第30話 拒絶

 本当なら冷たくあしらって拒絶して、関係を断ち切るだけにしたかったのだが、アルマのペースに巻き込まれてしまい、頭が痛くなった。


「リーダー……あんた……やっぱ僕とは違うんで……」

「……乱れた過去だ……」

「ほうほう、バブバブごっこというのが気になるわい」

「あ、アルマ姫?」

「本当にあの方……アルマ姫なの?」

 

 チューニたちや学生たちも、目と耳を疑うような光景に思わず引いてしまっている。

 そして……


「そしてな、お前を庇護するための新しい法の改正など、やるべきことは山積みだが、お前は何も心配しなくていい。全部私たちがやる。全部私たちに任せてくれ。これから先、何があろうと、二度と私たちは同じ過ちは繰り返さない。そして、お前のことを幸せにしてみせるさ」


 アルマは己の決意を口にして、ジオの傍まで歩み寄って、その頬に手を添えようとした……が……


「はぁ~~~……アルマ姫……俺……本当は……」

「ッ!?」

「もう二度と関わらないつもりで……だから、本当ならシカトしたかったが……」


 ジオは自分に触れようとするアルマの手を振り払い、



「仮にも繋がりを持ち、色々と気にかけて貰ったりしたこともあった……そんなあんたがここまでになって……これだけのことを言わせちまった……だからこそ……こういう状況になった以上、俺もまた、俺の想いをハッキリとあんたに伝えたい」


「ジオッ……お前の……想いっ……そ、それは……」


「俺は……あんたが……あんたたちが……」


 

 アルマが差し伸ばす手の代わりに、自分の今の想いをジオは伝える。


「あんたたちが与えてくれる新しい人生に何の興味もないし、それに応えることは一生ねぇ」

「……………えっ?」


 そのハッキリとしたジオの言葉に、一瞬呆けてしまったアルマだが、すぐに慌てたように苦笑した。


「は、はは、流石だ、ジオ。今の私が傷つく言葉をよく知っている。そうだな。それぐらいの嫌味を言う権利は当然お前にある。しかし、だからこそ今のお前のその荒んでしまった心を少しでも癒す意味でも、一緒に帰ってくれないか? お前の帰るべき場所に」


 頬に一筋の汗を流して笑って誤魔化そうとするアルマだが、構わずジオは続ける。



「嫌味でも、仕返しでもない。今の俺の紛れもねえ本心さ。もう、俺にとってあんたたちは過ぎ去った遠い過去に過ぎねえ。だから、俺が帝国に戻ることも、あんたたちの想いを受け入れることも、金輪際ありえねぇ」


「わ、分かっている、そ、そう言いたいほどお前が恨んでいるということを! だが、だからこそ償わせてくれ! そ、そうだ、ほら、この剣で私の指を斬り落としても構わない! 死ぬほど痛めつけて、犯してくれても構わない!」


「だからこそ、償うとか償わねえとかそういうことじゃねーんだ。どれだけあんたたちに愛されたとしても、もう俺の心は靡かねえ」



 ジオの完全なる拒否と拒絶の態度に、アルマは取り乱したように焦りだす。

 アルマ自身、ジオにどれだけの過ちを犯してしまったかは十分に理解している。

 しかし、心のどこかで「償う機会を与えてもらう」ということを前提に物事を考えていただけに、償いすらも拒否されたことに激しく動揺をみせる。



「わ、分かっている! だ、だから、何度でも償わせてくれ! 今は嫌ってくれても構わない! だ、だから、わ、私たちがお前を愛するということに対して、『無関心』ということだけはやめてくれ! 機会すらも与えてくれないのはやめてくれ!」


「俺は……もう、そんなことに時間を使う気はねぇ。あんたたちがどう言おうと、俺はもうこの地には……帝国にはもう二度と――」


「愛しているんだ! お前という男を、これ以上ないぐらいに惚れているんだ! だ、から、お願いだから……恨んでいるのは分かっている! 殺したいほど嫌っているのかもしれない! でも、せめて……せめて機会だけは与えてくれ! このまま、私たちを置いてどこかへ行くようなことだけは……頼む! 二度とお前に関われないなど……そんなの、そんなこと……お願いだから……ジオォ……」



 償うために生きようとしていたはずが、償う機会すらも与えられない。

 それだけは絶対にダメだと、アルマは必死にジオの手を掴んで懇願する。


「なあ、ジオ、ダメなのか? お前にしてしまった罪を贖いたいと……もう二度とこの愛を失わないと……これからは何があろうとお前を幸せにしたいと……そう思うこと全てをお前はダメだと言うのか?」


 しかし、ジオは……


「ああ。そもそも、そんなもの、今の俺には必要ないからだ」


 再び伸ばされたアルマの手を、再び振り払った。


「確かにかつての俺なら、あんたたちにそこまで想ってもらえて、それで幸せだったかもしれねぇ。だが、もう三年前の俺と今の俺は違っちまってる。あんたらが俺に対して本気で謝罪して償いたいと思ってんのは分かるが……そんなもん、今の俺には重く息苦しいだけで、新しい人生を歩むには鬱陶しいだけなんだよ」


 差し伸ばされた手も、謝罪も、愛も、必要ないと払いのけた。


「俺に必要なのは、謝罪でも癒しでも愛でも幸せでもねえ。これからの俺に必要なのは、燻ったまま溜め込まれた俺の魂を燃やし尽くせるような、新しい人生の『生きがい』なんだよ」


 ジオの告げる「新しい人生」。そこに、アルマたちはもう含まれていない。


「その『生きがい』を探すため……俺は行く。今がその出発の時なんだよ。だから……俺の前に立ちはだかるんじゃねえよ、アルマ姫。二度も俺の人生を邪魔するんじゃねぇ」


 だからこそ、ジオは中途半端にせずに、ハッキリと打ちのめす。



「い、……いやだ! お、お前は、お前がこれまで積み上げてきたもの、紡いできたもの、お前を愛する者たちを、お前はその全てを捨てて行くというのか!?」


「もうそんなもん、全て壊れて遠い昔のことになってんだよ、俺の中ではな」


「認めるかッ! いやだ、いやだいやだいやだ! ようやく悪い夢から覚めて、生きてさえいれば必ずいつかお前に償えると……だからこそ、もう離したくない! 離れたくないんだ!」


「関係ねえよ。そこをどけ。俺は俺の人生を取り戻しに行くんだ」


「いやだいやだいやだやめろやめろやめろやめろおおおおおお!!!!」



 その言葉を受け、アルマは頭を押さえながら、発狂したかのように叫ぶ。

 アルマは膝から崩れ落ち、喚き、そして……


「ハナスモノカ……ハナシテタマルカ……ジオヲウシナウグライナラ……ダレデアロウトユルサナイ……ダイマオウダロウト……カミデアロウト……コロス……ジオハワタシノモノダ!!!!」


 哭いた。


「……アルマ姫……」


 そして、この状況を全く理解できずに呆然とする中で、アザトーはジオとアルマのやり取りを目の当たりにしながら、胸が締め付けられるような悲しい表情を浮かべていた。

 ジオの言葉が、彼女自身の胸にも突き刺さったからだ。

 しかし、それでもジオは……


「邪魔する気か? なら……せめて……一瞬で終わらせてやるよ」


 過去を断ち切るために、闇の瘴気を纏ってアルマを打倒することを告げる。

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