第73話 どうでもいい
とりあえず、既にボロボロで目を背けたくなるような顔になってしまったオーライの身柄は捕らえ、身動き取れないように磔にさせられた。
メルフェンについては国家を混乱させた張本人として、念のため拘束だけはされているが、オーライほどではない。
オーライに関しては邪魔な鎧等は剥ぎ取られ、真っ裸にさせられ、その体には『自作自演のクソ勇者』、『スケベ勇者』、『ゲスエロチン○ス』、と体中に書かれていた。
「なんともま~……いっそのこと、ぶっ殺してやった方がマシだったかもしれねーな」
民たちは石を投げたり、勇者の体を踏みつけたり殴ったりなどの制裁はしなかった。
フェイリヤのパンツで微妙な空気になってしまい、とりあえずはということで、この場ではそういった恥辱を与える行為以上のことはしなかった。
とはいえ、それでも世界を救った勇者に対してはあまりにも屈辱的なことには変わりなかった。
「ううっ、ぐす、オジオさん……ワタクシ、ワタクシ……穢れてしまいましたわ」
「あ~、はいはい。つか、今更パンツ見られたぐらいで信念変えんなよな」
「ううううっ! オジオさんは、ワタクシがオジオさん以外の方に見られても平気だと言うんですの!?」
「はいはい。つか、その発言はサラリと微妙な感じだからやめとけ。色々と勘違いされるから」
下着は後ろからならマントで隠せるが、正面からは隠せない。しかし、こうしてジオに正面から抱きついて密着すれば誰にも見られない。それゆえ、フェイリヤは腕を緩めずに、泣きながらジオにしがみ付いていた。
「ひはははは、いや~、フェイリヤちゃんも普段は幸運なくせに不運だったね~」
と、そのとき、この状況に呆れた様子のフィクサが、そう言ってジオたちの前に現れた。
「ひっぐ、お、お兄様」
「まあまあ、泣くな妹よ。ジオくん以外にもパンツを見られたのなら、ジオ君にはもっとスゴイの見せればいいじゃん!」
「……ふぇ? た、たとえば?」
冗談交じりでフェイリヤに告げるフィクサ。
それが何なのか純粋にフェイリヤが尋ねると……
「上の下着とか~……おっぱいボロンとかさ~」
「ひえっ!?」
「つか、むしろパンツの下の……オマン―――」
次の瞬間、フィクサがすべてを言い終わる前にジオの拳骨がフィクサに振り下ろされた。
「脳天カチ割るぞこらっ!」
「ふごおおっ?! ちょ、なん、で、殴っちゃうの!?」
「つか、ただでさえ残念な頭の妹に何を耳打ちしてんだコラッ!」
「そんな~、ジオ君は我が妹の黄金痴態を見たくはないのかい!?」
ジオの拳骨を受けて蹲るフィクサ。フェイリヤは頭に湯気が上ってしまった。
「ひはははは、とはいえ、我が妹をこんなに辱めるんだから、さ~すがは、腐っても勇者だよね~」
「ど、どういうことですの? お兄様……」
「神に愛された天運の持ち主でもあるフェイリヤちゃん相手に、最後の力を振り絞ってラッキースケベを慣行するんだからね~」
「なななな、なにがらっきーすけべですの!? そ、そんなの、そんな運があってたまるものですか!」
「いやいや、そんなことないよ~、勇者にラッキースケベは必須スキル。それで女の子と仲良くなるという運命じゃん? ジオ君と先に出会ってなければ、フェイリヤちゃんは勇者に手篭めにされてたね」
「そ、そそ、そんなことあってたまるものですかー! ワタクシ、そんなもので手篭めにされるほど『安っぽいバカ女』ではありませんわ!」
腹を抱えて笑うフィクサの言葉に、フェイリヤが顔を真っ赤にしてムキになる。
「「「うぐっ…………」」」
その際、僅かにナジミたちの肩が揺れたような気がしたが、ジオは無視して代わりにフェイリヤを宥める。
「まっ、お嬢様の言うとおりかもしれねーな」
「オジオさん?」
「男が女とスケベな展開に持ち込むのにスキルや運に頼ってどうする? 男は自力で女とそういうシチュエーションに持ち込むからこそ、燃えるんだろうが」
ドヤ顔で語るジオの理論。だが、ジオ自身は自分で言いながら微妙な気分になっていた。
(……まぁ、俺の場合は…………強制的に逆に襲われた記憶しかねーが……)
そうやってソッポ向くジオではあったが、その言葉を受けてフェイリヤは……
「あわ……あわわわわ……あう……♡」
目が完全にハートマークになってしまったのだった。
それどころか、フェイリヤの人生で未だかつてないほど、心臓が高鳴っているのをフェイリヤ自身自覚していた。
「ひゃうっ!」
「ん?」
そのとき、フェイリヤは頭がパニックになり、とにかくよりジオを感じたいと思って更に力を込めてジオに抱きついて体を擦り付けた。
すると、フェイリヤは妙な感覚に襲われて、思わず声を漏らしてしまった。
(わ、ワタクシ、な、なにをやって……ででで、でも、お、オジオさんの顔をまともに見れな……ど、ドキドキが収まりませんわ!? しし、しかも、今、わ、ワタクシ、し、下着姿で……んっ……こんな恥ずかしい格好なのに……どうして? か、体が熱いですわ……お、オジオさんの太ももに擦り付けているワタクシの下着……どうして? お、お股が……い、いけないですわ……もっと……擦りたくなってしまいましたわ!?)
