真白さんのことを語るお父さん

「時に隆久君、真白が色々と迷惑を掛けてはないかい?」


 俺の前に座る男性、大切な部分をタオルだけで隠したその人に俺はそう聞かれた。


「全然迷惑なんてないですよ。むしろ助けられてばかりです」

「そうかい」


 ダンディな見た目、少し厳つさもあるか? そんなイケオジは安心したように笑みを浮かべた。今俺たちが居る場所は街中にある温泉の中のサウナである。そしてこの人こそ、真白さんの父である勇元ゆうげんさんだ。

 来週には夏休みを控えた週末の土曜日、いつものように真白さんとゆっくり過ごす予定だったのだが、近くに居合わせた勇元さんに誘われる形で温泉へとやってきたのである。真白さんはともかく、俺としては結構久しぶりだったのでその誘いには是非にと応じさせてもらった。


『パパがたか君を……うわあああああああん!!』

『あらあら真白ったら……泣き止ませておくからいってらっしゃい~』


 フィリアさんも居たので助かったが……あれは泣き真似だよな? 父親とはいえ俺を行かせたくない演技だと思ったのだけれど、もしかしたらあれはガチなのかもしれない。

 すぐに戻るとは約束したけど、もうしばらくフィリアさんと待っていてもらわないとかな。


「……ふぅ」


 思えば、こうして勇元さんとサウナに来るのは久しぶりだ。基本的に真白さんと一緒にお家に伺った時は温泉に連れていかれたりしていたけど、こっちの方で温泉に来たのは初めてだな。

 流石に昼を過ぎたくらいなので利用客はそこまで活発ではなく、サウナを利用しているのも俺と勇元さんくらいだ。


「でも良かったんですか? 俺とじゃなく真白さんと一緒に居る時間の方が大切だと思うんですが」

「父親としてあの子とは積もる話もあるが……君が関わるとあの子は私と妻を煙たがるからね」

「それは……」

「あっはっは、この言い方はいけなかったな。別に気にしてはいないんだ」


 それなら良かったですよ本当に。

 ホッと息を吐いた俺の頭をガシガシと撫で、勇元さんは言葉を続けた。


「正直、今でも君と真白が付き合いだしたことは運命のように感じているよ」

「運命……ですか?」

「あぁ。かつてあの子が中学生の時に出会った男の子、あの小さかった君がこうして大きくなり、あの子の恋人になった……紆余曲折あっただろうが、それもこれもあの子が手繰り寄せた運命なんだろう」

「……………」


 確かに話を聞く限り、そうなるように俺は真白さんに引っ張られたことも否定は出来ない。けれど、そんな真白さんの想いがあったからこそ俺は彼女に出会えた。そうして好きになって、こうして恋人同士になれたんだ。

 ……ったく、どうして俺はそんな大事な出会いを忘れてしまったんだと今でも問い掛けたくなるが、それを気にしても最早意味のないことだ。


「あの子が学校生活で悩んでいたことに気づけなかった私とフィリアだが、そんなあの子を支えてくれたのが当時の小さい君だった……まあ、あの子としては本気で君を落とそうとしていたから欲望ありきだったかもしれんが」

「欲望とか言わないでくださいよ!」

「あっはっはっはっは!」


 笑い声とか完全にふざけているそれなのに声が凄く良いから様になってんだよな。ダンディなおじさまに似合う良い声だよ本当に。これからは私が神の座に座る、とか昔に流行ったアニメのキャラの台詞なんだけど似合いそうだ。


「どうしたんだい?」

「いえなんでもないです」


 目の前に鉢に水を灌ぐと、音を立てて水が蒸散していく。そうして更に温度が上がり吹き出る汗の量も増えた。


「久しぶりに我慢対決でもします?」

「ほう、私に挑戦するのかい?」


 ま、遊び程度の感覚でよろしくお願いしますよっと。

 それから俺と勇元さんは語らいながら時間を潰していき、暑くなった体を冷ましてから銭湯から出るのだった。


「やはりサウナはいいな。体の疲れが取れるかのようだ」

「そうですね」


 熱いし汗は掻くけど、体の中の不純物が抜き取られたかのような軽さを感じる。俺自身温泉もそうだがサウナも嫌いではないので、また折を見てここに来るのも悪くないかもしれないな。

 駐車場で車に乗り、家で待っている二人の為にケーキでも買って帰ろうということで美味しいと評判の店へと向かった。人気ということだけあり、やっぱり人の数が多くて入店まで時間が掛かったが何とかケーキを買うことが出来た。


