第8話 伝説の住人
ジオは今、感傷に浸っているところで、あまり余計な茶々を入れてもらいたくない。
そんな気持ちを逆なでするかのように盛大に笑う老魔族は、ジオにとって不快でしかない。
マシンにぶつけられなくなったモヤモヤを、この老魔族にぶつけることもやぶさかではないジオは、老魔族を不愉快そうに見る。
「うるせージジイだ。大体、テメエもなんなんだよ?」
ジオの問いに、老魔族は「ああ」と手のひらを叩いて……
「ぬはははは、それもそうじゃな。じゃが……これほど、騒がしい名刺交換を見せられた後に、普通に名乗るのもつまらんな。どれ、ワシにもお前流の名刺を渡してくれんかのう。それを吟味し、ワシも名刺をくれてやる」
まるでジオを試すかのようにニタニタと笑みを浮かべ、それどころか「かかって来い」と挑発までする。
ただでさえ、マシンのことで色々と考えさせられているというのに、この状況において訳の分からない外野からの冷やかしは、ジオを更に激怒させた。
「あ~、そうかい。じゃあ、いらねーよ、テメエの名刺なんざ」
「ほほ?」
「名刺を渡す前に門前払いされて、そのままお帰り願おうか? 地の果てまでな。あいにくこっちは別件で忙しいんでな!」
「そ~言うでない。つれないの~。……そんなイジワルは、器の小ささが知れるというもんじゃわい♪ 相手を知らずに顔だけ見てテキトーにあしらう男など、ワシが女じゃったらタマ蹴り上げとるぞ?」
イラついたジオから発せられる禍々しい怒りの瘴気。
それに触れて尚、愉快そうに笑う老魔族は「自分のことを良く知らないのに、そんな態度は酷いぞ?」と言うが、ジオとてそこは分かっている。
「けっ、テメエが只者じゃねぇことぐらい、一目見りゃ分かるさ」
「おお、そうか?」
「この死にたがりの男とは別の意味で……昔戦ったヤベエ連中となんら遜色ねえ気を放ってるさ。だがな、それも含めて全てが今の俺にはどうでもいいんだよ!」
ジオとて老魔族が只者ではないことぐらいは分かっている。
だが、それでも今は言いたかった。
「だが、たとえ何者だろうと……こっちは今、イラついてんだ! 関係ねーやつはすっこんでろっ!!!!」
今はお前の相手をしている時じゃないからどいていろと。
そんなジオの怒りに対して老魔族は……
「ふははははは、それを言うなら人は皆、生まれながらに他人であり無関係。しかしそんな無関係な者たち同士が出会い、語らい、ぶつかり合い、その果てで世界は回っておる。それは、数百年前であろうと今でも変わらぬ世の理―――――」
「じゃあ、もう俺の名刺だけ受け取ってふっとんでろぉ!!!!」
それでも、へ理屈のような言葉を並べる老魔族に我慢の限界に達したジオは、暗黒の瘴気を身に纏い、拳を突き出して飛びかかった。
だが次の瞬間、ジオは全身の鳥肌がゾクリと逆立った。
「ふっ、この礼儀知らずの小童がぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
「ッッッ!!??」
飛びかかるジオに対して、老魔族はニタリと笑い、まるで獲物を待ちかまえていた肉食獣のようなオーラが発せられた。
マシンのように無機質な気ではなく、他者を飲み込み、押しつぶし、圧倒するかのような強烈な圧迫感。
互いの拳がぶつかり合い、周囲に荒れ狂う突風が発生。
行き場の無くした衝撃波が大地に伝わり、二人の周囲に円を描くような巨大な亀裂を走らせながら、一瞬で大地を大きく陥没させ、まるで隕石が落ちたかのようなクレーターが発生した。
「おほっ♪」
「こ、このジジイッ!?」
互角。だが、歯を食いしばって拳を突き出すジオに対して、老魔族は心地よさそうな笑みを見せ、そして次の瞬間老魔族は己の両足が穴ぼこの底で更に埋まりそうなほど力を入れ、
「ヌワアアアアアアアアアアアアッ!!!」
天に突きあげるように拳を振り上げて、押し合いをしていたジオの拳を体ごと天高く殴り飛ばした。
「ッ、つ、グッ!? ど、どうわああっ!!??」
強烈に撃ち上げられ、そのまま地面に背中を強打して叩きつけられるジオ。
だが、すぐに立ち上がり、拳の痺れに堪えながら、老魔族に再び構え直す。
「……ふふ……ふわはははは。いいのう……久方ぶりに、ワシも体が痺れたわい! まだまだ粗削りじゃが……その胆力と、修羅場を潜り抜けたであろう気迫は、十分ワシを唸らせるものであったぞ?」
そんなジオの姿に、老魔族は賞賛した。
一方でジオは、構え直したものの、自分が受けた今の衝撃に、心を大きく震わせた。
(一撃で分かり過ぎるほど……ただのパワーバカじゃねえ……骨の髄まで……相手の魂すらも食い潰すかのような異常な重さ……ふざけてやがる……こいつ……俺がかつて戦った誰よりも……)
熱くなり、怒りに満ちていた先ほどの自分が、急に冷静になって落ち着いてしまうほどの衝撃。
