やっぱり対抗するお姉さん

「ねえ真白、今日泊っていってもいい?」

「……ダメと言っても泊るでしょ?」

「うん♪ ということで~、たか君は今日私と一緒に寝ましょうね~♪」

「はっはっは、寝言は寝てから言うものよマイマザー」


 明日も休みだし何となくフィリアさんは泊まっていくんじゃないかと思っていたけど案の定だ。一緒に寝ないか、不意に言われたのでドキッとしてしまったが真白さんの表情を見て冷静になった。

 あくまでのんびりのほほんとした様子を崩さないフィリアさん、そんなフィリアさんを睨みつける真白さん……自分のお母さんに嫉妬しなくても、なんてことを俺が口にしたらこれ幸いにとフィリアさんが揶揄うのは目に見えている。だから出来るだけ何も言わないのがこの場を乗り切る方法だ。


「どうしてもダメ?」

「ダメに決まってるでしょうが!」

「ぶーぶー」


 フィリアさん是非お年を考えてください……なんて言えないほどにフィリアさんって若々しく見えるんだよな。普通に真白さんと並んでいても姉妹みたいだし、別に若作りしているわけでもなく素でそれなのが恐ろしいくらいだ。

 そのまま真白さんと言い合いをして俺に火花が飛んでこないことを祈るのだが、そうはやはり行かなかったらしい。


「それじゃあたか君はどうなの~?」

「たか君! 絶対に嫌よね!?」

「……えっと」


 正直に言えば嫌ではない、真白さんのお母さんということでお世話になっていることもあるし……前に母さんに会えないから甘えたことだってある。真白さんと同じくらいに心を開いている相手だからこそ嫌とは言えなかった。

 嫌と言えば真白さんが喜びフィリアさんは悲しみ、そんなことはないと言えば真白さんは嫉妬しフィリアさんが喜ぶ……なんだこれ、なんだこの四面楚歌。誰か俺を助けてくれ。


「ふふ、あまりたか君を困らせるのもダメよ真白」

「……そうね。こんな問いかけ、たか君を困らせちゃうわね」


 どうやら丸く収まりそうで安心した。

 答えにくいことを聞いてごめんなさい、そう言って俺を抱きしめいつものようにその魅惑の胸元に誘う真白さん。そんな俺たちを見てフィリアさんは微笑ましそうに見つめ、そしてこんなことを口にするのだった。


「それじゃあたか君、お風呂は私と一緒に入りましょうか~?」

「だから何を言ってるのかしら!?」

「いいじゃないの~! 私だって未来の息子と仲良くしたいんだから~!」


 振り出しに戻ってしまった。

 絶対にそんなことはさせない、猫のようにふしゃーっと真白さんはフィリアさんを睨みつける。真白さんのその表情に全く怖気づくことなく、フィリアさんは不満そうに言葉を続けた。


「だってたか君、私の夫とは銭湯とか行ったじゃない? 真白とも一緒にお風呂入ってるし私だけ仲間外れなのよ~!」

「それは……」

「ダメよたか君、何も聞いてはダメ」


 両耳を塞がれ、ガッシリと抱きしめられた。微妙に聞こえる真白さんとフィリアさんのやり取り、取り敢えず二人が落ち着くまで俺はこの柔らかさに身を委ねるのだった。柔らかい、温かい、いい匂いがする……あ~幸せだなぁ。


「……………」


 まあこんな風に真白さんはフィリアさんと言い合いをしているけど、やっぱりお母さんと話が出来ることを心のどこかでは嬉しいと思っているんだろう。声にもそうだし雰囲気にもそれは出ていて見てる側としては微笑ましい気持ちになる。


「まあいいわ。今日くらいは許してあげましょう」

「やったわ~!」


 疲れたように溜息を吐いた真白さんと嬉しそうに万歳をするフィリアさん、上手い具合に話が纏まって良かったなと思った俺だったが、一体何に関して話が纏まったのかをちゃんと聞いておくべきだったのだ。


 それは一体どうしてか、時間が流れ風呂に入る時に明らかになるのだった。


「……………」

「この歳で母親とお風呂に入ることになるなんて」

「いいじゃないの~」


 腰にタオルを巻いた俺の前で二人の美女が裸になっていた。真白さんは言わずもがな、やっぱりフィリアさんも本当に綺麗な肌の色をしている。程よい肉付き、真白さん以上の大きな胸……フィリアさんってもう四十歳を過ぎているのにそれを感じさせないほどの美しさを保っていた。

 ……っと、冷静な分析をしていたが俺……逃げても良いだろうか。


「……よし」


 一歩、足音を立てずに下がったその瞬間二つの腕が伸びてきた。それは俺の両腕を握りしめ、決して離さないと言わんばかりの強さだった。


「どうしたの?」

「どうしたの~?」


 親子揃って首を傾げるその姿は可愛らしいが、ガッシリと掴まれている腕の力の強さには少しだけ怖く感じる。結局俺は二人に促されるように浴室に連れ込まれるのだった。とはいえ、基本的に二人っきりで風呂に入る場合はリミッターが外れることの多い真白さんではあるものの、流石にフィリアさんが居るということもあってエッチな誘惑はしてこなかった。


