第24話 級

 港町から少し出て、どこまでも広がる広大な草原の上に、チューニは無理やり立たされた。


「い、いや、あの、リーダー……ぼぼ、僕が戦うって……」

「別に大したこたーねーよ。テメエも、俺らのチームメイトなら、これから過去を断ち切って世界で遊ぶための、いい機会じゃねーか」


 過去のトラウマでもあるクラスメートたちを前に、戦いを恐れて怯えるチューニの肩を組んで逃がさないジオ。

 その眼前には、「力を合わせて悪を倒そう」というような空気を醸し出している学生たち。


「だ、だめですよ……も、もうやめましょうよ! リアジュくんたちも、チューニくんも、こんなの、だ、ダメですよぉ!」


 唯一、この戦いに反対をして止めようとする、アザトーという名の少女。


「チューニくんは、こういうんじゃなくて……卑屈で捻くれて臆病で……確かに魔法も使えない駄目駄目ですけど……でもぉ……人が困っていると……自分は名乗らず影でコッソリ助けたり……自分が泥をかぶってしまうことも厭わない……そんな人で……だから、決闘とかそういうのはチューニくんらしくないですよ!」

「アザトー、君の優しさは分かる。僕だって戦わなくて済むならそれに越したことは無いと思っている。でもね、現実はそこまで甘くはない。戦わなくちゃいけない時があるんだよ。危険な魔族と、何かを企んでいる彼らを放ってはおけない!」

「リアジュくんっ!」

「それに何よりも……僕の愛する君に涙を流させた彼を……友として、婚約者として、そして男として僕は許すわけにはいかないんだ!」


 先ほどまで、回りに止められたり、状況に流され続けてしまった少女だったが、完全に対立したクラスメートとチューニの間に割って入ろうとした。

 だが、リアジュたちは「戦いは避けられない」、「チューニやジオたちは倒すべき敵」として、アザトーの制止を振り切ろうとする。

 そんな光景を冷めた目で見るジオは、軽くチューニの肩を叩く。


「あいつら全員へこませたら……気持ちいいだろ?」

「……リーダー……でも……」

「ちっとは、シャキッとしろ。ガイゼンじゃねーが、こいつはテメエの殻を破る機会だと思えばいいんだよ」

「……そ、そうは言っても……」

「それとも、自分が悪いと謝罪して、頭下げて、で、お前を心配してくれるあの女の元へ戻るか?」

「ッ!? それは……」

「ジオパークで遊ぶか……元の場所へ戻るか、それはお前が決めろ」

 

 お前はどうするのか? ジオのその問いに、チューニは顔を俯かせ、ハッキリと告げる。


「僕に……戻る場所なんかないんで」

「……ふっ、そーか。なら、ケリをつけるために一つだけ魔法の基礎を教えてやるよ」


 その答えを聞いて、ジオは頷いて、自身の指先をチューニの眼前に持っていく。

 

「いいか、覚えておけ。魔法なんて、一種の呼吸みたいなもん。魔力は空気を始め万物に宿る生命エネルギー。呼吸をした瞬間、空気と混じって体内に取り込まれるものを感じ取り、集中」

「…………」

「体内に取り込まれた魔力を、全身の『経穴』から漲らせ、掌や指先、人によっては手に持った杖に漲らせて放つイメージ。まぁ、ざっくりと言えばこんなもんだ」


 ジオの人差し指から、石ころぐらいの大きさの光球が浮かび上がる。



「これが、入口。『ビットボール』だ」


「……あ……は、はぁ……」


「ただの小さな『魔力の塊』だ。こんなの、石を投げて当てただけの方が痛いぐらいだ。だが、魔法学校では、この『ビットボール』から始まり、これに火や風など、個々の特性を活かした『属性』を付加させて魔法を習得させていくんだ。『ビットファイヤ』、『ビットウインド』みたいな初級魔法だ」


「あ、そ、そういう知識だけなら、最初の年の座学で……」


「そうか? まぁ、ちなみに魔法の練度や込められる魔力の量によって魔法の威力は上がっていく。このビットボールやビットファイヤと同じ『ビット級』から始まり、その上の『バイト級』、『キロ級』、『メガ級』、って具合にな。俺が魔法学校卒業の時の条件は、『バイト級』の魔法を三つ使えることだったな。今はどうなってんのか知らねーが、今のお前はそんなとこまでやらなくていい」



 それは、ジオの即席魔法講座であった。魔法学校にさえ所属して居れば、誰でも知ることが出来る常識的な知識。

 しかし、魔法学校中退で、これまで魔法による戦闘経験や訓練を受けたことのないチューニにとっては、正に生まれて初めての座学以外の魔法講座でもあった。


「ほれ、試しにやってみろ。全身の経穴と体内の魔力を感じりゃ、楽勝だ」

「えっ!? そんなざっくりッ!? いや、いやいやいや、無理なんで!」

「あっ? 簡単だろ?」

「だって、ぼぼ、僕、……昔からゴッコ遊びでそういうのやってるけど……出たこと一度もないんで……」

「は、はぁ? いや……こんなもんを出来ないとか言われても……俺は最初からできたしな……」

「いや、僕が才能ないの分かってるんで!」


 理屈は分かっても、いきなりヤレと言われて簡単にできるものではないと情けない表情で告げるチューニ。

 そして、ジオはジオで「これぐらいのことできないのか?」と自分が思っている以上にチューニが不器用なのだと知って、少し困った表情をした。


「おい、何をしているんだ! 戦うんじゃないのか? 僕たちは、いつでも戦う準備も覚悟ももう出来ているんだぞ!」

「そうだ、僕たちは決して逃げずに堂々と戦ってみせる!」

「私たちの力を見せてあげるんだから!」


 そんなジオたちに、「早く戦おう」とやけに好戦的で気合の入ったリアジュたちが叫ぶが、まだチューニの準備が出来ていない。

 すると……


「……チューニはこれまで魔法とは無縁の生活をしていたのだろう……魔法の才能がないわけではない。使い方を知らないだけだ。というより、チューニに才能が無いはずがない」


