ありのままの姿を見せるお姉さん

「真白さん……本当にこれを投稿するんですか?」

「えぇ。といってもたか君が嫌ならやめるけど」

「……いいえ、俺も腹を括りましょう!」


 真白さんのサブチャンネル、そこに投稿する一発目の動画の編集が終わった。真白さんと意見を出し合いながら字幕や音楽を付けたり、早送りやカットを入れてかなりいい動画が完成したとは思えた……しかし、これを多くの人に見られると思うととてつもなく恥ずかしかった。


「ふふ、最後にもう一度見てみましょうか」

「……あい」


 場所はさっきまでいた配信兼編集部屋ではなくリビングだ。ノートパソコンに移したデータを起動し、さっきまで編集していた動画を再生する。

 それっぽいオープニングが流れ、早速真白さんの本領が発揮された。


『おはようございます♪』


 いつもと同じく胸元をこれでもかと開けた真白さんが現れた。真白さんがカメラを向けた先はまだ眠っている俺の姿……あぁもちろん顔の部分はモザイクが掛かっている。カメラを持って俺に近づく真白さんだが、俺としてはこの時当然寝ていたし、口にしていた寝起きドッキリをされるとは思っておらず完全に無防備である。


『……うふふ〜♪』


 そのまま何もせずに俺を見つめるだけの真白さん、画面下に早送り中とテロップが出て早送りされるのだが実際に数十分はこのままだった。


『ずっと見つめていられるわね……好き』

「冷静になって見ると怖いわね……」


 それを真白さんが言ってしまったらお終いですよ。

 予め用意していたのか台の上にカメラを置き、真白さんは眠る俺に向かって四つん這いになりながら近づいてくる。この時点で何というか……大変エッチだ。とにかくエッチだ。凄まじいほどエッチだ。


「真白さんが動いた時に聞こえる音とかリアルだなぁ」

「でもその方がリアル感あっていいわよね」


 ベッドの軋む音とか本当にリアルに耳に届く。

 カメラから真白さんが離れてもマイクは付けているのでちゃんと声は拾っているのだが、当然慎重に動こうとしているので気を張っている分息遣いも聞こえている。


「真白さん、俺の顔にモザイクが掛かっているのは良いとして……その、こうやって真白さんが顔を近づけている部分がモザイクって……なんかアレですね」

「完全にアレに見えるわね」


 まあ決してそんな映像ではないんだけどね。

 さて、ここまでは普通に真白さんが様子を窺いながら近づいているだけだ。ここまではいい、ここまではいいのだ。ただ……ここから先がちょっと問題なのだ。


『……?』

『あら、起こしちゃった?』


 ある程度人が近づけば目を覚ますのは普通で、この時の俺は真白さんの気配を感じて目を覚ましたのだ。ただ完全に目を覚ましたわけではなく、まだまだ眠いし二度寝したいと思っていた。


『真白さん……もう少し寝ても良いです?』

『あ~……』


 寝起きドッキリ、なんて言えるわけでもなく言葉に詰まる真白さん。そんな彼女を俺は抱きしめたのだ。きゃっと可愛らしく声を上げて俺の元に倒れ込む真白さん、俺は真白さんの胸に顔を埋めるようにしながら足も絡めていた。


『あらあら~♪ 本当に甘えん坊なんだから』

『甘えさせてください少し……』

『少しだけと言わずずっと甘えていいんだからね?』


 カメラの角度的にもバッチリと見えている。後頭部を向けているのでモザイクは入っておらず、真白さんの胸に顔を埋めているのもそれなりに見えていた。真白さんの優し気な視線もしっかりと映っており、俺の頭を撫でながらよしよしと母が子をあやすような柔らかい口調だ。


『……あれ、私何してたんだっけ』

「真白さん……」

「あはは……でもでも! たか君が可愛すぎるのがいけないのよ!!」


 それから眠ってしまった俺を真白さんはずっと抱きしめ続けていた。その間、真白さんの表情は大変ご満悦の様子だった。

 最後に場面は飛び、完全に目を覚ました俺に真白さんが説明する。


『寝起きドッキリを仕掛けようと思ったんだけど結局いつも通りだったわね』

『……あぁだからカメラがあったんですね』


 いつも通り、この言葉を果たして視聴者の人はどう判断するのか今から怖い。

 現在の時刻は夕方の五時、夜の八時に投稿されるように設定しておいた。あぁそうそう、ちなみにサブチャンネルの名前は……“マシロと彼の時間”っていうものだ。最初は普通にマシロサブチャンネルだったが気づいたらこうなっていた。


