第60話 天災をぶちのめす
「うへへへへ……オジオさん~……ダメですわぁ……」
ゆるみきっただらしのない笑みを浮かべて涎を垂らしている金髪のお嬢様フェイリヤがソファーで寝ていた。
「お嬢様、早く起きてください! お嬢様!」
「大変なんですから、早く! っていうか、風でスカートが! ぱぱ、パンツが皆さんにも見られちゃいますよ!?」
なかなか起きる気配は無かったが、あまりにも強く体を揺らされて、流石にフェイリヤもようやく目を覚ます。
「んもう……なんですの~? 騒々しいですわ……」
「お嬢様、早く起きてください! 大変なことになっているんですから!」
「ん~……ん!?」
先ほどまでは幸せそうだった表情も、無理やり起こされて少し不機嫌な声を漏らすフェイリヤ。
だが、メイドのニコホとナデホが慌ただしくフェイリヤの体を無理やり起こして海の方へと顔を向けさせると、フェイリヤはすぐに目を大きく開いた。
「ちょっ!? な、……なんですの!?」
フェイリヤは目を疑った。
穏やかなはずだった海の変貌。迫りくる、巨大な大嵐。
やがてその場に普通に立つことすら困難になるほどの勢いでワイーロ王国の港へと迫っている。
激しく打ち寄せる波が港の船を飲み込み、削り、圧し潰そうとしている中、ついに街全てを飲み込まんとする巨大な波が壁となって現れる。
「うあ……うわああああ、お、オイラの船がァああああ!」
「お、俺んとこまで……そんな……」
「なんてこった……」
容赦ない無慈悲な波が港の船を次々と大破させて海の藻屑へと消えていく。
漁を生業としている漁師たちからすれば、生きる気力すらも一瞬で奪い取るほどの所業であった。
ほとんどの漁師たちが、避難を忘れて力なくその場で俯き、肩を落としてしまう。
「あんた、早く逃げるんだよ!」
「そうだよ、今は船よりも命が……お父さん!」
漁師の家族は必死に男たちを立たせようとするが、ショックを受けた男たちはしばらく身動き取れないでいた。
だが、このままではより強い波、更には迫りくる大嵐が直撃すれば船どころか命まで失いかねない。
家族は必死に男たちに逃げるように声をかける。
すると……
「範囲が広すぎる。全部を防ぐのは無理だ」
「なら、役割分担じゃな」
「あの台風……あの規模と威力を放置はできないな」
「いやいやいや、あんなバケモノ嵐をどうやって!?」
打ち付けるような波しぶきを浴びながら、四人の男たちが埠頭の先端に立つ。
その姿に、港で打ちひしがれていた男たちは、大きく目を見開いた。
その四人のうちの一人は、正に自分たちが先ほどの喧嘩で一度殴り、そして殴られた男。
「津波は物量戦だな。……俺がやってやらぁ」
「ぬわはははは、ワシもじゃ。昼間のちっこい竜よりは骨がありそうじゃ」
「ならば……自分とチューニで大嵐を引き受ける」
「避難させてくださいぃイイイイ! てか、ピカピカ雷まで、って、なんかとんでもなくヤバそうなんで!」
一人だけ……チューニだけどうしても逃げたいと泣き叫ぶも、襟首をマシンに掴まれて逃げることは出来ない。
そして、ついに港を完全に覆いつくすほどの山のような巨大な津波がジオたちに巨大な壁を落とすほど迫った瞬間、男たちは動いた。
「っしゃぁ! いくぜ! 昔の女たちと同じで……荒波も二度と俺に寄るんじゃねぇ!」
男たちとの喧嘩の時に使用した、荒ぶり燃えるような強烈なオーラではなく、今のジオから発せられるのは禍々しい闇の瘴気。
その力は、アルマとの一戦で自身の意志で対象の存在を自分から引き離す力へとなった。
「ジオリジェクト……とでも名付けておくか!」
すなわち、「斥力」の力。
「う、うおおおお、な、な、なんだあ!?」
「つ、津波が停止して……な、なんか押し戻されているような……」
街から驚愕の声が上がる。
今まさに港、そして街すらも飲み込まんとする巨大な津波が停止し、徐々に後ずさりしているのだ。
「……ッ、だが、お、重ッ……な、んぐぐぐ!! おおおい、クソジジイいい!」
だが、それを抑えているジオ自身も無事では済まない。
禍々しい闇が津波を受け止めようとするも、津波自体の規模巨大すぎて、更なる津波も押し寄せて、それが幾重にも重なって津波をより巨大にしていく。
ジオの両腕の血管が爆発してしまいそうなほどはち切れて、膨張してしまっている。
だが……
「ぐわはははは……久々の水遊びじゃなぁぁぁ! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
ガイゼンが、停止する津波に向かって真正面から飛んだ。
野生の肉食獣のように吼え、
「
一撃だけで爆音のような音を響かせる拳の連打で、巨大大津波を破裂させた。
「「「「…………………うそん………」」」」
破裂した津波の大量の水しぶきが大雨のようにワイーロ王国に降り注ぐが、その水しぶきを受けながら、誰もが口を開けて固まっていた。
「つっ……っが~、疲れた……引き離す力……便利だが疲れる! 俺には合わねえ。俺も手当たり次第にぶん殴る方が性に合ってるわ」
