第28話 断ち切る
空は雲一つない青空だというのに、晴れ晴れとした表情をしているのは、四人の男たちだけ。
規格外の力を目の当たりにして打ちのめされた生徒たちは、ただ腰を抜かして動けないままだった。
「さて、んじゃ、行くか」
「ああ」
「おお、待ちくたびれたぞい」
チューニの覚醒と、調子乗っていた学生たちを凹ませるという当初の目的を果たしたジオたちに、もうこの場に居る理由はない。
呆然とする生徒たちを放って立ち上がり、街へ帰ろうとした。
だが、
「ひいっ!? や、やめ、っ、やだ……ころさ……ないでぇ」
「お、お願いします! な、なんでも、お、お金ならパパがいくらで払うから! た、助けてェ!」
ジオたちが立ち上がった瞬間、呆然としていた生徒たちが一瞬で顔を青ざめさせてパニックを起こし、誰もが恐怖で体を震わせながら命乞いをしてきた。
「あ゛? なんだ~、こいつら?」
「ふむ……自分たちが彼らにヒドイことをすると思われているのだろう」
「カーっ、悲しいわい。こんな童共の小競り合いで、ワシが凌辱行為をすると思われておったとは……」
心外な声に思わず苦笑するジオたち。
だが、生徒たちにとっては命にかかわる問題として、誰もが必死だった。
そして挙句の果てには……
「ちゅ、チューニ……はあ、はあ、た、助けてくれよ、チューニ、なあ! お、おい、チューニ……くん、チューニくん、なあ!」
「お願いします、た、助けて下さい、チューニくん! 何でも、何でも言うこと聞くから!」
「お、俺はお前をイジメてなんかいねえよ。アレは、リアジュたちがやってたことで、俺は見てただけだからよ!」
「そうよ、ねえ、チューニくん。もし、もし助けてくれたら、私、ねえ、ねえってば!」
それまで自分たちが何をしていたかも忘れ、ただチューニに助けを求める始末。
助けてくれ。そう涙を流しながら必死で訴え、這いずりながらチューニにすり寄ろうとする。
そして、最も必死なのは女生徒たちだった。
まだ大人と呼ぶには早く、子供というには幼くはない年齢。
男女間での「そういう知識」も思春期の彼らには当然備わっており、だからこそ、女の身である自分たちが魔族であるジオやガイゼンにその体を弄ばれてしまうという恐怖が大きかった。
魔族と交わるのは死んでも嫌だ。
そんな想いを抱いた少女たちは必死だった。
「チューニ君、い、いいよ? ねえ、ほら、いいよ?」
チューニに衣類をほとんど吹き飛ばされた生徒たちだが、下着まではかろうじて身に着けたままだ。
だが、その中で一人の女生徒が急に下着を脱ぎ始め、さらに手で隠していた自身の乳房もチューニに見せつけるように晒した。
その女生徒は、未だ発展途上の少女たちの中ではそれなりに成熟した体と豊満な胸を持ち、それを大きく揺らす。
「……ちょ、な、なにを……」
急に色っぽい同級生にすり寄られて戸惑うチューニ。
「ず、ずるい! ほら、チューニくん、あの、ね? ほら、私も……」
「あんた、リアジュくんのことが好きだったんでしょ! あっち行ってなよ!」
「そ、そんなの昔の話だもん! もう、どうでもいいよ、あんな人!」
だが、その女生徒の意図を理解した他の女生徒たちも次々と唇を噛みしめながらチューニにすり寄ろうとする。
その意味は一つ。
自分のことを好きにしていいから、助けてくれ。
まさに、女子ならでは許される行為だった。
「くそ、女子共が……俺らはどうすりゃ……ん?」
一方で、それが出来ない男子たちは必死に自分が助かるための手段を考え、その矛先は、なんとリアジュに向いた。
「そ、そうだ! おい、チューニ! ほら、お前をイジメてたのはこいつだよな! オラぁ!」
「へぶっ!?」
ある男子生徒の一人が、廃人のようになったリアジュを蹴り飛ばしたのだ。
「お、俺ら、こんな奴と友達じゃねえ! つか、チューニくんに色々とちょっかい出してたのは、全部こいつの指示なんだよ!」
「ああ、僕たちは関係ないんだ! むしろ、僕は可哀想だな~、ってずっと思ってたんだ!」
自分たちはリアジュと関係ない。そう証明するかのように次から次へと男子たちは動かないリアジュを踏みつけていく。
それは、これ以上本当に何もする気はなかったジオたちですら不愉快に感じてしまう光景だった。
「おい、クソガキ共……俺らは別に―――」
あまりにも見るに堪えない光景にジオが前へ出ようとした。
だが……
「ほんと……気持ち悪いんで」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
「せっかく清々しかった心も魂も穢れるんで。色仕掛けされても気持ち悪いだけだし、リアジュをボコボコにされたって気分悪いだけなんで……なにもかもほんとやめてほしいんで」
ジオが何かを言う前に、チューニが自分に纏わりつく女生徒たちを振り払って、冷たくそう言い放った。
