時には珍しく照れるお姉さん

「う~ん、色々と周ったわねぇ」

「そうですね。ちょっと疲れました」


 あれから色々な所を歩いた。

 こうして真白さんと出掛けることは初めてではないが、彼女が隣に居ればどんな場所でも新鮮な楽しさを感じることが出来る。傍に真白さんが居てくれる喜び、些細なことで笑顔を浮かべてくれる彼女の存在がとても大きなものだと改めて理解した。


「……………」


 一緒のベンチに座り、露店で買ったアイスを食べる。

 ひんやりとした口当たりとチョコレートの味、うん美味しい。


「たか君の凄く美味しそうね。私ももらっていい?」

「いいですよ。俺もそちらをもらっていいですか?」

「もちろん♪」


 俺のチョコと真白さんのバニラ、一口ずつ交換するように食べさせ合いっこだ。ちょっと顔を近づけ過ぎたのか口元に付いたバニラ、それを真白さんが指で拭き取り口に含んだ。

 ただの指に付いたクリームを舐めるだけなのに、その動作の一つ一つが何とも言えないエッチさを醸し出す。まあ俺がそう思うからいけないのであって、真白さんには決してそのような意図はないはずだ……たぶん。


「っと、すみませんちょっとトイレ行ってきますね」

「うん。いってらっしゃい」


 真白さんに一言声を掛けて俺は近くのトイレに向かった。

 用を足す中、俺は早く戻らないとなと少しばかり急ぐ。俺の考えすぎかもしれないけれど、真白さんのあの美貌は色んな人を惹き付ける。俺が傍に居るのに普通にナンパしてくる人も居るくらいだ。


『お姉さんたか君しか見えてないもの♪』


 そうやって笑顔を浮かべる真白さんにどれだけ安心させられただろうか。真白さんは俺に対して独占欲を滲ませることがあるけれど実際は俺だってそうだ。まだ真白さんと付き合う前にも関わらず、その笑顔が俺にだけ向けられていることに心地良さを感じていたのだから。


「……ったく、困ったもんだな」


 お互いに似た者同士だとは思うけどね結局のところは。

 トイレを済ませ手を洗った俺はすぐに真白さんの元へ戻ったがやはり……真白さんの前には二人組の男性が居た。


「あのマシロさんですよね!? 絶対そうですよね!?」

「めっちゃ美人じゃんか。俺は詳しく知らないけれど……ふ~ん」

「……………」


 俺が傍に居た時には決して見せない絶対零度の無表情、しかしそんな真白さんの顔を見ても男性二人組は気にしていないように大きな声を上げていた。その声に釣られるように多くの目が集まり、その中には真白さんを知っている者も居れば知らない人も居るのだろう。


「やめてください。迷惑なんですけど」

「えぇ~いいじゃないですか。俺マシロさんの大ファンなんです!」

「お前すっげえ動画見てるもんなぁ。一人なんですか? 俺たちと遊びません?」


 遊びませんか、その一言に真白さんが眉を吊り上げた。

 明らかに真白さんは彼らの言葉に耳を傾けるつもりはないのに、勝手に盛り上がって勝手に真白さんを誘おうとしている。二人とも真白さんを見つめる視線はいやらしく明らかに狙っていることが窺えた。


「……そうだよな。こういう時だよな守るってのは」


 真白さんが声を上げるよりも早く、俺は間に割って入るように体を滑りこませた。男二人はいきなり現れた俺に目を丸くしていたが、すぐに邪魔をするなと肩を掴んできた。


「俺の彼女に何か用ですか?」


 そう口にすると、二人は目を丸くするように俺を見つめた。俺はその隙を突くように真白さんの手を取ってそのまま歩き出した。幸いに周りに人が多かったせいか彼らが再び絡んでくることはなく、俺と真白さんはそのまま静かな場所まで向かうのだった。


「旅行先までナンパか……暇なのかな」

「……………」


 なんて呟いた時に真白さんに目を向けると、真白さんはポーっとしたように俺を見つめていた。その頬は僅かに赤く染まっており、目が合うと恥ずかしさを堪え切れない様子で目を逸らした。


「……えっと」


 俺が照れに負けて目を逸らすことはあっても、真白さんがこうして俺から目を逸らすことは結構珍しい。最近あったような気がしないでもないが……視線を向け続ける俺に改めて向き直った真白さんはこう口を開いた。


「……その、凄くたか君がかっこよく見えちゃって。あれおかしいな……たか君が優しくてかっこいいのはいつものことなのに、どうして今こんなにドキドキしてるのかしら私ったら」


 いつものお姉さんのような雰囲気は鳴りを潜め、同い年のような印象を抱かせる真白さんの様子に俺はクスっと笑みが零れた。


「も、もう! 笑わなくてもいいじゃない!」

「あはは、ごめんなさい。真白さんが可愛くてつい」


 もちろんいつも可愛いんですけどね?

