思わず首を傾げたお姉さん
「旅行かぁ私も行きたいなぁ」
隆久と真白の投稿を見た由夢はそう呟いた。
Vtuberとしての本格的な活動は夜からであるため、基本的に朝と昼は約束がない限り好きなことをして過ごすのが常だ。好きであったり気になる配信者の配信を見に行ったりする中で、肌身離さず持っているスマホから見ていたのが真白のSNSだったのだ。
「安産祈願は流石に早いでしょ……とは思うけど、たか君がまだ学生とはいえひょっこり子供の一人くらい居てもおかしくないほどのラブラブっぷりだからなぁ」
ネット上での絡みはそこそこ、実際に会ったのは一度きりだが隆久と真白の仲の良さは良く分かっている。由夢という他人が傍に居ても気づけばイチャイチャしているくらいなんだし、それなら二人の愛の結晶が出来ていても不思議ではない。まあ隆久のことで暴走することの多い真白でも、彼がまだ学生という立場に居ることである程度考えては居るようだが。
「……?」
そうやって真白の投稿に他人ながらホクホクした気持ちになっていた時、その投稿に対してこんな返事をしているアカウントがあった。
:本日憧れのマシロさんに会うことが出来たんですが、とても素っ気なくて別人のようでした。ずっとファンだったのに全然笑ってもくれませんしガッカリでした。たぶん彼氏のたか君? も一緒だったんですけど、こちらへの対応が悪すぎて正直最悪の印象でした
「なにこいつ」
ベンチで一人アイスを持って座っている真白を撮った写真、勝手に上げている時点で色々と問題のある投稿だった。写真云々に関しては置いておくとして、真白と隆久について書かれていることは一瞬で嘘だと見抜く。
「どうせ変に絡んだんでしょこいつ。というかお姉さまとたか君を知ってる私からすればすぐに嘘だと分かるし」
由夢がこう考えたのと同じで、その投稿に対する返事の多くは勝手に写真を上げるなや無理やり話しかけたんだろと言ったものに落ち着いた。
ただ、中にはやっぱりアンチのような存在も居て面白おかしく話を大きくしようとする輩がほんの少し見られた。
:それな。ちょっと一緒に遊ぼうって言っただけなのになぁ。男の方もすぐに割り込んできて狭量だしやってらんねえよ
「自爆してんじゃんこいつ」
一人ではなく二人だったのか、その呟きに対し投稿主が本当にそれと返した時点で知り合いというのが確定した。その瞬間、あれよあれよという間に当たり前だろ馬鹿じゃないのと言った多くのコメントが殺到するのだった。
:変なやつらに絡まれるのでしばらく鍵垢にするわ
そう言葉を残し、そのアカウントの投稿は見られなくなった。
ある程度有名になってくるとこういった変な輩に絡まれてしまう。Vである由夢にはあまり関係のないことだが、ただ恋人と楽しく過ごしているだけなのにこんな絡みをされるのは嫌だなと真白の気持ちを察した。
「まあでもざまあみろってことで」
これに対してSNSで言葉にすると反対にマズいので今この瞬間だけに留めておくことにした由夢だった。
さて、特に予定はないのでこれから一人でGTでもしようかなと思い立ったのも束の間、愛する妹である愛理からのメッセージが届いた。
「愛ちゃん? ……えっ!?」
愛理から届いたメッセージ、それは友人とお出かけしていて楽しいというなんとも微笑ましいものだったのだが、なぜそのメッセージを見てここまで由夢が驚いたのかその理由は添付されている写真にあった。
笑顔を浮かべている愛理の横、こう言ってはなんだがパッとしない男の子が恥ずかしがる様子で写っていたのだ。愛理の表情からなんとなく彼氏彼女の仲ではないことは分かったが……果たしてこの男の子は誰なのか、すぐに由夢が返事をしてそれを聞いたのは言うまでもなかった。
:同級生だよ。偶然街で会ったんだけど、せっかくだしデートでもどうかなって誘ったんだよ。ガチガチで緊張している様子だけど結構可愛くて私も楽しかった♪
「へ、へぇ……」
社会人のクソ彼氏のことがあって愛理の男関係には敏感だが、この楽しそうな姿を見せられてはその人は大丈夫なのかとは聞けなかった。そもそも奥手というか、女性慣れしていない様子も見えたのでまあ大丈夫かなと由夢は結論を出した。
「……それにしても」
姉である自分には男の影は一切なく、同じ血を引いているはずの愛理はこんなにも異性とすぐに仲良くなる……その違いは何なのかしばらく考え続ける由夢だった。
時間は少し流れて夕刻、隆久と真白の二人の姿は温泉に居た。ただ昨日のように混浴ではなく、隆久は男湯に真白は女湯へと分かれていた。
「はい加奈子ちゃん、目を瞑ってね」
「あ~い!」
真白の声に元気な返事を返した加奈子、真白はクスッと笑みを浮かべて目にお湯が入らないように気を付けながら頭を流す。そんな様子を加奈子の母であり、明人の妻である
「ふふ、いい子ね加奈子。真白ちゃんも面倒見が凄くいいのねぇ」
「ありがとうございます。私がまだ中学の頃に好きになったたか君が小学生というのもあったのと、何より自分に子供が出来た時には優しくて頼りにされるお母さんになりたいですから♪」
まあ、隆久の意識が子供にばかり向いてしまわないか不安を抱くことがあるのは真白だけの秘密だ。
『パパすきぃ!』
『おぉ嬉しいな俺もだぞ!』
『……うぅ!!』
いやいやまさか、微笑ましい光景なのに嫉妬してしまいそうな自分にやめとけと心の中でツッコミを入れつつ、加奈子の手を引きながらお湯に浸かった。
