第41話 ぱすわーど

 海底にそびえる岩々に囲まれて、大きく異質な円柱状の建造物が見えて来た。


「うおっ、おお……」

「本当にあったんだな……」

「なんか……都市というか……」


 都市というほどではないが、城と呼べるぐらいに大きな建物。

 それは、都市というよりは、むしろ……


「基地?」

 

 そう、何かの基地のように見えた。


「それにあの建物……何で出来てるんだ?」


 自然に出来たものではなく、明らかに人工物。

 そして、その建造物の外壁にジオたちは首を傾げた。

 それは、木造でもレンガでも岩を削ってできたものではない。


「……鉄か?」

「いや、それだけには見えないけど……」


 もっと別の素材……

 


「……やはり……そういうことか……」


「「「「ッッッ!!!???」」」」


「破壊せずに放置されていたものが……まだ残っていたのか」



 するとそのとき、現れた建造物を見て、マシンが一人だけ何かを理解したかのようにそう呟いた。


「おい、マシン? お前……何か知ってんのか?」

「……いや、アレは初めて見るし、あんなものがココにあることは知らなかった……だが……」

「……だが?」

「アレが何かは知っている」

「ッッ!!??」


 知っている。そう呟いたマシンは、どこか昔を懐かしむかのような、そしてどこか切なそうな表情を浮かべた。


「あら、どういことですの? 御マシンさん? というより、あなた、先ほどから随分と物知りですわね!」


 伝説とまで言われた海底都市は、マシンが知っているものであるということに、流石にフェイリヤも興味深そうに尋ねる。

 するとマシンは、建造物を指さして……


「アレは、特殊な金属を融合させた合金でできている。錆びずに劣化することもないもので『超絶合金』と呼ばれるものだ」

「ごーきん? なんですの、それは。この、博識美女であるワタクシでも知らない物質がこの世に存在するとでも?」

「ああ……知らないだけだ。あなたが、勉強不足なわけではない。知らなくても当然のモノ……」

「なんですの、それは! 先ほどからこのワタクシをバカにしているんですの?」


 知らなくて当然もの。だが、そこでジオたちが気になったのは、「なぜマシンは知っているのか?」ということである。


「……ふむふむ……おーい! あの建物の下に穴が開いておるぞ? あれが入り口かと思うが……」

「とーぜん、入りますわ! このワタクシが知らないものを、知らないまま放置など許せませんわ! 知らなかったものは、全て解き明かしてくれてやりますわ!」


 ガイゼンが窓ガラスを叩いて建物の入り口を指す。そこには、確かに中に通ずると思われる、舗装された穴のようなものがあった。

 潜水艇でも入れるほどの、巨大な穴。

 そして、穴付近は薄暗く、正直中に入らなければ何も分からず、何が出てくるかも分からない。


「ちょ、怖い怖い怖い! なんか、海のモンスターだけじゃなくて、幽霊まで出て来そうなんで! リーダー、マシン、ガイゼン様ぁ、お願いだから守って欲しいんで!」

「あ、あのぉ、リーダーさん……で、できれば~」

「わ、私たちも……」

「じゃ、じゃあ、わ、私たちも……」


 どこまでも勇ましいフェイリヤに比べ、いきなり何かが飛び出してくるかもしれないという恐怖に怯える、チューニやメイド、そしてフラグ冒険団たちは、コッソリとジオとマシンの背中に隠れてしまった。


「ったく、テメーらときたら……」


 そんな一同に呆れるジオだが、ジオ自身は何が出てくるか分からないという状況に、少しだけワクワクしていた。


「心配する必要はない。もうこの中に……『人』は居ないはずだ」


 そう呟くマシンに、チューニたちは「人じゃない何かは居たりするのか?」と聞こうとしたが、それは余計に怖くなるだけなので、誰もあえて聞かなかった。

 そして……


「ん?」

「……壁? いや、違うのう。上に続いておるわい」


 穴に入って何が出るかと思えば、入った瞬間、目の前にはいきなり壁が現れ、かと思えば天井は吹き抜けになっており、どうやら上へと続くようになっていた。

 潜水艇とドラゴンに乗ったガイゼンは互いに確認し合いながら、上へと登り、どんどん建造物内部へと進んでいく。

 すると……


「えっ?」

「おお……これは……中々、広いのう……」


 上へ上ると、広い空間に潜水艇が顔を出し、その空間には海水が浸されておらず、どういうわけか空気もあった。

 そこは、巨大な丸屋根に覆われた室内で、まるで港のような空間になっていた。


「おいおい……なんで海の中なのに、海水に浸されてないんだ?」

「……魔法? いや、そういう力は感じなかったが……」


 なぜ、海底にこのような空間が? 思わず口にしたジオたちに、マシンは……


「このドーム状の空間から発する特殊な磁場で、海水が室内でこれ以上水位が上がらぬように堰き止めているのだろう。空気も充満していることから……『研究所』そのものは生きているのだろうな……」

