報告、そしてイチャイチャするお姉さん

「お前何見てんの?」

「あ? あぁこれ? マシロって配信者の動画」

「……ほ~」


 とある場所にて、一人の高校生がある動画に目を向けることになった。友人が食い入るように見ていた動画はマシロの物だった。片方のイヤホンを借りて耳に付けると聞きやすい綺麗な声が少年の耳に届いた。


『そうなのよねぇ。それで……うんうん。そうなったわけ』


 コメント欄とお話をするマシロの様子は楽しそうで、聞いているこっち側が不思議なほど楽しくなる配信だった。まあ彼も男なので、ワイプに映る真白の巨乳からはやっぱり目を離せなかった。


「……デカいな」

「だろ? しかも超絶美人だしなこの人」

「……本当だな」


 一旦胸から目を離し、しっかりとカメラに映されている顔に目を向けた。長い黒髪を真っ直ぐに伸ばし、パチッとした目元……目の色が黒目ではないのはおそらく外国人なのだろうか、そんなことを思ったが特に気にはならなかった。少年が今まで見たことがなかったほどの美人、それこそテレビで活躍するアイドルでもここまでのレベルの女性はそうそう居ないだろう。


「マシロって言った?」

「おう」


 その名前を忘れないようにしっかりと脳に刻んだ少年だった。

 学校が終わるとすぐに家に帰り、スマホから動画サイトにアクセスして早速マシロが投稿している動画を見始めた。中には顔出しをしておらず胸元だけを映しているのもあってこれはどういうことかと思いはしたものの、非常に眼福だったのでしっかりと拝ませてもらった。


「ASMRかぁ……聞いたことないけどどんなだろ」


 エッチなお姉さんの耳かきボイス、そんな題名の動画を開き……そして少年は新たな境地に達した。

 マイクに向かって囁かれるマシロの声、甘ったるいその声の破壊力は凄まじく最初の吐息で既に背中が震えるほどだった。椅子に背中を預けるように目を閉じてゾクゾクとした感覚に身を任せる心地がたまらない……それこそ、喋り方も息遣いも色気がヤバいので色々と妄想も捗った。


「凄いなこの人……というか再生数とか高評価の数とかえっぐ」


 ゲーム配信や生配信もかなり再生回数だが、ASMR動画に関しては凄まじいほどの再生数を叩き出していた。高評価の数も多くコメントを見てかなり好評でファンにも愛されているようだ。中には危ないなと思ってしまう人も居るが、それよりも好意的でありマシロを心から応援する人の方が多いように見える。


「……俺、ファンになったわこの人の」


 今まで色んな配信者を見てきたが、ここまで夢中になれそうな配信者には初めて出会ったかもしれないと少年は思った。すぐにチャンネル登録をして次から次へと動画を視聴していった。

 動画を見ていく中でおススメに色んな切り抜きも出てきたが……特に少年はそちらを見ることはしなかった。さて、そんな風に動画を漁っていると“寝起きドッキリ”と付けられた動画を見つけた。


「お、なんだろうこれ」


 もう完全にファンになってしまった少年はその動画を開いた……ただ、しっかりとその動画を投稿したチャンネル名を見ておけばダメージは少なかったのかもしれない。


「……はっ?」


 胸元がきついのかボタンが閉まってないパジャマを着たマシロ、大変エッチで素晴らしいと思いながら最初は見ていたのだが、何だこの男はと少年はパニックに陥ってしまった。まさかと思ってSNSを開いて調べてみると、どうやらマシロには既に彼氏が居るらしく、最近それをカミングアウトしたとのことだ。


「……………」


 そして今見た動画はその彼氏に対する寝起きドッキリ、ドッキリとは言ってもただ二人がイチャつくだけの動画だったのだ。

 呆然とした少年はゆっくりとチャンネル登録を解除するのだった。

 マシロのファンになったその日の内に、少年はファンであることを辞めた。






「というわけで、GT杯への参加が決まりました!」


:待ってましたぁ!!

