第39話 嫌な予感


「ふふ、というわけで、お嬢様の言う通り、よろしくね、オジオ君」

「オジオじゃねえって……俺は―――」

「にしても、魔族やハーフと共同戦線か……初めての試みだ。これも戦争が終わった世ならではだね」

「ん? ああ、ま~そうだろうな……」

「これも何かの縁だ。このクエストがうまくいったら、一杯驕らせてくれよ」

「……お、おお」


 そう笑顔で言われて、ジオは少し昔を思い出した。

 戦時中に同じようなことを言った仲間が居たが、その仲間は真っ先に死んだなと。


「そして、改めて宜しく。私は、フラグ冒険団のリーダーで、カクティ家の次男。シーボウ・カクティだ。得意は剣。よろしくね!」


 一旗上げてやると決意を込めて設立された、フラグ冒険団。

 シーボウが改めて自己紹介すると、シーボウに続いて他のメンバーたちも気さくに挨拶してきた。



「俺は、ワイーロ王国の男爵家……サーツ家のシユン。シユン・サーツだ! 王国でも俺の槍に勝てる奴はそういないぜ? これでどんなモンスターも突き殺してやる!」


「僕は、ワイーロ王国のリシヌー子爵家の者です。名は、アツサって言います。アツサ・リシヌーです。戦争には出ませんでしたが、弓の腕前にはかなりの自信があります」


「私は、代々ワイーロ王国に仕える魔法研究家のニマース家に生まれ、今は見分を広げるために冒険家をしています、スグーシーと言います。スグーシー・ニマースです」



 一緒に頑張ろう。そう言って、爽やかに笑うフラグ冒険団。

 なら、ジオたちもフルネームを名乗らなければと自己紹介しようとしたが、シーボウは薄暗い窓の外を感慨深そうに見ながら、ボソッと呟いた。


「そう……頑張って……帰るんだ。故郷に必ず」


 そう真剣に呟きながら、シーボウは胸元にぶら下げているペンダントをギュッと握り締めた。


「ン? それは?」

「ああ、これは……私の恋人から貰ったお守りだよ」


 そう言って、色鮮やかな装飾の施された石のペンダントを、シーボウは誇らしげに見せてきた。


「このクエストに挑む前に貰って、約束したんだ。私はこのクエストが終わったら、故郷に帰って彼女と結婚する予定なんだ」

「そ、そうか……」


 ジオはまた思い出した。全く同じ事を言って、アッサリ死んだ仲間が居たことを。

 すると、そんな惚気るシーボウの後ろから、他の仲間たちも得意げに話してきた。



「帰りを待つものが居ると、人は強くなるっていうからな、シーボウ。ちなみに、俺はもう結婚していて、妻が留守番しているんだが……実はもうすぐ子供が生まれるんだ。生まれてくる子供が誇れるような父親になれるよう、このクエストは絶対に達成してみせる!」


「僕だって、今度娘の誕生日なんだ。なかなか家に帰ってやれなかったから、デッカイプレゼントを持って喜ばせてやるんだ!」


「これも何かの縁だ。このクエストが終わればあなたたちも私たちの故郷に遊びに来たらいい。そのときは、国でも評判の私の妻の手料理を御馳走するよ!」



 剣士のシーボウ・カクティ

 槍使いシユン・サーツ。

 弓使いアツサ・リシヌー。

 魔法使いスグーシー・ニマース。

 各々がこのクエストを達成して、故郷に帰ってやると意気込んでいた。


「…………」

「リーダー? どうしたんで?」

「い、いや……なんかも~、嫌な予感しかしない」

「予感?」

「……帰りを待つものが居ると強くなる……なんか、意外とそうでもねーかもしれねぇな。経験上……」

「リーダー?」

「あ~、やだやだ。なんか、嫌な予感がしてきたぜ」


 ジオは頭を抱えて項垂れた。かつて死んだ部下や仲間が、今のフラグ冒険団と同じようなことを皆が言っていて、それで死んでいったなと。

 そんなことを思い出し、ジオは溜息を吐いた。


「そうだ、オジオ君」

「だから、俺の名前は―――――」

「今はまだ、目的の場所まで距離はあるけど、海中の動きに慣れるよう、少し外に出てみないか? ここなら、危険もないから」

「えっ、いや、ちょっと待て……」

「大丈夫大丈夫。何かあったら、私たちが助けるから。ほら、君たちにも魔法をかけておこう。これで海の中で呼吸したり、喋ったりすることができるよ」


 そう言って、シーボウは閉じていた床の扉に手を掛けて、四人とも全身に海で行動するための魔法を浴びて潜水艇から出て、次々と海の中に潜っていく。

 