「……な、なに?」


 建造物でも遺跡でも都市でも基地でもなく、マシンはハッキリと「研究所」と呟いた。

 それがいったい何を示しているのか? そして、更に……


「おい、あそこに、扉があるぞ!」

「おっ、ほんとだ……まさかあそこから、更に中に入れるのか?」


 広場の壁際に大きな扉。しかし、固く閉ざされており、更にその扉の物質は周りの壁とは明らかに異なる材質で作られている。

 明らかに、鉄よりも遥かに強固な扉。

 潜水艇から飛び降りて、ジオたちが壁際まで近づいて扉の前に立ち、触れてみる。


「でけーな。それに、固そうだ」

「取っ手もついてないし、鍵穴もついていないな」

「一応、閉まっているみたいだな。押しても、ビクともしない」

「ふむ……無理やり壊して入るか?」

「なるほどな……これが、幾多の冒険者たちを阻んだといわれる封印の扉か……」


 確かに強固そうな扉。しかし、ここにはジオもガイゼンもマシンも、そして強力な破壊力を持ったチューニも居る。

 壊して入ることも可能だろうと、ジオが頷こうとしたとき、マシンが前に出た。


「やめろ。リーダーたちの力であれば、無理やり扉は開けられるかもしれないが……この建物自体も崩壊しかねない」

「マシン?」

「それに、力を使わなくても開けられる」


 そう言って、マシンが扉ではなく、扉のすぐ隣にある壁に手を触れる。

 その壁には、奇妙な文字が刻まれた、指先一つで押せるような小さなタイルがいくつもあり、マシンが手を触れた瞬間……



『パスワードを入力してください』


「「「「ッッッッ!!!???」」」」



 壁から、無機質な声が聞こえた。


「なっ!? か、かかかか!?」

「壁が喋った!?」

「誰かいるのか!? この壁の向こうに!?」

「ぎゃああああああああ、マシンの嘘つきなんで!? 人は居ないっていったのにいいい!?」

「ほほぅ、ワシもちょっと驚いたぞい」


 自分たち以外の人の声。まさか壁からそんなものが発せられるとは思わず、これにはジオも驚き、そんなジオ、そしてガイゼンの後ろにチューニたちが一斉に隠れる。

 だが、マシンだけは何も驚かず、むしろ当たり前のこととしてそれを捉えている様子。


「電源はまだ生きている……なら、パスワードを解析も可能……パスワードは……10桁の数字か……3回間違えると不正防止ロックが起動するか……パスワードの解析にもう少し時間がかかる。少し待っていて欲しい」


 そして、マシンはそのまま指先を手慣れた様子で動かし……なぜかその際に、チカチカとマシンの瞳が点滅したりして、何をしているかが誰にも分からない。

 すると、その様子に業を煮やしたフェイリヤが……



「ちょっと、何を考え事していますの、御マシンさん! こういう、何もヒントがない謎のパズルのようなものは、考えないでまずは触れることから始めるのですわ!」


「………………ん?」



 そのとき、よほどマシンは集中していたのだろう。素早い動きに定評のあるマシンの反応が遅れ、そんなマシンの後ろから前へ割り込んだフェイリヤが壁の窪みを押していく。


「あ、そーれ、あ、そーれ、あそれそれそれ♪」

「あっ……」


 尻をフリフリ振って踊りながら窪みをテキトーに押していく、フェイリヤ。

 そして、同時に……


『パスワードが違います。パスワードが違います』


 謎の壁がまた声を発し、そして……


「まっ、待て!?」

『パスワードを認証しました。扉が開きます』

「……ん?」


 壁は再び声を発し、同時に部屋が揺れ、音を響かせながら、巨大な扉が勝手に開いたのだった。

 

「「「「う、うそ…………??」」」」


 もはや、開いた口が塞がらない一同。


「おーっほっほっほ! ほら見たことですか! よく分かりませんが、この壁の中の人もワタクシの美貌に見惚れて自ら扉を開きましたわ! そう、このワタクシを阻む壁など、どこにもないのですわ!」


 機嫌よく高笑いするフェイリヤ。……


「まさか……十桁の数字をテキトーに押して三回目で解除するとは……恐ろしい天運の持ち主だな……」


 フェイリヤのその姿にマシンは少し呆気に取られた様子で、溜息を吐いていた。

 そして、マシンは……



「まぁ、いいだろう。ここに大したものは残ってないと思うが……せっかく破壊せずにそのまま残されていた遺物だ……記念に見ていくのも―――――」


「ほらほら、行きますわよ、あなたたち! 壁の中の人たちに、地上の女神が現れたことを教えてあげるには、従者のあなた方もしっかりしないとダメですわよ! おーっほっほっほ!」

 


 と、マシンが皆に告げようとするも、フェイリヤは全く聞く耳持たずにマシンの言葉に被せて、剣を掲げて皆を先導する。

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