ご飯よりも自分を食べてほしいお姉さん
「大きい背中ですね」
「はは、それは褒めてくれてるのかい?」
褒める褒めないではなく素直にそう思ったのだ。
真白さんたちと分かれて明人さんと共に温泉を楽しんでいるわけだが、改めて彼の背中の大きさを知ったわけである。昨日と違って混浴ではないことに残念がっていた真白さんだけど、栞奈さんに加奈子ちゃんも居るから楽しんでるんじゃないかな。
「それにしても今日は災難だったね?」
「あぁあれですか」
真白さんとのデート中に二人の男に絡まれた件だ。少しだけとはいえ真白さんから離れた俺にも悪い部分はあっただろうけど、それでもいくら真白さんが有名人だからってプライベートの写真をそのままネット上に上げるのはいかがなものか。結局すぐにその投稿は消されてしまったが、真白さんのファンたちが怒ったのは言うまでもなかった。
「昨日は聞かなかったけど、真白さんの地毛は金髪なんだね」
「ですね。配信の時は黒のカツラを被って誤魔化していますけど」
少しのバレでも防ぐためのものだったが、こうして知られてしまった以上は仕方ない……仕方ないとは言いたくないけれど。まあ、だから何だという話にはなってしまうけど一層気を付けないといけないかな。実際に住居が知られることで家凸などの迷惑行為も他の有名配信者にはあったみたいだし。
「何か困ったことがあったら相談してほしい。どこまでかは分からないけど力になるから」
「ありがとうございます」
本当に優しい人だな明人さんは。
マイカーとして接していた時からそうだけど、話しやすい雰囲気というか親しみやすい感じがする。実際に目の前に居るのがマッチョな見た目ではあるものの、彼自身が持つ柔らかな雰囲気は隠せていない。
「……あ~」
少しだけ熱いかなというお湯だが気持ちいい、やっぱり温泉はいいものだ。気が抜けるような声を上げた俺を見て明人さんが笑い、そこから自然と話題になったのはお互いの馴れ初めだった。
配信で真白さんとどのように会ったかを話したことはあったため、俺の話はそこそこだったが明人さんからはより詳しく話を聞くことが出来た。
「大学で妻とは出会ってね。今となってはこんなだけど、当時の僕はそれは随分ひょろっとしていたものさ」
「マジですか?」
「あぁ。重たいものもそんなに持てなくて力もなかった」
マジかよ、大事なことなので心の中でも二回呟いた。
「友人からも細すぎるだろとか、貧弱だとか良く言われていて……それで偶然当時気になっていた妻がガッシリした人が好きと言っていてね」
「あ、もしかして」
「お察しの通りさ」
いや、それはそれで凄い事だと思うけどな。
流石にボディービルダーのようなマッチョではないが、それでも素直に凄いなと感想が出るくらいには肉体がガッシリしている。ここまでなるには相当な頑張りが必要だと思うけど……ちょっと俺からは想像出来ない。
「まあ、こんな体格になってもゲームが好きな根っこは変わらなかったな。それでこんな僕が大人しくパソコンの前でゲームをしている姿を見て妻がそれはもう笑ったものだよ」
「……ほぉ」
明人さんは幸せそうに笑みを浮かべてそう言った。
好きな人、愛する人のことを話す人の表情ってのは本当に良い顔をする。俺も真白さんのことを話す時はこんな感じなのかな。ちょっと恥ずかしい気もするけど同時に誇らしさも感じていた。
「……ちょっと困った性癖……コホン、癖があったけどそれももう慣れたしね。本当に可愛くて頼りになる妻に恵まれたかな」
性癖ってなんだ性癖って……咄嗟に言葉に出したのを誤魔化す風だったので俺からは聞かないことにしておいた。
それからも明人さんとしばらく語らい、程よい時間で温泉から上がるのだった。俺たちが温泉から出たのと同じくらいに真白さんたちも女湯の方から出てきた。
「あ、たか君」
「お兄ちゃんだ!」
ばひゅーんと効果音が付くのではという勢いで加奈子ちゃんが突っ込んできた。この子の背丈は精々俺の腰くらいなもので、両腕を広げて抱き着いてくる姿は本当に可愛らしい。
「ねえねえお兄ちゃん」
「どうしたんだ?」
「お兄ちゃんはおっぱい大きい人が大好きなの? お姉ちゃんみたいな」
………おや?
