実家で母親と戦うお姉さん

「……はぁ。来てしまったわ」

「あはは、諦めてくださいよ真白さん」


 フィリアさんと約束したことを果たすため、俺と真白さんは月島家の実家の方へと訪れていた。ここに来ることを真白さんはあまり乗り気ではなかったが、お土産を渡すのと普段のお礼をしたい俺の気持ちを汲んでくれたのか最終的には頷いてくれた。


「だってもう玄関の前から感じるものお母さんの気を」

「気って……」


 その言葉を聞いて俺は玄関に目を向けた。確かに何かが早く入ってきなさいと囁いているかのような錯覚を覚える。ただ恐ろしいものではなく、とても安心させてくれる空気があるのは確かだった。


「ほら真白さん、行きましょう」

「分かったわ……まあ、これも親孝行よね」


 そうです親孝行ですよ。

 真白さんの背を押すようにして扉の前に立った。そして、扉を開けた瞬間俺の顔面を襲うとてつもなく柔らかいモノがあった。


「たか君やっと来てくれたのねぇ!!」

「むがっ……っ!!!」

「あらあら、たか君も私に合いたかったの~? 嬉しいわぁ」

「ちが……くるし」


 大きい……とてつもなく大きいそれに包まれ息が苦しい。もごもごと動いているのは抜け出したいからなのだが、フィリアさんは俺が嬉しいのだと勘違いしているのか離してくれない。いや、確かにこの状況は男として嬉しくないと言えば嘘になるが呼吸には勝てない!


「こら!! たか君を離しなさいよ!!」


 今回俺を救ってくれた女神は真白さんだった。フィリアさんから引き離してくれたのでお礼を言おうかと思ったが、今度はさっきと全く同じことを真白さんにされた。


「むがっ!?」

「全くもう。お母さんに襲われて大変だったわねたか君。大丈夫よお姉さんが守ってあげるから」


 大きい……さっきよりは少し小さいけどとにかく大きい。

 いつもは息が出来るようにとちゃんと考えてくれるのだが、フィリアさんに張り合っているせいかそのことに気を割くことが出来てないみたいだ。なので俺は真白さんの背中を優しく叩いた。すると気づいてくれた真白さんはサッと離れてくれた。


「……あぁ、恋人の胸で死ぬかと思った」

「あ、あはは……ごめんねたか君! ほらお母さんもよ!」

「ごめんなさい~!」


 頭を下げてきた二人に大丈夫ですと返し、リビングに通してもらった。こうして真白さんの実家に来るのは初めてではない。今まで何度かあるし、その度にフィリアさんには甘やかされていたようなものだ。ま、その後に真白さんとの戦争が始まるわけだけど。


「あれ、勇元さんは居ないんですか?」

「えぇ。ちょっとお仕事が入ってしまってね。夜には戻ると言っていたわ」

「そうですか。あ、これお土産です」

「ありがとうたか君」


 お菓子をフィリアさんに手渡した。


「それにしても本当ありがとう二人とも。来てくれて嬉しいわぁ」

「来る気はなかったけどね。ま、寂しがってると思ったから来てあげたわよ」


 真白さんも素直じゃないんだから。

 基本的に真白さんがフィリアさんに対して当たりがそこそこ強いのは今までの接し方から分かると思うけど、別に嫌いというわけではなくてむしろその逆で素直になれないだけだ。


「全くもう真白ったら。お母さんの胸に飛び込んできなさいな」

「私はもう子供じゃないんだからしません~」

「この子ったら……それじゃあたか君、ほら約束したように甘えてちょうだい」

「……うぇ!?」


 約束……? あれ、甘えさせてくださいって約束……したような気がしないでもないけど俺の記憶違いだろうか。冷静になって考えてみても思い出せず、俺の目の前で両腕を広げて来てとアピールするフィリアさんが居る。


「たか君、調子に乗るからダメよ?」

「……えっと」


 何もせず突っ立っていると段々とフィリアさんの表情に影が差してくる。真白さんとそっくりなその表情にはとことん俺は弱いらしく、観念してフィリアさんの胸に飛び込むのではなくその隣に腰を下ろした。


「まあそれでもいいわ。うふふ~たか君♪」


 隣に座った俺に抱き着くように身を寄せてきたフィリアさん、目の前に座っている真白さんの視線が痛すぎる。ご満悦な様子のフィリアさんと違いある意味で精神がすり減りそうな時間だったが、溜息を吐いた真白さんがフィリアさんとは反対側、つまり空いている俺の隣に座った。


「お母さんが寂しがってたのは知ってるし、たか君を大好きなのも知ってるから許してあげるわ。でも、あまりベタベタしないでちょうだい」

「ありがとう真白~! ほら、たか君。フィリアママですよ~♪」


 さっきとように口を塞ぐわけではなく、ちょこんと胸に触れる形で俺の頭を抱きしめてきた。まるで枕のように柔らかいフィリアさんの胸、このままだと知らないうちに眠ってしまいそうなほどに気持ちが良かった。


