俺は真白さんが好きだ
夏休み、普通なら大学受験を控えている場合は勉強漬けになる時期かもしれないが俺はそうではない。この場合は就職と言っていいのか分からないが、卒業したら真白さんを本格的に手伝うことになるだろう。案件の整理であったりメールの仕分けなど少し教わったが……企業案件を俺がまず整理してもいいものかと考えてしまう。
『私も選びはするけれど、たか君がこれがいいとかやらない方がいいとか判断しても構わないからね?』
……絶対の信頼から出る言葉かもしれないけれど、まだ俺には荷が重いですよ真白さん! って言ったらすぐに慣れると笑っていたけれど、そんな日が本当に来るのか今から怪しいところである。
あぁそうそう、つい先日のことだが真白さんが用意してくれたパソコンが俺の元に届いた。ディスプレイやマイク、キーボードとかその他諸々も揃えられていたけど値段は……うん、凄かった。
「でもこれで、真白さんと一緒にゲームが出来るってことだ」
早速近い内に真白さんとGTの配信をすることになっている。PC版は初心者なので真白さんにおんぶにだっこだろうけれど楽しんでやればいいだろう。
終業式が終わり、宗二たちと言葉を交わしてから俺は教室を出る……ところで俺は声を掛けられた。
「待てよ工藤」
「……なんだよ」
声を掛けてきたのは普段絡みは一切ないグループの同級生だった。あの時、真白さんたちが迎えに来てくれた時に居た一人だな。男子――
「……分かった」
黙って付いていくと向かった先は空き教室、誰か他に居るかと思ったけど誰も居なかったのは警戒のし過ぎかもしれないな。空き教室に入った俺に向き直った上川は俺にこんなことを口にした。
「なあ、あの時の二人紹介してくれないか?」
「何言ってんだ」
素直にそんな言葉が漏れて出た。
言葉からも表情からも、俺の言い草が気に入らなかったのか上川は分かりやすく舌打ちをして言葉を続けた。
「あんな美人ならお近づきになりたいだろうが。つうかお前付き合ってるって噂あったけどあの人が彼女なのか? だとしたらあり得ないだろ、なんでお前みたいな奴とあんな美人が付き合ってんの?」
「……はぁ」
なるほど、そういう類の話か。
何となく予想出来ていただけに心の底からため息が零れた。そんな様子も気に入らなかったのか上川は俺に向かって手を伸ばす。その手を俺は払いのけるように腕を振るった。
「お前――」
「なんでお前にそんなことを言われないといけないんだよ」
「っ……」
言い返すと思ってなかったかのか上川は目を丸くした。俺は早く帰りたい気持ちを抑えつつ言葉を続けた。
「確かにあんな素敵な人と俺なんかがなんて思ったことは一度や二度じゃない。でもそれがどうしたっていうんだよ。俺は彼女が好きだ、彼女も俺を好きで居てくれる。なら傍に居る理由はそれだけで十分だろ。周りの目も言葉も関係ない、俺たちはお互いを求めているから傍に居るだけだ」
有名配信者である真白さんの傍に居ることはプレッシャーだ。あんな素敵な人の隣に俺が居ることを望まない人が居るのも確かだろうこいつみたいに。でも……それで俺が真白さんの傍を離れる理由にはならない。
真白さんは俺が居なくなったら泣いてしまう、悲しんでしまう……それが分かっているから俺は真白さんの傍に居るんだ。もちろんそれだけじゃない。俺だって真白さんが好きで好きで仕方なくて、あの人の傍にずっと一緒に居たいんだよ。
「お前を好きでいる? 何勝手なことを……」
「勝手じゃねえよ。そう確信を持てるんだよ俺は」
あんな風に気持ちを伝えられて、あんな風に愛されて、あんな風に毎日甘えられてそう思わない方がおかしいだろうさ。何も知らない人からすればそうであると断言するだけの馬鹿に見えるかもしれない……でも、そうであると確信できるほどに真白さんを理解しているのが俺なのだから。
「話はそれだけか?」
こいつにとってこの話がどんな価値を持つのか知らないが、俺からしたらただの時間の無駄にしかならない。今日も早く帰るって伝えてるし、とっとと帰らないと。
上川に背を向けて歩き出した俺だったが、上川は俺を呼び止めるように駆け寄ってきた。いい加減にしてくれと、そう声を出そうとしたその時だった。
「邪魔するぜ!」
「お邪魔~」
