部屋で想いを交わすお姉さん
「ふふ、流石に元々ある私の部屋のベッドは小さいか」
「ですね。二人は厳しいかもしれないです」
既に二人で一緒に寝ることはともかく、マンションのベッドは俺と二人でも全然余裕があることを想定していたみたいだが、流石にこのベッドに二人は厳しい。けど何だろうか、こうして真白さんの恋人としてここに来るのは初めてで新鮮だ。今まで何度か来たことがあるっていうのに。
「ほらたか君、ギュッてしましょ?」
「あはは、はい」
ベッドに腰かけた真白さんの隣に腰を下ろし、お互いに文字通りギュッと抱きしめ合った。良い香りと温もり、柔らかさは俺にいつもと同じ安心感を与えてくれる。そして、こうしていると思い出すのがさっき勇元さんとフィリアさんから聞いた真白さんの過去だ。
「……っ」
本当に、本当にこの人が無事で良かった。
何事もなく目を覚ましてくれて、記憶も取り戻してくれて。もしもの世界、運が悪かったら真白さんが助からなった世界もあるだろうし俺のことを全然思い出さなかった世界もあるんだろう。
それを思うと一気に胸が苦しくなる。俺は自分が抱く不安を振り払うように、忘れたいと願うように愛おしい人を力強く抱きしめ続けていた。だけど、こんな俺の心の在り様と言うか、不安を明確に真白さんは感じ取ったらしい。
「ねえたか君、何かあった?」
「え?」
「ご飯の間……ううん、私がお風呂から上がった時から少し様子が変だと思ったの」
風呂から真白さんが戻ってきた時に色々と一悶着あって大変だったけど、確かに俺は真白さんのことをずっと考えていた。今と似たようなことをずっと、真白さんの顔をチラチラと見ながら考えていたんだ。
「お母さんとお父さんもたか君の様子を気に掛けていた。その様子と私を見つめるたか君の目には悲しさ? 寂しさ? それと同時に安心したようなものもあった」
「……本当によく見てますね」
「当たり前でしょ。たか君のことで私に分からないことはないんだから」
ニコッと笑顔を浮かべた真白さんに俺は素直に話した。偶然に昔のアルバムを見てしまったこと、勇元さんたちに真白さんに何があったかを聞いたこと、そして今の真白さんが元気な姿に安心して泣いてしまったことを。
「なるほどそうだったのね。だからか……そっかそっか。たか君は私が元気になっていたから安心して泣いてくれたのね♪」
「その、本当に安心したんですからね?」
「分かってる。ありがとうたか君」
よしよしと、胸に俺を抱いて頭を撫でてきた。フィリアさんの時も思ったけどこの一家の女性陣の母性は凄まじいものがある。真白さんの場合は色んな表情を見せてくれるけどやっぱりこうして俺を気遣い、優しさで包んでくれる一面の方が大きい。
しばらくそうしていると、真白さんがあの時はと前置きをして話してくれた。
「記憶喪失になった時はね。本当に何も分からなかったのよ。ただ不思議なことに日常生活を送ることは問題なくて、単純に人の事が分からないだけだったの」
「……なるほど」
それは問題大ありだな。
変わらず俺を抱きしめ頭を撫でているのは変わらないが、少しだけ抱きしめる腕に力が込められたように感じた。
「自分の状態からすぐにこれは記憶喪失なのかなって理解出来たけど、お父さんとお母さんのことが分からなかったのは申し訳なかったかな。何回も謝って、すぐに思い出すからと安心させたかった」
何だかんだ、真白さんは家族のことが大好きだ。勇元さんはともかく、フィリアさんとあんな風に言い合いをすることが多くても本当に大好きなのは良く分かる。真白さんもある意味隠すのは下手な部分があるからな。
でも、そう言葉を続けた真白さんは真っ直ぐに俺を見つめた。
「お父さんとお母さんが分からない……それだけじゃない。私が一番大切にしたいと思う何かが欠けてしまったような気持ちをずっと抱いてた。私の中の何かが思い出しなさいとずっと語り掛けていたの。病室のベッドの上で、私はずっとそれが何かを考えていた」
「……………」
真白さんはずっと思い出そうとしてくれたんだ。それが何かは分からないのに、欠けてしまっているというその疑問だけを頼りに真白さんはずっとそれを。
