第98話 子ども扱い
「おばば、今日の野菜を持ってきた。腰の調子はどうだ?」
「おお、メムス、いつもすまんな~……このあいだ揉んでくれたおかげで調子が良くてな」
「ならよかった。散歩するときには気を付けろよ? また、我かロウリが心を込めてマッサージしてやるからな。我の子をいつか抱くまで元気でいてもらわんとな。ひ孫だぞ? 嬉しいだろ?」
「ほほほ、そんな幸せまで味わうと、かえってバチが当たりそうじゃわい」
色々と面倒だったり複雑な事情や思惑が絡み合い、ジオもまだ頭や心が整理ができないでいた。
そんな状況の中で、憎むべき大魔王が残した隠し子と、ジオは野菜が積み上げられた荷車を引きながら、村の少し奥にある民家の一軒一軒に、メムスと一緒に訪問しては野菜を配らされていた。
「ん? その後ろの若いのは……見ない顔じゃな」
「ああ、こいつは外の世界からの……客ではないが、まあ、外の奴だ」
「メムスの……コレかい?」
「んなわけあるかー! その小指をへし折るぞ、おばば!」
「なんじゃ~、ようやくあのメムスにも、そういう時期がと思ったのじゃが……」
色々と整理できない頭と心はひとまず置いておいて、少し冷静に村やメムスの様子を眺めるジオ。
落ち着いて見てみると、やはり少しこの村は外の世界と異質であると感じていた。
「まったく、おばばは……おい、次はこっちの家だ。……おーい、あねさま~、いるかー!」
「こほっこほっ……あら、メムス……嬉しいわ。来てくれたのね」
「ああ。あねさま、顔色はよさそうだけど、少し咳があるみたいだな。待っててくれ。夕飯のスープだけ作っていくから」
「ふふふ、ありがとう。早く元気にならないとね」
「でも、無理はするなよ? あねさまは昔から体が弱いんだから、無理をするとすぐ熱を出す」
人間とは異なる種族であるメムス。しかし、この村の者たちはメムスのことを本当に差別的な目で見たりしない。まるで自分たちの孫、娘、妹のように家族を見るような目で接している。
「あら? そちらの方は……? ひょっとして、メムス……」
「うふふふふ、もし、あねさまがおばばのようなことを言ったら、蹴り飛ばすからな♪」
「まぁ、こわいこわい」
魔族とか人間とかそういうものではない。
本当の家族として扱われていて、メムス自身がこの村に住む者たちを全員家族だと思っているのだと、改めて感じさせられた。
「随分と……可愛がられ……お前も面倒見がいいんだな」
「ん? なんだ、唐突に」
何軒かの家を回り、野菜も少しずつ減った荷車を引きながら、ジオはそう口にした。
回った家に居た、一人暮らしの老人や、病弱なのか寝たきりの姿だった女などの家に行っては、一人一人に声をかけ、慣れた手つきで簡単な掃除や料理などを置いたり、世話をしながら笑顔で語り合う。
そんなメムスと村人たちのやり取りを目の当たりにし、思わずジオはそう口にしていた。
だが、メムス本人は首を傾げながら、
「家族なんだから当然だろ? 困ったときはお互い様だしな」
これが「当たり前のこと」という認識で、むしろジオの言葉を不思議に感じているようだった。
「お前だって目つき悪いが、育ててくれた家族には同じことをしないのか?」
「……家族?」
メムスから逆にジオは問われた。家族というものについて。
だが、ジオは少し遠くを見ながら、
「いや……俺は家族なんていねーし」
「いない?」
「ああ。施設入ったり、貧民街で孤児として生きたり……親かぁ……無かったな~」
「……そうだったのか……」
「おい、別に気にすんなよ。俺は、それでもこうして真っ当に……なってねーけど、……まあ、楽しく生きようとしてんだからよ」
これまでジオを嫌悪の眼差ししか向けていなかったメムスも少しだけ哀れむような眼になったが、それが返って居心地悪く、ジオも少し困ってしまった。
「母の愛も知らずにか……なるほど。ちょっとかわいそーだったんだな、お前は」
「やめろやめろ。本人が既に気にもしてないことで同情されんのって、滅茶苦茶微妙な気分になるからよ」
「なんだ、そうなのか? 甘えたいとか思わないのか?」
「ねーって。ったく、女ってのはどうしてこう……どいつもこいつもこういう話題になると……」
めんどくさくなって、気にするなと言おうとしたジオだったが、そのとき……
「……話題になると……」
――ぐすっ、……ジオ……そうだったのですね……ジオにそんなつらい過去が……分かりました! 私がジオのマーマになります! 帝国第三皇女マリアの名において!
