第三章

第80話 ノンビリ船旅

 四人の男たちを乗せた潜水艇は、必要のないときは特に海中に潜ることもなく、海の上を突き進んでいた。

 船内で、旅の荷物を広げて話をする、ジオ、チューニ、マシンの三人。

 船内は食卓のテーブルと椅子、そして簡易的なキッチンを備え付け、部屋の奥にはまた別の扉があり、その奥には操舵室や倉庫や、それぞれの個室など複数の部屋がまだ続いている。

 そんな船内にて、チューニはテーブルに顔を突っ伏して、港町エンカウンで購入していた野菜の種を握りしめて泣いていた。


「……畑が作れない? こんぐらいデカい船なのにか?」

「だって、無駄に潜水艇だから、たまに海に潜っちゃうんで……甲板に畑作れないんで……」

「だったら、船内で作ればいいじゃねえか」


 船で旅をするにあたって、チューニがやりたいこととしてあげたのが、船上農業であった。

 武闘派ではないチューニにとっては、畑仕事のようにのんびりと地道に時間をかけて作業をしたいという気持ちがあったのだが、運良く手に入れた船が潜水艇という海の中に潜る機能を持っているため、外の甲板で作業をするということが不可能であった。

 なら、潜らなければいいのかということではあるが、『潜る機能』が備わっている以上、潜る可能性が十分にあるため、そうなってしまえば全ての努力も海の藻屑と消えるのは目に見えている。

 だからこそ、チューニはそのことにガックリと肩を落としていた。


「チューニよ、室内でも育つ野菜は多い。水耕栽培など……いや、無理か。水と液体肥料が無ければな」

「何でもアリのマシンに匙投げられたら、もう本当にどうしようもないんで……」

「そもそも、まともな水も海上では確保が難しいため、もともと無理があったのかもしれんが……」

「うん……それに何より、僕の欲しかったノンビリスローライフをできない最大の要因は……」


 その時、船が激しく左右に揺れて、三人は思わずバランスを崩しそうになる。

 特にチューニだけは耐え切れずに椅子から振り落とされ、船の壁に背中をぶつけて悶絶する。


「ッ~~~、そもそもあのお爺さん、なんかそういうフェロモンでも流してんのかってぐらい、ここに来てこんなのばっかりなんで!!」


 苦痛に顔を歪めて我慢の限界だと叫ぶチューニ。

 ジオとマシンもその叫びには納得だと、苦笑しながらチューニの体を起こして船外へと出てみた。

 眩しい日の光と青い空。気持ちのいい風が肌に触れる。

 だが、そんな気持ちのいい気分も、次の瞬間視界に入った甲板と船の周囲の光景で台無しになる。

 そこには……


「おーい、ガイゼン。もうちょい、静かにできねーのか……って、なんか増えてねーか!?」

「……最初は二隻だったと自分は記憶しているが……」

「ぎゃあああああああああああ、なんで海賊船が六隻も居て、しかも全部ボロボロなのっ!?」


 甲板の上で胡坐をかいて座りながら、酒樽を持ち上げて豪快に飲むガイゼン。

 そんなガイゼンの回りには、ボロボロの男たちが甲板の上で転がっており、更には六隻の大型船がマストや船体を嵐にでも巻き込まれたかのように痛々しく傷ついている。

 そんな六隻の船は、旗のマークこそは各々バラバラであるが、一つだけ共通点がある。それは、どの旗も必ず『ドクロ』が描かれているということだ。


「おお、騒がしてスマンのう。こやつら、どうやらこの地点に集結して海賊連合みたいなのを結成しようとしてたみたいで、後からドンドン出て来ての~……しかし、どれもこれもつまらん奴らばかりだったわい」