ビシッとまるでガラスが割れるような音が俺を中心に広がったようにも思える。純粋に問いかけてきた加奈子ちゃんはともかく、明人さんと栞奈さんはビックリしたように目を丸くしたもののすぐに苦笑していた。そして、真白さんはチラッと俺と目を合わせたかと思ったらサッと逸らした。
「お姉ちゃんが言ってたの。お兄ちゃんは大きな人が好きだからって」
「……ほ~ん」
それは確かに好きではあるのだが、人の好み……他人に知られると恥ずかしいことを教えないでほしいなぁ真白さん? まあたぶんだけど、基本的に真白さんは俺のことになると止まらなくなることが多々あるので、おそらくボソッと言葉に出てしまったんだと思われる。
「そうだなぁ。真白さん限定で大好きだね」
「わぁ! ラブラブなんだねぇ!」
これ、何かの拷問ですか?
俺の言葉に満足したように離れた加奈子ちゃんは明人さんの元へ向かい同じように抱き着いた。そうして挨拶をそこそこに俺と真白さんは部屋に戻るのだった。
「ごめんねたか君。ちょっと口が滑ってしまって……」
「全然いいですよ? 本当のことですし、小さい子に言うには憚られますが別に隠さないといけないことでもないですし」
俺は真白さんの正面に立ち、彼女の肩に手を置くようにして見つめ合った。
お風呂上がりの上気した頬にここまで香ってくるシャンプーの匂い、許されるのならば……いや絶対許してくれるだろうけど、しばらく抱きしめたままジッとしていたい衝動が襲ってくる。
「たか君?」
そんな衝動を抑え込むように、俺はこう口を開くのだった。
「本当に好きです。愛しています真白さん」
「……あ」
ね? 隠すことではないでしょう別に。
そんな意味を込めて笑いかけると、どうしたことか次の瞬間には俺の視界は天井を向いていた。
「あれ?」
「たか君……たか君~~~~~~~~~~!!!」
一瞬のうちに俺は真白さんに押し倒されていた。俺の言葉を聞いてポーっとしていたはずなのに、今の真白さんの瞳はまるでハート一色だ。我慢できない、とにかくイチャイチャしたいという気持ちが言葉にせずとも伝わってくるかのように真白さんが甘えてくる。
「もうもう! たか君ったら! たか君ったら!」
胸元にスリスリ、胸元にスリスリ、浴衣を解くようにして直接胸元にスリスリ、クンクンと鼻を鳴らすように匂いを嗅いでくる真白さんだが、こうなるとしばらくは止まらないんだろうなぁ。
「真白さん、取り敢えずご飯を食べましょうよ」
「そうね」
うんと頷いた真白さんは胸元に手を掛け、ガバっとその大きな胸を露出させた。そして満面の笑みを浮かべながらこう続けるのだった。
「はい、どうぞ♪」
ぶるんと震えた柔らかそうなお肉、その中央には美味しそうなさくらんぼが……って俺も落ち着けい!!
「ふふ、やっぱりたか君は可愛いわねぇ」
そうしてそのまま胸元に俺を顔を抱くようにするのだった。
……真白さんにこうされるたびに俺は思うことがあるんだ。今まで……それこそ真白さんと出会ってから付き合うまでの間、よく我慢出来たね俺ってば。
「本当よ! 賢者ぶっちゃってこのこの! どれだけお姉さんがたか君に襲われたいと思っていたか分かるの!?」
「それだけ真白さんが大切だったんです!」
「……きゅん」
ねえご飯食べよ!?
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