隣の部屋に住むお姉さんが愛おしすぎる件

「こんばんわんこそばー!!」


 :こんばんは!

 :ど、どうした?

 :テンション高くね?

 :こんばんわんこそば!

 :大丈夫か!?

 :たか君説明頼む!


「あはは……えっと」


 旅行先から二回目の配信、コメントでも指摘されたように真白さんのテンションがやけに高い。いつもとは違うちょっと変な挨拶から始まったわけだが、その原因は夕飯の時に飲んだビールにあった。


「少量だったんですけどね。流石は真白さんですよ」

「うふふ〜♪ 褒めても何も出ない? そんなわけないじゃないのよぉ!」


 スマホの画面から消えた真白さんは当たり前のように俺に抱きついてきた。僅かに香るビールの臭いがあっても、それを打ち消すほどの甘い香りに脳が溶けそうですはい。


 :なんだいつものマシロか

 :何もかわってなかった

 :可愛いなぁほんとに!

 :それな!

 :たか君がな!

 :それな!

 :え?

 :ここで疑問を浮かべた奴はダメだ

 :草


 ……良かった。いつもの平和なコメント欄だ。まあ特に心配はしてなかったけど、もしかしたら真白さんから触れるまで待ってくれているのかもしれない。


「むがっ!?」


 なんてことを考えていた俺だったが、風呂上がりの時のように敷かれている布団の上に押し倒された。嬉しそうに微笑む真白さんだが今は配信中ですよ!!


「……はっ!? いけないいけない。私ったら配信中なのにたか君をご馳走になるところだったわ」


 言ってますがな……。

 上体を起こせたとはいっても真白さんが引っ付いているのは変わらずだ。


:……ふぅ

:酒は人を変える……でもいいなぁ

:質問です。どこに行けばこんなエッチなお姉さんに会えますか?

:転生すればいいんじゃない?

:よしそうするか

:やめろ!

:早まるな!


 真白さんではなく、エッチなお姉さんという括りなら色々な出会いがあると思う。でも真白さんみたいな素敵な人はそうそう居ないんじゃないかな。自分の恋人だから、そんな贔屓はあるけど本当にそう思っている。


「たか君の匂いを嗅ぎながら、おっぱいを押し当てて誘惑するのはこの辺にしてっと。たぶん今日の昼にみんなある投稿を見たと思うんだけど」


 お、どうやらあのことについて触れるみたいだ。その前置きは恥ずかしいけど気にしたらもっと揶揄われるから今は我慢するぞ。


:あれな……

:盗撮でしょあれ

:その後のコメントもクソだったわ

:何があったんです?

:たか君との旅行中、オフの写真を撮られてネットに上げられた

:ええ……

:しかも対応が悪いとか難癖も付けて


 やっぱりそれなりに見られてはいたらしい。流れてくるコメントにクスッと笑みを浮かべた真白さんはこう続けた。


「自分が少しとはいえ有名なんだなって改めて自覚したよ。地毛の瞬間を撮られたし


:あれ地毛だったのね

:ごめん、素直に綺麗な金髪だなって思ったわ俺

:俺も

:ハーフとは聞いてたしな

:金髪巨乳エッチお姉さん……いい

:どこの漫画だよ!


「ふふ。まあでも、これもいい機会なのかもしれないね。少し窮屈になるかもしれないけど、隣で見守ってくれる最愛の人が居るなら何も怖くないし」


 チラッとこちらを見た真白さんは可愛くウインクをするのだった。そんな真白さんに俺が頷くのも当然で、改めて彼女に寄り添う気持ちが強くなったのだ。


「みんなは外で有名人に会っても迷惑を掛けたりしちゃったらダメだぞ? お姉さんとの約束だからね?」


:うん!

:分かってる!

:つうか普通は迷惑掛けんよ

:あれは異常なだけや

:マシロとたか君に誓うぜ!

:あったけえコメ欄


 本当にあったけえなみんな。

 それからも雑談のように話を続けていたが、そろそろ本日目玉の花火が遠くの空に上がるということで配信は終わった。

 真白さんと一緒に外を眺めている時間、静かで会話はないのに妙な心地良さがあった。それと、最後に終わりかけのコメントが俺の脳裏に焼き付いている。


:私たちは何があってもあなたたちの味方よ


 このコメント、間違いなくフィリアさんだろうなっていう確信があった。味方だと言われたこと、私たちが誰を指すのか、もちろんこれはあくまで俺が思ったことで全然別の人かもしれない。それでも、俺はそれが誰なのかが分かったのだ。


「綺麗ね」

「はい」


 隣り合うように座っている真白さんがコテンと頭を俺の肩に置いた。さっきまで酒でブーストが入っていたにもかかわらず、今はとても静かに花火を見ていた。俺は真白さんの手に向かって自分の手を伸ばす。すると真白さんも俺の手を握り返してくれた。


