ」


 そして、チューニの言葉にメムスは少し笑みを浮かべて頷いた。


「よし。ロウリ!」

「なーに?」

「こいつを、おやっさんたちの所に連れて行って、畑仕事のやり方や内容を教えてやるように伝えてくれ」

「……じー……」


 チューニの言葉を聞きいれて、妹にチューニを託すメムス。すると、ロウリはメムスの背中に隠れながらチューニをジッと見る。


「あの……どうしたの?」

「じ~……」


 何か警戒されているようだとチューニも感じた。


「だ、大丈夫だから。ぼ、僕は怪しい奴じゃないんで。むしろ、四人の中で一番平和的なんで」

「……なんで、お目々を片方隠してるの?」

「えっ? いや……えっと……」

「変。かっこ悪い」

「ふがっ!?」

 

 幼い子どもゆえに取り繕うことなく正直に告げられた言葉。

 チューニの片目だけが前髪で隠れたヘアースタイルに対するものだった。

 これには、チューニも流石にショックを受けてよろめいてしまった。


「確かにな。外の世界ではそういう髪が普通なのか?」


 そして、ロウリの何気ない発言にメムスまで同意してしまった。



「いや、僕……昔からこの髪型で慣れちゃって……ほら、普段はこの閉ざされた右目に禁断の力が眠っていて……いざという時に、その眠っていた力が解放される的な……『聖魔紋章眼せいまもんしょうがん』という設定……というか、力……とかに憧れてずっとこういう髪型にしてたら……なんか……」


「はあ? なんだそれは? 封印された力ぁ? そんなカッコ悪い頭になってまで隠すものなのか?」


「…………ぐす……女の子に真面目な顔で言われると……ぐす……ショックなんで」


 

 重い空気を背負って俯いてしまったチューニ。ロウリに手を引かれて畑に向かう足取りは重く、かなりショックを受けてしまったようだった。

 一方で、今のやり取りを見ていたジオ達は……


「「「……………………」」」


 チューニの背を見ながら……


「は、はは、チューニの隠れた右目に封印された力ねぇ~……そういや、ガキの頃にゴッコ遊びでそういうのあったな」

「チューニも複雑な年ごろということだろう。触れてやらぬ方がいいと思う」

「ぬわははは、しっかし、ただでさえとんでもない能力を持っているのにの~」

「そうそう。この期に及んで、更にとんでもねえ魔眼とかあるわけねーっつーの」

「ふっ、さすがにそう都合よくはないであろう」

「確かにのう。やっぱりチューニもガキじゃのう。ぬわはははははは!」


 チューニの子供のような考えに呆れて笑ってしまう三人。だが、三人とも若干その笑みを引きつらせながら、


(((……おかしい……チューニの場合、……なんだか、『無い』と言いきれない……)))


 本来ならそんなことは「無い」とは言い切れることも、「チューニだったら意外と……」という想いを三人とも抱いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る