「……大げさに……」
――ジオ、今はティアナお姉さまも、アルマお姉さまも居ませんので、せーいっぱい甘えていいんですよ~。おなかちゅきましたか? ジオのだいちゅきな、ミルクあげまちゅよ~♪ さ、ベッドにごろんちてくだちゃい♡
「…………」
――こら、ジオ! 今は姫ではなく、マーマって呼びなさい! ちゃんと、赤ちゃん言葉でバブって言うんです! あと……そうだ! いつか、ジオの赤ちゃんを産んだ時のために、もうオムツも仕入れていましたので、ジオ、穿きましょう! ……穿かないとお父様に言って降格させます! 大丈夫、穿かせ方はこの間、孤児院のボランティアで学びましたので、マーマに任せてください♡
「……ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
と、そのとき、ジオは何かを思い出して急に頭を抱えて悶え苦しんだ。
「お、おい、どうした?」
「ぬおおおおおおお、お、俺は、ど、どうしてこんなもんを思い出し……ぬおおおお、ボケ、カス、消え失せろ俺の記憶うううううう!」
頭を何度も地面に打ち付けて、思い出したくない記憶を抹消するかのように自分を痛めつけた。
「お、おい、どうした、ボケたか? お、おい?」
「ふ~……ふー、……ナンデモナイ」
突然のジオの奇行に驚いて怯えるメムスだが、とりあえずジオは額に青あざを作りながらも何とか立ち上がり、二度と思い出さないようにしようと心掛けたのだった。
「でもまあ、俺はどうでもいいとして……あんたは、捨て子と聞いていたけど、ちゃんとそういった愛情やらは貰えてたんだな」
「ん? ああ、そうだ。死んだ、ととさまにかかさま。たくさんの兄や姉……時には妹や弟分たちからな」
「そっか……よかったな……」
「子供の時は、年の近い子たちに角や耳の形をからかわれたりしたが、今はそんなことはない」
「ああ……みたいだな」
「そういえば、お前も我と同じように角があったり、耳の形が変わってるが、何か問題あったのか?」
「……まぁ……人並みにな……」
ジオ自身はもう自分の過去はどうでもいいと思っているし、そのことでこれからの人生の足を引っ張らせようとも思っていない。
だが、そんなジオとは違いに、メムスは昔から今に至るまでずっと変わらずに愛情をもらい続け、そしてメムス自身もまたそれを他の家族たちに注いでいる。
同じ半魔族という身でありながら、実に対照的だと思いつつも、ジオはそのことに嫌な気持ちにならずに、むしろ温かい気持ちになった。
「我はこの地が大好きだ。カイゾーと出会って、色々と我のことを言われた。正直よくわからんかったし、我には関係ない。我の故郷はここ。我の家族はここ。我の世界はこれからもずっとこの地だけでいい。ここで生まれ、ここで育ち、そしていつかこの地で子を産んで、孫を抱いて、そして眠りたい。たとえ、この地がプロフェッサーPたちに隔離された地だとしても……それでもここが我の故郷だ……まっ、皆もまだ我のことを子ども扱いするのが少し最近の悩みだがな」
そんなメムスの願いは、とてもありふれたささやかな願い。
大魔王も魔王軍も魔族も魔界も一切関係のないものである。
ジオはそれを聞きながら、恐らくカイゾーはその願いを聞いて、叶えさせてあげたいと思ったのだろう。
だからこそ、メムスをこの地から無理やり連れ去って、魔王軍復活の切り札にするわけでもなく、この地に留まっているのだろうと。
「だからこそ、我も早く大人の女になって認められたいな。最近の目標は、早く『胎児創生術・ン法』を学びたいことだな」
「……はっ?」
とそのとき、メムスが笑いながら口にしたその言葉に、ジオは思わず首を傾げた。
「ンホウ? なんだそりゃ?」
「な、なに!? お、おまえ、知らないのか? ふっ、外の世界の男は意外とお子様なんだな、ン法を知らないのか?」
全く聞いたことのない言葉で、ジオも理解できなかった。だが、同時に気になったのは……
「……胎児創生……って……」
「そうだ、ン法とはすなわち、男と女が協力して子供を作るための術だ!」
「ぇ……な、なんだその術は!? こ、子作りって普通は……え? なんだ、文化の違いか!? なんか独特な術みたいのがあるのか!?」
「まったく、お前、術の名前も知らないとはお子様だな」
メムスが口にした、ン法とはまさかの子供を作るための術。
子供を作る方法なら知り尽くしているジオではあったが、そんな名称の術があるとは知らずに思わず驚いてしまった。
そんなことも知らないのかと呆れた様子のメムスだが、しかしすぐに照れ笑いをし、
