やっぱり嫉妬していたお姉さん
『今日は本当にありがとねたか君、とても楽しかったわ~♪』
「いえいえ、こちらこそフィリアさんと勇元さんに会えて嬉しかったですよ」
夕飯を食べてから帰っていった二人だが、無事に何事もなく帰宅したということでフィリアさんが電話を掛けてきた。俺としても口にしたように二人に会えたことは嬉しかったし、温泉の件もその後の食事にしても素晴らしい時間を過ごさせてもらった。
『今真白は傍に居るのかしら~』
「あ、はい傍に居ますよ」
……とはいえ、だ。
ちょっとばかり電話をしてくるタイミングが色んな意味で悪かったとは言えるかもしれない。真白さんは傍に居るのか、その問いかけに俺は視線を下に向ける。ソファに深く腰掛ける俺の前にしゃがみ込む真白さんが目に入った。
「おはあはん?」
お母さん? っとそう聞いたのだろう。口にモノを含みながらだと聞き取りにくいけど、まあ大抵何を言っているのかは理解できるので問題はないか。
……っていうかこの状況でフィリアさんと電話をしていることに妙な罪深さを感じてしまう。いや、こちら側の事情を知らないフィリアさんに何を言っても仕方ないけれどね。
「……~~♪♪」
『まあ偶にはたか君も真白と一緒にこっちにおいでね。おもてなしするから』
「わ、分かりました……っ」
それからしばらくして電話は切れた。
あの後、二人が部屋から出た瞬間真白さんに抱き着かれた。ずっと一日イチャイチャしたかったらしく、その抑えていたモノが一気に溢れ出た感じだ。俺としても望んでいたことなのでお互いに体を寄せつつ、真白さんがそれじゃあと俺の前に腰を下ろしたのがことの始まりだった。
「……ふふ♪」
満足したように立ち上がった真白さん、モゴモゴと口を動かしながら音を立てて飲み込んだ。
「ご馳走様♪」
「……あい」
……勘の良い人なら何をしていたのかお察しだろう。だけどあれだよな、本当にどれだけ経ってもこの仕草にはドキドキさせられてしまう。席を外す真白さんの背中を見送り、俺は改めて昼間のことを思い出した。
「……あの声、やっぱり……いや、でもそんな偶然があるのか?」
大きな声を上げて白沢さんを助けるために突っ込んできた女性、栗色の髪を一つの纏めた活発そうな女性だった。声の出し方、張り方、言葉遣い……どうにもあの人と被ってしまう。
俺はスマホを手に取り、真白さんが参加したGT杯の動画ページを呼び出す。早送りをして向かう場面は最終戦、ガスによって真白さんがダウンをしてしまった時だ。
『お姉さまに何しとんじゃわれえええええええええ!!』
セリーナさんが真白さんを助けるために突っ込んできた瞬間だ。
「……………」
『お姉さまになにしとんじゃわれえええええええええ!!』
『私の可愛い妹になにしとんじゃわれえええええええええ!!』
いや、これもう決まりだろどう考えても。
あの時は半信半疑だったけれど、こうして覚えている声と動画の声を比べたらほぼほぼ一致している。Vtuberの人は変成器を使う人もいるがセリーナさんはそういった物は使っていない……つまり地声ということになる。
「……………」
まあ、仮にこの仮説が合ってるからといってどうなるものでもないんだがな。
腕を組んで一人考えていると、口をゆすぎ終えた真白さんが戻ってきた。彼女はそのまま俺の横に腰を下ろし、いつものポジションを取るように俺の腕をその豊かな胸元に抱きしめた。
「何を考えていたの?」
「実は……」
特に隠すことでもないので俺は真白さんに話してみた。
「セリーナちゃんが……なるほどねぇ」
Vtuberの中の人に関して聞いたりするのはご法度だし、そもそも中と外を一緒にするべきではないだろう。というか今俺は限りなく高い確率で同一人物だと思っているがそうでない可能性ももちろんある……うん、この話題はここまでにしようかな。
夕飯を済ませると基本的に真白さんの生放送があるのだが、今日に関してはお休みとのことで配信はなしだ。なので寝るまでゆっくりするか、はたまた少し運動をすることになるのか――
「ねえたか君、ベッドにいこ?」
優しく手を引かれるように寝室に向かうことに。
二人して抱きしめ合いながらベッドに横になったその時だった。今度は真白さんのスマホが震えるのだった。
「……あら、セリーナちゃんだわ」
「え?」
あぁそうか、真白さんは確か連絡先を交換していたんだったか。もちろん本名に関しては知らないし聞くつもりもないので配信外でもセリーナさんのことはセリーナさんと呼んでいる。
「もしもし?」
『あ、もしもしお姉さま。お疲れ様です』
俺にも聞こえるようにとスピーカーにしてくれた。俺も挨拶を返すと、一瞬驚いていたが嬉しそうに笑ってくれるのだった。
