第31話 純粋な声

 狂ってしまうほどの愛をも拒絶するジオ。

 その背中を眺めながら、ガイゼンが溜息を吐いて背を向ける。


「行くぞ。さっさと言われた通り、準備に取り掛かるぞい」


 先に言って旅の準備をしていろ。そのジオの言葉に従うように、ガイゼンは踵を返して街へ戻ろうとする。


「いいのか?」

「さすがに、リーダー、危ないと思うんで……居たほうが……」


 先ほどの生徒たちとの小競り合いと違い、アルマの力が並ではないことはマシンもチューニも理解している。

 だが、そんな二人を嗜めるようにガイゼンは、二人の肩を組んで無理やり引っ張って歩き出す。


「いいんじゃ、いいんじゃ。あれほどの別嬪にあれだけ懇願されて、それでもあやつはワシらと共に行くと言っておるのじゃ。ならば、それでいいじゃろう」

「で、でも、なんというか……」

「ワシらがすべきことは、リーダーの決断や過去の関係についてとやかく言うことではない。これから何をして遊ぼうか? それだけの関係じゃよ、ワシらなんて」


 色々思うところがあったとしても、この件に関しては踏み込む領域ではないと察したガイゼンは、ジオの決断や言葉に異論を唱えることは無かった。

 ただ、どこか痛々しいものを見るかのように……


「中途半端に希望を持たせるぐらいなら徹底的にか……つくづくメンドーな男じゃな」


 ジオを哀れむかのように呟いて、チューニとマシンを連れてその場から離れていった。


「ッ、チューニくん! ……チューニ……くん……」

「…………」

「あっ……うっ……チューニ……くん……」


 立ち去ろうとするガイゼンに連れられるチューニに、アザトーが慌てて叫ぶ。

 だが、チューニは一瞥もせずに、その場を後にする。


「あぁ、ここにもおったか。メンドーな男が。どいつもこいつも、もう少し柔らかく生きればよいものを……」


 そんなチューニの姿も、ガイゼンは「やれやれ」と溜息を吐いた。


「ジオォ……はあ、はあ、はあ、はあ、ジオォ……」


 そして、そんな三人のことなど、今のアルマにはどうでもよかった。

 今はただ……


「行かせないぞ……行かせるものか! お前はこの場で、私が止めてみせる!」


 謝罪し、償うべき相手に対して、力づくという手段に出てしまうほど、アルマは追い詰められていた。

 サーベルを抜き、その切っ先をジオに向け、その動きを封じるべく一足飛びで間合いを詰める。

 

