眠ったフリをして甘えるお姉さん

「……随分と懐かしい夢を見たな」


 隣でまだ眠っている真白さんの温もりを感じながら俺はそう呟いた。昨日の夜、真白さんがセリーナさんと楽しく話をしているのを聞きながら俺は眠ってしまったんだろう。それ以降の記憶は一切なかったが、ただ真白さんと再会した時の夢を見たことは覚えていた。


「……本当に、距離の近いお姉さんだったなぁ」


 思えばあの時から真白さんは俺のことを知っていたわけだ。それを忘れていたことを申し訳なく思ってしまうものの、もうその時のことはいいからと真白さんなら笑ってくれると思う。


「あの時の俺のドキドキ、本当にヤバかったんですからね?」


 三つ年上の美人なお姉さん、そんな人にあそこまで近い距離を取られてあたふたしていたのは今でも覚えている。言葉を交わせば真白さんの人となりが分かり、もっと知りたいと思うようになって……真白さんと一緒に過ごすことに大きな喜びを感じるようになった。そう考えると、ある意味あの時に俺は真白さんに一目惚れに近い感情を抱いたのかもしれないな。


「こうして俺が先に目を覚ますのも珍し……うん?」

「っ……すぴぃ……すやすや」


 ……そうだな、まだ俺の愛おしい人は夢の中だと思っておくことにしよう。

 腕を伸ばして真白さんを抱きしめようとすると、彼女の方から身を寄せて俺の胸元に顔をくっつけた。すんすんと匂いを嗅ぐような仕草を感じるが、俺は小さく苦笑して頭を撫でる。


「サラサラな髪だな。触ってて気持ちよくて……良い香りもする」


 肌の手入れだけでなく、髪の手入れも真白さんは欠かすことはない。一緒にお風呂の入った時によくお互いの髪の毛を洗いっこするけれど、俺はともかくとしてこの綺麗な金髪を傷つけてはならないって凄く気を遣ってしまうんだよないつも。


「むにゃむにゃ……私は今寝ています。寝ぼけています」

「あはは……はいはい」


 本当に可愛いお姉さんだな真白さん。

 何かをするつもりなのか、真白さんはモゾモゾと動きながら俺の服を捲った。そしてその中に自らの頭を入れるように侵入してきた。お腹から胸に掛けて髪の毛が擦れてくすぐったさを感じたが、すぐに真白さんの温かい吐息が胸に当たった。


「……むはぁ♪」


 すぅっと息を吸い、そしてペロペロと舐めてくる。完全にスイッチが入りかけの真白さん、俺も朝ということもあって……なんだ、色々とマズい状況だった。ちょっと腰を引こうとすると、ガシっと足を絡ませて固定させられた。そのまま体を擦りつけるようにスリスリ……あのう真白さん、完全に狙ってますよね。


「真白さん、朝から刺激が強いんですが……」

「苦しそう。お一ついかが?」

「……………」


 しばらく後、朝食の時に真白さんがこんなことを口にした。


「たか君眠ってしまったから言ってなかったんだけど、今日セリーナちゃんが家に来るの」

「あ、そうなんですか?」


 なるほど、その後にそんな話をしていたのか。セリーナさんの方からリアルの方で会ってみたいという提案を受け、それに真白さんが頷いた形だ。真白さんはともかくセリーナさんがそう言ったのなら別に……いいのかな?

 俺も会っていいのかと思ったけど、是非会いたいとのことで俺も居合わせることになった。よくよく考えてみれば、セリーナさんは時折言動が変な部分もあるけれど大人気のVtuberであることに変わりはないのでちょっと緊張してきた。


「住所は教えているから近くまで来たら連絡してくると思うわ」

「了解です」


 朝食を済ませた後、食器を洗う真白さんとは別に掃除をしていた俺だったがふと真白さんがこんなことを聞いてきた。


「そう言えばたか君。昨日セリーナちゃんと結構長話していたのだけど、その時に眠るたか君が凄い笑顔だったのよ。どんな夢を見ていたの?」


 その言葉に、俺は特に隠すこともなく伝えた。

 夢なのに鮮明に覚えているあのこと、それを伝えると真白さんは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「なるほどね。私にとっても忘れられない思い出だわ。咲奈さんからたか君の写真はたくさん送られていたけど、実際に近くで見た時の感動は凄かったわ。最初の問いかけで私のことを覚えてないことは分かったからあまり距離を詰めすぎるのもどうかなと思ったし」

「……あれでですか?」

「当たり前じゃない。私がどれだけ気持ちを抑え込んでいたと思うの? 内なる私がずっと囁いていたんだから! たか君を襲え、その唇を奪え、ほらほらって大変だったんだから!」

「……なるほどです」


 確かにあの時もそうだしその後も……何というか、こっちに寄ろうとするも踏み止まるような仕草が多かったような気がしないでもない。腕を抱きしめられ、その至高の柔らかさと温もりを感じる中での顔を近づけることの我慢……つまりその理性がなかったら俺はあの時に真白さんに喰われていた可能性があったのかもしれない。


「昔は可愛かったたか君が大きくなって目の前に現れたのよ? 可愛いのもあるしかっこいいのもあるし……何よりまたたか君が傍に居るって思うとそれはもう我慢できないってば! その夜ベッドが大変なことになったんだからね?」


 よし、この話はここまでだ真白さん!

