妹になってみたお姉さん

「……暇だなぁ」


 ボソッと真白はそう呟いた。

 隆久が学校に行ってる間、基本的に真白は暇だなと呟くことが多い。別にやらないことがないわけではないが、それでも隆久が傍に居ないことはとにかく退屈だった。


「あの~真白さん、一応私が傍に居るんですけど」


 そんな真白を見て苦笑する女性が一人、林檎である。お隣さんということで二人ともお互いの家を行き来することも少なくはない。もちろん林檎からすれば隆久が居る時はお邪魔しないし、真白としても彼が傍に居れば家を出ることもない。基本的に二人が会うのは隆久が居ない時くらいだ。


「ごめんね林檎ちゃん……はぁ」

「これは重症ですね。隆久君愛されてるなぁ」


 ちなみに今林檎が隆久と名前を呼んだように、お互い名前を呼ぶくらいには打ち解けていた。真白が付き合っている相手だから、それもあって前の会社でのことで男嫌いの気がある林檎も隆久にはある程度心を開いていた。


「そういえば真白さん、隆久君との動画見ましたよ」

「あらほんと? どうだった?」

「真白さんも可愛かったですし隆久君も可愛くて……何というか最高でした。こう心が洗われるといいますか」

「……林檎ちゃん、悩みがあるなら話を聞くわよ?」


 最高だと言ってくれるのは真白としてもありがたいのだが、心が洗われるなんて何か良からぬことでもあるのかと勘ぐってしまう。林檎は言葉の綾ですよと言って手をヒラヒラとさせながら笑い、そんな表情を見て真白は少し安心した。


「それにしても……」

「……なによ」


 ジッと林檎は真白を見つめてみた。真白は居心地が悪そうに体を小さくしたが、その仕草で胸の形が歪んでしまい、同じ女なのになんて素晴らしい光景なんだと林檎は思う。真白ほどではないがかなりスタイルの良い林檎であっても、真白の体にはちょっとだけドキドキしてしまった。


「真白さんってエッチですよねやっぱり」

「あなたも似たようなものでしょうが」


 ジトッとした目を向けられてしまい、真白にそう思われるのは光栄だなと林檎は嬉しくなった。しかし、こうやって真白と身近で接していると思うことがある。それは隆久のことだ。真白から聞いた話だと、隆久に対して約一年攻めに攻めまくったらしいことは伝えられている。この体を前にして一年間を耐え忍んだ隆久、彼に対して林檎は良く分からない尊敬の念を抱いているのも確かだった。


「私が男だったら我慢は無理ですよ。隆久君よく我慢出来たなって」

「そうなのよ! そりゃあ私もちょっとやりすぎかと思ったわ。でもね? 好きな人を前にすると我慢できないの! おっきくしてほしいの!」

「はいはい真白さんジュースのお代わりですよ~」


 ヒートアップしそうな真白にジュースのお代わりを渡した。ありがとうと口にした真白は一気にジュースの飲み……そして言葉を続けるのだった。


「以前にお風呂で初めておっきくしてるところ見たんだけどあの時の感動ったらないわよ本当に! あれが決め手だったわね! もっと攻めないと、もっとって!」

「……聞いてるだけでも面白いわね。でもごめんね隆久君」


 真白の口からこういう話題を聞けることはハッキリ言って面白かった。ただ隆久が居ない場での話なので若干の申し訳なさは感じたが、林檎としてももっと真白から話が聞きたかったので色々と聞いてみることに。


「真白さんから聞いていた限りだと、実は私隆久君のことヘタレだなぁとか思っていたんですよね」

「そうかしら? 今となってはお互いに両想いだっていうのは分かったけど、たか君の立場からしたら仕方ないとも思うけどね」

「……それはまあ確かに」


 隆久からすればいくら距離の近い真白であっても、あまりに完成された美貌と有名人という肩書はそれなりの重さがあったのだろう。真白が好意を全面的に押し出すように見せたとしても、どうして自分がとそう思ってしまってもおかしくはない。


「でももう、私たちを阻むモノは何もないわ。たか君も良い意味で私を対等の存在として考えてくれている。この土俵に無理やり上げてしまった気もするけれど……本当にね? あの子が、たか君が傍に居てくれるだけで本当に幸せなのよ」


 そう言った真白の笑顔は本当に綺麗だった。心の底から嬉しいと思い、隆久のことを考えている証とも言える。何があってもこの間に割って入ることは許さない、もしそんな輩が居るなら抹殺……とまでは行かないまでも、この尊さを穢してはならないと林檎は思ったのだった。