 そう、ジオパーク冒険団の船を取り囲んでいたのは、全てが海賊船であり、そしてガイゼンが全滅させたのである。

 ワイーロ王国から出発して二日経ったが、実は前日にも海賊船と遭遇しては、ガイゼンが遊んだ。

 しかし、二日続けてどの海賊もガイゼンを唸らせる者たちは存在せず、ガイゼンはこれだけ暴れても退屈そうにしていた。


「ば、ばかな……ば、ばけもの……お、俺たち……マーケル海賊団が……」

「む、無敵の……ハイボック海賊団が……」


 醜悪な顔をしたボロボロの海賊たち。その誰もがガイゼンという桁違いのバケモノに恐怖を抱き、既に心も折れて戦意を失っていた。

 すると、そのとき、半壊している隣の海賊船から、弾けた音が響き、同時に鋼の球体が真っすぐこちらへ向かって飛んできた。

 大砲だ。しかもガイゼンに向かって真っすぐ飛んでくる。

 だが……



「あ~……ガブリッ!!」


「「「「んなっ!!!???」」」」


「ん、んぐっ、がり、ごろ、もぐもぐ……ペッ……安い鉄を使っておるのう……肴にもならんわい」



 ガイゼンは自分に向かって飛んできた大砲の球を、避けずに座ったまま口を大きく開けて受け止めて、そのまま強靭な顎と歯で大砲の球を砕いたのだった。

 このメチャクチャな振る舞いには、海賊団たちだけでなくジオたちも呆れて言葉を失っていた。

 すると、その時だった。



「どいつもこいつも、ほんとに男は頼りないねぇ!」



 巨大な戦斧が回転しながらガイゼンの目の前の床に突き刺さった。

 ガイゼンは特にそれで驚く様子もなく声がした方に顔を向けると、太陽を背負って一人の海賊がジオパーク冒険団の甲板に着地した。


「あたいが相手してやるよ!」


 水着のような衣類で胸だけを覆い、上半身の肌を大胆に晒し、横縞の長いズボンの両脇には数多の短剣、そして腰元のバックルには二つの短銃。その頭には、象徴とも呼ぶべき海賊帽。

 女にしては引き締まった筋肉質な体で、長い赤毛とそばかすが目立つ、妙齢の女海賊であった。


「よくも、あたいが計画した海賊連合をぶち壊してくれたじゃないかい」

「ぬわははははは、まだ勇ましいのがおったか」

「けっ、余裕じゃないか、バケモノジジイ。だがね、あたいはそう簡単にはやられないよ!」


 甲板に突き刺さった巨大戦斧を豪快に持ち上げ、女海賊は猛る。


「あたいは十代の頃から二十年も海賊一筋で生きてきた! 戦後の傭兵崩れの半端者たちと一緒にすんじゃないよ! この、『女海賊船長・コマサレーナ』の力を見せてやろうじゃないか!」


 自信満々な笑みと同時に醸し出される威圧感。それは確かに常人を上回る力であるということは、ジオたちにも理解できた。

 だが、それでもジオたちからすれば「普通より強い」というだけである。


「あ~……ガイゼン……とりあえず、もうちょい静かにやれよな。船が揺れると気分もワリーし、落ち着いて寝たり飯も食ったりできねーし」

「おー、分かったわい」


 とりあえず、これ以上は海賊たちが気の毒なので、外のことはガイゼンの好きにさせてジオたちは再び扉を閉じて船内に戻った。

 

「……とにかく、リーダー! こんなに揺れて騒がしい日々が続くなら、船内でも畑作れないんで、どうにかして欲しいんで!」

「つってもな~……そもそも、俺は畑なんてどーでもいいし。肉や魚が食えりゃいいし」

「うわあああん、横暴なんでぇ! 僕だけ望み叶わないなんてぇぇ! どうか揺れない静かな環境欲しいんでぇぇぇ!」

 

 無いものねだりをするチューニに、ジオも困り、便利なマシンに意見を求めるも首を横に振られるだけで、マシンにもお手上げだった。

 ジオも特にいいアイデアも無く、テキトーに……


「じゃ、じゃあ……『空間魔法』で、お前だけの世界を異空間に作ってそこで畑でも作ればどうだ?」

「……リーダー……空間創造する魔法とか……歴史に名を遺す賢者や大魔導師ですら論文だけで実践までには至ってない空想押し付けるなんて、そんなに僕をイジメて楽しいの?!」


 テキトーすぎるアイデアだと、チューニは喚いて却下したのだった。

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