第61話 勇者推参
「ん?」
「おっ!?」
その時、上空を埋め尽くす暗雲を切り裂くように、光の柱が次々と海上へと降り注いでいった。
その光から感じる膨大な魔力に気付き、ジオとガイゼンは頷き合う。
「あれは、チューニのチューニスペシャルだな」
「じゃろうな。巨大な魔力で雲を四散させる気じゃな」
上空で大嵐をどうにかしようと抵抗するチューニ。そしてマシン。
よく見ると上空では、花火や爆発でも起こっているかのように、次々と爆音が響いている。
「アレは……」
「恐らく、ワシらにはまだ見せておらん、マシンの武器じゃのぅ。まっ、あの大嵐を前にすれば焼け石に水程度じゃが」
「上等だ。多少でも威力が弱まっちまえば、それでいい。普通の規模の嵐になっちまえば、なんとか堪え切れるだろ」
チューニとマシンもどうにかしようと粘っている。
だが……
「……しかし……あれだけではまだ弱いのう」
「ガイゼン?」
「……ワシがもっと本気でやっても良いが……そうなると、更なる天変地異を起こして逆効果になりそうじゃし……悩ましいの~」
「……はっ? もっと……本気でって、おま……」
「そりゃあ、地震や火山の噴火までは起こされたくあるまい! ぬわはははは」
ガイゼンは歯痒そうに笑っていた。
単純に、相手を倒すだけならば、もっと全力で力を解放すればいい。
ただ、これが敵の打倒ではなく、防衛が目的である以上、自分の力が引き起こす二次災害の方がガイゼンにとっては面倒であった。
いっぽうで、ジオはガイゼンがこの状況でもまだ力の底を見せていないことに、改めて桁違いのスケールを感じていた。
「ちっ……とんでもねージジイだな」
「ぬわははは、そうじゃろそうじゃろ。ほら、ワシって最強じゃから」
「……はいはい。じゃ~そういうことなら……もうちょい頑張るか」
「うむ。いよいよとなったら、ワシがあの大嵐もどうにかしてみるわい。代わりに、もっと迷惑な天変地異が起こっても許して欲しいがな」
ジオも疲れてきたが、まだ戦える。まだ立ち向かえる。そう拳を握りしめ、休む間もなく迫りくる自然の猛威に立ち向かう。
だが……その時だった!
「オジオさーーーーん! 御爺さーーん、その調子ですわよー!」」
住民の避難に時間を稼いでいるつもりだったのに、何故か逃げていなかったフェイリヤ。
ジオたちの姿に興奮して、ジッとしていられなかったのか港まで降りてきて声援を上げている。
「ちょっ、バカッ!?」
「ぬぬっ!?」
危ないから下がっていろ。こんなところまで来るんじゃない。
ジオとガイゼンが咄嗟に叫ぼうとしたとき……
「ちょっ、お、お嬢様ッ!!」
突如、『何故か』いきなり空の暗雲が鳴り出して、『どういうわけ』かフェイリヤが出てきた『丁度』その場所に空から落雷が降り注いだ。
「へっ?」
あまりにも突然のことで、フェイリヤが見上げた瞬間、落雷はフェイリヤに……
「ちょ、ばかやろおおおおおおおおお!」
「しもたっ!」
間に合わない。ジオもガイゼンもそう確信した。
降り注いだ落雷がフェイリヤに直撃する……かと思われた、その時だった!
「大丈夫だよ、美しいお嬢さん」
「…………ほへ?」
「「ッッ!!!???」」
雷がフェイリヤに直撃する寸前に何者かがフェイリヤを抱きかかえてその場から離脱。
「僕が来ました。だからもう……大丈夫です」
「……えっ? あの……へっ? あ、あなたは?」
突如現れた謎の男。
まだ少し、あどけなさの残る少年と青年の中間ぐらいの男。中世的で端正な容貌。
全身を蒼と白を基調とした鎧や衣服を纏い、頭部は兜ではなく蒼い額当てのみ。
オレンジ色に染まった髪は夕焼けのように鮮やかであった。
「震えているね。でも、安心して。落ち着くまで……」
「ちょっ!? な、なにを!?」」
「僕がこうして……君をこうして抱きしめてあげるから」
「なな、なにを!? ちょ、しかもあなた、誰ですの?」
現れた謎の男は爽やかに微笑み、お姫様抱っこをしながらフェイリヤの頭を撫でながら自分の胸元に抱き寄せる。
雷の衝撃と、現れた謎の男と突然の扱いにフェイリヤも混乱してしまっている。
「……だ、誰だ? あいつ……」
「ふむ……」
一体、あの男は何者か? ジオたちもそう疑問を抱いた時、男は答える。
「僕は……この国を救いに来た者だ」
「……は、はぁ……」
「人は僕のことをこう呼ぶ。……勇者オーライ……と」
「ッッ!!??」
勇者オーライ。
確かにその男はそう名乗った。
「勇者!? あいつが!? あのヒョロそうな優男が!?」
「なに!? あやつが!? …………あんなのが……スタートを仕留めたというのか? 」
ジオもガイゼンも驚きを隠せなかった。
それは、勇者が現れたことにではない。現れた勇者が自分たちの想像していた者と違っていたからだ。
「立てるかい?」
「え、ええ……だ、いじょうぶ……ですわ」
「ふふふ、良かった。そして、もう何も心配いらない」
驚き混乱しているフェイリヤを優しく地面に降ろして微笑むオーライ。
同時に、オーライはマントの内から何かを取り出した。
それは、ただの短い棒。剣の柄のようにも見える。