「とはいっても、我も術の名前を知ってるだけで、中身は知らないのだがな。それは我がもう少し大人になってから教えてやると、おばばや、あねさまたちに言われ続け……そろそろ教えてもらえるはずなのだがな」
どうやら、メムスも詳しくは知らない内容のようだ。だが、内容の詳細は知らなくても、その概要は……
「ただ、あねさまたちの話では……愛し合う男と女が二人で力を出して協力し合い、最後に女が呪文である『ン法』と大声で叫べば子供が授かると……」
「……ん? ……ンホウと叫ぶ……子作りで……ンホウ……んほぉ……あっ!? あ~……そういう……」
そこで、ジオは何か思い当たり、純粋に目を輝かせて語るメムスを見て思った。
「あ~……メムスだったな……」
「ん?」
「お前は……健やかに育ちなさい」
「んな!?」
ジオが温かい眼差しでメムスの肩を優しく叩くと、メムスは急にムカッとした表情でジオに詰め寄った。
「おい、貴様、この我を子ども扱いするようなその生温かい眼差しはなんだ!? 貴様とて何も知らぬお子様のくせに! っというか、年齢も大して変わらんだろう!」
「いやいや、んなことねーよ。こう見えても、俺様もかつてはどんな女も叫ばせる、んほぉ使いと言われてたこともあったしな」
「なにっ!? ん、ン法使いだと!? ばかな、で、デタラメを……ほ、本当なのか? お、お前は、ン法使いなのか!?」
「……あんま、連呼すんな。俺が村人から怒られる」
ジオに怒鳴ったものの、ジオがメムスの求めるン法を使えるということに驚き、メムスは途端に目を輝かせてジオの裾を掴んだ。
「お、おい、ならば、我にン法をコッソリ教えてもらえないか? そうすれば、我も皆から大人として扱ってもらえるし……」
「いやいや、それは将来教えてもらいなさい。間違ってもどうでもいい男に聞かないようにな」
「おい、なぜ教えてくれない! 貴様まで意地悪する気か! おい、どーせお前はヨソ者なんだから、こっそり教えるぐらい構わないだろう! 我にン法を教えよ!」
「できるか! つか、フェイリヤといい、最近の娘はなぜこうも情操教育がテキトーなんだよ……」
ジオの服を引っ張って「教えろ」と叫んで離さないメムス。その騒ぎに村人たちの注目も二人に集まってしまった。
「ちょっと、メムス、何を騒いでるの?」
「そのヨソ者が何かをしたのか!?」
メムスの様子に村人たちも慌てて駆け寄ってくる。その目には、自分たちの家族であり娘であり妹でもあるメムスに対する想いが確かに宿っていた。
かつては、ジオも似たようなものを向けられていたその眼差し。
「いや、こいつがな、我にン法を教えてくれないんだ! 我を子ども扱いして、健やかに育てなどバカにしすぎだ!」
「「………………」」
メムスがむくれてそう言うと、村の男や女たちは言葉に詰まりながらため息を吐き、そしてジオの肩を叩いた。
「「気を使ってくれてありがとう」」
と、礼を言ったのだった。
そんな言葉数少なくとも思わせぶりなやり取りをする村人とジオたちの様子に余計に不機嫌になるメムス。
だが、そのときだった。
「おーーーーい、大変だぞー! 水車がーーー! 畑がーーーーー!」
と、慌てて村人の一人が叫びながら走ってきた。
どうしたのかと皆が一斉に振り返ると、その村人はジオたちの前で止まって……
「あ、あんたの仲間が……水車と畑をとんでもないことに!!」
「え?」
ジオに向かって言われた言葉。それは、マシンとチューニに関すること。
「な、なんだと!? っ、水車も畑もこの村では大事な……ちいっ! だから、こいつらは信用できなかったんだ! くそ!」
村の大事な財産に何かがあった。そう察したメムスはすぐに怒りの表情を浮かべ、一瞬ジオを睨みつけるも、すぐに駆け出した。
「おい、メムス!」
「私たちも行こう!」
「くそ、何があったんだ!?」
村人たちも一斉になってメムスの後を追う。いったい何があったのかと。
そして、皆が水車小屋までたどり着いたそこには……
「「「あっ…………」」」
元々は作りが簡素で、回転も歪で、よく止まっていたと思われた水車が一つ設置されていた水車小屋。
「「「「「な…………」」」」」
しかし、そこにあったのは、いつの間にか短時間で拡張されていた水路。より増えた水量。そこに元よりも更に巨大で、更に精巧で、綺麗に回転し続ける三つ連なった水車が設置されていたのだった。
「「「「「なんということでしょう!!!???」」」」」
匠の技が込められた傑作がそこにあった。
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