第79話 幕間・嵐の後(2)

「普通であれば、謝罪と今後の生活の保障と補償を求めますのに……彼らからすれば『そんなこと』……なのですわね。自分たちが失ったものも途方もなく大きいものですのに……そのことを割り切って、お二人は……いいえ、あの四人は前を……そして上を向き、新しい人生を自分たちで切り開き、そして楽しもうと走り出す。……本当に……清々しい殿方たちでしたわ」


 失って壊されて今後の人生も不透明になってしまったと嘆いて、その責任と償いを求めるワイーロ王国。

 犯してしまった罪と後悔に苛まれて、償いをする者たち。

 だが、ジオパーク冒険団は『興味ない』、『もうそんなのどうでもいい』と、さっさとこの面倒な状況に見切りをつけて旅立ってしまった。自分たちとて、大きな心の傷を負っていただろうに。

 だからこそ、そんなジオたちの旅だった後姿を思い出し、フェイリヤは切なくなると同時に、胸が熱くなった。


「おやおや、フェイリヤ。それじゃ、おにーちゃんがまるで、器の小さい男みたいじゃない?」

「そんなことは言いませんわ。ケジメは大切なことですわ。それを捻じ曲げるつもりはありませんし、それが普通。彼らが……普通ではなかったということですわ」


 フィクサが普通であり、単純にジオたちが普通ではなかった。フェイリヤはそう考えた。

 だからこそ……



「ただ、せっかくオジオさんがワタクシにゾッコンとはいえ、ワタクシもよりイイ女になるよう精進しないとダメだと思っただけですわ。ニコホもナデホもセクもそう思うでしょう? 貴方たちも、御マシンさんや御チュー……なんとかさんを想ってらっしゃるのですから!」


「「お嬢様……っ!? て、な、なんで私たちがマシンさんをと!?」」


「……マスターのために……イイ女に……」


「そう、それこそ……どう保障や補償をされようと、この国をこれからどうしていき、どうより良くしていくかは、ワタクシたち次第。そう、この国をそれこそジオパーク冒険団の故郷にしたいと思っていただけるようにするのですわ!」



 フェイリヤの瞳に決意の光が宿って空を見上げた。

 この荒れ果てたワイーロ王国をどうやって復興するのかだけではなく、どうより良くしていくのか。

 それは、保障と補償をされるだけでなく、自分たちでも何とかする努力をしようという姿勢を見せるということ。


「そ、そうだよな」

「ああ、あんちゃんには散々言いたい放題言われたんだ、おまけに殴られたしな!」

「今度会った時には、『どうだ、見たか!』って言えるぐらいに俺らも頑張んねーとな!」

「バカにされたまま、あとは壊れた国をどうするかは人にお任せ……なんかじゃまたバカにされるさ!」

「やってやろうぜ!」


 そんなフェイリヤの思い立った決意は、ワイーロ王国の民たちの心を揺さぶり、どこか民たちも表情が明るくなっていた。

 それは、汚職や欲望が蔓延ると言われていた国に住む民たちとは思えぬほど、真っすぐな目を誰もがしていた。

 そのことに、ティアナたちは狼狽えてしまった。

 自分たちは一体、何を考えていたのだと。


「……フェイリヤ、いつからジオくんがお前にゾッコンに?」


 と、そのとき、フェイリヤの先ほどの発言にフィクサがツッコミ入れると、フェイリヤは誇らしげに……


「あら、お兄様。忘れましたの? オジオさんったら……ワタクシに微笑んで……今のままで十分イイ女だなんて……もう、これは告白以外の何だと言うんですの?」

「……あらら……」

「まぁ、このワタクシが天上天下において奇跡の才色兼備というのは既に分かり切っていますが、オジオさんがそこまでワタクシにゾッコンだと分かった以上……ワタクシも受け入れて差し上げるのもやぶさかではないというものですので、つまりもうワタクシたちは両想いということなのですわ! オーッホッホッホッホ!」


 このとき、フィクサも含めてこの場に居た者たちはほとんどが……


(((((んな、アホな……)))))


 と、フェイリヤの恋愛経験に乏しさと自信過剰な性格ゆえの思考回路に呆れた。

 だが、一方で……


「ちが、ジオは……ッ……」


 条件反射のようにティアナが否定しようとしたが、ティアナはその口を必死に閉ざした。


(バカな……ジオにそんなつもりはないに決まって……っ、などと……もう、私には言う資格も、ジオの考えを読むことすらも許されない……仮にこの女がどんなことを言っても……私にそれをどうこう言う資格なんてありはしない……この国の姿も見えていなかった……ジオにとっては道端の石ころ以下の存在でもある私に……帝国もジオにとってはもう故郷でもなんでもなく……だから、ジオがこの国を故郷だと思ったとしても……もうっ……私には……)