突如入り口のドアが開いた。現れたのはもう帰ったと思っていた宗二と最近仲良くなった愛理さんだった。
「はよ帰ろうぜ隆久」
「そうだよ隆久君。待ってるんでしょ?」
「あ、あぁ……」
二人に手を取られてそのまま俺は空き教室から連れ出された。
突然のことに唖然としていた俺だったが、上川に付いていったことは見られていただろうし心配を掛けたのかもしれない。その証拠にありがとうって礼を言ったら気にするなって二人とも笑ったしな。
「まさか二人が一緒に来るとは思わなかったよ」
「あぁ、隆久が気になって付いていこうとしたら白沢さんも一緒になってな」
「そうそう。ま、お互い友人だし考えることは同じだったわけだね♪」
そうか、サンキューな二人とも。
「いいってことさ」
「いいってことよ」
気が合うじゃないか君たち。
それから途中まで一緒に帰ることになり、この珍しい三人での下校になった。世間話をしながら帰路を歩き、愛理さんと別れた。
「バイバイ隆久君、前田君もまたね」
「おう、さよなら」
「さようなら白沢」
愛理さんを見送り、俺と宗二も再び歩き出した。
「それでさ」
そして、必然と宗二の話は最近の配信の内容になった。
「最近来てくれる人であいりんさんって人が居るんだけど。この人が凄く優しくて良い人なんだよ。勉強の合間に見てるって言ってたけどありがたいもんだ」
「ふ~ん」
あいりんさんか、それって完全に愛理さんでは。
まあ愛理さんが言ってないんだし宗二には言わずに置いておくことにしよう。宗二としてはやっぱり配信を見てもらえることは嬉しいし、会話も出来るのは本当に楽しいんだという気持ちが伝わってくる。
「よしここまでだな。それじゃあ隆久! 長い夏休み、真白さんとイチャイチャしまくれよなぁ!」
「うるせえよ! んじゃあな宗二!」
堂々と道のド真ん中で言うんじゃないよ。今から走ってその背中に重たい一発を入れてやろうかって気持ちを抑え、俺もすぐに帰ろうと歩くペースを早くした。途中で買い物帰りの林檎さんに出会い、早く真白さんに会ってやりなよって言われたので頷き部屋へと向かう。
「ただいま~!」
「おかえりなさい♪」
いつものように俺を出迎えた真白さ……ん!?
「うふふ~♪ どうかしら?」
「えっと……おうふ」
目の前に現れた真白さんは……ええい言ってしまえ、一言で言うなら裸エプロンの状態だったのだ。見えてないだけで何か隠すものを着ているかと思いきや、何も着てはおらず大切な場所もほぼほぼ見えてしまっていた。
「今日からしばらくたか君とずっと一緒だからお姉さんテンション上がっちゃったのよ。お風呂にする? ご飯にする? それとも……私を食べちゃう?」
まだ風呂も早いしご飯も早い、ならば選ぶのは真白さんだけ……っと、そこで俺は頭を振って変な考えを外に追いやる。このお出迎えに喜ぶ俺と、まだ抑えとけよって叫ぶ俺が心の中で入り乱れている!
「ねえたか君、どうするの~?」
真白さんは挑発するようにペロッと下唇を舐めながら、左手で自らの胸に手を当て右手で下の部分を捲ろうとする。後少しで完全にお目見え、そんなところで何故か表情を変えた真白さんは俺の傍に駆け寄ってきた。
「たか君、ちょっとこっち来て」
「おっと」
そのまま手を引かれてリビングに向かい、ソファに座らさせられた。そして頭を真白さんの胸に抱き抱えられ、いつもの形になったところで真白さんが口を開く。
「何かあったの?」
「……………」
……やれやれ、本当に鋭い人だな真白さんは。
何かあったのは確かだけど、心配を掛けるほどのことでもない。とはいえ何も話さないのは納得してくれなさそうだったので伝えることにした。
「そんなことが……ふふ、ちょっとイラつくとは思ったけどたか君がそこまでお姉さんを想ってくれていたことが嬉しいわ♪」
「今更ですけどね」
「そうね。そして、お姉さんもたか君を好きで好きでたまらないのも今更よ」
綺麗な笑みを浮かべる真白さんに俺はしばらく抱きしめられ続けるのだった。
……というか、片や制服で片や裸エプロンのこの状況……後になって冷静になった俺のツッコミが入るのは当然のことだった。
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