「ぬわはははは、そうか? 良いサポートだと思ったがな、リーダー。まあ、それなら次からは津波は交代交代で破壊していくか?」
「へっ、いいじゃねえか。ジジイはノンキに茶でも飲んでりゃいいさ」
「ば~かもん。ジジイになっても、海を前にすれば誰もが童心に返るもの。違うか?」
それは、目を疑うような光景。
「昔に返るか。まっ、いいぜ。引き離しの力はまだ使いこなせねえが……昔ながらの力なら、見せてやるぜ。……『武装暴威』をな」
「ぬわはははは、やってみるがよい」
次々と巨大な影を落として国そのものを飲み込まんとする津波。
だが、その津波は、たった二人の男が次々と砕いていく。
「ジオブラスタアアアアアアアアア!!」
「
ジオの突き出した拳の先端から放たれる荒々しい気の束が、押し寄せる大津波のど真ん中に風穴を開け、ガイゼンが鋭い蹴りから放つ巨大なカマイタチが津波どころか海すらも砕くかのように無尽蔵に繰り出していく。
「なるほどのう。リーダーは……高めた魔力と生命エネルギーたる気と融合して身に纏うタイプか……小細工じゃな」
「テメエは魔族のくせに魔力無しの素の力でソレかよ……なんつ~バケモンだ」
「ま、研鑽することじゃな、リーダーも。あと二~三年すればワシとも良い勝負ができるかもしれんしな」
「けっ、そんときゃテメエも老衰してんじゃねーのか?」
「確かに寄る年波には勝てんからなぁ。あと一万年ぐらいしか生きられぬじゃろうなぁ」
互いに普通に会話をしながら津波を蹴散らしていく二人。
それは正に、大嵐に大津波に、更なる天変地異が加わったかのような巨大さと強大さで人々に衝撃を与えた。
「いや……もう、二人で十分だと思うんで……だ、だから……僕は邪魔だと思うんで……」
「チューニよ。サポートして欲しい」
「いやいやいやいや、無理なんで!?」
「台風の勢力や進路は風と気温に左右される。寒気で弱めるか、大気を加熱して誘導するか……雲を細切れにするように四散させるなど……」
「あの……マシン? 人のことなんだと思ってるんで?」
「いくぞ。全力を尽くす」
「……あ~~もう、ヤケなんで!」
次の瞬間、マシンの肉体に変化が起こった。
服の背中が破れ、鋼の体が開き、中から二本の筒状のようなものが飛び出した。
「うおっ、な、なんなんで、それ!?」
「……ジェットエンジンだ……」
「じぇ、じぇっとえんじん?」
「捕まっていろ。一応、気圧や温度調整には配慮するが、自分から離れればどうなるか分からない」
「いや、な、なにをっ!?」
マシンの背中から飛び出した、ジェットエンジンと呼ばれる未知のアイテム。
それは、突如音と熱を発し、強烈な爆音と共にマシンと脇に抱えられているチューニを一瞬で遥か上空へと飛ばした。
「マシンの奴……あんな魔法? アイテムを使えんのか?」
「ぬわははは、便利じゃのう……っと、悠長に話している暇もないのう!」
「ああ! とにかく、あいつらがあのデッケー嵐をどうにかしてくれるまで耐えるか!」
上空へと飛び立ったマシンとチューニ。
二人が何をするのかまでは、ジオにもガイゼンにも分からない。
だが、それでも何かをしようとしている以上、今の自分たちに出来ることはそれを予想することではなく、堪えきること。
「しっかしまぁ、ついてねーぜ! なんで、よりにもよって俺らが来ている時に、こんなメンドクセーことに巻き込まれるんだか!」
そう言って、愚痴を吐きながらも幾十幾百の荒波を砕いていくジオ。
とはいえ、それでも完全に防ぐことは出来ずに、広範囲に広がる津波は徐々に港町や街の周囲、国の外に広がるなだらかな草原などを無残に削り取っていく。
王国の中心部への致命的な被害を防ぎはしているものの、侵入し始める海水が徐々に街を浸水させていく。
その歯痒さにジオも苛立ち始めるも、ガイゼンは冷静に前を見たまま……
「しかし……あの大嵐……急に出現して……最初は魔法かと思ったがそうではなさそうじゃな。魔力を感じぬ……」
「はっ? おい、ジジイ、こんな時に何をブツブツ言ってんだ!?」
「だが……自然に発生したというのはやはりどう考えても不自然……ならばやはり……何者かが『意図的』に起こさせたという匂いが漂っておるわい……」
ガイゼンはジオと違って、目の前の津波を打ち砕きながらも、別のことを考えていた。
それは、今回のこの突如発生した自然災害についてだ。
「ぬわははは、もし意図的にこんなものを発生させているとしたら……力がどうのこうのというより……そやつの思考回路は随分と常軌を逸しておるわい。狙いは……この国か? ふん、誰だか知らぬが、是非とも引きずり出してやりたいもんじゃ!」
ガイゼンは感じ取っていた。現在起こっていることに、人の意思を感じると。
その目的や手段などは何も分かっていないが、自身の勘がそう告げていた。
だからこそ、この笑えないことを引き起こしている人物には、相応の報いを味あわせなければと、口元に笑みが浮かんでいた。
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