 俯き、唇を血が滲み出るほど噛みしめ、全身を震わせながら必死で堪えようとするティアナ。

 その様子を見て、フィクサは思った。


「ひははは、ある意味で俺よりもフェイリヤの方が無自覚でエグイな……」


 フェイリヤの無自覚な発言が、ティアナの心を必要以上に傷つけていたことに、フィクサは笑った。

 そして……


「ん~、でもさ~、フェイリヤ~。ここに、ジオ君の昔の女が居るけど、どうするの~?」

「「「「「ッッッ!!!???」」」」」


 とそこで、フィクサは帝国の誰もが触れられないことを大胆にも触れた。

 ジオとかつて深い仲にあり、そして今、絶望の淵に居るティアナの存在を、ここであえてフェイリヤに突き付けた。


「あっ、……わ、私は……」


 もはや何も言う資格のないティアナが体を竦ませた。

 だが、フェイリヤはキョトンとした顔でティアナを見て……



「はぁ? そもそもその方たちとオジオさんの間に何があったかは知りませんけど……オジオさんは……『もういい』……そう仰ってたではありませんの?」


「ッ!?」


「流石にオジオさんがパパのように愛人を何人も囲うことは許容しませんけど、既に後腐れも無く別れている方との関係にまで口出しするほど、ワタクシも心は狭くありませんわ」



 嫉妬すらしない。そもそも相手ですらない。フェイリヤが当たり前のように告げたその言葉は、ティアナにこれ以上無いほど心を抉った。


「……ッ……あなたは……ジオのことが……それほど好きに……」

「ッ!? ち、違いますわ! オジオさんの方が、ワタクシにゾッコンですので、このワタクシも好きになって差し上げるということですわ! まるでワタクシの方からオジオさんを好きになったなど、無礼千億ですわ!」


 ようやく絞り出したティアナのその呟きに、フェイリヤは今度は顔を赤くして慌てたように返した。

 そんなフェイリヤの素直ではない態度にティアナはかつての自分と重ねながら、フェイリヤの目を見て……


「あなたなら……ジオを幸せにできると?」


 ジオに償い、そして幸せに出来るのは自分たちしかいないと思いあがっていたティアナが、フェイリヤにそう尋ねると、フェイリヤは眉を顰めて……


「はぁ? なーんで、このワタクシがオジオさんを幸せにして差し上げないといけませんの?」

「……えっ?」

「オジオさんがこのワタクシを幸せにする義務はあっても、ワタクシにそんな義務ありませんわ!」

「ちょっ!? な、なにをっ!」


 自分には何も言う資格は無いと知りつつも、ティアナは今のフェイリヤの発言だけは看過できずに思わず声を荒げそうになった。

 今の傷つき不幸のどん底に陥ったジオを幸せにする気も無い女に、ジオを取られたくはないと。

 だが、フェイリヤは……


「オジオさんは、勝手に幸せになればいいのですわ。そもそも、オジオさん……好きなように生きる自分勝手な方ですし、自力で何とかするんではありませんの?」

「……あっ……」


 その言葉を聞いて、ティアナは胸を貫かれ、そして思い返してみる。


(そうよ……ジオは……いつも自分の力で……幼いころから受けた帝都での差別も……魔法学校でも……士官学校でも、軍人になってからも……いつもいつも、自分で努力して、自分の手で掴んで……私は、そんなジオを幸せにしたいのではなく、ただ好きになって一緒に居たいって思って……)


 そもそも、ティアナ自身はジオのために何かをしたかったわけではなく、単純に自分がジオを好きになって一緒に居たいと思っていた。

 

(でも、私はジオへの罪の意識で、贖罪と同時に、今のジオを救って幸せにするしかないと……自分にしかできないと……大魔王を倒した私たちならそれが出来ると思いあがって……何も見ていなかった……気付いていなかった……挙句の果てに、オーライを庇うなんて……なぜ、最初に見た光景だけで、ジオを信じることが……私は……ッ!)


 この世で自分以上にジオを愛し、ジオを理解している者などいないと思っていたこと事態が思い上がりでしかなかった。

 そして、そのことに気付いてももう何もかもが遅いということも、ティアナは自覚してしまった。


「ジオ……」


 ジオ自身が、誰かの手で救ってもらうことも幸せにしてもらうことも別に望んでいなかった。

 そんなジオが唯一望んだのは……


「もう、俺の人生に……関わるな……か……」


 それは、ティアナにとっては死よりも苦しいことであった。


「ジュウベエ……」

「……ひめさま……」


 自分の愚かさに改めて気づかされたティアナは、仲間たちに取り押さえられて今にも死のうとしているジュウベエを切なく見つめ……


「まずは……この国に命を懸けて償いましょう……。別にジオがどうでもいいと思っている私やあなたが、処分を言い渡される前に自分で勝手に死んで償っても……この国は報われないわ」

「……姫様……」

「私自身、どんな処罰を受けるかは分からないけど……その最後の瞬間までは……」


 追いかけることも、償うことも、自分たちが関わることすらもジオが望んでいないのであれば、今ここで死んで詫びることすらも生温い。

 自分たちにはもう、自分で勝手に都合のいいタイミングで死んで償うことも出来ない。

 


「もう、私たちの命は自分で勝手にどうこうできるものではないのだから……」



 ティアナはジオたちが立ち去った海の彼方を見つめてそう呟いた。






―あとがき―

これにて第二章は終わりで、漢たちは過去のしがらみを捨てて旅に出ます。引き続きよろしくお願いします。


また、面白いと思っていただけましたら本作のフォロー及び「★」でご評価いただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします。


また、漫画UPさんで連載中のコミカライズの方も是非よろしくお願いします!

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