隣の部屋に住む男の子が愛おしすぎる件

『まーちゃん!』

「……っ?」


 ふと、懐かしい呼び名を呼ばれて私は目を覚ました。

 完全にお酒がまだ抜けきっていない気はするけれど、意識は鮮明としており眠気は不思議と飛んでいた。時計を確認するとまだ深夜の二時くらい、眠気がないのはそれはそれで困った時間帯だ。


「……すぅ……すぅ」


 隣を見れば私と違って眠っているたか君が居る。そのあどけない寝顔にクスッと笑みが零れ、私はたか君を起こさないようにと静かにその寝顔を覗き込んだ。


「寝る前はあんなに激しく求めてくれたたか君だけど、こんな風に可愛い姿の方が私的には好きなのかな」


 あくまで例えであり、たか君の全てが私は大好きだ。

 少しクセのある黒髪に手を当てると、くすぐったそうに顔を揺らす。こうして静かにたか君を見ていると昔の小さなたか君が重なるようだ。今のたか君が童顔というわけではないが、私からすればたか君はかっこいいよりも可愛いの方が先に来る。男の子からすれば可愛いと言われるのはあまり好きでないだろうけど私はそう思ってるんだよたか君。


「……ふふ、まあ何度も可愛いって伝えてるし今更かなそれは」


 口に出した通り、確かに今更だそれは。


「……………」


 あまりちょっかいを出すのもいけないと思って私は再び体を横にした。そうして思い出すのはたか君と愛し合う前、配信を終えた後花火を見ていた時のことだ。

 私の気持ちは重たいか、それを問うた時のたか君の言葉に本当に救われた気がした。たか君ならこう返してくれる、そう思った通りの言葉だったけどそれを実際に伝えられた喜びというのは計り知れない。全身でその嬉しさを表現したけれど、たか君が思った以上に私は嬉しかったのだ本当に。


 そして、返すように伝えられたたか君の想いも嬉しかった。私たちは似ているだけではなく、心の底からお互いを求め必要としている。どちらが欠けてもダメで、どちらかだけが幸せでもダメなのだ。


「おじいさん、おばあさんになってもずっと一緒……か」


 それは正に死ぬその瞬間まで一緒に居ようという意味でしかない。私からすれば殺し文句みたいなもので、それがお互いを最期まで縛り付ける鎖だとしても全然構わないとさえ思った。


『まーちゃん』


 小さい頃のたか君を好きになり、それがずっと続いて今に至る。正直なことを言えば私もここまで一人の男の子を好きになるとは思わなかった。好きにはなっても自分の全てを差し出してもいいとまでは行かないと考えていたからだ。


 でも、そんな私の考えは完膚なきまでに壊された。この子と一緒に居たい、この男の子と永遠に一緒に居たい、そう考えるようになるのは一瞬だった。


『永遠……難しいけど、僕もまーちゃんと一緒に居たい!』

『……これもう私ゴールしちゃっていいんじゃないの? そうよね真白行っちゃいなさいよ真白!!』


 過去の自分を否定するつもりではないけど、もう少し自重した方がいいのでは思わなかったわけじゃない。だけどそれくらいに私はたか君のことを愛していたのだ。彼が傍に居ること、それだけを望んでいたから。


 だからこそ、二十歳になったらまた会いに行くという決心をしても離れる時には心が張り裂けそうだった。お母さんからは声が死んでるとまで言われたくらいだし。


「今だから言うけど、たか君が私を見て覚えてないのを知った時はちょっと悲しかったんだよ? まあでも、だからこそ思い出させてやるし改めて私に夢中にさせてやるって気持ちになったんだけどね」


 あの時の私はたか君からはどう見えていただろうか。緊張した様子だったしたぶん私の内心には気づかれてないはずだ。初めて会った風を装って何とか部屋に連れ込んでご飯も一緒に食べて、すぐ手を伸ばせば届く位置に居るたか君を襲ってしまわないようにとどれだけ自分を自制したことか!


