思えば最初から飛ばしていたお姉さん
真白が眠る隆久の頭を撫でながら、セリーナとの話を楽しんでいるのと同じ時のことだ。隆久も眠りながら昔の夢、それこそ真白と出会った頃の夢を何の偶然か見ていた。正確には初対面ではなかった真白との出会い、それは隆久が一年の終わりである春休みにまで遡る。
「……ふぅ」
俺は整理整頓が粗方済んだ部屋を見て息を吐いた。
父さんと母さんに提案した一人暮らし、母さんが寂しそうにしたくらいで概ね簡単に事は進んだ。選んでもらったマンションは結構高いところらしく、もっと安いところでも良いと言ったのだがここにしろと言われてしまった。
「……ふむ」
セキュリティは良く部屋も広い……高校生の一人暮らしにしてはかなり贅沢な気がするけどどうしてここを選んだのだろうか。
しばらく考えてみたが特に答えは出てこなかった。もう契約してしまったし変えることは出来ないため、せっかくだし父さんと母さんの厚意に甘えることにしよう。
「やっふ~!!」
広い部屋の中、ソファに寝転がるとすぐに眠気が襲ってきてしまいそうだ。だがいくら眠たくなるとはいっても寝るわけにはいかない。父さんたちに言われたようにお隣さんに挨拶に向かわないと。
渡されていた茶菓子を持って部屋を出た俺はそのまま隣に向かう。
「高宮さん……か」
取り敢えずインターホンを鳴らしてみよう。
ピンポンと音が響いた……かと思ったらすぐに扉が開いて俺は情けない声を出すようにビックリしてしまった。ビックリしてしまったことは仕方ない、取り敢えず挨拶をしようと思って姿を見せた人を目にした瞬間……何というか、俺は見惚れてしまったんだ。
「……あ」
「たか……コホン、こんにちは」
現れたその女性はとても綺麗な人だった。テレビや雑誌で目にするアイドルや芸能人なんて目ではない、それほどの美貌を持った女性だった。風に揺れるサラサラとした綺麗な金髪、切れ長だが優しい印象を与える瞳、それにおそらく純粋な日本人ではないと思う……それに……それに。
「……………」
その気はなかったのだが、俺の視線は自然と女性の胸に向いてしまった。そこにあったのは大きなメロンだった……いやいや、メロンは流石に言い過ぎかもしれないが本当に大きかったのだ。特大サイズの胸元、その谷間もくっきりと見えており俺はすぐに視線を女性の顔に戻した。
「あらあら……おっぱい見てたわね?」
「っ……」
確か女性からしたら男の目線ってかなり分かりやすいんだったよな? それを思い出したのもあるし、実際に指摘されてしまったことで嫌な汗を掻いてしまった。お隣さんということもあるし、これほどの美人さんに今のが原因で嫌われたらと思うとこれからの生活が不安で仕方ない。
「その……すみませんでした」
取り敢えず素直に謝ることにしよう。
変に誤魔化すよりもまずは謝罪をすることが大事だ。頭を下げた俺だったが、それに慌てたのは何故か女性の方だった。
「あ、そこまでしなくても大丈夫だから! むしろもっと見てって感じだし、見たいなら見ても良いんだからね!?」
「……え?」
思わず疑問の声が出た。
一体今のはどういう……というか、俺はこの女性と初対面のはずなのに……どこか話をしていることに安心を感じるのは何なのだろう。そんな良く分からない気持ちを抱えながら、俺は取り敢えずということで持っていた茶菓子を前に出す。
「あの、隣に引っ越して来た工藤と言います。こちら、お近づきの印です」
「……あ、そうよね……そっかぁ。うん、ありがとう工藤君。私は高宮真白、好きに呼んでくれていいわよ?」
「好きに……ですか。それじゃあ高宮――」
「真白って呼んでくれると嬉しいな?」
「……えっと」
気のせいかな、このお姉さんめっちゃ距離が近い気がする。
ニコニコと嬉しそうに俺に近づき、腕をその胸に抱きしめ、そのまま玄関の内側へと俺を引っ張って……っておい!