「これで機嫌を直してくれるといいんだが」

「流石に真白さんもそこまでは……」

「妻の血を継いでいるからないとは言い切れない……いや、絶対にそうだと断言できる私は」

「妻って……え、フィリアさんってそんな?」


 あの人が勇元さん一筋ってのは分かりやすいけど、もしかして真白さんみたいに嫉妬深い……いや、あり得るな確かに。その片鱗は今まで何回も見ていたから今更じゃないか。


「私は彼女に一目惚れだったが、彼女もそうだと言ってくれてね。それからの付き合いだが……少し日本人と感性が違うのか、本当にスキンシップが激しくてね。付き合ってから二日目には既にキスもしたものだよ」

「……ほへぇ」


 ……って素直に驚いた声が出たけど、俺は彼女の親父さんから一体何を聞いているんだ! でも、フィリアさんのスキンシップの激しさとか真白さんに通じる部分があるなそう考えると。絶対に欲しいと思った獲物、それを手に入れるために自分の全てを武器にして絡め取る……あれ、まんま真白さんなのでは。


「……つまり、俺も勇元さんもそんなところに惹かれたんですかね」

「あっはっはっは、同じ穴の何とやらだな!」


 まあでも、お堅く見える勇元さんが娘に甘い理由の一つが垣間見えたかもしれないな。勇元さんはとある大学病院で医師をしている先生だが……エリートの家系であっても傲慢さは欠片も見えないし、父さんたちと酒を飲んでいる時は近所のおっさんにしか見えなくなるし……はは、それもある意味勇元さんの人柄か。


「そう言えば、勇元さんは真白さんに医者になってほしいとかなかったんです?」

「あぁ、これっぽっちもなかったね。娘が何をしたいのかは尊重するつもりだし、変に何かを言って嫌われるのは嫌だろう? 真白に嫌いなんて言われたら私は寝込んでしまう」

「……そんなにですか」

「うむ」


 ……なるほどなぁ、でもそうか寝込んでしまうほどかぁ……これ帰った時に万が一真白さん言わないよね? 言わないように祈っておかなくちゃ。

 そんな風に話をしながら大切にケーキの入った箱を抱える俺たち、勇元さんの車に戻ろうとしたところで揉めるような声が聞こえてきた。


「痛いじゃない! 離してよ!!」

「うるせえよ! いきなり別れるなんざガキの分際で何言ってんだ!」


 真昼間から喧嘩かよ、なんて思ってそちらに目を向けて俺はあっと声を出してしまった。男の方は誰か知らないのは当然として、男に詰め寄られている女の方は俺にとって馴染みのある相手だったからだ。


「白沢さん?」

「知り合いかい?」


 クラスメイトの子だ――宗二曰くオタクに優しいギャルと言われていた彼女だ。

 なるほど、あの男が浮気性の大人の男性ってやつか。めんどくさいことになっているようだが、そこまで絡みがないとはしてもクラスメイトがあんなことになっていて見過ごすことは出来なかった。

 勇元さんにケーキを預け、そちらに向かおうとした俺だったが……再び声が響き渡った。


「私の可愛い妹になにしとんじゃわれええええええええええええ!!!」

「ぐほっ!?」


 格闘家も真っ青な綺麗な飛び蹴りが男の背中に炸裂した。

 そのまま倒れ込んでピクピクしていた男だがすぐに立ち上がり、蹴りを食らわせた女性に文句を言おうとしたがその顔を見て固まった。

 こちらから女性の顔は見えないが、段々と青くなる男の顔を見るに大分怖い表情をしているんだろう。男はそのまま逃げるように去って行き、白沢さんは安心したように女性の胸に飛び込んだ。


「はは、どうやら大丈夫そうかな」

「みたいですね……?」


 ちょうど近くに警察も巡回していたみたいだし、何かあったとしても特に心配はいらなかったのかもしれないな。

 一安心して車に乗り込んだ俺だったが、そこで少し首を傾げた。


「……あの人の声、どっかで聞いたことがあるような」


 聞き覚えがあるようなないような、そんなことを俺は考え続けていた。





「帰りました」

「帰ったぞ」

「あらおかえりなさい~」

「おかえり……パパ、嫌い」

「っ!?」


 た、魂が抜けかかっているぞ勇元さん!!

 その後、色々と大変だった。


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