第74話 邪魔な過去


「ひはははははは、クールだねぇ。ますます君たちと仲良くなりたくなってきたじゃん」


 これ以上は何を言っても仕方ないだろうと、フィクサはお手上げのポーズを見せた。


「まっ、いいさ。これから死に損ないの親父やら、今回の責任問題やらで、勇者にはすべてを明らかにするまでは生きててもらわんとだしね。さ~て……ハウレイムは今回の賠償金をいくらぐらい払ってくれるかな~? 俺は商談では断固として金をまけないからねぇ。搾り取るだけ搾り取るじゃん」


 そう言って、フィクサももうオーライへの制裁云々については興味をなくしたのか、それ以上を言うことは無かった。


「おっと、そういえばそこのチョロいアバズレのクソ女共はどうしちゃおうかな~?」


 思い出したかのように、辛辣な言葉を浴びせながらフィクサが向くのは、オーライの仲間であり、妻でもある、ナジミ、アネーラ、そしてシス。

 オーライに欺かれていたとはいえ、誰よりもオーライの傍にいたはずの彼女たちが何も見抜けていなかった。

 マシンの問題をマシン自身がもう掘り返さないとはいえ、それでもこれまでのオーライの所業を見抜けずにオーライを持ち上げるようにしていた彼女たちに何も責任がないとは当然言えない。


「勿論……責任は取るわ……オーライのしたことは全てハウレイム本国に伝え……私たち自身もオーライ同様に……」


 幼い頃からずっと傍に居て、そして身も心も愛し合って誰よりも信頼した男の裏の顔を見せられたショックは未だに大きく、ナジミたちもまだ落ち着きを取り戻せていないが、それでも自分たちのしてしまったことの重大さは理解しており、まだ具体的に何をすればいいかは分からずとも、責任と断罪の覚悟はしていた。


「でも……その前に……御願い。許してもらえないのは分かってるけど……マシンに謝らせて……」


 そんな状況の中、何をやればいいのかもまだ分からぬ状況でも、それでもナジミたちが真っ先にしなければならないと思っていたのは、それはかつての仲間であるマシンへの謝罪。

 ナジミのその悲痛な願いと共に、アネーラとシスも再び涙を流した。


「うん……マシンくん……謝っても許されることじゃない。殺されたって文句が言えない……そこの彼の言うとおり、私たちは弟君の言葉だけを鵜呑みにして……あなたのことを何も……分かっていなかった」

「マシンさん……私たちは……ひっぐ……あなたに……とんでもないことを……謝らせてください……」


 その涙と共に溢れる言葉は、懺悔は、心の底からの贖罪。

 そんな彼女たちの姿は、ジオは数日前のティアナたちの姿と重なった。

 そして、ジオは許せなかった。

 なら、マシンは?


「特に必要としていない」

「「「ッ!!??」」」


 謝罪そのものを必要としていない。

 必要がないというのは、許す許さない以前に、関心がないのである。

 すなわち、無関心。

 もはや、マシンにとっては、オーライも女たちもどうでもいいことなのである。

 

「ひははははははは、いや~、ある意味で一番エグイね~、マシンくん。謝罪したがりの奴らからすれば、それが一番堪えるじゃん? いいねいいね~。女ってば都合が悪くなるとすぐ泣くから、そんなお涙頂戴で分かり合ってハッピーエンドなんてクソなことにならなくて、おにーさん嬉しいじゃん」


 ナジミたちに冷たく壁を作って突き放し、謝罪すら許されない絶望にナジミたちが悲しむ中、フィクサの非情な笑いが響いた。



「というわけで、そこの中古女ちゃんたちも、勇者オーライの所業をハウレイムに伝える際には是非とも証言してもらうからねぇ? ちゃんと証言しないなら……俺の知り合いで一番のド変態顧客に裸で売り渡しちゃうよぉ?」


「っ、ひっぐ……わ、分かっているわよ……オーライの罪は……私たち皆の罪。ちゃんと……そこは事実を捻じ曲げないわ……」


「そうそう、それでいいの。あ~、良かった。勇者の女たちって色んな方面でプレミアが付きそうだけど、所詮は中古の人妻だから、それほど高い金額が付かない可能性もあったから、違う使い道があってよかったじゃん」



 オーライの今後については、まずはハウレイムと話を着けてから。

 マシンの拒絶に深いショックを受けているナジミたちからの言質もちゃんと取って、フィクサ自身がその交渉に出ようとしているようだ。

 

「よーし、それじゃあ皆の衆! とりあえず捕らえた勇者とバカ姫は牢にでも閉じ込めておきな! で、勇者は……そうだな、もうちょい恥辱を……そ・う・だ! アソコの毛でもツルツルに剃っちゃえ! ひははははははははは!」


