第62話 クサイ勇者

 光の剣を掲げた、奇跡の勇者。

 世界が、人類が誇る英雄の姿を一目見ようと、ワイーロ王国の民たちは集まっていく。

 街の中心部は浸水以外はそれほど大きなダメージは無いものの、それでも多くの家や建物が流され、倒壊し、多くの瓦礫の残骸が街のあちこちに散らばっている。

 戦争でもそれほど大きな被害は受けなかったワイーロ王国からすれば、未だかつてこれほどの痛手を負ったことは無かった。

 しかし、それでも多くの民の命が助かったことと、本来自分たちではお目にかかることのできない、世界を救った勇者の存在に誰もが目を奪われていた。

 昨晩は、喧嘩の熱気に当てられたものの、やはり本物が現れて、そして自分たちの命と国を救う奇跡を目の当たりにしたのだから、それは仕方のないことだった。


「どいて! どいてよ! ……オーライ君ッ!」

「メルフェン!」


 集まる群衆をかき分けるように、一人の女が数人の兵に連れられて勇者の前へと出てくる。

 それは、昨晩囚われていたはずの、メルフェンだった。

 メルフェンの姿を見たオーライは、迷うことなくメルフェンの元へと駆け寄り、そして人目もはばからずにその体を抱きしめた。


「良かった、無事だったんだね、メルフェン」

「あっ、……ん……オーライ君」

「愛する君まで失っていたら……僕はどうなっていたことか」

「……んもう……大丈夫だよ……ありがとう、オーライ君」


 メルフェンの存在を確かめるかのようにギュっと力を込めて抱きしめるオーライ。

 その温もりに触れて、メルフェンは瞳を潤ませながら両手をオーライの首に回して心地よさそうに微笑んだ。


「お礼なんて必要ないさ。君と僕の間にそんな言葉は不要さ。それに、このワイーロ王国は……僕たちの国でもあるわけなんだから」


 この国はオーライの国でもある。その言葉を聞いた瞬間、メルフェンはビクッと体を震わせた。


「お、オーライ君……そのことなんだけど……」

「ん?」

「……その……併合を邪魔する人たちがいて……その、わ、私もそれで昨日は……」

「……そうか……」


 本来であれば、昨日の時点でクーデターも成功してこの国は生まれ変わり、そして滞りなくハウレイム王国と併合する予定であった。

 しかし、その予定が昨晩の暴動で全てが狂ってしまった。

 そのことを言いにくそうに俯かせるメルフェンだったが、オーライはそのことについて深く聞こうとしなかった。


「うん、大変だったんだね」

「オーライ君……わ、私……君の期待を裏切って……みんなで平和な世界を……そのために……」

「そんなことないさ。それに、国の併合なんて簡単にいく話じゃない。一人で抱え込まなくていいさ。そのために、僕が傍にいるんじゃないか」

「……オーライ君!」


 オーライの甘い言葉にすっかり感激してしまったメルフェンは涙を流しながらオーライの胸に顔を埋める。

 甘えるメルフェンの頭をオーライはゆっくりと撫でながら、集まった民たちに顔を向ける。



「皆さん! まずは、……挨拶が遅れて申し訳ありません。僕が……オーライ・クリミネル……いえ、今度から……オーライ・ハウレイムですね」



 オーライが民に話しかける。威圧するような声ではなく、民一人一人に語りかけるような穏やかな声であった。


「まずは、この度は不運な『天災』に合われ……皆様の心の傷を思うと……言葉もありません。しかし、これだけは言わせてください。よくぞ皆さん、ご無事で居てくださいました」


 心の傷。その言葉を聞いた瞬間、民たちは一斉に顔を落とした。

 住んでいた家が壊され、街も破損し、店も悲惨な状況。生業としていた漁業も港の船はほとんどが二度と使えないほど大破している。

 命があっただけでもマシだと言うには、受けた被害は軽くなかった。


「本来なら、メルフェン姫が仰っていたように、この国とハウレイムの未来について皆さんと議論をしたかったのですが、今はそんなことはどうでもいいことです。今優先すべきは、皆さんの心の傷を癒し、そしてこの国を元の素晴らしい国へと復興させることです」