:絶対見るわ

:大丈夫かなぁ……

:それな

:あいつ……まあ心配はいらないだろうけど


 もうそろそろ夏休みが近づいて来た頃、今日も今日とて真白さんは生配信を行っていた。今日は雑談配信ということで、正式にお祭り企画でもあるGT杯への参加が決まったことを報告していた。

 既にいつやるかの日程とチームも決められ、ぶっつけ本番で初対面の仲間と戦っていくことになる。


「あいつってのが誰かは分かるけど、気にしてないんだよね。ブロックしてから今まで以上に気にしなくなったし」


:ブロックしたのかw

:本人何もしてないのにブロックされたって言ってたな

:何かしたからブロックされたんだろ

:違いない

:何か嫌がらせとかされてない?


「そこまで酷いことはされてないけど、まあファンみたいな子からは阿婆擦れだの何だの時々言われるね」


 ちなみに、このあいつと呼ばれているのはゲンカクさんのことだ。以前に俺に真白さんに迷惑が掛かる云々を言ってきた出来事があり、俺も真白さんもあの人をブロックしたのでそれからのことは何も知らないのだ。ただ、ゲンカクさんのファンと思わしき人から色々と言われることはあるらしい……というか、俺の方にも時々来ているくらいだ。


「GT杯で見つけたらぶちころ……コホン、ぶっ倒してやるわ」


:楽しみにしてる!

:10000¥ マシロの勝利を祝して

:まだ始まってないからw

:草

:でもマシロの他の二人も良いところ持ってきたよね


 基本的にGTは三人でチームを組んで戦うゲームなので、必然的に真白さんと同じチームの人は後二人ということになる。その二人に関しても先ほど言ったように既に発表されているが、GTをやっている人なら知っている名前だった。


「マイカーさんとセリーナちゃんねぇ……本当に初めてなのよね」


 マイカーというのは男性、セリーナは女性でVtuberになる人だ。どちらも有名な配信者であり、かなりの実力を兼ね備えた二人だ。

 とはいえ、GTの中でのランクはこの中だと真白さんが一番上にはなるのだ。T12からT0までのランク帯において、真白さんはT2で他の二人はT3だったはずだ。0に近づくほど強いということになる。


:中々バランスのいいチームじゃん

:マイカーもセリーナも上手だしな

:人格的にも問題は……ないはず

:マイカーはともかくセリーナには気を付けて


「セリーナちゃんが?」


 男性の方ではなく女性の方に気を付けろとはどういうことなんだろう。俺も名前を知ってはいたがどんな人となりかは知らないから気になった。


:あいつ女だけど親父だからな

:めっちゃセクハラしてくると思うぞ

:マシロなら心配なさそうだけどさ

:でも悪い子ではない

:500¥ セリーナのリスナーです。悪い子じゃないのでお手柔らかに


「ありがと♪ でもそれはそれで楽しみでもあるわね」


 真白さんがそう言ったけど俺も気になったのでちょっと切り抜きを見てみることにした。俺が調べようとしたことを真白さんも気づいたのか、手招きしてきたのでその隣に自然と座る。

 映っているのは真白さんだけで、俺がそこに居るとかろうじて分かる程度だ。今のカメラの位置ならどこからどこまで映るのか、それをちゃんと教わったし確かめたので安心できる。


:彼氏きたあああああああ!!

:たか君!!

:……おいお前ら、マシロの顔見てみろよ

:めっちゃ笑顔で草

:ニコニコしていらっしゃる

:20000¥ たか君、これで何か買ってもろうて


 SNSでもそうだし、あれから真白さんが俺とのことを良く話すものだから完全にリスナーには認知されてしまっていた。こちらの放送には出ないはずだったけど、こうして声だけでも配信に出ることは少なくない


「二万円ありがとうございます……やっぱり恐縮しちゃうなこれ」


:30000¥ マシロとのデート代に


 だからそうやって赤いのを投げないでくれ反応に困るから!

 慌てる俺を真白さんは楽しそうに見つめていた。傍に居ることが、一緒に配信をしていることが本当に嬉しそうな笑顔だった。


「ねえたか君、お姉さん夢が叶ったわ――あなたと一緒に配信をするっていうね」


 そう言って真白さんは俺の肩に寄りかかった。

 画面に映るのは幸せそうな真白さんの姿、俺の肩に寄りかかる彼女の姿は傍に居る俺でさえ目を奪われてしまうほどのモノだった。


:てぇてぇ

:50000¥

:もっとこういうの見せて

:もっとちょうだいよもっと!

:イチャイチャすな(もっとやれ


 ……まあ、もう少しこうしていようかな。

 俺は小さく苦笑し、真白さんが満足するまでその場から動くことはなかった。

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