「……むぅ」


 隣から不満そうな声が聞こえてきたが、真白さんは小さく溜息を吐いた。


「ここに来るとたか君とイチャイチャ出来ないから嫌だったのよ」

「ふふ。あなたはいつもたか君とイチャイチャしてるからいいじゃないのよ~」

「いついかなる時もイチャイチャしていたいんですぅ!」


 まあでも、今回はフィリアさんに俺を譲るらしい。フィリアさんが過激なことをしないかをこまめに監視しつつ、真白さんは持って来ていたノートパソコンで案件の動画を制作していた。


「ふ~ん、化粧水の案件なのね」

「うん。一応色々と下調べはしたのよ? 変に大げさな広告を以前に作ってないかとか、あり得ない成分表示をして騙していないかとかね」


 確かに、それに似たことで炎上した先人が居るからなぁ。確か全然入っていない成分を表示し、全く効果がないのにあたかもあると紹介した配信者が大炎上をしたという事例があった。そういうこともあって真白さんもこういった案件を受ける時はとても慎重になる。まあ、この化粧水の会社からは以前にも案件を受けているので一定の信頼は置いているらしい。


「たか君、フィリアママ大好きってちょうだい?」

「そこ! 調子に乗るんじゃない!」

「少しくらいいいじゃないの~!」


 何というか、甘え方というか甘させ方が真白さんとフィリアさんには似ているものがある。俺としては喧嘩までは行かずとも言い合いをする親子のじゃれあいを胸を枕にして眺めているのだが、やっぱりこの親子は仲が良いというのが分かる。少なくともそれなりの期間を彼女たちと過ごしたからこそ分かるのだ。


「……よし、ちょっとおトイレ行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい~」


 案件の動画制作が一段落したのかトイレに向かった真白さん。真白さんが居なくなったからといってフィリアさんが何かをするわけでもなく、ずっと俺を抱きしめて頭を撫で続けていた。


「……まあいいか」


 そんな中、俺はさっき言われたことを口にしてみることにした。


「フィリアママ……でいいのかな?」

「っ!? ……はふぅ」

「フィリアさん!?」


 顔を真っ赤にして体の力を抜いたフィリアさんに俺は慌ててしまった。


「だ、大丈夫よたか君。ちょっと破壊力が凄かっただけだから」

「……本当に大丈夫ですか?」


 大丈夫そうなら……大丈夫ってことにしよう。

 その後、帰って来た真白さんが目撃したのは困った顔をした俺と恍惚とする表情のフィリアさんだった。


「何があったの……じゃなくて、何をしたのお母さん!!」

「真白……ふへ」

「!! たか君何をされてしまったの!?!?」


 何もされてないので大丈夫です! ただママと言っただけです、そう言ったらやられたわと真白さんは悔しそうだった。なんでさ。


「おのれお母さん、油断も隙もあったものじゃないわ。流石私を生んだ女!」


 それは暗に真白さん自身のことも言っているのでは? とは怖くて言わなかった。

 それからは真白さんが決して俺のことを離さなかった。お菓子を食べたりお話をしたり、テレビを見たりしてお風呂時まで時間は流れて行った。


「……?」


 夕飯の下準備をしているため、真白さんとフィリアさんが傍に居なかった時俺は一つのアルバムを見つけた。自然と伸びた手でそのアルバムを手に取り、一枚ずつページを捲っていく。


「……わぁ」


 幼い頃からの真白さんを記録したアルバムだった。

 今の真白さんが綺麗だとするなら、当然この時の真白さんは可愛い。こんな人が同じ高校で同じクラスとかなら男子は放っておかないんだろうなと思えた。そうやって何枚かページを捲っていった時、とある場所で手を止めた。


「……なんだこれ」


 病院のベッドかな、その上で真白さんが写る写真があった。何人かで過ごす部屋ではなく個人に割り当てられた部屋、近くには色んな機械が置いてあるけどこれは一体何なんだろう。


「たか君?」

「……っ」


 後ろから俺を呼んだのはフィリアさんだ。

 フィリアさんは俺の手元のアルバムを見てあっと声を上げたが、すぐに笑みを浮かべて俺の元に近づく。


「気になるのを見ちゃったって顔ね?」

「……はい」


 だってあれは明らかに病院だった。

 まだ幼い真白さんだがおそらく高校生くらいの時だろう。当時何かしら怪我があってのことだとするなら今の元気な真白さんを見れば気にする必要はないのかもしれない。それでも気になってしまったのだ俺は。


「う~ん、そうね。夜にでも教えてあげるわ」

「本当ですか?」

「えぇ」


 取り敢えず、気になることは夜にフィリアさんに聞いてみることにしよう。





【あとがき】


後三話か四話くらいで終わります。

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