第3話 光との決別


『まあまあ、ティアナ姫……ジオが帰ってきて嬉しいのは分かりますがその辺に……』

『いや~、でもやっぱ本当にジオが帰ってきたって気になるよな~』

『ああ。帝国魔法学校時代は、この口喧嘩がないと、一日が始まった気がしなかったからな』

『相変わらず、仲が良いよね♪』


 しかし、どれほど場に寒気が漂おうと、その場に居た者たちにとって、これは慣れ親しんだ光景の様で、誰もが微笑み合っていた。

 

『まったく、皆して言いたい放題……はぁ……せっかくあなたを労って、褒美を取らせてやろうと思ったのに、雰囲気台無しね』

『はっ? 褒美? ……昇格かッ! つ、ついに俺も大将軍か!? これって史上最年少の快挙か!?』


 ボソリと呟いたティアナの言葉に食いついたジオ。立身出世に対して貪欲なジオは、目を輝かせてティアナに尋ねた。

 だが、ティアナは軽く咳払いし、どこか頬を赤らめたように目を逸らしながら、早口で……


『ち、違うわよ。だ、だから、その、あなたも魔族とのハーフという異形の出生から、あ、あまり多くの人に受け入れられなかったけれど、よ、ようやく皆も認めてきたというか、そ、それに、ほら、私は魔法学校主席で武にも秀でた天才で頭脳明晰で、外を歩けば誰もが振り向くような美しさで、こ、これはもうたとえどこかの国の王子でも貴族でも勇者でも釣り合いが取れないと言っても過言ではないほどの完全無欠の才色兼備なわけで……』


 早口なので全てを完全に聞き取ることは出来なかったジオだったが、言葉の端々で何故かティアナの自画自賛の言葉だけは理解できた。

 

『っつつつ、つまり、この私を前にすればこの世界に存在するどの男も不釣り合いになるわけで……だ、だから、身分違いや出生に問題ありの男と結婚しようとも問題がないわけでぇ……で、でも、だからと言って誰でもいいというわけではなくて、で、でも、こ、国民から認められるような英雄であれば、も、もうそれは及第点なわけで、か、かかか、仮にけけけ結婚してもおかしな話じゃないわけで……』


 だが、何が言いたいのかがまるで分からず首を傾げると、ジオの反応に我慢の限界に達したのか、ティアナはジオの服を掴みながら……


『だ、だから、あなたには分不相応であるし、私もすごく! すご~~~く嫌だけど……わ、私もそろそろそういう年頃だし、丁度いいからあなたを貰ってあげるわ!』

『えっ、いや……いい』

『そ、そう。泣いて喜……え?』

『……えっ? だ、だって、お前と結婚とかすげーイライラしそうだし……俺はどっちかというと、お前の姉さんの方が……うへへ』

『ブチっ!!! いいから黙って結婚しなさいよ―――――ッ!!!!』


 そんな、当り前のようにあった騒がしくも満たされた日々……

 


……それもまた……



……ジオにとってはもうどうでもいい話になるほど、心と頭の中が憎しみに満ちていた。



「オレニフレルナアアアアアアアアアア!!!!」



 乾ききって壊れた喉で、叫ぶジオ。

 喉や唇がひび割れようと、既に痛覚もない。

 今はただ、一秒でも自分を抱きしめるティアナの温もりに触れていたくなかった。

 身を捩ってティアナを突き飛ばす。


「っ、じ、ジオ……」


 ようやく少しずつ光に慣れはじめ、数年ぶりに浮かぶティアナの表情は自分が知っていた頃より少し大人になっており、しかしその瞳は自分が知っていた自信に満ちて輝いていた天上天下唯我独尊だったティアナとは違って弱々しく、迷子の子供のように泣いていた。

 だが、涙を見たからと言って、ジオの心は微塵も満たされなかった。

 それどころか、身を捩ってティアナを突き飛ばした際に、自身の肉体の異変に初めて気づいた。

 長年の暗黒の世界に居たがゆえに気付いていなかった。

 かつて帝国に牙を剝いたあらゆる歴戦の強敵たちを退けてきた自慢の両腕は枯れ枝のように細く、そして左手は肘から先を失っており、右手もまた指が一本も無かった。


「……お、オレノ……か……らだは……」

「っっ……ジオ……」


 その痛々しい姿に、かつての仲間だった者たちが涙を浮かべて顔を俯かせる。


「ごめん……なさい。ごめんなさい……ジオ。全て私たちの……」


 そう、思い出したのだ。

 ここに居る者たちに捕らえられる際に切り刻まれ、そして捕らえられた後にも拷問で更に切り刻まれたのだ。

 

「……ご……めん? だと……」


 これだけのことをしておきながら、泣いて、それでゴメン?

 それだけで済む問題であるはずがない。

 憎しみは最早超越して、果てしない殺意に変わり、ため込んで押し殺していた感情の全てが解放された。



「テメエらフザケンナアアアアアアアア!」



 幽閉された日々の中で、ジオがずっと求めていた仲間も光も全て消し去ってしまいたいというほどの衝動。

 しかし、殺す時間すら惜しいと思うほど、一秒でも早くこの場に居る者たちの誰もが居ない空間へとジオは行きたかった。

 その願いはやがて、ジオの心の奥底と遺伝子の源に押し込められた魔族の血に作用し、徐々にジオの肉体に変化が訪れる。


「ジオッ!? こ、これは……」

「た、隊長!? た、隊長の肉体が……」

「今まで人間の血が色濃く映し出されていたジオの肉体が……魔力が暗黒の魔力に染められ……ッ!?」


 失われたジオの左腕と右手が、かつて人の手だったものが悪魔の腕となって蘇り、同時に全身を黒い稲妻のような魔力に包み込んでジオを浮かせる。


「ジ……オ……ッ!? 待って、ジオ! どこへ……行かないで、ジオッ! もう、もう二度と私はあなたの傍から―――」


 このままではジオが消えてしまうと察したティアナと仲間たちがジオを止めようと必死に叫ぶが、その全てがジオの耳に届いても、心には微塵も響かなかった。

 そしてジオは発せられた魔力に包まれながら最後に……



「クソヤ……ロウド、モ。ニドト……オレノ……ジンセイニ……カカワルナ……」


「ッッ!!??」



 その言葉だけ言い残し、まるで転移したかのようにジオの姿はその場から綺麗に消えたのだった。

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