「って、あ~あ、行きやがって。つか、こいつら俺が元将軍だと全然知らねーみたいだな」

「まぁ、リーダーも自分も数年前の人物であるからな」

「危なっかしい奴らじゃわい」

「あ~、僕、本当に出たくないんで。行くならリーダーたちだけで行ってね」


 そんなジオたちの呆れたようなつぶやきに、目ざとくフェイリヤやメイドたちが反応した。


「将軍? ちょっと、御ジオさん。将軍とはどういうことですの?」

「え、しょ、将軍って……えっ? えっ?」

「ああ。俺は……つか、俺らは―――」


 そう、ジオたちはまだ自分たちの素性を話せていなかった。

 そして、この話をすればフェイリヤたちも凄い驚くだろうと思いながら、ジオが自分たちの紹介をしようとしたら……


「おーい! 見てください、お嬢様! 大きく珍しい貝ですよ? なぜか、そこら辺でプカプカ漂ってました」

「お嬢様、あちらにすごく大きくて平べったい魚が居ます。でも、すごいゆっくり動いていて大人しいですが」

「おお、この小さいのは……プルプルした感触のある……海のスライムみたいですね。触手があるみたいですが……小さくて可愛いですね」

「あっちには、小魚の群れだ。あんなにたくさんいると、神秘的だ……」


 ジオが話そうとした瞬間、潜水艇の窓を叩いて外の様子を教えるシーボウたち。

 いい加減、ワザとやっているのかと、ジオが少しイラついて怒ろうとした……その時だった!



―――キシャアアアアアアアアアアアアア!!



 言葉にならぬ、海中の異変。

 巨大な貝が突如口を大きく開くと、その口の上下には鋭い牙があり、容易く人を丸のみできるほどの大きさであった。

 大きく平べったいノロマな魚が、突如殺気の篭ったような目になって、目にも止まらぬ速さで突進してくる。

 小さいスライムのような物体が巨大化して、うねった触手をいくつも伸ばす。

 小魚の群れが、その一匹一匹が肉食獣のように鋭い牙を持ち、群れで一斉にこちらに向かってくる。


「「「「えっ…………」」」」


 あまりにも突然のことで、呆然とするフラグ冒険団。

 そして、言葉を失うジオたち。


「ちょ、おまっ!?」


 何が起こったか分からないが、とにかくまずい! そう思った次の瞬間……



「「「「…………えっ?」」」」



 シーボウを飲み込もうとしていた巨大な貝が、突如粉々に粉砕された。

 大きく平べったい魚が、胴体に大きな風穴を開けて海の底へと沈んでいく。

 巨大化したスライムが、一瞬で引き千切られてバラバラになった。

 肉食の小魚の群れが、一瞬で姿を消した。


「な……え? な、にが……起こったん……ですの?」


 一瞬の出来事。流石のフェイリヤも状況が飲み込めずにポカンとしている。

 

「……おいおい……マジかよ」


 そして、ジオは呆れたように溜息を吐いた。

 ジオもまた、今、何が起こったのか一瞬分からなかった。

 しかし、ふと隣を見ると、先ほどまですぐ傍にいたはずのガイゼンが居なく、窓の外を見ると、ガイゼンが海の中で小魚の群れを両手で抱えてムシャムシャと食べていたのだった。


「ほうほう。海の中で魚を食うと、最初から塩味なんじゃな。しかし、やはりワシは生で食うより焼いて食った方が好きじゃわい」


 そう、つい一瞬前まで潜水艇の中に居たはずのガイゼンが、フラグ冒険団の危機を誰よりも早くに察知して、目にも止まらぬ速さで海中に飛び出して、深海のモンスターたちを蹴散らしたのだった。

 それは、ジオやマシンでも一瞬見逃してしまうほどの超高速での出来事だった。


「ぐわはははははは、もしワシらの中で、実は死にたいと思っている奴が居たとしたら、ワシから離れたほうが良いぞ?」


 そしてガイゼンは、未だに呆然とするフラグ冒険団やフェイリヤたちに向けて……



「ワシが仲間に入ってウヌらを守る以上、どんな死にたがりも絶対に死ねんからな!!」



 ジオがフラグ冒険団たちに感じた嫌な予感。その予感を粉々に打ち砕くほどの圧倒的な力を持って、ガイゼンがジオパーク冒険団の自己紹介を力で語った。

 その頼もしき姿に、一人腰を抜かして震えていたチューニは涙を流しながら叫んだ。


「うおおおおおお、神様、闘神様、ガイゼン様あああああ!!」


 そして、フェイリヤやメイドたち、そしてフラグ冒険団たちは、ようやくジオたちの正体を知ることになるのだった。

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