「あの高宮さん!?」
「ま・し・ろ」
「……真白さん」
「なあに?」
物凄い綺麗で可愛い笑顔をありがとうございます! じゃなくて、思わず腕を振り払おうとしたのだがかなり力が強くてビクともしない。相変わらずニコニコと笑顔を浮かべて俺を見つめ続けるその姿に、俺は困惑よりもやっぱり恥ずかしさの方が強くなってきた。
「……ふふ、ごめんね。少し揶揄い過ぎたかしら」
「……あ、いえいえ」
離してもらった腕だけど、柔らかさと温かさがなくなったことを残念に思うのは若さ故なのだろうか。
「取り敢えず、上がっていかない? お茶でもご馳走するから」
「……いいんですか?」
「もちろんよ。おいで」
「……はい」
まるで優しいお姉さんを思わせる今のおいで、それに俺は素直に頷いてしまった。高宮さん……ではなくて、真白さんに手を引かれて俺はリビングまで通された。お茶だけご馳走になると思っていたのだが、真白さんは更に冷蔵庫からケーキも取り出した。
どうぞと差し出されたケーキ、かなり値段が張りそうなケーキだけど……よし、ここまで来たらその厚意を無駄にするのも失礼だろう。俺はそう無理矢理に納得してケーキを口に運んだ。
「……美味しい」
そんな俺の一言に真白さんは嬉しそうにクスッと笑みを浮かべた。
ケーキが変に作用してくれたのかは分からないが、少しだけ心が落ち着いたのも確かで真白さんと色んなことを話した。学校のことや友人のことであったり、どうして一人暮らしをしたいと思ったのかも話した。そして……どうしてか彼女は居るのかという質問は凄く力が入っていた。
「……そう、居ないのね」
「居ませんよ。その……そこまで目立つ人間じゃないので俺は」
生まれてこの方彼女なんて居たことはない。可愛いなぁとか綺麗だなぁとか思ったクラスメイトは居ても、特別な感情を抱いたりしたことはなかったから。というか、俺はともかくとして真白さんには彼氏の一人や二人居てもおかしくないと思うんだけどな。
「真白さんは彼氏とか居るんじゃ――」
「居ないわ。そんなの居るわけないでしょ」
「あ、はい」
……物凄い圧を利かせて否定されるのだった。
今のが本当なのか嘘なのか分からないが、たぶんだけど本当なんだろうなと俺は思った。こんな綺麗な人で彼氏が居ないなんてあり得ない、そうは思うんだけどあそこまで否定されてしまってはね。
「たか……君。ねえ、たか君って呼んでも良い?」
「いいですよ。なんかくすぐったいですけど」
会って初日にして愛称を呼ばれることになってしまったとさ。いいですよと答えたその瞬間、真白さんは嬉しそうというよりも……何だろうな、どこか感極まったかのように目を潤ませた。でもそれもすぐ一瞬のことで、すぐにさっきまでの笑顔を浮かべるのだった。
「ケーキありがとうございました。凄く美味しかったです」
「たか君に喜んでもらえて嬉しいわ♪」
向けられた笑顔にドクンと心臓が跳ね、俺は下を向いてしまう。真白さんがそんな俺に気づいたのかは分からない、お皿を持ってそのまま歩いて行った。
真白さんがお皿を洗う姿をボーっと眺めながら、少しだけ興味本位で辺りを見回してみる。引っ越ししたばかりの俺の部屋と違い、綺麗にされている部屋だ。机の上に置かれているノートパソコン……あれ、あっちにも一台置かれているな。
「どうしたの?」
「あぁいえ……パソコンが二台もあるんだなって思って」
「珍しいかしら? 別の部屋にはもう一台あるけれど見てみる?」
「いいんですか?」
パソコンとかそういうのに興味があるとついつい頷いてしまう。真白さんに連れられて別室に向かうと確かにそこにはパソコンが置かれていた……というか、これって完全に配信部屋だと思うんだけど。
「真白さんって配信とかしています?」
「しているわ。カタカナでマシロって名前で活動しているの」
「マシロ……マシロ?」
マシロ、カタカナと聞くとあの有名な人が出てくるけど……俺はまた真白さんの胸に目を向けてしまった。だって……いやいやそんなことがあるわけが。
「ふふ、気づいたみたいね?」
俺に見せつけるように前屈みになり、その豊かな胸を強調する真白さん。そしてスマホを手に取って少し操作をした後、真白さんはその画面を見せてくれた。
「……あ」
今の真白さんと全く同じ構図、同じ服装で写真が投稿されていた。口をパクパクとさせる俺を見た真白さんは何を思ったのかガバっと抱き着いて来た。
「わぷっ!?」
「あはは、たか君ったら反応が可愛いんだから!」
俺の頭を胸元に抱き抱えるようにした真白さんに、俺はフラッと意識が飛ぶような錯覚を感じた……なるほど、これがおっぱいの感触なのか。
なんて馬鹿なことを思いつつ、これが俺の真白さんとの出会いだった。
「……むにゃ……真白さん……好きですよぉ」
「あら……うふふ~♪」
『今の寝言私にも聞こえましたよ!』
「たか君ったら本当に可愛いんだからもう♪」
ちなみに、近い内にセリーナが真白の家に来ることになったのを眠り続けている隆久はまだ知らない。
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