「あの時の私は褒められて然るべきね!」


 ま、結局はその数日後にはアプローチがえげつないことになったような気がしないでもないけど、それを鋼の精神でたか君が絶えていなければもっと早く私たちは結ばれていたのかなぁ。ふふ、それもそれでありねうんうん!


 私は……たか君が好き。

 この想いはおそらくずっと変わることはないだろう。それこそ、オーバーな表現にはなるがたとえ生まれ変わったとしても私は必ずたか君を見つけてみせる。


 たか君が王子様で私が平民だとしても、私が王女でたか君が平民だとしても。


 たか君が勇者で私が魔王だとしても、私が勇者でたか君が魔王だとしても。


 たか君が大人で私が子供だとしても、私が大人でたか君が子供だとしても……あぁこれは今か。っとと、気を取り直して。


 まあこんなあり得もしない例えを出したけど、それくらい私の想いは強いということだ。だから“あの時”も私はたか君を真っ先に思い出したのだから。


「ねえたか君、私はたか君に一つだけ伝えてないことがあるの。それは咲奈さんや久明さんも同様よ。知ってるのは私とお母さんとお父さんだけ」


 頭に響き渡る車のブレーキ音、木霊する悲鳴の数々……。


『あ……あぁ真白! 真白!』

『良かった。無事だったんだな!? 本当に良かった!!』

『……………』

『真白?』

『どうしたんだ?』

『……誰、ですか?』


 そこで私は頭を振った。

 所詮もう過ぎたことで終わったことだ。今の私はここに居るし、全てを思い出してたか君を愛している。

 たか君だけでなく、咲奈さんたちにも伝えたら心配されるかもしれない。でも本当に思いの外大したことはなかったのだ。だから全然大丈夫、いずれ知られる機会があったとしても笑い話に出来るくらいには昔のことだから。


『……っ……そうだ……たか君! たか君よお母さんお父さん!』


 泣いてばかりいたお父さんとお母さんのポカンとした顔、悲しませた側として笑うのはいけないことだけどあの時は本当に笑っちゃったな。


「さてと、明日には帰るけど……もう少し思い出を作ろうかしら」


 たか君の布団に入り込み、少し顔を動かせば触れることのできる距離まで近づいてみた。相変わらず起きることはないけど、少しだけ頬が緩んだような気がした。それは小さく笑みを浮かべたようにも見え、私もクスッと笑みが零れる。


「たか君、素敵な時間をありがとう。でもこれから先、もっともっと一緒に過ごすことになるわ。もっと多くの時間、多くの思い出を共有しましょう。お互いの魂にお互いの存在を刻み付けるくらいに強く、長く、いつまでも」


 たか君が言っていたけど、私にも似たように思ったことがある。


 隣の部屋に住む男の子が愛おしくてたまらない、でも今は一緒の部屋に住む男の子が愛おしすぎてたまらない。まだまだお互いに人生は長いんだから覚悟してね。私の愛はこんなものじゃない、もっとたか君を私に溺れさせてみせるから。たか君をもっと私に夢中にさせてみせる。


「……う~ん」


 それはそれで返り討ちに遭いそうだけどそれも幸せなことじゃない?


「真白さん……好き……です」

「……はっは~んむはぁ!」


 おっと誰だ変な奇声を上げた気持ち悪い女は!

 ま、まあ細かいことは置いておくとして。もう少し近づいて……うんうん、これくらいがいいかしら。もうピッタリくっ付いてしまったけどこれで今日は寝ることにしましょう。


 おやすみなさい、たか君♪





【あとがき】


みなさん察せられているように、おそらく近い内に完結はします。

ただ、それにも一つ理由がありまして。

題名の隣の部屋に住むってのが機能してないので、高校編が終わって卒業後の話を新しく書く感じになりそうです。

一緒に住むお姉さんがエッチすぎる件にでもなるのではないかと思います。まだどうするかは決めてないですが、そうなったらどうかそちらも引き続き読んでくださると嬉しいです。

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