フェイリヤは自身が感じた妙な快感に襲われ、体中が熱く滾り、鏡を見なくても分かるほど真っ赤になっているであろう自分の顔をジオの胸板に埋めた。
(はうっ、お、オジオさんの匂いが……クンクンクンクン……な、なんて男らしい匂いですの! 嗚呼、これまで手にしたどの香水よりも素敵な香りですわ! こんなの嗅いだら、また……で、でも、これ以上、ワタクシが動いてしまうと、お、オジオさんに感づかれて……でも、でもぉぉぉぉぉ)
マントとジオの体に覆われて、他の者たちからは何をしているかは分からない……なんてことは決してなかった。
「お、おお、お、お嬢様……」
「ま、まさか……」
「お嬢様の体温が急激に上昇……」
「ぬわはははは、女の顔をしておるわい」
「えっ!? え、えええ!? あ、あのお嬢様何をしてるんで!?」
「ふむふむ、おお~、未だにキスで子供が出来ると思ってる我が妹が……ヨヨヨヨ。これは『ポルノヴィーチちゃん』に教えてあげないとじゃん」
ニコホ、ナデホ、マシン、ガイゼン、チューニ、そしてフィクサはフェイリヤが「なに」をしているのかは大体想像が付いていた。
それは当然、されているジオも同じ。
「お、おい、このお嬢様、まさか……」
「…………ん……くんかくんか……スリスリ……さすりさすり……あん……」
「お、俺はどうすれば……? お、おい、フィクサ!」
どうすればいい? そんな顔で助けを求めるジオに向かって、フィクサは親指を突き立ててニッと笑った。
「ジオ君、チューくらいしてやれい!」
「その親指へし折るぞこの野郎ッ!!」
誰もがフェイリヤが何をしているのかは分かりきっていたが、それでもフェイリヤの気持ちを察して、誰も何も言わずに気づいていないフリをしたのだった。
「ひはははは、まぁ、オんナニなった悦びを知った妹は祝福するとして……」
「おい、発音がワザとらしいぞ……」
「まあまあ、それより、問題はこっちでしょ?」
「なに?」
「やっぱ、勇者に対してショボイ制裁と思わない? フェイリヤちゃんのパンツは別にしても……」
と、そのとき、フィクサが笑いながらも、少しマジメなトーンでジオに尋ねた。
「まぁ、ジオ君はそれでいいのかもしれないけど……マシン君はどう思う?」
突如、邪悪な笑みを浮かべたフィクサがマシンに体を向けた。
「クソ勇者オーライは正真正銘の悪党じゃん? ズルくて、セコくて、ウソつきで、それでいて女好き。……ん? あれ? それって俺と同じ? ひははははははは! いや~、違うか。俺はどんなことでも、自分は悪いことしていると自分の悪意を自覚してやるけど、こいつは違う。自分がしていることを正当化してるわけでしょ? だからこそ、俺とは別の意味でもタチが悪い」
マシンは不愉快そうな顔でフィクサを睨みつけるが、フィクサは気にせず続ける。
「俺なら晒し者にして、もがき苦しませてズタズタにして生き地獄を合わせてから、一族郎党含めて全員皆殺し。そして、そんなバカな男に騙されて、今になって神妙な顔をして自分が騙されてたなんて被害者面しているクソ女どもも、壊れるまで犯しまくって後悔させるね。君は、そういうことしないのかい?」
「お前には関係のないことだ」
「んん~? それとも、やっぱりかつての仲間には情けを掛けたりしちゃうのかい? だってさ~、『もう興味がない』で済ませられるほど、君個人がされたことも、許されることじゃないんじゃない?」
フィクサは口調こそは軽いものの、それを聞いていたジオも少し気になったことをマシンに尋ねた。
本当にそれだけで済ませていいのかと。
「それにさー、勇者のしたことはなに? 自作自演で他国の生産にダメージを与えて自分たちの商品を売りつけて……百歩譲ってその罪は大魔王討伐で特赦にしたとしても……今回の罪はどうなっちゃう? 笑い話で済まないよ? ワイーロ王国の経済的なダメージは計り知れないんだからさ」
かつてのオーライの犯した罪。それは、大魔王を倒して世界の戦争を終わらせたという功績であれば、十分に帳消しになってもいいのかもしれない。
だが、今回のことは話が別だとフィクサは指摘する。
本当にこんなもので制裁を済ませていいのかと。
だが、マシンは真っすぐな目で……
「これから遊びに行くので、自分は余計な重荷を背負いたくはない。邪魔だからな」
「ッ!?」
「リーダーも、チューニも……過去と決別して身綺麗にしてこれから遊ぼうとしている。なら、自分もそうしたい。それが、チームの掲げるモットーというものなのだろう」
「……ほ~う」
「自分はもう、勇者の元パーティーではなく、ジオパーク冒険団なのだから……。だから、オーライの罪はしかるべき場で裁かれればいいのではないのだろうか?」
その理由をフィクサは納得いかないのか、微妙な顔をした。
だが、ジオには理解できてしまい、思わず笑ってしまった。
「そうだな。あいつに直接関わりのあったお前がそれでいいなら、俺も言うことはねーよ。ガイゼンも、チューニもどうだ?」
「ぬわははは。ワシももう、勇者には何の興味もないわい」
「僕はむしろ、勇者いい気味と思えればそれで良かったんで、難しいことは……」
今回のオーライの自作自演の行為で、ジオたちは手を煩わせはしたが、この国の住人ではないジオたちが失ったものは何もない。
である以上、過去の因縁があったマシンがこれ以上のことに関わる気が無いのなら、ジオたちも関わるつもりもなかった。
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