「クイーンズファングッ!!」

「うおおっ!?」


 本来守られるべき存在の姫が持つ牙。

 一瞬で接近を許し、繰り出される強力高速の突きは、ジオの表皮を刻んでいく。


「ジオっ、もう少し耐えてくれ! この戦いが終わったら私の指と一緒に体も刻んでくれて構わない! だから、もう少しだけ痛いのに耐えてくれ!」

「ってっ!?」

「お前は何があろうと連れて帰る! どんな手段を使ってでもだ! ドコニモニガスモノカッ!」


 精神を激しく乱しても、ジオの動きを封じるべく冷静に手足を主体に刻んでいこうとするアルマ。

 その動き、その力強さ、そしてどれだけ精神を乱しても体が覚えているかのように自然と繰り出される突き。

 そんなアルマの姿に、ジオは思わず苦笑した。


「つっ、はえーな! 三年前と桁違いだ……」

「ッ!!??」

「流石に三年も戦い続け、更に大魔王をも倒してんだ。俺が知ってるころからレベルが段違いに上がってても不思議じゃねえ」


 アルマが自分の知っているころよりも想像以上に強くなっていることを認めるジオ。

 しかし、その言葉にアルマは肩を震わせながら……


「私の強さを認めるのに……私たちの愛と謝罪は認めてくれないのか?」

「……っ……」

「本当はお前と共に強くなりたかった。お前と共に戦いたかった。お前と共に大魔王を倒したかった。それは、……こんなことをするために身に付けた力ではない!」


 目を見張るような狂剣を振るったかと思えば、弱々しい表情で涙を溢れさせるアルマ。

 ジオはその姿に胸が締め付けられそうになるが、それを表情に出さないように必死に堪えた。


「そんなに……そんなに私たちのことが嫌いなのか!? ひょっとして、私たちがお前を抱いた時も……本当は……お前は嫌だったのか!?」

「ッ、違っ……ちが……っ……俺は……」

「私はお前は嫌がっているように見せて、実は照れているだけで、本当は悦んでいると思っていたのに……全部……お前はそもそも私たちのことなど……」

「そ、そうじゃねえ!」


 しかし、その瞬間、ジオは思わず叫んでしまっていた。

 元からアルマたちのことを好きではなかったのかという問いに、自然と否定していた。

 そう、本当に想っていたからこそ、つらかった……


「俺だって……抵抗しようとすれば、もっと本気で抵抗して……いや、そりゃ抵抗しようとしても薬盛られたり、体を縛られたり、足で踏みつけられたりして、結局逃げられなかったけど……ん? あ、れ? いや、やっぱ無理か?」

「…………」

「って、そうじゃーなくて……とにかく、それでも……もっと訴えることはできたけど……俺は……流された。そりゃ、俺にもスケベ心があったし、あんたたちに求められるのは役得だと思ったし……本当に……」


 本当に……命を懸けてでもこの人たちのために戦おうとすら思った……とは、口が裂けても言うわけにはいかず、その言葉だけはジオは飲み込んだ。


「でも……」


 しかし、言葉を飲み込むと代わりに脳裏によみがえるのは……



―――薄汚い魔族に死の鉄槌を!!


「……っ……」


「……ジオ?」


 

 今でも苦しくなるほど鮮明に思い出せる……



―――お前たち地上を脅かす魔族は存在自体が悪だ! 人間様の世界に出てきて空気一つ吸うんじゃねえ!


―――陽の光も届かない闇へ落ちろ! 我々人間を欺き、帝国に潜入し、侵略を企てようとする害虫が!


―――我ら人類の光の裁きを受けろ! 邪悪な存在を決して許すな!



 自分が愛し、自分を愛してくれた者たちの変貌した姿だった。


「あんたたち……俺のこと……『忘れてただけ』だったんだろ?」

「……え? あ、ああ……」

「俺に関する『記憶を失った』だけで、そりゃあ、情報操作はされてたんだろうけど……『洗脳』されてたわけじゃない……『操られていた』わけじゃねーだろ?」

「……ああ……そうだ……」

「つまり、……そういうことだろ?」


 つい、ジオはかつてのことを思い出してしまったがゆえに、ため込んでいたものが自然と溢れてしまう。


「あれが……異形に対する……あんたたちの……世間の純粋な声だよ」

「ッッ!!??」

「俺が……将軍でもなく、英雄でもなく……恩もなければ……平気で痛めつけて、捕えて、市中引きずりまわして、大勢で石を投げて、……指を切り落として、地獄に放り込む。そういう人間なんだよ……あんたたちは」


 ジオは、人間たちの本心を身をもって感じ取った。


「ち、ちがっ!? ちがうんだ、ジオ、あ、あのときは、だ、大魔王が、お前を……」

「そんな人間の言うことを……何を信じろって言うんだよ」


 ジオがそう告げた瞬間、アルマは剣を落とし、頭を抱えながら地面に突っ伏した。


「アアアアアアアアアアアッ!!! ち、がう! ちがうっ! ちがあううう!」


 己の頭に自身の爪が食い込んで血が流れ出るほど、アルマは泣きながら叫んだ。


「あの日っ、だ、大魔王の襲撃だ、て、いこくは、何千人以上も死者を出して……誰もが、い、怒りをぶつける相手が必要で……手の届く範囲で、だ、れかに発散させる相手を、こ、くみんは望んで……、そこに、大魔王の腹心という、お、お前がいて、……そ、それは異形だからとか、そ、ういうことじゃなく! 分かってる、言い訳になってない! 言い訳する資格なんてない! だ、から、償わせて……お願いだ……ジオォ……」