「動画でもたか君って呼べるのはいいわね。いつも通りって感じで」

「俺も落ち着きますよ。世間ではマシロさんですけど真白さんだし……あれ、何言ってんだろう俺」

「あはは♪」


 呼び方はどうしようかという話になったが、普通にたか君と呼んでもらうことにした。この呼び方を友達でする人は居ないし、そもそも宗二くらいしか真白さんが俺をそう呼んでいることを知らない。家族はもちろん……後は林檎さんも知ってるんだったかな? 心配の必要はなさそうだ。


「どんな反応をもらえるか今から楽しみねぇ」

「ですね」


 怖さ半分期待半分と言ったところか。

 俺の隣で体を解すために伸びをする真白さん、気持ちよさそうな声を出しながら腕を伸ばす真白さんに苦笑しつつ、俺は立ち上がって真白さんの後ろに回った。


「肩揉みますよ」

「あら、ありがとうたか君」


 真白さんの肩に手を置き、固くなった部分を解すように揉んでいく。こうして真白さんの肩を揉むことは数え切れないほどやってきたけど、こんな小さなことでも真白さんを助けられるのは嬉しいことだ。


「あ~♪ いい……いいわよぉたか君」

「……………」

「ぅん♪」


 親指に少し力を込めると気持ちのいい部分に触れたのか声を出す真白さんに、俺は何とかムラムラしないように心を落ち着ける。ただの肩揉みなのに本当に気持ちよさそうな声を出すからなぁ……色々と大変なんだよ俺も。


「ありがとうたか君、凄く気持ち良かったわ」

「いえいえ、またいつでもやりますから」

「うん。お願いするわね♪」


 満足した様子の真白さんの隣に座り、いつものように彼女に身を寄せられる形になった。お菓子を食べながらテレビを見る真白さんの隣で俺はスマホを手に取って動画サイトにアクセスする。


「あ」


 宗二が初めての配信をしていた。

 やっているゲームはガードナーチャンピオン、通称GTだがこれは真白さんもやっているゲームで今最も熱いFPS系のオンラインゲームと言えるだろう。取り敢えず見てみようかなと思って俺は覗いてみた。


「あら、それお友達の?」

「はい」


 動画を開くとまだまだ初心者の動きで四苦八苦する宗二の様子が映し出された。


『キーマウの操作はもう少し慣れないとだなぁ……』

「ふふ、私も最初はこんな感じだったなぁ。懐かしいわねぇ」


 宗二はまだチャンネルを開設したばかりだが、教えてもらっていたので俺はチャンネル登録をしていたのだ。宗二の登録者はまだ俺だけだが、今配信を見ている人は五人くらいでコメントをしている人は二人ほど居た。


:最初はこんなもんよ

:URL貼っておくから勉強しとくがよろし


『ありがとうございます!』


 ちなみに宗二の名前は使っておらず、ソウジーンとネットでは名乗るらしい。

 よし、俺もコメントしてみるか。


「頑張れよソウジーンっと」


:頑張れよソウジーン


『たか……あぁ“たか君”な! なんだ見てたのかサンクス!』


 こいつ今普通に俺の名前そのまま呼ぼうとしたな……。やらかしそうになった宗二に俺と真白さんは揃って苦笑し、真白さんが時計を見ながら口を開いた。


「たか君、そろそろお風呂入る?」

「そうですね……あ~、一緒に入ります?」

「うん♪」


 一緒に入りたそうな視線を向けられていたので、そう提案すると真白さんは嬉しそうに頷くのだった。スマホを机に置いて立ち上がると、あっと何かを思い付いたのか真白さんもスマホを手に取った。

 真白さんはさっき俺が見ていた宗二の動画に飛んだ。


「……これでよしっと」


マシロCh:頑張れ~


『ありが……え!? マシロさ――』


 そこで真白さんはスマホを机に置き、俺の手を取ってお風呂へと引っ張っていく。


「たぶん凄い喜んでますよあれ」

「だといいわね。動画配信って継続することが大事だから、あれくらいでやる気が出るならいいんじゃない?」


 全然伸びなくて辞める人も居るし、めんどくさくなって辞める人も多い。気づいたら全く配信をしなくなった、なんてことも珍しくない世界だ。やれるところまで頑張ってほしい、そう俺は祈るばかりだった。






 真白のサブチャンネルに投稿された一発目の動画、思いの外好評であり再生数も伸びる結果になった。

 いつも動画で視聴者が見ていた真白というより、ありのままの彼女の姿が映されていたからだ。大好きだと言っていた彼が傍に居る、彼の隣で笑みを浮かべている真白の姿に視聴者は心を撃ち抜かれた。


 コメント欄も好意的なモノが多く、もっと見せてほしいというコメントもかなり見受けられた。

 しかし、そうでないモノも当然存在する。


「……クソが!!」


 投稿された動画を見て、机に思いっきり拳を叩きつける男の姿が日本のどこかにあったとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る