 そんな民たちに対し、オーライは徐々に言葉に力を込めていく。それは、まるで落ち込んだ者たちを鼓舞するかのように。


「併合とかそういうのは一旦忘れてください。今は、同じ人類として、友として、皆さんが再び元の暮らしができるようになるため、僕たちにお手伝いをさせてください! 人類は力を合わせて魔王軍を倒しました。その絆があれば、きっと元の素晴らしい国を取り戻せるはずです! 一人は皆のために! 皆は一人のために! 僕は、皆さんのために全力を尽くすことを誓います!」


 勇者自らのその演説は、傷つきどん底に居た民たちにとっては、差し出される救いの手に他ならなかった。

 その言葉がありがたく、噛みしめながら民たちは涙を流しながら頭を下げた。

 そして……


「そして……君とも力を合わせて理想の世界を作っていきたい。フェイリヤ・ゴークドウ……」

「ッ!?」

「今回、予想以上に被害が少なかったのも、君が中心となって民を守ってくれていたからではないかと思っているんだ」


 オーライは再びニッコリと微笑みフェイリヤに顔を寄せる。だが、フェイリヤは急に自分のエリアに入り込もうとされて思わず後ずさりしてしまい、そしてあさっての方向を向きながら……


「いいえ、この国を守ってくださったのは……オジオさんたちですわ」

「オジオさん? 聞いたことないな……」


 振り向いた先では、壊れた船着き場で腰を下ろして静観をしている、ジオとガイゼンが居た。

 二人の姿を見て、一瞬だけオーライの眉が動いた。


「魔族……?」

「ふっ、ああ。で……別に俺らは何もしてねーよ。あの津波も嵐も気づいたら無くなってたんだしよ」


 別に自分たちは特に何もしていない。そう謙遜をするジオたちだが、オーライは真っすぐとジオたちに歩み寄る。


「種族の壁なんて関係なく、地上の国を守るために動いてくれる……嬉しいよ。僕の目指した世界そのもの。あなたたちこそ、僕の誇りであり、新世界の希望だ」

「……はっ?」


 あまりにも真っすぐ大げさに言われてしまい、ジオも思わず変な声を上げてしまった。

 しかし、そんなジオに構わず、オーライは続ける。


「何もやっていない? 特に見てはいなかったけど、そんなことは言ってはいけないよ、オジオ。意味のあるなしなんて関係ないんだ。重要なのは、やろうとしたかどうか。貴方の勇気は称えられるべきもの。勇者オジオ、あなたの勇気に敬意を称します」


 これでもかとジオたちを褒め称えるオーライ。

 その言葉や振る舞いに、ジオはムズ痒くなりそうだった。


(この男……なんだろうな……言葉があまりにもクサすぎる……ここまで無理くりだと、自然と出てきた言葉じゃなくて、無理やり良いことを言おうとしている感があるな……)


 良いことを言っているのだろうし、振る舞いも立派なものなのだろうが、何故だか素直に受け止められない。

 ジオはそんな心境だった。


「そ、そうですわ! 何もしてなくありませんわ! オジオさん……とーっても……っ、じゃなくて、な、なかなかカッコよかったと思いますわよ! 御爺さんもですわ!」

「おやおや、お嬢様にそこまで褒められるなんて……羨ましいな。嫉妬しちゃうよ……」

「……はっ?」


 顔を真っ赤にしながらジオを褒めるフェイリヤだったが、何故だか微妙な発言をオーライはした。

 その言葉に、メルフェンはムッとした顔を見せ、フェイリヤは「はっ?」となっていた。


「あっ、いや……ほら、君のような魅力的な女の子にそこまで言われるなんて、男として羨ましいと思ったってことで……」

「はあ? そんなの当たり前ですわ。ワタクシほどの魅力あふれる者なんて居ませんもの」

「うん、そうだね。そんな君に、僕も同じようなことを言ってもらえるぐらい頑張らないとね」

「……?」


 そのとき、ジオとガイゼンは互いに見合って、微妙な顔を浮かべた。


((こいつ……口説いてるのか?))


 と、同じことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る