第32話 旅立ち

 ジオは戦闘において、状況によって魔法を遠距離から放つこともあるが、主体となる戦闘のほとんどが魔力を身に纏って殴り合うものだった。

 そんなジオの戦い方を、貴族や王族たちは「野蛮」と罵ることはあったものの、いざその力と戦うことになれば、貴族たちもいつしかそのペースに巻き込まれ、品のない殴り合いから互いの本心をぶつけ合うような状況へと発展していた。

 そうやって、気付けば紡いだ絆というのも確かにあった。

 そんなジオの戦い方やコミュニケーションは、アルマにもよく分かっていた。

 だからこそ、ジオが「自分に触れもせず吹き飛ばした」ということはショックが大きかったのだろう。

 アルマは空を見上げたまま立ち上がることが出来なかった。


「……気持ちをぶつけ合うことも……許されないのか……本当に……心底嫌われてしまったようだな……ジオ」


 立ち上がれない代わりに呟いたその言葉もジオの耳には届くものの、ジオは反応しない。

 ただ、打ちのめされて倒れるアルマの姿を少し切なそうに見ながらも、それを振り払うかのように背を向ける。

 

「…………」


 別れの言葉すらも飲み込んで、これでもう最後なのだと自分に言い聞かせるように、ジオはこの場から立ち去ろうとする。

 すると……


「やっぱりもう……どうしようもないことなんでしょうか!?」


 その時、叫ばれた言葉を発したのは、ジオでもアルマでもなかった。


「あ゛?」

「……な……? え?」


 そこには、切ない表情を浮かべながら、ジオに問いかける一人の少女が居た。



「私には、お二人の間に何があったのか……全然分からないですし、何言ってんだと思うでしょうけど……それでも、アルマ姫があなたのことを本当に好きだというのは、私にだって分かります! そ、それでも……」


「お前は……」



 ジオもアルマも、そしてこの場に居た生徒たちも、まさかこの瞬間にその生徒が叫ぶとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまった。

 そう、その生徒こそ、先ほど騒動を起こした生徒たちの中で、唯一チューニを気遣っていた……

 

「お前は確かチューニのクラスの……アバズレーだったか?」

「アザトーです!?」

 

 アザトーが瞳に涙を浮かべながら、どこかアルマに何かを感じ取ってしまったのか、その感情を抑えきれずジオに問いかけていた。


「っ……て、私の名前はどうでもよくて……ですから……やっぱり……好きな人を……裏切ったり、傷つけたりしたような罪は……一生償う機会すらも与えられないぐらいの大罪なんでしょうか!?」


 その問いに、アルマも顔を上げる。何故なら、それこそが、アザトーにとってもアルマにとっても最も知りたいことだったからだ。

 すると、ジオはその問いに……


「まぁ、そんなもん人それぞれだろうし……俺がどうだから世の中の男全員がどうだって一括りにできねぇもんだが……一つ言えるのは……」


 めんどくさそうに頭を掻きながら……


「お前ら男に構いすぎなんだよ」

「……えっ!?」

「さっきも言っただろ? 色々と心機一転して新しい人生歩もうとしている男からすれば、言い方悪いがそういうのは煩わしいとも思っちまう」


 煩わしい。その言葉に深く抉られてしまったのか、アザトーも口を開けたまま絶句してしまった。



「そして、お前らは一つ勘違いしている。確かに、俺もチューニも傷つき、絶望に落ち、何もかもが嫌になって逃げ出してここまで来た。だが、今から俺たちがしようとしているのは、逃げるんじゃねえ。旅立つんだ。人生が嫌になって逃げ出すんじゃなくて、人生を取り戻すために旅立つんだ。俺たちはもう、気持ちだけは立ち直ろうとして、前を向いてんだよ」


「もう……立ち直って……」


「世の中には女の愛情や存在を力に変えたり、生きがいにする奴だって居る。俺もかつてはそうだったかもしれねえ。でも、ある日を境にそうでなくなる奴だって居る。少なくとも、今の俺も……チューニもソレを求めてない以上、謝罪も愛情も押し売りされても逆に困るんだよ」