 講座の途中でマシンが口を挟んできた。


「それに、自分が見る限り、チューニの全身の経穴は閉じた状態のままだ。それでは、内在する魔力がいかに強大でも、引き出すことは無理だ」

「ほぅ……マシン。テメエは人の経穴の状態が分かんのか?」

「自分の目にはそういった機能が備わっているのでな。そして、だからこそ……」


 マシンはどうすればいいのか分からずに戸惑っているチューニの前に立ち、鋼の指先を掲げて……


「経穴を突いて、それを強制的に開かせることも可能」

「ほぎゃあああああああああっ!!??」


 その瞬間、何の前触れもなくマシンはチューニの全身のツボを目に見えぬ高速の指で突いていった。

 

「お、おお……そんなことできんのか。便利だな」

「ああ。ちなみに、魔法使いと戦う時は、これで逆に経穴を閉じて相手に魔法を使えなくするというのもできるがな……」


 全身のツボを突かれて、言いようのない痛みを受けて地面をのたうち回るチューニ。

 だが、次の瞬間、その全身が発光し始め、内に秘められた力が解放されていく。


「あ、っ、お、ぼ、僕! あつっ、体が……こ、この感じ……この感じ!」


 自身の肉体に感じる異変にチューニがハッとなって全身を見渡す。

 体が熱く、そして力が湧いてくる衝動に、チューニの顔に生気が宿っていく。


「な、えっっ? な、なにっ!?」

「なんだ、あの光は! チューニの奴から、なんかが溢れてるぞ?」

「ま、まさか……え? あ、あれって……ま、魔力?」

「バカ言ってんじゃないよ! チューニは、魔鏡でも魔力を数値化できないぐらいの落ちこぼれなんだぞ!」

「で、でも……な、なにこれ……」


 チューニの全身から活火山のように噴き出していく、光の波動。それは全てが内に秘められた膨大な魔力。

 その放出を確認したジオは、僅かに頬に冷や汗をかきながらマシンと共にその場から少し下がった。


「……ほぉ……これが……へぇ……やるじゃねーか」

「……なるほど……デカいな……」


 空気が弾け、肌がピリピリとしていく感覚に、ジオは小さく笑みを浮かべた。

 数値上でしかチューニの潜在能力は知らなかったが、これは期待通りのものだと思った。

 それはガイゼンも同じ。地面に胡坐をかいて酒樽で豪快に飲みながら……


「ぐわははははは。あと……二~三年ぐらいすれば……あやつと喧嘩するのも面白そうじゃの~う」


 神話の怪物すらも唸らせるほどの力をチューニは放っていたのだった。


「どど、どうしちゃったんですか、チューニ君! ま、魔族に何かされたんですか! っ、あなたたち、チューニくんに何をしたんですか!」

「下がっていろ、アザトー! どうやら、チューニくんは魔族の手によって、何か禁断の力を使わされたのかもしれない! それが何かは分からないが、何かが起こる前に、力づくで止める!」


 チューニの異変に顔を青くするアザトーと、状況がただ事ではないと察したリアジュが顔色を変えて前へ出る。

 そして、その構えた掌から、漲らせた魔力と共に、未だ戸惑っているチューニに向かって先制攻撃を仕掛ける。


「ちょ、リアジュ君ッ! ま、待っ―――!!??」

「くらえ! 『バイトファイヤッ』!!」


 それは、掌ほどの大きさの炎を纏った球だった。

 だが……


「……えっ?」


 その炎の球は、チューニに届く前に、チューニの体から溢れる魔力に触れた瞬間に粉々に砕けて消失してしまったのだった。


「……えっ!? な、何が……」

「リアジュ君の魔法が……かき消された!?」

「ど、どうなってんだよ! チューニのやつ、本当に何が起こってんだよ!?」


 チューニは全身のツボを突かれて数秒のたうち回ったが、すぐに痛みが消えてそのまま静かに立ち上がり、今は魔力溢れる自分の体を眺めながら、魔力を実感していた。

 その魔力を実感した瞬間、自分に向けて放たれたリアジュの魔法に、何の脅威も感じず、それどころか自分にその魔法が届く前に、向こうから勝手に消えてしまったのである。



「……ビット級で私生活を補助するぐらいの魔法……バイト級で相手を怪我させる魔法……キロ級で軍人クラス……メガ級でいっぱしの魔法使いで、大型モンスターを倒せるレベル……。バイト級じゃ、チューニに届く前に、魔力の波動だけでかき消されちまうか」


「それに、仮に届いた所で、チューニ相手には無意味」


「そうじゃのう。魔法無効化の体質がある以上……ワシらのように素の力で戦えんと、ちと厳しいのう、あの青瓢箪たちには」



 ついに解放されたチューニの才能。それがどれほどのものなのか、ジオたちは興味深そうに笑いながら観戦していた。

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