そして……
「僕にとってはもう、みんなのことなんてどうでもいいことなんで。だから、ほんとこれ以上関わるのやめて欲しいんで」
そもそももう自分には関わるなと、拒絶の言葉を吐き捨てたのだった。
そんなチューニの完全拒絶と拒否の態度で、自分たちは殺されるのではないかと絶望に満ちた表情で震える生徒たち。
だが、そんな生徒たちの中で一人だけ……
「チューニくん……」
「…………」
「……チューニくんがこんなに強かったって知らなかったです……」
「……そう……まぁ、僕も知らなかったんで……」
「そうですか……」
誰もが助けを懇願している中で、ただ離れて何も言葉を発していなかったアザトーが、気まずそうな表情でチューニに尋ねた。
「……やっぱり……私たちのことは許せません……よね?」
その瞬間、チューニの肩が僅かに揺れたことを、ジオたちは見逃さなかった。
「私もチューニくんがイジメられてるの知ってて……味方になりたかったけど、私がみんなにイジメられたり、からかわれたりするのが嫌だとか臆病で……みんなにチューニくんのことをどう思っているのか聞かれた時も、私は……恥ずかしがって嘘ばっか言って……でも、私は本当はずっと……謝りたくて……」
気付けばアザトーの瞳が潤み始めて、その言葉の端々には後悔の念が込められているようだった。
だが、その全てを言い終わる前にチューニは……
「ウソでも本当でも、もうぶり返したくないから関わらないで欲しいって言ってるんで、もう何も言わないで欲しいんで」
「ッ!?」
懺悔のようなアザトーの告白を断ち切った。
「最初はリーダーたちに……無理やり入れられて、正直どう逃げるかしか考えてなかったのに……リーダーたちは僕すら知らなった僕の秘密をたった一日で解き明かして……それでいて、対等に接してくれている……」
「……チューニくん……」
「嫌うとか、中途半端に好かれたり同情されたりとかじゃなく……僕は三人のついでについていく存在じゃなくて……四人のうちの一人なんだって……そう感じさせてくれるから……あの人たちについていけば、僕ももっと新しいものが見れると思ってるんで……だから……」
それは、これまで捻くれた考えや、ネガティブな言葉ばかりしか発していなかったチューニが見せる、初めての心からの本音のようであり、そして……
「だから、今さらゴメンとか言われてもどうしようもないし、せめて悪いと思っているなら、もう僕の人生に関わらないで欲しいんで」
「ッ!!??」
そして、完全なる拒絶。
イジメていた者たちに対する報復も、見苦しいクラスメートたちに対してももうこれ以上チューニは何もしようとは思わない。
だから、自分には関わるな。
その言葉を聞いて、アザトーは足元からガクガク震えて、言葉を失って、何か言いたいことがあるのだろうが、それも言えないでいる。
そして、ジオは……
「もう、自分の人生に関わるな……か」
チューニの発した言葉は、正に自分がティアナたちに告げた拒絶と訣別の言葉と同じだった。
そのことに、何故か笑ってしまいそうになりながらも、ジオは頷いた。
「そうだ。もう俺たちは、自分の意思で過去を断ち切って、新しい人生を始めようとしているんだ。それを断ち切られた側の方から都合よく寄ってこられても、迷惑なんだよ」
ジオだけじゃない。ガイゼンも、マシンも、それぞれ重い過去があったのかもしれないが、自分たちはそれを掘り返そうとしない。
何故なら、自分たちはもう過去を断ち切って、新しい人生を歩もうとしているからだ。
どれだけ謝罪をされようと、関係ない。
どれだけ想いを告げられようと、関係ない。
自分たちはもう、これからどうするかを決めているのだから。
だから、未練もない。
「だから……邪魔をするんじゃねぇよ…………アルマ姫」
――――――――ッッ!!!???
ジオがそう発した瞬間、辺り一帯を禍々しい空気が包み込んだ。
「ぬっ!?」
「なんだ?」
ガイゼンとマシンすらも表情が変わった。
自分たちではない何者かが、チューニの作り出した空気を飲み込んだ。
「あっ……あぁ!」
「ッ、あ、あの方はッ!」
それは、絶望に染まっていた生徒たちにとっては希望の光であった。
「ぁあぁぁ……ジオォ……こんなところにいたのか……私たちのジオォ……」
この場から立ち去ろうとしていたジオたちの背後には、狂気の笑みを浮かべた海の女帝が立っていた。
その存在に気付いたジオは、振り返らぬまま……
「ガイゼン……マシン……チューニ。先に街に戻って、旅の準備や船についてもなんか用意しておいてくれ。俺も……過去を完全に断ち切ってから、すぐに行くからよ」
自分もチューニのように、今この場で全てを断ち切ってから航海へ出ることを、ジオは誓った。
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