 償う機会が与えられないというよりは、自分たちがソレを求めていない。だからこそ、どうしようもないことなのだと、ジオはアザトーに告げる。

 そうまで言われてしまえば、アザトーに何も言い返すことが出来ず、ただ唇を噛みしめながら俯いた。

 すると……


「ジオ……それで、お前は幸せになれるのか?」


 立ち去ろうとするジオに向かって、アルマがもう一度問いかける。

 その表情は、先ほどまで狂って取り乱していた時とは違い、少し落ち着いているようだ。

 そんなアルマの改めて問うたことに対して、ジオは背中を向けながら……



「その答えはまだ何も出ていないだろうが。だって、これから行くんだからよ。そして、それをどう判断するかも、俺自身だ。あんたたちじゃねえ」


「そうか……」



 そう告げたジオの言葉に、ついに観念してしまったのか、アルマは力なく呟いた……が……


「将軍の地位も英雄の名誉もいらず……償いも……女たちの愛情もいらない……か……そんな考えは間違っていると……言い聞かせられるほどの……力が欲しかったものだな……」


 アルマはそのとき、弱々しく呟きながらも、何かを決意したかのように体をゆっくりと起こし、ジオの背中に向かって告げる。



「ジオ……お前を……私の権限で……ニアロード帝国の将軍としての地位を……剥奪する」


「ッ!!??」


「そして……っ……お、お前をぉ……お前をぉ、帝国から追放する! これでお前はもう……自らの意志でこの国に帰ってくることもできない!」



 それは、これまでジオの一方的な言葉だけだった決別も、アルマの方からも示すものであった。

 一瞬、呆けて驚いてしまったジオは、不意にこれまで帝国で過ごした日々、帝国のために戦った日々、将軍になった日、仲間に囲まれた日々、女たちとの日々、全てが一瞬で頭の中を駆け巡り、その思い出が完全に粉々に砕かれたかのような心境になった。

 そして、全ての未練も消え去ったかのような気分になった。


「そうかい……おかげでスッキリした。何もかも余計な過去の荷物も全部捨てられて、これで俺は本当に身ぎれいになって新しい人生をゼロからやり直せる」


 これで言葉だけではなく、本当に自分は何もなくなってしまったのだと、ジオは実感したのだった。

 すると、アルマは……


「かん、勘違いするな、ジオッ!」

「ん?」

「地位も名誉も全てを剥奪され……帝国にも入ることすらできない……今のお前はただの流浪の半魔族だ!」

「…………?」

「だから……地位も名誉も何もないただの半魔族をそれでも愛して追いかけるということは……つまり、本物ということにならないか?」

「…………」

「お前は帝国に帰りたくないから帰らないんじゃない! 帰れないから仕方なく帰らないわけで……だから、私がお前を帰れるようにしてみせる!」

「……? ……はっ?」


 アルマのまくし立てる言葉、正直ジオには支離滅裂であった。

 だが、唯一理解できたのは、アルマはまだ……


「将軍も英雄も種族も関係ない。ジオという男を私たちがどれだけ愛しているのか……必ず分からせて……幸せにしてみせる!」


 めげていない。


「償いと愛の押し売りで構わない……何度でも私たちは追いかける。お前はそれまで……お前がもう要らないと言っていた……地位や名誉や……帝国という帰る場所が……どれだけお前に必要なものだったのかを噛みしめていろ……私たちがお前を連れて帰る、その日まで」


 むしろ、執念のようなものが滲み出ている気がした。


「その時になればお前は……私たちの愛と償いを受け入れてくれるだろう……」


 そんなアルマに、ジオは少し寒気を感じながらも、そんなところは三年前から知っているアルマらしいとどこか感じて、少しだけ懐かしくなったような気がした。


「けっ、……今も昔も、勝手な人だぜ……」


 すると、その時だった。


「提督うぅぅぅぅうう!」

「姫様あぁぁぁぁあ!」


 突如、声が響いた。

 ジオが視線を向けると、そこには大勢の武装した数十名の帝国海兵たちがこちらへ向かって走ってきている。


「おっと、騒がしくなる前にさっさと消えるとするか……永久にな」


 これ以上ここでモタモタしていられないと、ジオは海兵たちがこの場へたどり着く前に、闇を纏って、そして次の瞬間にはその場から完全に姿を消したのだった。


「永久に……逃がすものか」


 誰も居なくなった空間に向かって、アルマは決意を込めてそう呟いたのだった。

  



 そして……



「……なんだこりゃ?」


 

 海兵たちとすれ違わないように、街の港へとたどり着いたジオ。

 そこには、紐で繋がった巨大な丸太がプカプカと海に浮かんでいた。

 