「あぁ気持ちいいわねやっぱり」
「あはは! 泳いでくるぅ!!」
「ああもう加奈子ったら」
広い温泉、幼い子供なら泳ぎたくはなるものだろう。ないとは思うが万が一事故がないようにと加奈子のことを見守りながら、真白と栞奈は話に花を咲かせていた。
「中学生の頃から配信をしていたのね。私が夫から聞いて見始めたのは最近だから今度昔のも見てみようかしら」
「あ~その、昔のやつは残ってないんですよね。とてもじゃないですけど人に見せられるような内容ではなくて」
隆久と見た分が残っていることは黙っておく。
真白の言葉を聞いて残念そうにした栞奈だったが、改めてジッと真白に目を向けてくるのだった。知らない人からジッと見られると少しばかりの不快感は感じてしまうものの、マイカーの妻であり加奈子の母であることもあって特に気にはならない。
「本当に真白さんは綺麗よね。ハーフだったかしら?」
「はい。日本とロシアですね」
「なるほど。ふふ、本当に綺麗だわ。凄く羨ましいって思うもの」
「栞奈さんも綺麗じゃないですか」
真白は素直にそう言葉を返した。真白のように特徴のある色ではなく、栗色の良く見る髪の色だがとてもサラサラしている。とても気を遣って手入れをしているのが分かるほどだ。そして肌もシミ一つなく、均衡の取れた体系で多くの女性が羨むスタイルではなかろうか。
「でも地毛は金髪なのね? もしかしてあの黒髪は少しでもバレを防ぐために?」
「そんなところですね。ちょっと昼間にめんどくさいことになりましたけど」
「??」
どうやらSNSでのことを栞奈は知らないらしい。髪の色がバレたところで今更感はあるが、特に真白は悲観していない。それどころか今日の配信で視聴者が少しでも驚いてくれるかなと考えているほどだ。
「今頃たか君は何を話してるのかな」
「気になるの?」
「それはもう。私は基本的にたか君のことばかり考えているようなものですから」
ちょっとばかり愛が重たい言葉だが、それを素直に口に出来るのもまた真白の魅力の一つでもある。感じたこと、伝えたいこと、それを決して隠したりはせずに言葉にするから隆久もそれに応えようとしてくれるのだ。
「本当に真白さんは隆久君のことが好きなのね」
「はい。その……自分が世間一般に比べて重たい女っていうのは分かってます。でもこんな私をたか君は受け入れてくれる、それを理解しているから私はこんなにも素直になれるんだと思うんです」
むしろ、そう言って真白は言葉を続けた。
「御淑やかとか大人しいのは私に合いません。どこまでも素直に、馬鹿なくらいにたか君に一直線な私が私なんですから」
言い切った真白の笑顔に栞奈は少し見惚れた。どこまでも好きな人のことを想うその気持ち、とても尊く美しいものだなと栞奈の目には映った。
「お姉ちゃん~!」
そして、泳ぐことに飽きたのか加奈子が戻ってきた。
大きな声を上げて真白の胸に飛び込んだ加奈子はその感触を楽しむように、顔をスリスリと擦りつけていた。
「ねえねえお姉ちゃん、どうやったらお姉ちゃんみたいになれるの?」
純粋な問いかけ、それに少しだけ真白は困ったような素振りをする。胸の成長は人によりけりだが、真白の大きさはある意味特別な方だ。決して太っているわけではなくウエストは細い、それなのにここまで大きくなったのは母の血か、或いは別の何かか、とにかく自分みたいになれるとは言えなかった。
「加奈子ちゃん、その内きっと大きくなるとは思うけど私みたいには……う~ん、あまりおススメしないかなぁ」
「どうして~?」
「たか君は大きいのが好きだからいいんだけど、自分のこととなると下着は見つからないし肩は凝ってしまうしあまりいいことはないわ」
「ふぇ~?」
隆久の好みが曝露されたのは取り敢えず置いておくとして、真白の言葉に一旦の納得を見せた加奈子だった。
「お母さんくらいがちょうどいいわよ加奈子」
「お母さんないもん」
「……………」
「あ、あはは……」
いや、絶壁というわけではない。Aカップくらいはあるはずだと真白は慰めようとしてやっぱりやめた。時には言葉を掛けない優しさというものもあるのだ。
ただまあ、落ち着いた印象が先行する栞奈だがこういう部分で落ち込んだりするのもまた愛嬌だ。明人がどういう部分に惚れたのか分かる気がした真白である。
「明人さん凄い筋肉ですよね? 私驚きましたよ」
筋骨隆々……とまでは行かないが、マイカーという配信者の姿とは到底似つかないと思ったのは本当だ。ガッチリとした肉体、逞しい二の腕であったりと好きな人は好きなんだろう。真白は何も感じはしなかったが。
「でしょう? 私も最初は驚いたけどいつからか普通になったわ。それどころかあの人の腕に抱かれているととても安心するの」
ニコッと笑みを浮かべた栞奈に真白はいい笑顔だなと思った。
由夢に林檎、そして母であるフィリアもある意味癖の強い人たちだ。そんな人たちに触れていた中、栞奈というある種“普通”の人と話すのは新鮮な気分だ。
真白の胸を枕にするように温泉を楽しむ加奈子を可愛がる中、ふとこんなことを栞奈は口にするのだった。
「家でもよく筋トレをしているのだけど、あの筋肉から滴り落ちる汗を舐めるのが私は好きなのよ。はぁ……思い出すとウットリするわ」
「へぇ……うん?」
何か不穏な言葉が聞こえた気がすると、首を傾げた真白だった。
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