「真白さんは本当に隆久君のことが好きなんですね」

「大好きよ♪」

「あんな素敵な男の子が傍に居て羨ましい限りですよ」

「うふふ~♪」

「二人を見てると私まで嬉しくなりますから」

「ありがとう林檎ちゃん♪」

「私も隆久君のことがいいかなって思ったり――」

「あ?」

「何でもありません!」


 桃色の空気を放っていたはずなのに、一瞬にして深淵の闇の中に引きずり込まれたような錯覚を林檎は感じた。もちろん林檎が口にしたのは冗談なのだが、真白はどうもそのようには受け取らなかったらしい。


「もう林檎ちゃんったら驚いちゃうじゃない!」

「あはは……ごめんなさ――」

「お願いだから私に林檎ちゃんを消させないでね?」

「……はい」


 消すとは何ですか!? とは怖くて聞けなかった林檎である。

 それから二人でのんびりしていると、ふとスマホを触っていた真白が声を上げた。


「……う~ん」

「どうしたんですか?」


 そう聞くと、真白が見せてきたのはとあるメッセージだった。


「GT杯への参加……ですか」


 ガードナーチャンピオン、その有名配信者たちが集う大会のようなものがあるのだが、その運営からのメッセージだった。真白も有名配信者であり、何よりこのゲームが上手ということでこういうお誘いは何度もあったのだ。

 林檎はこのゲームをやっていないため詳しくは知らないが、それでも真白の配信を見ることはそこそこあったのでどんなゲームかくらいは知っている。


「たか君は出ても良いんじゃないかって言ってくれるし、私も興味あるから出たいんだけどねぇ……ちょっとめんどくさい人が居るから」

「あ~……」


 真白の言葉に思い浮かぶ人物がいた。基本的にこういう大会で運営が彼に参加を要請するので大体名前を見るのだが……確かにそういう理由があるなら仕方ない気もしてしまう。しかも最近ブロックした相手でもあるし、真白自身が彼を心底嫌っているのもある。前までは無関心そのものだったのに、隆久に対して筋違いのメッセージを送ったことが真白の怒りに触れてしまった。


「彼と同じチームじゃないなら出れますとでも送ってみようかしら」

「いいんじゃないですか? でもそんなに嫌いなんですね?」

「嫌いじゃ足りないわね大嫌いよ」

「わお」


 どうやらゲンカクに対する真白の好感度はマイナスを突っ切っているらしい。ゲンカクには申し訳ないが心から笑ってしまう林檎だった。

 そうして雑談の夢中になっていたせいか、結構な時間が経っていた。


「もうこんな時間なのね。それじゃあ林檎ちゃん、私は戻るわ」

「はい。今日も楽しかったです真白さん」

「私もよ。またお話しましょうね」

「はい!」


 立ち上がった真白の様子、何かワクワクしているようにも見えて林檎は首を傾げた。


「昨日ね。姉と妹、どっちの私が見てみたいかってたか君に聞いてみたのよ」

「ほう……」

「それで妹って答えたのよね。それでちょっと、帰って来たたか君に妹として接してみようかなって思ったのよ~」

「それは……何というかエッチな妹ってイメージが先行しますけど」


 その言葉にクスッと意味深に笑った真白、帰ってきたら大変だよとここには居ない隆久に林檎は呟くのだった。






「ふぅ……?」


 学校が終わって帰って来た俺だったが、玄関を前にして何故か妙な胸騒ぎを感じるのだった。この扉の向こうで何かが待ち受けているような、漠然とした何かを俺は感じていた。


「……何だろうこれ」


 嫌な予感ではなく……何だろう、とにかく嫌なものではなかった。

 意を決して俺はドアを開けて中に入る……すると。


「あ、おかえりなさいお兄ちゃん」

「……真白さん?」


 少しだけ幼さを感じさせるワンピースを着た真白さんが居た。それにしてもお兄ちゃん呼びとは一体……。


「……兄さんの方が良かった?」

「えっと、呼び方は別にいいんですけど……」


 そこで俺は昨日の真白さんの問いかけを思い出した。なるほど、これが妹と答えた結果らしい。ようやく俺は真白さんの意図を理解するのだった。


「……ただいま、真白」

「! うんおかえりお兄ちゃん!」


 ……やばい、凄く新鮮な気分で耳が幸せだ。

 俺の腕を抱いて嬉しそうに身を寄せてくる真白さん、完全に妹になり切っているのか仕草もいつもと違う気がする。

 でも……俺は一つ思ったことがある。


「この大きな胸で妹は無理でしょ」

「お兄ちゃんのエッチ!」


 取り敢えず……これはしばらく妹だと思って過ごせばいいのだろうか。


 ……ふぅ、取り敢えずエッチだなと最初に思った俺はダメかもしれない。

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