「うふふ~。男の子なのねぇ……たか君は筋トレしてるんだったかしら?」

「……えぇまあ」


 時間がある時には動画を見ながら真似をするように筋トレをすることはある。若い内から筋肉をある程度付けて脂肪をあまり付けないようにしたいからだ。健康診断などであまり注意はされたくないからな。

 俺の正面に居る真白さんと違い、フィリアさんは背中から抱き着くように腕を回してくる。胸元に指を這わすようにしてなぞりながら、耳元で甘く囁いてくるかのようだった。


「真白はこの胸元に抱き着くと落ち着くって言っていたわ。なるほどねぇ」

「こら! 分かりやすく誘惑するんじゃないの!」

「痛いわよもう!」


 フィリアさんのことだから誘惑をするつもりは一切なく、本心からそう思ったからこそ口にしたんだろう。フィリアさんはまあ……天然だし? 今抱き着いてその大きな胸を背中に押し付けていたのも他意はないはずだ。それはそれでこっちが反応に困るけど、フィリアさんと長く接しているとその辺りのことも分かってくる。


「お父さんがこんなお母さんを見たらどう思うのかしら」

「ふふ~んだ♪ ちゃんとあなたたち二人とお風呂に入るわねって連絡したもの。そうしたらたか君を困らせないようにって返事が来たわ~」

「私のことは困らせてもいいんかい!」

「……それでいいのかよ勇元さん」


 ちなみに、勇元ゆうげんさんというのが真白さんのお父さんでありフィリアさんの旦那さんの名前だ。俺にも良くしてくれる人で父さんとも仲が良く……あぁでも父さんと酒を飲んでよく酔っぱらうのを見るにそこはしっかり真白さんに受け継がれているんだなとちょっと苦笑する。


「頭を洗いますかね」


 三人で入ってるのに狭いと感じないくらいにはやっぱり真白さんの部屋の風呂は大きかった。解放感は確かに感じるが、二人の美女に挟まれるのは一種の窮屈さを感じさせる。早々に済ませて上がろうとした俺だったが……やっぱり、そんな俺を足止めするのはフィリアさんだ。


「私が洗ってあげるわ~。それで、一緒に湯船に浸かりましょうね~」

「……あい」


 これはどうも逃げられそうにない。

 体を洗われたかと思えば頭も洗われ、フィリアさんに手を引かれて湯船に浸かるのだが真白さんも負けじと入ってきた。真白さんと二人で入る時もそれなりに距離は近くなるのに、三人ともなると本当に狭いのだ。


「ちょっとキツイわね」

「そもそも三人で入る設計じゃないわよ」


 背中にフィリアさん、正面に真白さんに挟まれている。

 目の前でぷかぷかと浮かぶ真白さんの胸は当然目の毒として、背中にむにゅりと押し付けられているそれも大変危険である。


「良いお湯ねぇ。窮屈だけど……何というか幸せだわ~」


 そう言ってフィリアさんはもっと強く背中に抱き着いてくるのだった。ただ、こうやって人肌を感じて幸せを感じる姿は真白さんにやっぱり似ている。こうなると少し離れてほしいとも言いずらい、そんな俺の気持ちを察しているのか真白さんが顔を寄せてこう言うのだった。


「……私も何だかんだ色々と言ったけど、お母さんもたか君のことが大好きなの。だから今日くらいは甘えさせてあげて?」


 真白さんの言葉に俺は頷いた……ただ、凄く不服そうだけど大丈夫かな。


「……お母さん? もう少し離れても良いんじゃないの?」


 甘えさせてあげてと言った傍から真逆のことを言う真白さんだった。

 そんな真白さんの言葉を聞いたフィリアさんは更に強く密着してくる。


「いやよ~もう少しこうしてるもん」

「もんって年齢を考えなさいよ年齢を!」

「女はいつまでも若く在りたいのよ~。ねえたか君? 私はもうたか君から見たらおばさんかしら」

「……いえ、全然若く見えます」


 これは嘘ではない、恋人のお母さんだからおばさんと呼ぶのは間違ってはいないけど、もう名前で呼ぶのに慣れてしまったからな。

 全然若く見える、そう伝えると嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。ガッシリと腕を回してきたフィリアさんに対抗するように、正面から真白さんも密着してきた。


「あらあら~、真白ったら嫉妬しちゃって~♪」

「嫉妬なんかしてないし!? ただただ恋人として普通のことをしてるだけよ!!」


 取り敢えず……早くこの時間が終わってほしいなぁ。

 ある意味幸せな時間、ある意味地獄な時間、俺はずっとそんなことを考え続けていた。

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