第7話 ひび割れた鋼

 死にたがりの男相手に繰り出すには過ぎた力かもしれないが、今のジオはただ、己の中の鬱憤全てを吐き出したかった。

 拳に纏った闇の瘴気が、ついに男を捉える……


「ッ!!??」


 そう思っていた……がっ……


「加速装置を使って……反射的に……回避してしまった……か……」


 男は拳を振り抜いたジオの背後に回り込んで、攻撃を回避していた。

 今になって命が惜しくなったわけでもないのだろう。先ほど反撃した時と同様に、男は再び自分に驚いたような表情をしている。

 だが、ジオが気にするのは先ほど同様に、そんなことではない。


(俺が……見失って……こいつ……スピードが……桁違いだ!)


 そう、先ほどの攻撃力同様に、尋常でない身のこなしとスピード。

 もはや、決定的。男は明らかに普通ではない存在だった。


「……どうせ憂さ晴らしのつもりで……気にもしなかったが……マジで教えろ。テメエ……なにもんだ?」


 流石にジオも男の正体に興味を持った。すると男は俯いたまま少し迷ったような表情で……


「……マシン……マシン・ロボト……それが自分の名前だ」


 マシン。その名前……少なくとも三年前の時点で、ジオが聞いたことのある名前ではなかった。

 つまりこの男は、ジオが幽閉されていた三年間の間に台頭してきた人物。もしくは、これまで世界が知らずに隠れていた実力者。

 いずれにせよ、名前を知ったところで、知らないものは知らない。

 だが、それでも名前を名乗った相手に対して、ジオもまた自然と答えていた。


「そうか。俺は……ジオ。ジオ・シモンだ」

「……ジオ……だと?」

「冥土の土産に覚えておいてくれよ」


 すると、ジオの名前に対して、マシンは「ああ」と頷いた。


「ジオ・シモン……三年前……七天大魔将軍の一人……『魔剣聖・パスカル』を討ちとった男か……」

「なんだ。古い話を知ってくれている奴も居たんだな。帝国の奴らは誰ひとり覚えてなかったってのによ」


 自分の過去最大の栄光をマシンは知っていた。

 しかし、知っているだけで、特に驚いている様子は無い。

 むしろ……


「じじじじ、ジオ!? ジオ・シモンッ!? 帝国の……『暴威の破壊神・ジオ』ッ!? ちょ、あ、あれがあの!? 七天の一人を討ったとかいう……でも、最近の人魔大戦で全然名前轟いてないから、死んだんだと思ってたのに……うええええ、あれが?!」


 ひ弱なローブの男が一番驚いていた。

 更に……


「そ、それに、ま、マシン・ロボトって……あの、大魔王を倒した『勇者のパーティー』の……『鋼の超人・マシン』のこと!? 暴走して暴れて、仲間だった勇者たちに粛清されて死んだって話じゃ……」


 その言葉に、ジオは聞き逃すことが出来ずに驚愕した。


「大魔王を倒した……勇者の一味だと? こ、この死にたがりが……」


 驚いたと同時に、確かにこれほどの実力者であれば、それでも不思議ではないかもしれないとジオはむしろ納得した。

 だが、聞き逃せなかったのはもう一つのこと。


「勇者のパーティーだったのに……粛清されて死んだ? どういうことだ?」


 仲間だったはずの勇者に粛清? 暴走? その意味が分からず、ジオは自身の力を解いてマシンに訪ねると、マシンは空を見上げて切なそうに答える。


「二つ訂正がある。自分は大魔王を倒していない。自分は……大魔王を倒した者たちと……かつて一緒に居て……そしてクビにされたに過ぎない」

「……クビ?」

「そして、自分は暴走などしていない。しかし今の世では……自分は……『そういう存在だった』……と言い伝えられていたのだな」 


 クビ。その言葉にジオは思わず心臓が跳ね上がった。

 クビとはまさに、本来の自分の居場所から追い出されるようなことで、どうしても他人事のように思えなかったからだ。

 そんなジオの心境を知らず、マシンは続ける。


「そう、自分はかつてこの痛みを知らぬ体で……血気盛んな仲間たちと世界を舞台に暴れていた……共に命を預け、与えられた使命のために戦い、そして……本来備わっていなかった……『心』というものまで持ってしまった……」


 それはまるで、「自分は真っ当な人ではない」と言っているような言葉に聞こえて、ジオも首を傾げると、マシンはそのジオ達の疑問に答えるかのように、自身が着ていた白布の服をめくって、上半身を脱いで見せた。

 するとそこには、上半身の肌のほとんどを埋め尽くす、鉄や鋼の素材が肉体を作り、本来人の心臓があるべき部分には異様な光が点滅していた。


「テメエ……そうか。今は亡きカラクリ技術の盛んだった王国が研究していた……『半機械式改造人間・ターミニーチャン』……生身の肉体をベースに人工的な改造を施す技術……初めて見るな」


 そう、まともな人ではない。魔族でもない。

 それが、マシンの正体だった。



「だがある日、ある諍いがきっかけで……仲間たちから危険視された自分は……クビにされ……二度と起動しないように封印されていた……はずだった」


「……二度と……動かないように……」


「しかし、気づけば自分は再び起動していた。だが……目が覚めたら……自分が本来作られた目的……大魔王を倒すための駒として生まれたはずの自分の役目はもう終わっていた……」



 マシンの抑揚のない淡々とした口調から語られる切ない想いを聞いていて、ジオはようやく理解した。

 ジオはマシンの死んだような目が、今の自分と同じような目をしていたと思ったからイラついていた。

 だが、同じなのは目だけではない。 


「この生き延びてしまった体は……なぜ壊れてくれない。なぜ、自分はもっと脆く作られていなかった。なぜ、不要な心まで持ってしまったのか。最早仲間の元へも顔も出せない……こんな痛みを抱えながら……生きるのは無理だ……だから……壊してほしいと思った」


 この男の人生もまた、自分とどこか似ているのかもしれない。

 だから、必要以上にイライラしたのかもしれない。

 そう思った瞬間、ジオは抱いていた暴力的な衝動が失せて、自分もまた切なくなっていた。

 すると……


「ぐわーはっはっはっはっは! ぐわーっはっはっはっはっは!」


 突如、老魔族が心底機嫌良さそうに豪快に笑った。

 そして……


「ぐわはははは……いや~、驚いたわい。『大魔王スタートのクソガキ』を倒した者たちの仲間だった男と、『近年』の『七天』を倒した男か……よくもまぁ、世界もこんな二人を放置して、こんな辺境の田舎で出会わせたもんじゃわい」



 老魔族はジオとマシン、二人に対して笑っていた。


「よいではないか! 『数百年』も経った世で、ワシの作った七天も滅び、ワシの知っているものは何もなく、既に人魔の戦争もケリがついているから、今の世はつまらんかもしれんと思っておったが……まだまだ暴れ足りないと思っている男たちが居たではないか」


 それはまるで、気に入った玩具でも見つけたかのようにハシャぐ、子供のような目をしていた。

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