「おお、終わったか? リーダーよ」

「こちらも準備は整った」


 そこには、手作りの巨大なオールを担いでニヤけているガイゼンと、袖をまくって鉋やノコギリを持っているマシンが居た。


「……イカダ?」

「おお。マシンの手作りじゃ」

「自分はポンコツではあるが……こういった工作くらいはできなくはない」

「マ……マジかよ…」

「まぁ、金が無くてのう」

「今、チューニが最低限必要な日用品を買いに行ってるが、恐らくそれで全てだろう」


 船を用意しろと伝えていたジオだったが、なんとガイゼンたちが用意したのはイカダだった。

 大きな波が来れば一瞬で飲み込まれて大破しそうなイカダを前に、ジオは開いた口が塞がらなかった。


「ま~、心配するでない。ギルドの話によると、ここからしばらく北へ向かった海域で、最近海賊が多発しているという噂での~。そやつらの船を奪えばよかろう。海賊への略奪なら罪に問われんしのう」

「賞金首リストは全てインプットした。旅の資金を得るにも一石二鳥と判断する」 

「なるほどね。まぁ、それもアリか……チューニの畑は少しお預けになるわけだがな。まっ、いいか。俺も軍艦以外に乗るのは初めてだし、最初はこれでもな」


 旅立ち前に少し頭が痛くなったジオだったが、しかしこれはこれで悪くはないかもしれないと思い、ジオも観念した。

 そして……


「あっ、リーダー……」

「よぉ、チューニ」


 そこに、日用品の買い出しをしていたチューニが帰ってきた。

 パンパンに膨れ上った荷袋を引きずりながら、肩で息をしていた。


「おお、すげーな。なんでこんなに?」

「うん。なんか、ギルドの奴らが餞別にって……代わりに今度は仕事で一緒にとか言われたけど……」

「ああ、そういうこと。謝罪や愛情の押し売りもあれば、貸し借りの押し売りがこっちにはあったわけか……」

「ん?」

「いや、なんでもねーよ」


 いずれにせよ、これで全ての準備が整った。

 ジオ、マシン、ガイゼン、チューニは互いを見合い、そして頷き……


「よし、テメエら、それじゃあ―――」

「あっ、リーダー」

「……ん?」


 リーダーであるジオが、出発に向けて言葉を発しようとしたそのとき、チューニが口を挟んだ。

 何事かとジオが首を傾げると、チューニは少し言いづらそうに、そして照れながら何かを言おうとしている。

 ガイゼンから後ろで肘で小突かれて、ようやくチューニが発した言葉は……



「……ようこそ、ジオパーク冒険団に」


「ぶっ!?」



 それは、過去と決別したチューニにジオが贈った言葉。

 今度はチューニの方からジオへと贈った。

 

「くはっ、ったく、ガキのくせによぉ!」

「いたっ!? いや、イジメるのはやめて欲しいと約束なんで!」

「うるせえ、荷物見せろ! おっ、丁度酒があるじゃねえか、よし、進水式といくか!」


 何だかおかしくなって、チューニの頭を軽く叩いて、ジオは荷袋を漁って数本の酒瓶を取り出した。

 

「おお、そこそこあるではないか。軽く一杯飲むかのう」

「自分は酒は嗜まないが……」

「いや、僕も飲めないんで……」


 ガイゼンが笑いながら一杯飲もうと進めるも、マシンとチューニは遠慮して後ずさる。

 しかし、ジオだけは一本の酒の栓を開け、それを豪快にそのまま飲み始めた。


「ふん。おらっ、んごくごきゅごきゅごきゅ!」

「おおっ! やるでは……」

「げほっ!? ぶへっ、……うお、お……三年ぶりの酒は……きっつい……」

「……なくないか。情けないの~」


 まだ喫煙や食事も完全には出来ない胃の調子で、いきなり酒を一気飲みするのは無理だったジオ。

 しかし、噴き出して少し涙目になりながらもジオは……


「へっ……だが……三年ぶりのタバコも……メシも……吐き出すぐらいまずかったが……この酒だけは……悪くはねえ」


 何もかも絶望していた時よりも、今はずっと気持ちが晴れている。

 そんな風に感じながら、ジオは開いていない酒瓶をイカダに向けて投げつけて割った。

 その瞬間、四人の男たちはイカダに一斉に飛び乗り……

 

「さて……とりあえず、遊びに行こうぜ!」

「了解した」

「おう!」

「うん」


 四人の男たちは、海を……そして世界を目指して旅立った。




――第一章 完――




――あとがき――

お世話になっております。第一章の終わりにして、これからようやく旅が始まることになります。

四人の男たちの行く末をこれからも見守ってやってください。


また、これまでのストーリーで「面白い」など思っていただけましたら、フォローと下記の評価欄の「★」のご評価いただけましたら幸いです。これからのモチベーションにつながりますので、是非に!!


では、引き続きよろしくお願いいたします。

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