「って、そうですわ! 助けて戴いたことにはお礼を言いますが、こうしている場合では!」
「ですから、もう、大丈夫なんです、お嬢さん」
オーライは取り出した棒を真っすぐ上げる。すると、同時に柄から光る剣が飛び出したのだ。
この暗い空の下でも眩いほどの光を放つ剣。
見るものを見惚れさせるほどの輝きを放ち、一方でジオたちからすれば……
「あの剣……ヤベーな……触れただけで多分……」
「うむ……怪我ではすまんじゃろうな……」
その剣が秘める力を、ジオもガイゼンも瞬時に理解した。
だが、同時にガイゼンはオーライに対して訝しむような目を向けた。
「体躯やたたずまい普通……魔力も常人より少し上程度……覇気も大したことはない……どういうことじゃ? あんなのにスタートが? ……ありえぬな」
百戦錬磨のガイゼンだからこそ、一目見ただけで相手の力をおおよそ把握できる。
そして、それはその潜在能力すらも見抜く。
だからこそ、ガイゼンは初見でチューニのことも「何かある」と見抜いていた。
だが、だからこそガイゼンは首を傾げた。
突如現れたその男は、武器として取り出した剣には尋常ではない力を感じたものの、勇者そのものには大して何も感じなかったのである。
そして更に……
「お嬢さん、覚えておいて。勇者は……奇跡を起こせるんだよ? はあああああああああああああああああああっ!!」
そう言って、真剣な顔を浮かべて、気合を込めるかのように唸る。
だが、それでもガイゼンは何も感じなかった。
なのに……
「……はっ? え!? な、なにいいっ!?」」
「んぬっ!?」
ジオもガイゼンも、目を疑った。
それは、幾重にも重なる暗雲と全てを巻き込む大嵐に津波の自然災害。
だが、オーライが光の剣を掲げて唸りだした瞬間、突如として雲が少しずつ晴れ、更には海上から迫ってきていた嵐が落ち着き出し、荒れ狂っていた海まで大人しくなり始めたのである。
「う、うそ……な、何が起こっていますの?」
一体、何が起こっているのか? まるで奇跡を目の当たりにしたかのように、フェイリヤは腰を抜かしてしまった。
腰を抜かして見上げるフェイリヤの眼前には、晴れた雲の向こうから見える朝日の光を浴びて、より一層笑みを浮かべるオーライ。
「おいおい、どーしたってんだ?」
「嵐が急に……」
「オイラたち……助かったのか?」
「ああ、神様……神様が……」
突如打って変わったかのように全ての自然災害が消え去り、避難し隠れていた住民たちが狐につままれたような表情で出てきて、そして港の中心で光の剣を掲げて微笑むオーライの姿を見た。
「本当は皆とここに向かっていたんだけど、この国の危機を感じ取って、一刻も早くということで僕だけ単独で来た」
「た、単独!? ゆ、勇者であるあなたが……ですか?」
「人の命には代えられない。そして、来てよかった。君のような美しい女性を救えることが出来たのだから」
「あ、えと……は、はぁ……」
「とはいえ、皆さんも酷い被害を受けた様子……でも、もうすぐでハウレイムの皆が来てくれる。復興には全力で協力させてもらうよ」
オーライは掲げていた剣を降ろし、腰を抜かしているフェイリヤの腕を掴んで起こして、そして自分に抱き寄せる。
「疲れた心も体もゆっくり休ませて。あとは……全部僕に任せていいから」
それは、正に国の危機に颯爽と現れた救世主そのもの。
そしてその救世主が起こした奇跡に自分たちは救われたのだと、フェイリヤを抱き寄せるオーライの姿に人々は涙ながらに一斉に歓声を上げた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお、勇者様ああアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」」
昨晩の、ジオとの喧嘩で「勇者などいらない」と叫んでおきながら、手のひらを反すような叫び。
その熱気に、ジオも言葉を失って、しばらく呆然としていた。
そんな中……
「ぷく、ひは、ひははははは……」
港を見下ろせる位置にある、民家の屋根の上でその光景を眺めていたフィクサ。
「あ~、そう。そう来たか~、勇者オーライ……ひはははは、ほんと茶番。俺が潜入させた犬に……親父をうまく暗殺されちまったかな? うまくいったかどうかの報告はまだ聞いてねーけど……ひははは、内心は相当焦っているんだろうねぇ」
ずぶぬれになりながらも、愉快に手を叩いて笑っている。
「ひはははは……おためごかし……にもほどがあるね。まっ、その浅はかな手は運が悪いことに全て壊れちゃうんだろうけどね」
人々が奇跡に感動する中、心の底からバカにしたように笑いながら……
「さあ、マシンくん。器でもねぇのに図に乗ったバカを懲らしめてあげなさい」
そう言って、フィクサは今度は空を見上げて、空の彼方から脇にチューニを抱えてゆっくりと下降してくるマシンの姿を見て、更に邪悪な笑みを浮かべた。
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