第72話 卑しい
「あんがとよ、マシンのあんちゃん! 後は俺らがこいつらに鉄槌をくらわしてやらァ!」
「このクソ偽勇者が! 俺たちの恨みを思い知れ!」
「ケジメフィンガー十本じゃ済まさん! 細切れにして魚のエサにしちゃらァ!」
「それに、この状況になるまでバカみたいに勇者の言いなりになった、メルフェン姫も同罪だ!」
もうオーライには何もできない。ナジミたちも戦意すらない。
ならば、「今なら何をやっても問題ない」と怒り狂った民たちが次々と狂気に染まった顔でオーライたちを取り囲む。
「ひっ、そ、そんな……ま、待って、みんな……だって、わ、私だって、お、オーライ君の言う通りに全部して……平和な国を作ろうとして……そ、それなのに、なんで?」
もはや、自分の信じた全てが砕け散り、ただ涙を流しながら恐怖に震えるメルフェン。
なぜ、自分がこんな状況に陥ったのか、混乱したメルフェンはまだ理解しきれていないのだろう。
だが、もはや理解しようと理解しまいと、民たちには関係なかった。
「やっぱ……見るに堪えねえな……こういう制裁イジメは……」
「リーダー?」
「まぁ……俺が口出しすんのは、完全に筋違いなんだけどな……でも……」
ジオは正に今、自分がかつて味わった民たちの怒りの制裁を目の当たりにすることになる。
今回のオーライに関しては完全に自業自得であり、自分には無関係のことのため、見たくなければ見なければいいと言えばそれまでなのだが、複雑な気持ちには変わりなかった。
だからこそ、オーライに同情はしないものの、見るに堪えないものを繰り広げられるのは嫌だと、ジオが動き出そうとしたとき……
「全員、お待ちなさいッ!!」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
その時、オーライやメルフェンに制裁を加えようとした民たちを、フェイリヤが大声で制した。
「えっ、ふぇ、フェイリヤちゃん?」
「お嬢?」
「お嬢様……?」
「フェイリヤちゃん、な、ど、どうしたん……あっ、そうか! フェイリヤちゃんが先にってことか?」
フェイリヤの止める声に思わず民たちも不思議そうな顔を浮かべるが、そんな民たちに対してフェイリヤは怒った表情を浮かべて……
「オーライさんやメルフェン姫のことを許せないという気持ちは理解しますが、その怒りを相手が動けなくなってからぶつけるなどという、卑怯極まりない真似だけは、このワタクシが許しませんわよッ!」
「「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
「我慢できなかったのなら、オーライさんが立っている時に殴りかかれば良かったのですわ! それなのに、御マシンさんに倒してもらって、相手が反撃できなくなった途端に下品に叫んで、しかも大人数で取り囲んで制裁など、……卑しいにもほどがありますわ!」
そのフェイリヤの発言には、民たちも思わず言葉を失ってしまった。
「昨晩、オジオさんが体を張ってあなた方に何を教えてくださったとお思いですの!? 心の底からの本音を曝け出した結果、『こういうこと』があなた方の望んだ本音というのであれば……とっても醜いとしか言いようがありませんわ! 制裁や恨みは否定しませんけど、こういうやり方は美しくありませんわ!」
フェイリヤのその声は、怒りに我を忘れてしまっていた民たちの心を一瞬で呼び戻した。
「フェイリヤちゃん……」
「お嬢様……」
そして、その言葉から何かを感じ取ったのは、民たちだけではない。
当然、ジオたちもだ。
「……あの……女……」
「…………ッ……」
「ほほう……」
「うわぁ……あの、お嬢様……」
その時、ジオは自分の過去の悲劇が頭を過り、心臓が抉られるほどの衝撃を受けた。
「フェイリヤ……か……なんて……バカ女だ」
そして、ジオは思わずにはいられなかった。
「もし、……あの時……お前が……」
もし、二年前の帝国で、フェイリヤが居てくれたならば……ジオはそう思ってしまった。
「もし、お前が居たら……きっと俺は……ふははは……ったく、何で俺はこんな女々しいことを……」
それが今さら思ってもどうしようもないことだと感じながらも、しかしジオは少しだけ心が救われた気がした。
だが……
「ふぇ、ぶえいりや……」
砕かれた顎で意識を朦朧とさせながら、這い蹲っていたオーライが顔を上げる。
傍らに居る、自分への制裁を止めようとするフェイリヤを救いと感じ、それに縋るように、オーライは必死に手を伸ばす。
すると……
「……へっ?」
「うっ、ぐ……あう」
そのとき、オーライがとりあえず伸ばした手が、フェイリヤのスカートに触れた。
いや、触れただけではない。フェイリヤの白いスカートの裾を掴んでしまった。
そして次の瞬間、オーライは自分が何を掴んでいるかも分からぬまま、ソレを引っ張って体を起こそうとした。
―――ビリ
「「「………あっ…………」」」
だが、男の体重を支えられるはずもなく、オーライに引っ張られたフェイリヤのスカートは、ベルトが千切れ、破れ、そしてスカートがそのまま地面にずり落ちてしまった。
「あっ……」
誰もが目を丸くして固まってしまった。
そこには、黄金の鎧とマントを羽織った金髪お嬢様が、下はブーツの上にパンツ一枚モロ出し状態になってしまったのだ。
黒の高級感漂う色っぽいレースの下着に、民たちの視線が一斉に集中。
その視線を受けて、フェイリヤはようやく何があったのかを理解し、そして……
「ふんがああああああああああああああああああああっ!!!!」
「おびゅっ!?」
顔を真っ赤にして泣き叫びながら、頑丈なブーツの踵でオーライの顔面を思いっきり踏みつけるフェイリヤ。
既に、鼻も顎も砕かれているオーライの顔面にトドメをさす勢いで潰した。
「ゆ、ゆっ、ゆ……許しませんわ、この下郎ッ! このワタクシに与えた屈辱は百万倍にして返して差し上げますわ! 皆さん、この愚か者を成敗ですわ! ケジメですわ! 制裁ですわ! 袋叩きですわーーーーっ!!!!」
「「「「お……お~~~~う」」」」
人々の心を動かした先ほどの発言を全て撤回するかのように目を血走らせて怒りに震えるフェイリヤ。
その形相に民たちは苦笑しながら、とりあえずその声に応えた。
そして、フェイリヤは……
「う、うううう、うわああああああん、見られてしまいましたわ……オジオさん以外の方にまで、う、ううう、わ、ワタクシの、ワタクシの……」
マントで体を覆い隠しながら、泣きながらその場から離脱し、ただ一目散に……
「う、うええええん、オジオさん……オジオさ~ん!」
「お、おお……ってか、なぜこっちに来る? そしてお前、さっきの俺の感動返せ」
迷子の子供が親を見つけたかのように、ジオの胸に飛び込んでフェイリヤは再び号泣した。
そんな姿にジオは呆れながら、ただフェイリヤの頭をポンポン撫でて哀れんだ。
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