 物凄く力強く力説する真白さんから俺を助けてくれるかのように、ちょうど真白さんのスマホが着信を拾った。どうやらセリーナさんが近くまで来たらしく、二人で出迎えることにした。

 部屋から出て下まで降りると、目の前で辺りを見回すあの時の女性が居た。


「あ!」


 真白さんは顔を出しているから分かるとはいえ、俺のことは分からないはずだが真白さんの隣に居ると言うことで理解したのだろう。駆け足で俺の元に駆け寄ってきた女性、栗色の髪の毛を一つの纏めた彼女は笑顔で口を開いた。


「初めましてマシロさん、それからたか君も。セリーナこと、白沢由夢と言います。よろしくお願いします!」


 頭を下げた彼女に俺と真白さんも自己紹介をするのだった。

 感動の対面……というわけでもないが、この暑い中外に居るのは御免被るということで彼女を連れて部屋に戻った。


「凄く良い部屋ですね!」

「ふふ、セリーナちゃんのお部屋も似たようなものでしょう?」

「そんなことないですよ! 私のところは家賃もそこそこ安いですし」


 Vtuberってスパチャやグッズで結構稼いでいる印象があるけど、やっぱりほとんど会社の方に取られるのだろうか。その辺りのことは詳しくないので何とも言えない。


「二人ともプライベートでは由夢って呼んでくれませんか? その代わり私もお二人のことを名前で呼ばせてください!」

「分かったわ。よろしくね由夢ちゃん」

「よろしく由夢さん」

「はい!」


 ……声はセリーナさんの時と何も変わらないけど、やっぱりこうして中の人となると礼儀正しいよなぁ。キャラ作りみたいなところはあるんだろうけれど、それを演じるのも由夢さんの持ち味ってやつなのかもしれない。


「たか君と由夢ちゃんは座ってて。お菓子とかジュースを用意するから」

「あ、ありがとうございます!」


 椅子に座った由夢さんと向かい合うように俺も座った。早速由夢さんは俺に目を向けて口を開く。


「こうしてたか君にも会えるなんて思わなかったなぁ。それもまさか、愛ちゃんの同級生なんて思わないよ。世間って狭いねぇ」

「そうですね。俺もあの時の雄々しい由夢さんを見てなかったら気づきませんでしたからね」

「雄々しいはやめて! まあでも、愛する妹を思うと暴走しちゃうのは悪い癖なんだよね私の」


 でもああやって妹を守ろうとする姿はかっこいいと思うけどな。


「それにしても……本当に大きいわね」

「あはは……」


 飲み物の用意をする真白さんの胸を見て由夢さんはそう呟いた。想像したようにというと失礼かもしれないが、由夢さんはやっぱり小さかった。背だけでなく色々と小さくて、それはそれで可愛らしいとは思う。


「愛ちゃんですらEカップなのにどうして私はこんな……」


 ……取り敢えず聞いていないことにしよう。でもあれなのかな、白沢さんは由夢さんがVtuberっていうのは知っているのだろうか。そこがちょっと気になった。


「昨日良い機会だったし教えてみたの。愛ちゃんは基本的にこういうの見ないから知らなかったみたいだけど凄く驚いてたよ」

「へぇ」

「お姉ちゃん結構稼いでるのなら欲しいバッグあるから買ってよなんて言われちゃってさ。まあそこそこお金あるから買ってあげる約束したんだけど、本気じゃなかったのか慌てちゃって……もう愛ちゃん可愛い!!」

「由夢さんってシスコン?」

「それが何か?」

「いえ」


 なるほど、対象は違うけど何となく俺のことを話す真白さんと同じ空気を感じ取ったぞ。


「はいどうぞ、早速仲良くなったのね二人とも」

「ありがとうございます真白さん。えへへ、たか君とは今日までに話をしていましたからね」

「それもそうね――あげないわよ?」


 あげないわよ、副音声が聞こえるような末恐ろしさを感じた。俺の隣に座った真白さんが腕を抱きしめ、睨みを利かせるように由夢さんを見つめる。由夢さんは蛇に睨まれた蛙のようにビクッと固まり、大丈夫ですからとブンブン勢いよく頷いた。


「……真白さんどんだけたか君のことを好きなの?」

「えっと……俺が言うのもなんだけどとてつもなく?」

「うふふ~♪」


 こうして、俺と真白さんはセリーナさん……由夢さんと出会うのだった。

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