 嗚咽しながら弱々しい姿を晒すアルマに、ジオは唇を噛みしめた。

 それなりの付き合いだったが、初めて見せるアルマの姿に苦しくなりそうだった。

 だが、それでも「仕方がなかった」と歩み寄るようなことはしない。

 

「結局、俺はあんたたちの本当の姿を知らなかった。それだけだ」


 もう、そうやって突き離すしか、ジオにはなかった。



「くそ……こんな情けない恨み事を、嫌味ったらしく女相手に言う気はなかったのによ……分かってんだよ……俺だってもし、あんたたちと同じ立場ならって……でも……もう、何もかもウンザリなんだよ」


「ジオぉ……ジオ、ジオぉ……うっ、ううう、ジオ……」


「将軍の地位も英雄の名誉なんかも、もういらねえ! 俺はもう、何のしがらみもなく、自分のためだけに生きてえ! そうやって、これまで『無駄』にした人生を取り戻す! それだけなんだよ」



 ジオは拒絶すると決めた相手に対して、感情を見せてしまったことに悔いる。

 情けない恨み事を弱音のように吐く自分が情けないと思った。


「すま……ない……さい……ごめん……なさい……ジオォ……めん、な……さい……」


 過去を何もかも断ち切って、新しい人生を踏み出したいと言っておきながら、明らかに未練が滲み出ていると自分でも思ってしまったからだ。


「だから……もう、やめようぜ、アルマ姫。これ以上は……俺も何を言っちまうか分からねえ。だから……」

「ッ、……うっ、じ、お?」

「だから、これで最後だ。もう二度と俺の人生の邪魔をするな」

「ッッ!!??」

「邪魔をするなら、力づくで押しとおる!」


 だから、もうこれで終わらせてほしい……もう、立ちはだかるな。


「恨んでねえとは言わない。でも、帝国にもあんたたちにも復讐しようとは思わねえ……だから……もう……俺に関わるな」


 心の中でジオがそう願うも、全身を震わせながらもアルマは剣を片手に立ち上がる。

 

「……やだぁ……いや、だぁ……ジオぉ……」


 その姿を見て、ジオはまた苦しかった。


「ばかやろ……もう……お……そい……んだよ」


 もう遅い。今さら何をされても、何を言われても、もうジオの答えは決まっている。

 ジオは今の自分の顔を見られないように俯きながら、纏った禍々しい闇の渦をアルマに向けて放つ。


「なっ、なんだ、こ、これはっ!? ジオから……引き離され……いやだ、やだ、いやだ! ジオぉぉお!」


 それは、気の遠くなるような時間を闇の中で過ごし、闇と一体となるようにまで至り、そして闇の魔族として目覚めたジオの身に着けた力。

 

「初めて使うが……最初から使い方が分かっていたみたいに染みついている……」

「ッッ!!??」

「闇は全てを吸い込み、引き寄せる……だが、俺はその果てで……『引き寄せたくないもの』は『遠ざける』力まで身に付けちまったようだ」

「こ、これは……ッ、ま、まさかっ!?」

「俺から離れろぉぉッ!!」


 勢いを増した闇の渦がアルマを大きく吹き飛ばす。

 本来、徒手空拳での戦闘を得意とするジオは、「一切アルマの体に触れず」にその存在を遠ざけたのだった。


「……ジ……オ……」


 草原に投げ出されたアルマは、それほどダメージはないものの、ただ完全に心が折れてしまったのか、両手で顔を覆いながら、天に向かって泣きじゃくった。

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