「そんな風に何週間か過ごして……思い出したのは呆気なかったわ。声がね、たか君の声が聞こえた気がしたの」
「俺の?」
「うん。そんなはずないって分かってるのに、たか君の声が聞こえてその瞬間私は全部を思い出したわ。後は聞いていた通り、そのまま時が過ぎて私は全ての準備を終わらせてたか君を絡め取る計画を遂行したってわけ♪」
「絡め取るって……あはは、まあ間違いじゃないですね」
真白さん自身の口から聞かせてもらった当時のこと、内容としては決して軽いものではなく重たい類のものだ。けどそれを可能な限り感じさせず、既に済んだことであり呆気なかったものなんだよと笑わせてくれる真白さんの様子に感謝をした。
「ほらほらたか君、ニカっと笑って?」
「えっと……」
両頬をムニムニと触ってくる真白さんに俺は上手く笑えただろうか。まあ別に気に病むことではないと言われているようなものだし、あまり気にしすぎるのも良くはない。だからこそ真白さんのことを思うのならこの話はここで終わっておいたがいいってことなんだろう。
「ふふ、たか君の笑顔はお姉さんは大好きよ。これから先、一緒に過ごす中でずっとずっとお互いに笑顔で居ましょうね?」
「了解です。愛しています真白さん」
「私もよ」
顔を近づけてきた真白さんにキスをされたが、俺も真白さんに応えるようにこちらからもキスをする。そうして自然と真白さんを押し倒し、頬を赤くしながらも瞳の中に期待を滲ませた真白さんに自分の体を重ねるのだった。
そして時間が進み、真白さんのベッドの上で俺たちは二人は何も身に着けていなかった。
「ほんと狭いわね」
「ですねぇ。敷布団とか持ってきた方が」
「えぇ~我慢しましょうよ」
まあそうなるのは分かっていましたけど。
基本的に真白さんと寝る時ってお互いに体を寄せ合うからある程度は狭くても大丈夫だ。ちょっと動くと真白さんがまるで磁石のように引っ付いてくるようなものだしな。
「ねえたか君」
「どうしたんですか?」
「……ううん、何でもない」
そこまで言われたら気になるけど、まあ聞かずにおいておこう。
それにしても真白さんが記憶を思い起こす切っ掛けが俺の声か。一体何を真白さんに言ったんだろうか、俺には全然分からないけれどもしも真白さんに言葉を伝えるならそうだな。
「思い出してくれないと泣いちゃいますよ? とかかな」
「??」
首を傾げる真白さんに苦笑しつつ、俺たちは二人仲良く眠りに就くのだった。
ずっと何かを求めている不思議な感覚があった。
何も分からない私に何かを訴えている私自身の声、それは眠りに就いている時にもずっと同じことを囁いていた。
思い出して、思い出してとずっと私に囁きかけてくる。
「……何よ、何を伝えたいのよ」
その問いかけに答えてくれる人は居ない。
でも、その苦しそうな声が私にとって無関係とは思えなかった。
一体何を忘れている? 何を思い出したいの? そう疑問を抱き続けていた時だった。眠り続ける私が見た一つの夢、その全貌を覚えているわけではないけれどある一つの部屋で、二人の男女が仲睦まじく身を寄せ合っている。
「……私?」
今よりも少し大人になったような私ともう一人、彼を見ると明確に心がざわめいた。触れたい、話をしたい、こちらを見てほしい、そんな得体の知れない感情が私を包み込んでいく。
ずっと暗闇の洞窟に居たその世界に光が差すような感覚、それは正に段々と靄が掛かっていたそのものが晴れる感じがしたのだ。
『思い出してくれないと泣いちゃいますよ?』
その言葉、その声に私は全てを思い出した。
目を覚ます感覚、次に目を開けた私は咄嗟に起き上がり大きな声を上げた。
「そうよたか君よ! 何を忘れているのよ私のお馬鹿さん!!」
「ま、真白?」
「真白!?」
ポカンと驚いたお父さんとお母さんの顔……あぁそうか。全部覚えてる。私ったら記憶喪失っぽくなってたのね。取り敢えず、これは伝えておかないと。
「あ、おはよう」
……愛おしい娘の復活なのにポカンとしてどうしたのよ。
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