 再び顔をもっと赤くして下を向いた真白さんと手を繋ぎながら、俺たちはあまり喧騒のない公園の中を歩く。しばらくするといつも通りに戻った真白さんは風が涼しいからと俺の腕を取った。


「ふぅ、ようやく収まったわ。思い出すとやっぱり顔が熱くなるけど、お姉さんだもの余裕は見せないとね!」

「あの真白さんも素敵ですけど」

「うふふ~♪ たか君の為ならお姉さんどこまでも素敵になれるわよ♪」


 うん、完全に元通りだ。

 鼻歌を口ずさむ真白さんと共に歩く中、俺の脳裏にある映像が駆け巡った。


『なあ隆久! これから遊ばね?』

『え? う~ん、今日はいいや。帰ってゲームするし!』


 まだ小さな俺が友人にそう言って背を向けて走り出した記憶だ……あまり思い出せないけれど、あの誘いに応じていたらもしかしたら俺は。


『あら、一人でどうしたの?』

『帰る途中! お姉ちゃんは?』


 ……そうだな、ようやく少しだけ鮮明に思い出せたかもしれない。


「どうしたの?」


 首を傾げる真白さんに俺は今ふと思い出したことを伝えた。


「ふふ、私としては色褪せない記憶だけれどね。今でも一言一句、たか君と遊んだ時のことは全部覚えているわ」

「一言一句……え?」

「うん? 何かおかしなこと言った?」


 あれ、これは俺がおかしいのだろうか。

 試しにどこまで覚えているのか気になったので俺は少し聞いてみる。すると真白さんは待ってましたと言わんばかりに話してくれた。


「あの時の出会い、私の運命を変えてくれたたか君との出会い! 当時まだ小さかったたか君が公園に居た私を見つけてくれたの。その時はまだたか君のことを可愛い子だなとしか思ってなかったけど、よくよく考えればあの時お姉ちゃんはって聞かれた時に疼いたのは……ふふ、既に私は惹かれていたのかしら」

「真白さん、疼くとかはちょっとやめていただいて」

「キュンキュンしたのよキュンって。心もそうだし子――」

「シャラップ!!」


 真白さんの記憶力がとてもいいというのは良く分かったのでこの辺にしておこう。出会った時のこと、小さい頃のことは今まで何回か話を聞いたけれどこのまま真白さんに語らせると数時間は止まらなそうだ。


「数時間? 数日はいけるわよ?」

「……また今度聞かせてください」

「うん♪」


 早まってしまっただろうか。ニコニコしている真白さんを見てしまうとやっぱりいいですとも言いずらい。これは過去の話を聞いて悶える未来がこれでもかと見えてしまいそうだぞ。


「……本当、幸せだなぁ」


 今を表すたった一言、その言葉に続く声があった。


「私もよ」


 ……うん、本当に感謝しています。

 あなたに出会えたこと、あなたと掛け替えのない存在になれたこと、あなたを想い想われるこの今に……って、今日の夜良い機会だし色々伝えることにしよう。

 想いは今まで何度も伝えてきたけど、やっぱり真白さんと同じ時間を過ごせば過ごすほど色んな伝えたいことが生まれてくるのだから。







『なあ隆久! これから遊ばね?』

『え? う~ん、今日はいいや。帰ってゲームするし!』


『高宮さん、これからカラオケ行くんだけどどう?』

『ごめんね。私は良いよ。一人で居たい気分だから』


 出会うも出会わないも偶然の産物、しかし運命は絡み合って二人は出会った。


『あら、一人でどうしたの?』

『帰る途中! お姉ちゃんは?』


 そんな些細な出会いが今へと繋がっている。


 片や小さくて可愛い子だなとだけ思っていた少女。


 片やおっぱいが大きい人だなとだけ思っていた少年。


 そんな二人の物語はまだまだこれからも続いていく。

 それはまだ終わりの見えない物語、紡がれていく途中のお話だ。




【あとがき】


※最終回ではありません。


 

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