 完全に場を支配したフィクサが上機嫌に笑う。

 オーライやメルフェンの肉体ではなく、心を傷つけることを愉快そうに実行しようとする。

 この国の救援に来たハウレイムの兵たちは、その光景を止めることもできず、ただオーライを失望の眼差しで見ることしか出来なかった。

 こうして、勇者オーライが終わり、世界に衝撃的な事実が間もなく駆け抜ける……誰もがそう思っていた。



「貴様らアアアアアアアア、何をしているでござるっっっ!!」



 だが、事態はよりややこしくなる。


「ッ、こ、この声!?」

「えっ!? ちょっ、だ、誰ですの!? 人がせっかく良い気持ちになっているといいますのに!」


 突如響いた謎の声。その声を聞いた瞬間、ジオの全身が震え上がった。

 ついでに、ジオはフェイリヤの発言は無視した。

 そして、振り返った瞬間、磔にしたオーライとメルフェンを運ぼうとしていた者たちが一斉に宙を舞った。


「この世界を、人類を、すべてを救ったオーライ殿に、貴様らは何をしているでござるっ!!!!」


 その者は風のように颯爽と現れた。

 薄い花びらの柄が施された羽織りを纏い、その手には『黒い木刀』。

 長い黒髪を頭の後ろに一つでまとめ、可愛らしさと美しさが合わさったその顔には、左目を黒い眼帯で覆っていた。


「あいつ!?」


 その、現れた女のことを、ジオはよく知っていた。

 なぜここに居る? そう思って、ジオが思わず足を踏み出しそうになった瞬間、


「止まりなさい、ジオ」

「ッ!?」


 頭上から聞こえた声に、ジオの全身は震え上がった。


「お、おい、なんだこのオネーちゃんは!」

「いや、それよりも……う、海を! い、いつの間に……」

「な、なんで、ふ、船が!?」


 そして、同時に民たちからも声が上がる。


「ひははははは、おやおやおや。これは予想外じゃん」


 フィクサですら予想外だと笑っている。

 海を見ろ。そう響いた声につられて皆が海を見ると、巨大な戦艦が一隻、崩壊した港へと接近していた。

 その船に掲げられたのは、ジオもよく知る国の旗。

 そして頭上には……


「お、おいおい、なんか、グリフォンまで!?」

「ペガサスまで居るぞ!?」


 頭上には自分たちが気づかぬうちに、船から放たれたのか、飛行可能な騎獣に跨った武装した兵たちが空を埋め尽くしていた。


「「「「に……ニアロード帝国の兵だッ!!??」」」」


 そう、空を埋め尽くし、海の向こうから現れた者たちは、ジオの故郷でもある帝国の兵たち。

 その誰もが、無残に磔にされているオーライの姿を見て、怒りに満ちた表情をしている。

 

「……オジオさん……こ、これは?」

「……ああ……メンドクセーな……」


 何が起こっているのか分からずに戸惑うフェイリヤに構わず、ジオは深い溜息を吐いた。


「……ジオ……」


 また、ジオを呼ぶ声が聞こえた。その声を心底うっとおしいと感じながらも、ジオは仕方なく見上げる。

 するとそこには、一匹の輝く竜に跨る女が居た。


「ななな、ど、ドラゴンですわ!?」

「ほほう、……地上世界の上位種……銀竜じゃな……手なずけるとは大したもんじゃ」

「……あれは」

「ひいいい、一難去ってまた一難なんで!? 一体、なんなの!?」

「マスター、お下がりください。私が守ります」

「ひはははは、こりゃまた大物が来たね~」


 誰もが自分たちの頭上に出現して影を落す銀色に輝く竜に驚いた。

 だが、ジオだけは違う。

 ジオは、その竜の背に乗っている、一人の女にしか目が行かなかった。



「……ジオ」


「うるせーよ。気安く人の名前を呼んでんじゃねーよ」



 寂しそうにその女から漏れた名に、ジオは不快な表情を浮かべて睨みつける。

 それは、これまでフェイリヤも見たことが無かった、ジオの怒りに満ちた顔。

 その表情に、現れた女はたじろぎそうになるも、すぐに気を持ち直してジオを真っ直ぐ見つめる。

 

「おい、とりあえずお嬢様、離れてろ……」

「オジオさん……って、ダメですわ!」

「うごっ!?」


 と、とりあえずいつまでも離れないフェイリヤをジオが自分から離そうとした瞬間、フェイリヤは慌ててジオにしがみ付いた。

 それは……


「おい……離れろよ」

「離れろではありませんわ! ワタクシ、い、今、どういう格好かお忘れですの!?」

「……あっ……」


 そう、今、フェイリヤはスカートを脱がされてパンツ丸出し状態なのである。

 こうしてマントで後ろを隠して正面はジオにしがみ付いていることで隠しているが、今、ジオから離れたら、さっきより『大変なことになってる』パンツを今度は帝国兵に見られてしまうのである。

 そんな恥は晒せないと、とにかくフェイリヤは必死でジオに抱きついて離れない。



「ッ、な、ちょ……っ……ジオ……だ、だれ……よ、そのおんな……」



 そんなジオの傍にいるフェイリヤに、女は目を大きく見開いて唇を強く噛み締めた。

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