結婚したいお姉さん

「おっす」

「おはよう隆久」


 教室に着くと既に宗二が席に着いていた。挨拶を交わして俺も席に着くと、早速宗二から真白さんについての話題が飛び出した。


「マシロさんの八十万人突破すげえな。おめでとう」


 俺に言われてもな……って少し苦笑してしまったが、おそらくそう伝えてくれってことなんだろう。今日帰ったら必ず真白さんに伝えることにしよう。


「そう言う宗二も段々増えてるじゃんか。凄いな」

「マシロさんに比べれば全然だけどな。でもありがとうよ」


 宗二のチャンネルももうすぐで百人に到達するかどうかって感じだ。全くの無名からのスタート、それにしては中々受けはいいんじゃないかと思う。前に少し聞いたけれど、真白さんがコメントした時の伸びが凄まじかったらしい。

 知り合いならどんな人なのか、どこに住んでいるのか、そんなタブーすらも聞いてくる人が居たそうだ。でも宗二は頑なに喋ることはなく、むしろそういうことはやめた方がいいと苦言を呈したとのこと……もちろんその相手には暴言を吐かれたみたいだが。


「マシロさんもそうだしお前にも迷惑は掛けたくないからさ。隆久の友人として、そしてマシロさんのファンとしてな」

「かっこいいじゃん。サンキューな宗二」

「へへ、いいってことよ」


 持つべきものは友達、なんて言葉があるけれどその通りだ。秋月君と三好君も自慢の友人ではあるが、やっぱり宗二との付き合いが長い分そう思ってしまう。


「帰りに花でも買って帰ろうかなって思ってるよ」

「いいんじゃないか? 金があればブランド物のバッグとか買えるんだけどな」

「……あ~」


 確かに見栄を張ると言う意味ではそれもありかもしれないが、基本的に真白さんはそういった高い物には興味がない。だから……何だろうな、そういったものよりも身近なプレゼントの方が真白さんは喜んでくれるのだ。


「……一日なんでも言うこと聞く券ってのも真白さんなら喜んでくれそうかな」


 喜ぶどころではなく、荒ぶるくらいに歓喜する姿が頭に浮かぶのは気のせいだろうか。


『本当にいいの!? 本当にもらっちゃっていいの!?』

『ねえたか君何でもいいのね? 何でもお願いをしてもいいのね!?』

『はいこれ、ここに名前を書いて印鑑を押すだけでいいの。ほら、ほらほら!?』


「……………」


 決して現実に起こる確信はなく俺の想像だけなのに、ほぼ百%の確率でこうなるという直感が俺の中にはあった。


「……どうした隆久」

「あぁいや何でもない」


 ……まあ何を言われるとしても、無茶なことでなければ可能な限り真白さんの意に沿うように頑張るとするか。何だかんだ、どんな形であれあの人が笑顔になってくれるならそれ以上はないんだから。

 それから朝礼を前にして俺と宗二はトイレに行くために席を立った。話をしながら歩いていたのがマズかったのか、教室を出る際に廊下から戻って来ていた女子とぶつかってしまった。


「いたっ」

「おっとすまない、大丈夫か?」


 尻もちを付くようなことにはならなかったが、体をよろめかせた彼女が万が一転げたりすることがないように手を添える。クラスでも比較的騒がしい連中の中によく見る顔、言ってしまえばギャルっぽい彼女のことだから死ねくらいは覚悟していたんだが、俺の予想に反して彼女は素直にありがとうと口にした。


「……何よその顔」

「いや、何してんのよハゲくらいは覚悟してたからさ」

「はあ? あのさ、確かにこんな見た目だけどそこまでひどいつもりはないよ」

「そうだな……ごめん」

「ううん、それじゃあね」


 彼女は笑ってヒラヒラと手を振りながら歩いて行った。

 ……ちょっと彼女には悪かったかもしれないな。見た目もそうだし、色んな噂のある連中と付き合っているから外面だけで判断してしまった。やっぱり人を判断するのに見た目なんてものは当てにならないってことか。


「……あれがオタクに優しいギャルってやつか」


 かもしれんね。

 っと、そんなこんなでトイレを済まして教室に戻りいつも通りの学校が始まる。あぁそうそう、そういえば宗二からこんなことを聞かれた。


『そういや最近さ、マシロさんあまり自撮りを投稿しなくなったな』


 宗二が言う自撮りは真白さんがSNSに投稿していた写真のことだ。顔を隠し胸の写真をよくアップしていたが、確かに最近はあまり投稿することもなくなった。正確には俺と付き合いだしてからになるが、投稿する写真はほとんど俺とイチャイチャしている写真だ……って、自分で言うと恥ずかしいなちょっと。