「……ねえ、たか君」

「なんですか?」

「私の想いは……重いかな?」


 深刻そうでもないが、真白さんは真剣な声音でそう呟いた。“想い”が“重い”っていう駄洒落でもなさそうだし、どうしたんですかと茶化すのも違うよなこれは。

 真白さんの想い、つまり気持ちが重いかどうかってことだろうか。俺は特に考えるようなことはせず、そのまま思ったことを口にした。


「重いんじゃないですかね。人並み以上には」

「そ、そっか」

「でも」

「?」


 俺の目を見つめる真白さん、俺もその目を見つめ返してこう言葉を続けた。


「その想いに心地良さを感じているんです俺は。あなたに想われること、強く想われそれを伝えられることに喜びを感じているんです。もしかして、今更重たいかなって思ったんですか?」

「そ、それは……ちょっとお風呂でそう言う話になって。その時は自信満々に大丈夫って返したけどやっぱり気になっちゃって」


 余裕のあるお姉さん像は消え去り、抱えなくてもいい不安を感じて縮こまってしまった真白さんだ。

 バーン、バーンと音を立てて花火が上がる。その美しさに目を向けず、それよりも俺の視線を掴んで離さない大切な人だけを瞳に映す。不安そうに揺れる瞳に安心を与えたくて俺は真白さんの頭を撫でた。


「真白さんから向けられる気持ち、それに対して俺が嬉しいって感じていることくらい真白さんでも分かるでしょ? 俺の考えていることがいつも分かる癖に、そこは分からないんですか?」

「そんなことないもん! たか君はお姉さんのことが大好き! お姉さんのことを一番に考えていることくらい分かるもん! こうして言葉を伝えて嬉しそうにしていることくらい分かるもん!」


 あはは……そこまで断言されると流石に恥ずかしいが、全然間違っていないことなので俺は笑みを浮かべた。そりゃ嬉しいに決まってるよ。好きな人に、愛している人にここまで真っ直ぐに気持ちを伝えらえるなんてさ。


「真白さんだけじゃなく俺もですよ。俺もあなたのことが本当に大切で、あなたが居なくなってしまうことを考えるだけで心が張り裂けそうになる。俺だけの真白さん、ずっと傍に縛り付けたいって思ってしまうんです」


 ほらな? 俺だって十分に重たい人間だよ。


「……こんなことを言ったら嫌われるかもって不安はあります。でも真白さんなら受け入れてくれる。そう思っているから俺は口に出来るんです」

「あ……ふふ。あははは♪」

「……えっと?」


 一瞬目を丸くしたのも束の間、声を上げて笑い出した真白さんに俺は困惑する。目から流れる涙を拭うようにした真白さんは小さく呟いた。


「……そうだね。同じだね私たちは」

「真白さん?」

「ううん、何でもない。考えることは一緒だなって思っただけよ♪」


 そうしてようやく、真白さんはいつもの雰囲気を取り戻した。

 握りしめていた手から腕に、肩に、胸元に、首筋に、手を這わせ俺の頬に到達し優しく撫でてくる。立ち上がった真白さんは俺の正面に立ち、チュっとリップ音を立ててキスをしてきた。俺もそれに応えるように真白さんの頭に手を添え、一度や二度のキスでは物足りないと言わんばかりに激しくなっていった。

 まあ、そうは言ってもせっかくの花火だし見ることに落ち着いたけど。


「ねえたか君」

「なんですか?」

「高校を卒業したらすぐにでも結婚する?」

「……えっと」

「ふふ、いずれ結婚はすることになるけどあまり困らせるのはダメね。あぁでもこうやって困っているたか君を見るのもやっぱりいいわぁ」


 ニマニマする真白さんから目を逸らし、俺は真っ直ぐに花火を見た。

 結婚……結婚かぁ。したいなって思うのは当然のことだけど、高校を卒業してすぐってなると……いや、全然悩むことはないのか? ないな、うん。


「しますか、結婚」

「……うん」


 あの、真白さんから言い出したんですからそこで赤くならないでもろて。


「真白さん」

「なあに?」

「ちょっと前まで、俺はずっと“隣の部屋に住むお姉さんがエッチすぎる”って思ってたんです」

「あら♪ そうなのね」

「今はもう“一緒に住むお姉さんがエッチすぎる”って感じですけど」


 本当にそうだよなって思うよ。

 ずっと隣に住むだけのお姉さんだったはずが、今ではこうして一緒の部屋に住んでいるお姉さんになった。綺麗で、エッチで、可愛くて、そんなお姉さんが恋人になったのだから人生何があるか分からない。


「これからずっと、それこそお互いがおじいさんとおばあさんになるまで傍に居てもいいですか?」

「もちろんよ! 嫌と言っても離さないわ。絶対に……絶対に死ぬまで添い遂げるんだからね! たか君が先に死んだらお姉さんも一緒に死ぬから!」

「そんな先のことはまだ考えなくていいんじゃないですかね!?」


 美しい花火が空に咲く。

 そんな思い出を作るのに絶好の夜だというのに、俺たちはそんな花火から目を離しお互いに想いを伝え合うのだった。どちらからともなく身を寄せるその瞬間まで。





【あとがき】


100話到達しました!

ここまで続けられたのもみなさんの応援あってこそです感謝しております!

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