『実家に居るのにお姉さまとたか君の声を聴けるなんてやっぱりいいなぁ。配信以外でお話しできるの好きです』
「ふふ、私も不思議な気分だわ。ご実家の方はどう?」
『なんか……帰って来たなって感じですね。父も母も変わりないし、妹も……ちょっと派手さに磨きが掛かってましたけど昔と変わらなくて』
「そう、それは良かったわね」
『はい!』
何というか、本当に家族が大好きなんだと伝わってくるかのようだ。配信の時でも聞いたことがないほどに楽しそうな声、少し落ち着きの無さも感じるけどそれは傍に家族が居るからだろう。その気持ち、痛いほど分かるぞセリーナさん。
「……ふふ♪」
うんうんと頷いていた俺を微笑ましそうに見つめる真白さん、優しく頭を撫でられたのでその手の感触を感じさせてもらう。家族が傍に居ないのは寂しいが、真白さんの存在が本当に大きいからなぁ。
『どうしたんですか?』
「ううん、たか君が可愛いなって思ったの。今たか君と二人でベッドに横になっているんだけど……いいタイミングで掛けてきたわねセリーナちゃん♪」
『そ、それはもしやこれからエッチをする流れでしたか!?』
「うん♪」
『も、申し訳ないでござる!!』
ござるってなんだござるって。
特に隠すこともなく頷いた真白さんに恥ずかしくなったのはセリーナさんだけでなく俺もだけど……あぁ、電話の向こうでセリーナさんがテンパってるのが良く分かるなぁめっちゃ音聞こえるし。
『お姉ちゃんうるさい』
『ご、ごめんね愛ちゃん……』
「あら、妹さんが傍に居るの?」
『いえいえ、さっきの声が大きかったみたいで……』
結構部屋の壁は薄いのかな?
……っていやいや、さっきの声も俺の記憶にかなり新しいぞ。
愛ちゃん……愛ちゃんか。白沢さんの下の名前は愛理だけど……これはもう完全に確定か?
「……クスッ」
そこで何かを思い付いたのか真白さんが言葉を続けた。
「ところでセリーナちゃん、今日はどんな風に過ごしたの?」
『今日ですか? えっとですね~』
それからセリーナさんは今日のことを話してくれた。実家にはパソコンとかはないので配信などはすることが出来ず、必然的に親との話に花を咲かせていたらしい。ただ少しだけ胸騒ぎを感じたので家を飛び出した時、妹さんが男に腕を掴まれていたのを見たらしい。
『愛ちゃんの恋愛事情に口を出すつもりはないんですけど……もう少し男性を見る目を養ってほしいかなとは思いました。ま、彼氏いない歴年齢の私が何を言ってるんだって話ですけど……』
「なるほどねぇ……」
俺を見た真白さん、俺はこれは確実だと頷いた。
「ところでセリーナちゃん、セリーナちゃんはリアルのことに関してはどこまで話せるとか決めてるの?」
『リアルのことですか? 基本的に企業からは仕方ない部分を除いて明かしてはいけないとは伝えられてますけど……それがどうしたんですか?』
なるほど……仕方ないならいいのかそれは。
Vtuberにとって身バレは厳禁、とはいえ世の中には声だけで誰だって調べる人も居るくらいだ。ただの一般人がVtuberになることもあれば、配信で有名な人がVtuberとして活動することもある世界……所謂前世ってやつだな。セリーナさんに関しては完全に一般人からだろうけど、トークのポテンシャルとかは本当に天性の物を持っている人だ。
……おっとっと、取り敢えず聞いてみることにしようかな。
「あのね、たか君がちょっと聞きたいことがあるらしいのよ。ううん、実を言えば私もかなり気になってるわ」
『それは一体……』
俺は思い切ってセリーナさんに聞いてみた。
「セリーナさん、妹さんの名字って白沢ですか?」
『うぇ!? ど、どうしてそれを!?』
あ、これはもう確定ですね。
これでもかとビックリしているセリーナさんに俺はこう言葉を続けるのだった。
「その……妹さんと同じクラスです俺」
『……マジで?』
「デジマ」
『マジデジマあああああああああああああ!?!?!?』
『お姉ちゃんうるさいって言ってんでしょ!! そんな風に落ち着きないからいつまで経っても交際経験なくて処女なのよ!』
『は、はあああああ!? 別に処女でもいいじゃない汚れてない証拠よ!?』
「ふふ……あははははははっ!!」
いやぁ賑やかな姉妹だな本当に。
隣で笑い続ける真白さんの声を聴きながら、電話の向こうが静かになるまで待ち続けるのだった。
【あとがき】
以前に直接的な表現はないのにエッチって言われたのが嬉しかったです。取り敢えず直接的な表現ナシならこういう感じにも書けそうですけど、はてさてカクヨムの裁定は如何に。
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