 真白さんが俺の胸に顔を埋めている写真であったり、俺が真白さんの胸に顔を埋めている写真……あぁうん、これは恥ずかしいわ普通に。


 さて、もうすぐ夏休みということを除けば特に学校生活で特筆することはない。なので授業を受けて友人と過ごし、気づけば終わっているとそんなもんだ。

 宗二に話をしたように、真白さんへのお祝いということで花屋に向かう。宗二たちに挨拶をして教室を出た時に彼女――俺がぶつかった女子と目が合った。


「これから帰るの?」

「あぁ」

「ふ~ん」


 俺たちは一緒に下駄箱に向かって歩き出した。まあお互いに学校が終わって用がなければ帰るだけだしな。だから学校を出るまで一緒になったとしても全く変ではなかった。特に会話らしい会話をせずに歩いていると、彼女が口を開いた。


「あのさ」

「なに?」

「あの時ぶつかった後のやり取りで思ったんだけど、本当に彼女居るんだね?」

「……うん?」


 どういうことだろう。

 首を傾げる俺に彼女はこう言った。


「いやさ、特に慌ててなかったし何となく慣れているような感じがしたから」

「あ~」


 確かに真白さんと接しているおかげか些細なことで異性に対し慌てるようなことはなくなった。とはいえ特に何もないことが一番だけど、変に慌てたりせず普通に接してくれる方が相手にとってもいいだろうし。


「どんな人なの?」

「優しい人だよ。綺麗で可愛くて、傍に居てとにかく幸せなんだ」

「……おぉ、まさかそんな風に返されるとは思わなんだ。でもそっか、幸せなのはいいことだようんうん」


 そうだねと頷くと、彼女は楽しそうに笑った。そしてそんな風に笑みを浮かべながら少し答えづらいことを口にするのだった。


「あたしの彼氏は浮気ばっかりだからさ、何というか羨ましいよ。そう言う風にお互いを大切にしている関係はね」

「……えっと」

「あはは、ごめんね。まあ近い内に別れるつもりだからいいんだよ。いい加減愛想も尽きてきたし、仕事している大人がかっこいいからって理由で惚れたあたしに原因があるんだから」

「相手は社会人なのか?」

「うん。あたしより三つ上の二十一歳」

「……なるほど」


 性別の違いを除けば年齢も一緒なのか、凄い偶然だ。

 そのまま他愛無い話をしながらお互いに靴を履き替え、校門を過ぎた辺りで別れることに。


「じゃあね工藤君、彼女さんのこと大切にしなよ?」

「分かってるよ。それじゃあまた」

「ばいばい」


 そうして彼女と別れた。

 彼女が語った彼氏との話は何というか、俺と真白さんとは正反対の世界を見ている気分だった。俺や真白さんと違い、彼女のように恋人と全く波長が合わず上手く行かない人たちだって居る……そんな当然のことを改めて思い知らされた気分だった。


「……真白さんに会いたい」


 そう呟き、俺は足を動かすのだった。

 早く会いたい、早く帰りたいという気持ちを抑えるように俺は花屋に寄って手頃な花を買うことにした。そこまで大きなものではなく、小さな花瓶で事足りる程度のものだ。

 万が一転げて花を台無しにしてしまわないように、注意をしながら帰路を歩く。そうしてマンションに着いた俺は部屋の前で予めて用意していたものを手に取った。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい~!」


 中に入るとすぐに真白さんが顔を出した。

 俺を見つめて嬉しそうに笑みを浮かべたのも束の間、手に持っていた花を見て目を丸くする。


「帰りに買ったんです。真白さんの八十万人のお祝いにと」


 パッと見て綺麗な花を見繕ってもらったので見た目も悪くはない。造花ではないのでそのうち枯れてしまうだろうけれど、少しの間でも確かな形として残るものを選びたいと思ったのだ。


「……ふふ、たか君にお花をもらうなんてなんかこう……特別な気分ね。早速飾ることにしましょうか」


 小さな花瓶を取り出し、水を入れて花を挿した。ニコニコと飾った花を見つめている真白さんに俺はもう一つのモノを手に取って渡した。


「これは?」

「真白さんの言うことを一日なんでも聞く券で――」


 何か風が吹いたと思ったら俺の手からそれは消えていた。どこに行ったのかと見回すと、目をこれでもかと見開いた真白さんが手に取って見つめていた。そして、ギロリと俺を見つめてニヤリと笑みを浮かべる。


「本当にいいの!? 本当にもらっちゃっていいの!?」

「あ、はい」


 あれ、なんかデジャブを感じるんだが。

 ガシっと手首を掴まれ、そのまま椅子に俺は座らせられた。そして棚から何かを取り出し俺の目の前に置いた。


「……あの~真白さん、これは」

「婚姻届けよ♪」


 ……もしかしたら俺には未来を視る力があるのかもしれないなぁ。

 なんてことを、俺は遠い目をしながら考えるのだった。


 あぁもちろん、いくら言う事を聞く券とはいえこれは冗談だったらしい。


「流石に冗談に決まってるじゃないのたか君! どうせそのうち本当のことになるんだから慌てる必要はないのよ~♪ たか君との結婚生活……朝から晩まで、新婚さん気分でラブラブ生活……はぁん!」

「っ!?」


 何を想像したのかは予想できるが、体をブルっと震わせた真白さんはとっても幸せそうな表情をしていたのだった。

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