認めたくはなかったが、目の前の老魔族は、ジオがこれまで戦ってきた過去最強の敵よりも上回る力だと実感し、認めざるを得なかった。
「で、そっちのカラクリ小僧もどうじゃ?」
「……」
そして、老魔族の次の矛先は、呆然と立ち尽くすマシン。
「ウヌの鋼の魂も、少しは吟味させよっ!!」
「ッ!!??」
再び野生の獣の様な空気を発し、老魔族はクレーターの底から一足飛びでマシンに向かって飛びかかる。
死にたがりで、無防備だったはずのマシン。しかしこの時は、ジオの時と同様に、自身の肉体の防衛本能が勝手に反応し、即座にその場から離脱しようとする。
「加速装置最大ゲイン……亜音速」
「ほっ?」
一瞬で目の前から姿を消すマシン。スピードは、マシンの方が上……だったが……
「ほりゃっ!」
「ッ!!??」
そのマシンの逃れた先に、既に老魔族は回り込んでいた。
これには、マシンも予想外で、大きく目を見開いている。
「ぬわははは、確かに速さはウヌの方が上じゃが……勘と経験で動きの先読みぐらいワシもするぞ?」
回り込まれたマシンだが、即座に掌を前に突き出して老魔族に向ける。
殺されたかったはずの男が、圧倒的な存在感の前に死を拒絶してしまった。
そして……
「超振動波ッ!」
空間が歪んで見えるほどの、目に見えない衝撃がマシンから発せられ、老魔族の肉体が歪んだ。
老魔族は、まるで体内から爆発したかのような音を発し肉体が揺れた。
しかし……
「なるほど……超音波なんらたという奴か?」
「ッ!?」
「分子の結合に干渉してあらゆるものを破壊し……体内の体液などを振動させ……あ~、とにかく! ちょっと痛かったぞい♪」
「ぐぬっ!?」
老魔族は両耳から、両目から、口から血を拭き出しながらも、まるで痛みを感じていないかのように再び笑った。
「ぬわははは……生きたいのか死にたいのか……もうちょい考えてから口にせんかっ!」
「ふがっ!?」
そして、マシンが驚いた瞬間、強烈な平手打ちをマシンに向けて放ち、回避できなかったマシンの体は壊れた人形のように軽々と飛び、クレーターの底まで叩きつけられたのだった。
「お、おいおい……こ、の……ジジイ……」
「かはっ……っ……強い……」
己の力には自信のあったジオとマシンだったが、その自信を打ち砕くかのような圧倒的な力に驚きを隠せずにいた。
「あ、わははは、も、もう、なんなんで? なんで、破壊神ジオと超人マシンがこんなところにいて……しかもその二人がやられてんの?」
まるで状況が理解できず、ただ腰を抜かして震えながら半べそをかくローブの男。
誰もがこの衝撃を説明できない中、満足したかのように老魔族は口を開く。
「とはいえ……なかなか、よかったぞ? ジオとやら。そしてマシンとやら。ワシも久しぶりに力を振るったが、思わずヒヤリとしたぞい。だからこそ、生きているという実感も沸いた」
三人が抱いた「この男は何者か?」その疑問に対して、老魔族は答える。
「褒美にそろそろ、ワシも名乗ろう。ワシは現在、流浪の旅をしておる、『ガイゼン』というものじゃ」
老魔族がそう告げた瞬間、名乗られた名前が名前なだけに、ジオも鼻で笑ってしまった。
「けっ、ふざけてんのか? よりにもよって神話の怪物と同じ名前をしやがってよ」
「ん? そうなのか?」
「あっ? 魔族のくせに知らねーのか? 七天創設者にして魔界史上最強と呼ばれた、『闘神ガイゼン』のことをよ」
「ああ、それ、多分ワシのことじゃ」
「へ~、そうかよ。あんたがあの闘神ガイゼン……ん?」
……その瞬間、ジオも、そしてマシンも、そして腰を抜かして逃げるタイミングを失ったローブの男も固まってしまった。
「えっ、い、いま、ななな、なんつった?」
頭が混乱してしまったジオが絞り出すようにそう訪ねると、老魔族は笑いながらまた答える。
「ん? じゃから、それワシ」
「いや、だから……と、闘神ガイゼン……」
「じゃから、それワシじゃ。七天を創ったの、ワシじゃぁ」
その瞬間、色々な感傷やらが吹き飛び、ジオは身を乗り出して叫んでいた。
「ざ、ざけんな! 闘神ガイゼンッて言えば、数百年以上前に死んだ伝説の大怪物だろうが! なにをサラッととんでもねーこと言ってんだよ!?」
「じゃから、ワシ、生きとるって。ワシに下剋上されるのを恐れた大魔王が、色々とワシにイチャモンをつけて魔王軍から追放するような形で、ワシを異次元空間に閉じ込めて封印しおったんじゃ」
「……えっ? は……えええっ!?」
「以来、数百年間ずっと眠っていたのじゃが……つい最近、封印が解けて目覚めることが出来たのじゃ! ぐわははははは、あやつ死んだんだってな! おかげで、復活してしまったわい!」
老魔族が豪快に笑う空の下、半魔族と機械式人間とひ弱な人間が絶句した。
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