八十万人記念配信をするお姉さん 後編
「ついに来てしまったか……この時が」
「真白さん、何ですかそのキャラは……」
さて、配信も後半ということで俺が持ち込んだ企画の出番だ。コメント欄の方でも何をするのか気になっているらしく、止めどなくコメントが流れていた。
:何をするつもりなんだ?
:このマシロの落ち込みよう……いや、落ち込んではないのか
:どっちかっていうと気が進まない感じかな
:……えっち?
:馬鹿を言うな
:BANされるわドアホ
近所の子犬
:10000¥
「子犬さんありがとうございます」
その無言スパチャにはどんな意味が込められているんだろうか……。
コメントでもあったように気が進まないとか、落ち込んでいる風に見えているみたいだが実際にはそうではない。これは単純に恥ずかしがっているだけなのだ。その証拠に頬が赤いしな。
「たか君、見ても良いけど私は見ないからね」
「あ、はい」
取り敢えず先に進むことにしよう。
次の企画だが、ある意味で過去の真白さんを振り返るみたいな感じである。真白さんが配信というものを始めた頃、それこそ人様に見せられるレベルではないとネット上から削除した動画を今日見て行こうというものだ。
:おぉ、面白そう!
:昔から見てたけど流石に覚えてないな……
紅
:10000¥ 過去のマシロが見れるのか、胸アツだな!
「紅さんありがと♪ ……まあでも、別に見て死ぬわけでもないしいっか。たか君と恥ずかしい時代を共有できると思えば……あれ? 全然良くない? むしろ恥ずかしい時代を知られることになるこの高揚感は一体――」
「真白さん落ち着きましょう!」
さっきまでの様子と打って変わり、何故か嬉しそうに……というか恍惚とした表情になった真白さんを見て俺はすぐに落ち着くように促した。俺の声が届いたのか真白さんはいけないいけないと首を振る。
「……ふぅ、大丈夫よ落ち着いたわ」
それなら良かったです……うん。
真白さんがパソコンを操作して過去の動画を引っ張り出すのだが、当然全部が全部残っているわけではない。膨大なデータを残せるネット上ならいざ知らず、容量に限りのあるパソコンの中に残っているものはそれこそ稀だろう。
だが、今回その過去の動画が三つほど見つかったのは運が良かった。
「あったわ……うわぁ昔だからファイルの名前とか全然凝ってないわね」
「これ中学生の頃ですよね? そんなもんじゃないですか?」
シンプルに動画【番号】みたいな感じでファイル名が付けられている。数字の方も小さい方なのでかなり初期の頃の動画になるわけだこれらは。
白檸檬
:800¥ 80万人めでたい!!今日は振り返り配信と聞いて恥ずかしがるマシロ見にきたで!!
「白檸檬さんありがと♪ 別に振り返り配信ってわけでもなかったんだけどね、たか君たっての希望となってはお姉さん頑張らないわけにもいかないから」
「あはは……本当にありがたいですよ」
まあ、俺自身が凄く見たいって気持ちも強いんだけどね。
というか今気づいたら視聴者の数が三万に届きそうでビックリした。増えたり減ったりを繰り返しているが凄まじい数だ。スパチャの数もかなりあって胃がキリキリするのは相変わらずだが……さてと、準備が整ったみたいだな。
「よし、行くわよたか君」
「はい!」
一番数字の低いものをクリックすると動画が立ち上がった。
しばらくブラックアウトの状態が続く中……あれ、画面が黒いままだな。真白さんと共におかしいなと顔を合わせていると、変化しない画面とは裏腹に声が聞こえてきた。
『……あれ、なんで画面出ないの? 声は聞こえてる……よね? あ、いらっしゃいみなさん……あれ? なんで? ……ちっ』
おそらくは機材かソフトのトラブルなんだろうけど、慌てる真白さんの声がかなり新鮮だった。特に今とそこまで声が変わっているわけでもないが、少しだけ幼さが残っていた。
:マシロの舌打ち!
:今と違って隠す気のない舌打ちだなw
:マシロさんにもこんな放送トラブルがあったんだねぇ
:中学生の頃かぁ……えっ!!
:ガチで慌ててるやんw
暗い画面の中でガサゴソと音だけが聞こえる。何をやっても上手く行かないのか段々と声に元気がなくなっていく過去の真白さん、ちょっと微笑ましくてクスッと笑ってしまった。
「……あの頃は私も若かったのね」
「今も十分若いですよ。綺麗で可愛いです」
「もうたか君ったら♪」
:ナチュラルにイチャイチャしていくぅ!!
:イチャイチャ助かる
:いいぞもっとやれ
:俺もその間に挟まりたい
:あ?
:は?
:死刑
:永久追放
:投獄
:終身刑
:草
結局その見ていた動画はすぐに終わってしまった。その後もトラブルを解決できなかったのか真白さんが謝って配信を終えたのである。真白さんもほんの少しだけ覚えがあったのか懐かしそうに笑みを零した。
「確かこの時ちょっと設定が変わってたのよね。配信ソフトって特に弄ってないのに勝手に設定が変わることがあるから困るのよ」
「あぁ何となく分かります」
確かにそういう事例は珍しい事ではないらしい。真白さんだけでなく、よくSNSとかでもどうしたらいいのかって質問を目にすることがあるからだ。配信者として長くやっている人もそうでない人も、何回かは必ず通る道だと思われる。
「次のやつ行きましょうか」
「そうですね」
今の動画を一旦閉じ、新しく次の動画を立ち上げた。今回のやつはちゃんと画面は映り、昔に流行っていたゲームを真白さんがプレイしていた。懐かしさを感じるのも確かだが、今の真白さんと決定的に違う部分がある。それは画面のどこにも真白さんを映すカメラの映像がないことと、見てくれている視聴者が五十人程度だった。
「まだカメラで体を映してない頃ね。それに視聴者の人も五十人くらい、この中にその時から見てる人は居るのかな?」
:ノ
:ノ
:見てるぞ!!
:この頃はただ声だけに興味があって聞いてたなぁ
:ゲームも上手だったけど
古株の人がそこそこ居るようで、こういう人たちに真白さんも支えられてきたんだなと思うとちょっと嬉しくなる。どれだけ時が経とうとも色褪せることのない魅力、それを真白さんはやっぱり持っているんだろう。
『……ここでこうやって……あ、こうじゃないのか……ふ~ん』
「……あまり喋らないわね」
「ですね……あはは、本当に新鮮だな」
やっぱり今とを比べてしまうと新鮮に感じる。真白さんのトークスキルは素晴らしいものがあり、基本的に生配信中は視聴者を飽きさせることはない。コメントを拾いながら、自らも話題を提供していく喋り……配信者にとってそれは元からなくてはならないスキルなのかもしれないが、何時間も続く配信の中で飽きさせない喋りが出来るというのはとても凄いことだ。
「真白さん、俺さっきから心の中でずっと真白さんのことを褒めてます」
「あら本当? でもねたか君、この頃の私は配信をしながら常にたか君のことを考えていたのよ? あぁ……本当に懐かしいわぁ」
俺と真白さん、視聴者のみんなで昔の動画を見る企画……何だかんだ始めたら始めたで真白さんも懐かしそうにしてるしこれはありだったのでは。当時のことを振り返りながら真白さんの話に耳を傾ける。そうしているとそろそろ配信予定の時間が終わる頃になってきた。一旦この動画は置いておくとして、最後の動画を見ることにするのだった。
『みなさんこんばんは~。今日からね、こうやって体を映して配信をやっていこうかなって思います。え? 本当に中学生か? 中学生ですぅ! ちょっと発育がお母さん譲りでいいんですぅ!』
何の偶然か、真白さんが初めて自身の胸元をカメラで映した時の配信だった。今みたいに良いカメラではないので画質が荒いが、それでも真白さんの豊かな胸元はバッチリと映されていた。
動画のみなのでコメントなどは見れないが、真白さんの受け答えを見るにかなりの人が胸に釣られて見に来ているのかもしれない。
「……大きいですね」
「ふふ、今よりは少し小さいけどね」
そりゃそうでしょうよ。
:この胸で中学生は無理でしょ
:エッチすぎるだろ
:……うっ!
:お前何やってるんだ!
:50000¥ ありがとう
:wwww
いや……確かに凄いなぁ。
ジッと画面を見つめる俺の腕に抱き着くように真白さんが胸を押し付けてくる。まるで今の方が大きいでしょう? 画面の私に見惚れずに傍の私を見なさいと暗に伝えてくるかのようだった。
「確か高校に入る段階で上が93だったから……うん、それからも結構成長したのよねぇ」
取り敢えず、配信中なのにムニムニと胸を押し付けないでって言うのは今更か。それからの時間、真白さんの胸の感触をこれでかもと味わいながらコメント欄と会話をしてこの記念配信を終わりを迎えた。
当然、その会話の途中でも高額なスパチャを投げられ頭がクラクラしそうになったのは当然だった。
後藤 悠
:2828¥ 良いから早く結婚しろ! 結婚式生中継配信まってる
「後藤さんありがとうございます」
「うふふ~、みんな私たちの結婚配信を待ってるのね♪」
みんなのコメントが結婚とかそういったものが多かったせいか、いつもよりかなり機嫌の良かった真白さんでした。
【あとがき】
コメント全部拾いきるのは無理でした申し訳ない。
話の都合に合わせてコメントを選んだんですけど、全部に合わせようとすると話がおかしくなりそうだったので……。
でも多くの人にコメントを頂き嬉しかったです。
また機会があればこういうのをやりたいですね。
ちなみに、今回の配信でたか君と真白さんに寄せられた金額は21万1404円となりました。大切に貯金をすることだと思います(笑)
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